東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~   作:ようひ

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wine

西洋のアンティークに装飾された内装が視界一杯に広がる。

テーブルが数席とカウンターがあり、その奥にはずらりとワインボトルなどがずらりと並んでいる。ビンテージ物だろうか。

いずれにしても、和風の塊である幻想郷には似ても似つかないほど、西洋風で埋め尽くされていた。

 

『いらっしゃいませ』

 

黒のベストを着た男がもう一度言った。推測するに、バーテンダーというやつであろうか。

男は静かに掌をカウンター席へと差し出した。俗にいう「お好きな席にどうぞ」である。

オレが座る席は決まっていた。その席へ腰を掛ける。

 

――隣には、先客の姿があった。

オレが死に物狂いで追いかけていた、あの黒い外套だった。

 

「……親、父…?」

 

赤髪をした人間の傍には、頭髪を隠すようにして被っていた唐笠が置かれている。

赤髪は、こちらには向かずに、静かに口を開いた。

 

 

?『ふむ、紅ければなんでもいいんじゃな』

 

 

「…は?」

 

といった矢先、ぼふんという間の抜けた音と共に視界が煙で覆われた。

咄嗟の出来事に目を瞬く。別状はない。一時的に視覚を封じるような煙だ。

煙が引いたとき、オレは目を疑った。

そこには、赤い髪などなく、あるのは栗色の長い髪だった。

 

?『や、だまして悪かったな。ミナト殿』

 

座っていたのは、女性だった。

黒い外套さえもどこかに行ってしまったのか、女性は和服のようで鮮やかな色をした服を着ていた。その深緑の和服に、腰まで伸びる茶髪が印象的で、顔に丸メガネを掛けている。

 

「……は、あ、え?」

 

?「儂が化けておったのじゃ。ミナト殿をここに呼ぶために」

 

思考回路のバグを取り除こうとしていると、先ほどのバーテンダーがオレの前にワイングラスを置いた。そこへ、滑らかな手つきでワインが降りてくる。漆黒が照明と混ざり、まるで夜空のように輝いた。

どれほど年季が入っているか分からないが、とても刺激的な香りがする。

 

「化けるって、アンタ……妖怪か?」

 

?「ご名答」

 

ぼふん、ともう一度少量の煙が現れる。よく聞くと、アニメでよくあるようなSEだった。

女性の頭にはちょこんと二つの耳に大きな葉っぱが現れ、そしてお尻からは大きな縞々の尻尾が生えていた。

 

「……たぬき?」

 

?「そうじゃ。儂は化け狸ぞえ」

 

その容姿はまんま「化け狸」そのものだ。

あまりにもそのまんま過ぎて、オレは状況を上手く飲み込むことができた。つくづく幻想郷とは、常識を逸脱した世界である。

 

「……なぜ妖怪が人里に?ここは人間の住む場所だろう」

 

?「なぁに、妖怪と言っても人間を取って喰らう奴だけではあるまい。善良な妖怪もおるじゃろうて」

 

その言葉を聞いて、真っ先に慧音の姿が浮かんだ。

彼女のように、人間を助ける妖怪は少なくないのだろう。

阿求はその存在を「知能のある妖怪」と呼んでいた。

 

「……アンタもその口か。何だかんだ人里は妖怪まみれなんだな」

 

?「意外にもな。そこの店員だってそうじゃ」

 

バーテンダーも煙に包まれた。

いつの間にか彼には小さな尻尾が生えている。この女性と比べるとかなり小さな尻尾だが。

 

「……こんなんでよく経営出来るな…」

 

バーテンダー『人間に化けていれば気付かれませんよ。第一、ここに来るのは裏のある人間か、妖怪だけですから』

 

(裏のある人間、ね……)

 

人里の路地裏も意外と隠し事の多い場所である。

 

「で、聞くことがある。……化け狸よ」

 

彼女は[ミナト殿]とオレの名前を呼んでいた。

つまり、あらかじめオレの事を知っていた、ということ。

そうでなければ、[親父の姿]に化けてオレをおびき出すなんてマネはしない。

更に言えば、この女はオレの親父のことを知っている――。

 

マミゾウ「二ツ岩マミゾウ。マミゾウ様と呼んでいいぞ」

 

「じゃあマミゾウ」

 

つれないのう、とマミゾウはワイングラスを片手に取った。

古風な女性が洋物を手にしている時のギャップはなんだかそそられる。カルチャーギャップというものか。メイドが日本刀を持っていたり、巫女が銃を構えていたりするやつだ。異文化融合ともいう。

 

「オレをここへ誘導したのは、何かを伝えるためか?」

 

マミゾウ「と、いうと?」

 

「……アンタ、オレの親父を知っているだろ」

 

マミゾウ「…そんな質問でいいのか?」

 

ふ、とマミゾウの目つきが鋭いものと化した。

触れてしまえば切れてしまいそうな、鋭い眼がオレを捉える。

まるで狐に睨まれているようだった。マミゾウは狸だが、種族を越えた威圧であった。

その双眸が、舐めるように、何かを確かめるように、オレを見定めていく。

 

マミゾウ「も――」

 

バーテンダー『おまたせしました』

 

マミゾウが言いかけた時、オレたちの間にひとつのグラスが置かれた。

間髪入れず透明の空間が赤黒い液体に満たされてゆく。

 

バーテンダー『こちら、1500年の――』

 

マミゾウ「……んんー…」

 

「……マミゾウ。この店、そのうち潰れるぞ」

 

バーテンダー『?』

 

マミゾウ「……こやつは[まいぺーす]じゃからのう」

 

ホッホ、と笑うマミゾウ。

既にその眼はのんけんとした様子に戻っていた。場の緊張感が解けてゆく。

 

マミゾウ「まぁ、よい。せっかく酒が来たのだから、飲み交わそうじゃないか」

 

ワイングラスを持った手を差し出してくる。

聞きたい事は酔いを深めてから、ということだろう。オレも赤ワインの入ったグラスを持つ。

赤黒い水面、薄暗い輪郭が浮かび上がる。

 

「こんな昼間っからか……幻想郷じゃあないと出来ないことだ」

 

マミゾウ「ほれ。ザカズキを乾かすと書いて乾杯じゃ、外来人よ」

 

ガラスとガラスの擦れる音が店内にこだました。

それは心に安らぎを与える。

 

オレのマミゾウに対する警戒心は、少しずつ、薄れていった。

 

 

§

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