東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~ 作:ようひ
「ひとつ聞きたいんだ」
先ほど召使が置いて行った苺大福を菓子楊枝で割りながら、阿求に問いかける。
正確には「ふたつ」なのだが、まず、ここに来てから生じた謎を解消する。
阿求「なんでしょうか?」
「さっきの[アレイオトメ]とか[ミアレノコ]とは、一体?」
少なくとも聞いたことのない単語だ。
稗田家九代目当主ということは由緒ある家系である。その家柄を表すものなのだろうか。
阿求は湯呑みを置き、姿勢を正す。
阿求「阿礼乙女、御阿礼の子とは稗田を継ぐ者として、【幻想郷縁起】という物を記す者の事を指します。幻想郷縁起とは、妖怪のはびこる幻想郷において、人間が妖怪に襲われた際の対策や、取るべき行動などを記した、いわば図鑑のような物です」
「図鑑……冒険図鑑はガキの頃よく読んだな」
阿求「出現場所や、危険度、人間との交友度も記してあるので、里の人にはわかりやすいと好評ですよ」
阿求は人間が妖怪に抗う術として、幻想郷縁起を書いているのだという。
確かに、能力の無い人間に必要なのは、生きる知識だ。
阿求「……稗田家は転生の術を使い、初代の稗田阿礼から肉体を乗り換えて転生を続けてきました。その転生は稗田が持つ力、見た事を忘れない力である【求聞持】を引き継ぐため。そして、幻想郷の平和を守るために」
「幻想郷縁起を書き続けている、と」
求聞持の力――。
これにより自分が見た物を忘れない力があるのだという。
新聞の内容を暗記していた事にも合点が付く。
「それで、アンタが九代目なのか」
阿求「はい」
話のスケールが壮大だ。
だが、その分、阿求が人里にとって重要なポストに身を置いていることが分かった。
人々が安全に暮らせるのは、霊夢のように妖怪から直接守ってくれる者、そして、阿求のように妖怪から身を守る知識を与える者、この二つの存在があるから。
オレが、もし幻想郷縁起を読んでいれば、神社の森で妖怪に襲われても対処できたであろう。
「転生ってのは、大変なのか?」
この問いに、凛とした阿求の顔に少しだけ、曇りが見えたような気がした。
阿求「……転生はおよそ三十年に一度の頻度で行います。稗田が持つ独自の術、転生術とでも呼びましょうか、それには多大な労力と時間がかかります」
「…………」
阿求「私を含め、稗田として生を全うできるのはおよそ二十年。稗田家は【求聞持】の力を持つため、長く生きられないのです」
「……悪い事を聞いてしまった、すまない」
阿求「いえいえ、稗田を生きる者として避けられないことですから」
長生きのできない人生。
しかしそれを受け入れ、幻想郷縁起を記す。
石長姫を奉る意味――それも、自分が死ぬまで役目を全うしたい、という阿求の強い思い。
阿求「実は、幻想郷縁起は妖怪だけでなく、人間の項も記してあるのですよ」
「人間? なんでだ?」
「妖怪に立ち向かえる者として、です。博麗の巫女や魔法使いなんかがそうですね」
脳裏に霊夢と魔理沙の顔が浮かぶ。
ああ見えて、幻想郷の人間だし、妖怪退治を生業とするし、何だかんだ凄い人達である。
阿求「で、その中に一之瀬様の項も書き加えたいと思いまして」
「オレが……幻想郷縁起に?」
私が……プリキュア!?並の衝撃を受ける。
オレは妖怪に立ち向かえる能力を持っていない。ならば書く意味が無いのでは?
狼狽するオレの表情を見て、阿求は微笑みながら続ける。
阿求「もちろん貴方が能力を持たない事は知っています。ですが、大事なのは、心です」
「心」
阿求「分かるんですよ、本当に妖怪に立ち向かう力のある人間というのは。目が違うんです」
阿求は真剣だった。
幻想郷の平和を考え、自分に何が出来るかを悟り、短い生命を全うするs。
それが、稗田阿求――。
もはや阿求が十代の少女であることは忘れていた。
阿求「ですから、どうか、力が無いことを呪わないでください。アナタに出来る事はたくさんあります。それが妖怪からの脅威を直接取り除くことではなくとも」
室内にふわりと桜の花びらが舞い込んでくる。木枯らしが吹いたのだろう。
湯呑みを持つと、抹茶の中にピンクの花びらが浮かんでいた。
§
阿求「それで、お父様をお探しになさっているんでしたね」
阿求が苺大福を食べ終え、口元を拭いて言う。
オレの幻想郷縁起の取材は後日行うことになった。
「あぁ、そうだった」
視線を桜と石から阿求に戻す。
「オレの親父について知りたい。そこで、アンタの【求聞持】の力を借りたいんだ」
阿求「私の持つ【求聞耳】の力で、探してほしい、と?」
「利用するようですまない。だが、責めるなら教えてくれた妹紅にしてくれ」
阿求「いえいえ、責めるつもりはありませんよ。人に頼られるのは悪い事ではありませんし……それで、一之瀬様のお父様は、どんな方なのですか?」
簡単にことの経緯を説明する。
親父の失踪、予想される親父の容姿と行動など全てを話す。
オレが話を終えるまで、阿求は真面目にこく、こくと頷いていた。
阿求「わかりました」
話を終えると、阿求はそう言って目を閉じた。
ふわり、と春風が髪の毛を揺らす。
それと同時に甘い香りがした。
阿求「…赤い髪、一之瀬を名乗る者……」
オレの言った父親像を頼りに、記憶を辿っていく阿求。
阿求「……いました」
「…本当か?」
阿求「……人里の、北東門近く……漆黒の外套に、紅い髪の毛をした人が…」
じんわりと手に汗を握り、心臓の鼓動が早くなっていく。
「それは……いつ?」
阿求「3日ほど前の事です」
3日前?
オレが既に幻想郷にいる頃だ。その時期に、親父が?
いや、それよりも、つまりは――
「親父は、人里にいる……?」
阿求「一之瀬様のお父様かどうかは分かりませんが、確かに髪色の赤い方でした」
阿求は目を開ける、記憶は間違いない、と目で語っている。
親父が、人里に、いる。
そう思っただけで、身体が震え上がるのを感じた。
「……ありがとう、阿求」
阿求「お役に立てれば光栄です」
両手を卓袱台に添え、オレは阿求に頭を下げる。
同じように彼女はお礼を返した。
ボーン、と壁時計が鳴る。時刻は4時を回っていた。
「また差し入れを持ってくるよ、その時は、ゆっくりと」
阿求「えぇ、お待ちしております」
湯呑みとお皿を片隅に置き、オレは立ち上がってもう一度お礼を言った。
玄関まで阿求は見送りに来てくれた。
とても落ち着く良い所だ、和屋ってのもありかもしれない。
「じゃ、また」
玄関のガラス戸を閉めた。
阿求「……これで、いいんですよね」
赤い髪の青年を眺めながら、阿求は呟いた。
§