東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~ 作:ようひ
人里の関門は八つあり、それぞれ方角ごとに呼ばれる。
【北東門近く】は、他に比べて人通りの少ない場所だ。
単に住宅街の少ない場所ではあるが、それ以上に、こちら側は[妖怪の門]と呼ばれていて、方角でいう艮――鬼門に位置する。
実際、この門から妖怪が出入りされている、と目撃情報があるらしい。
「ぷ~…」
オレは近くの駄菓子屋で買ったシャボン玉を膨らせる。
質の悪い洗剤なのか、吹いても吹いてもシャボン玉は中々生まれない。
――これなら煙草吸った方が楽しいな。
「ぷぷぷ」
ひとつ、大きな玉を作ってみる。
ゆっくりと息を噴き出して、徐々に玉を大きくしていく。
通常の5倍ぐらいに膨れ上がった所で、息を強く吹き込んで玉とストローの先を分離させる。
ふよふよとシャボン玉は揺れ、そのまま宙に浮かんだ。
「シャボンランチャーッ!!!」
表面に虹色が浮かんでいる、が、すぐに割れてしまう。
昔、シャボン玉が美味しそうだったので食べてみたのはいい思い出だ。
その後、風呂で身体が洗えなくなったのもいい思い出だ。
もう一度ストローを吹こうとして、液体をつける。
?『楽しそうですね』
ふと、女性の声が聞こえた。
前を見ると、緑色の髪をした女の子だった。
白のシャツと青のスカート。服装のデザインは、どうやら何か特別な役職があるように思える。
まるで、霊夢のような巫女服だ。やや現代風だが。
オレはシャボン玉を膨らませる。
「あぁ。楽しいよ。ゆっくりと時間が流れて行く感じだ」
?『……何か病んでたり、します?』
「別に、少しだけ孤独になりたかっただけさ」
そう言うと、巫女っぽい少女はオレに四角い箱を出しだした。
「これは?」
?「賽銭箱です」
「……オレにどうしろと?」
?「神を信仰しませんか?」
どうやら新興宗教の人に捕まったらしい。心が弱く見えると隙を突かれる所は、現代と何ら変わりはない。
玄関先で「貴方は今、幸せですか?」とか聞いてくる奴らを思い浮かべる。
ただ、現代の人間にとって、神を信仰する人間はごくわずかである。
「悪いが他を当たってくれ。神なんて想像だけの存在に頼むことなんてない」
?「想像だけではないですよ。神はいますから」
あぁこれは、断っても粘着してくる悪いタイプの宗教家だ。
巫女っぽい少女はオレの隣に座って来た。少し図々しい。
『信仰』という言葉は外の世界では滅多に聞かない。
もはや過去の遺物としてなら残っているが、現代の人間は神に縋ることはあっても、神を心から信じ、信仰する者などいないのだ。
オレも同じく、神を信じることはない。
?「そういえば、先ほどから大通りの方をちらちら見てますが……探し人ですか?」
「……あぁ」
同意をすれば「神を信仰すれば会えますよ!」という流れになるかと思えば、巫女っぽい少女は微笑みながら頷いた。
?『どんな人ですか? 私、守矢神社の信仰を集めるために、人里内を回ってるので。分かるかもしれません』
「……」
少し考えて、オレはこの少女に打ち明けることにした。
探すなら、多くの人間に聞いた方が効率的だ。
「赤い髪をした、漆黒の外套を着た人を見なかったか?三日前に居たらしいが……」
?「それなら、ついさっき向こうで見ましたよ」
「え」
途端に血液が沸騰したような気がした。
居てもたってもいられず、シャボン玉を巫女っぽい人に突きつける。
「助かった。この借りはいつか返す!」
オレは小銭をジャラジャラと賽銭箱に入れた。
「え、いいんですか?」と少女が言う前に、オレは動きだしていた。
?「またお会いしましょうね、ミナトさん」
「あぁ、ありがとう!」
行く先は、少女が言った大通りの向こう側。
――親父が、この先にいる。
オレは大通りの雑踏を目がけて走った。
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