東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~ 作:ようひ
大通りは正午すぎだったが、中心部なだけあって、人であふれかえっていた。
外界の都心部と同じぐらい、人口密度が高く、まるでスクランブル交差点みたいだ。
その中を、オレは文字通り血眼になって探す。
荷物を運ぶ男、水を運ぶ女、風車を持っている子ども、手押し車を押す老婆、新聞を歩き読みしている男……。
「どこだ……?」
雑踏の中にそれらしき人間は見当たらない。
オレは先程の巫女っぽい少女が言った[大通りの向こう]へ向かう。
大通りの向こう側、というのは東で、中心から寺子屋へ向かう方角である。
探しやすくはなかったが、それでもまだ広場に近いため、人を見ない場所はない。
もう一度、目を凝らして周囲を窺う。
――見つけた。黒い外套!
阿求が言う通り、遠くの場所で[黒い外套]を羽織っている姿を見つけた。
[赤い髪]というのは、唐笠で全体が見えないが、ちらちらと毛先が日の光で輝いているのが分かる。
(あいつか!!)
肌がザワリと総毛立つのを感じ、気づけばオレは走っていた。
数百メートルほど離れているが、見失う距離ではない。
「ど~けどけどけィ!てやんでいッ!!」
『うお!?』
『ったくにーちゃん!気を付けろよっ!』
「すまん!」
荷車を押す兄さんや、手を繋いでいた親子にぶつからぬよう、しかしスピードを保ちながら走る。
少しずつ距離が縮んでいく。
親父らしき人は歩いているが、少しして左の道へと曲がった。
(…………)
幼少期に追い求めていた親父。
オレや家族を滅茶苦茶にした親父。
今、ここで会ったらオレは何と言うのだろうか。
先に拳が出てしまうかもしれない。
「……追いついたら、まずはぶん殴ってやる」
曲がった所へ辿り着く。
その通路は、道と呼べるものではなく、建物と建物の間、つまり裏路地だ。
(クソ……あのまま行けば……)
人里の路地裏は複雑に入り組んでいる。
このまま奥深くまで潜り込まれては、見失ってしまう。
生唾を飲む。行かなければならない。
小さな希望、掴みかけた好機を信じ、オレは辛うじて小さく見える黒い外套を追いかける。
「くぉ、うお……」
路地裏はとてつもなく狭い。人ひとりやっと通れるぐらいだ。
焼酎の瓶や煙草の吸殻、判別できないゴミなどが散乱していて、あまり管理されていないように思える。
その光の通らない暗い世界を進む。
?『…………』
道端には、ゴミ以外にも、人がいた。
身なりは里の人よりも汚れており、はっきりと貧困者であることが分かる。
まるで精気を吸われたかのような、生きているのさえも怪しい顔で、地面に蹲っていた。
(ゴロツキか……)
恐らく表の世界で仕事をクビになったり、罪を犯した奴らなのだろう。
里の外に出れば妖怪に喰われる。だから、ここに住むしかない。
「……意外とブラックだな、人間の里も」
そう思っていると、視界の先で[黒い外套]が右に曲がった。
場所を記憶し、ゴミや人を避けつつ、同じ所を右に曲がる。
「は?」
曲がった先は、行き止まりだった。
確かに[黒い外套]と同じ所を曲がったはずだ。間違えるはずがない。
しかし、目の前には、白塗りの壁があるだけで、人影などひとつも存在しない。
「……つっかえ!」
急に込み上げるストレスに耐え切れず、オレは煙草を咥えた。
地面に転がるゴロツキ達が「た、たばこ……」とオレを羨望の眼差しで見つめてくるが、構っているほど余裕はない。
――親父は、この先へ逃げたのだろうか。
――掴みかけた希望が、掌から零れ落ちて行く?
「……クソッたれが……」
と、煙を吐きながら白い壁を睨んでいると、オレは有ることに気付いた。
壁は、見る限り新しい物だ。
最近になって壁を作ったのだろう。白い石を繋ぎ合わせ、白塗りを施したように見える。いや、こんなにも白い壁など幻想郷で作ることが出来るのか? まるでコンクリートで塗ったような壁を?
「…………」
白い壁に触れてみる。
何故かほんのりと温もりを感じる。路地裏に日差しは届かないため、太陽光のせいとは言えない。
煙草の煙を吐き、壁の隅々を目で追っていると、文字を見つけた。
白い壁に筋のような線が書かれている。
チョークで書かれたように、同色の白い文字で。
【[Raccoon]開店・こちらに→】
右を見る。
木造の扉があった。
こんなところに、扉なんてあっただろうか?
「……この中か?」
最後の一口を納め、煙草を携帯灰皿へ押し込む。
茶色に塗られた、西洋風の扉。
再び鼓動を強める心臓の位置を感じながら、オレは一息ついた。
――頼む、居てくれ。
扉の取っ手を捻り、引っ張る。カランカランと乾いたベルの音が鳴った。
『いらっしゃいませ』
§