東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~ 作:ようひ
赤ワインは酸味が強い。
凌雅やナギとよく宅飲みしていた時に、凌雅が何を血迷ったか、赤ワインを持ってきたことがある。
飲んだ感想は、喉に残る感じ、酸っぱい、そして後に残った、爽やかな風味。
日本酒、焼酎とは路線が違い、しかしなるほど――と納得できる、そんな味だ。
久々に飲んだワインは、今までに飲んだワインの中でも最上級に美味かった。その後、記憶を飛ばしたのはいい思い出だ。
「…うぉ…めたんこうめぇ…」
マミゾウ「なぁ?わいんは美味いもんじゃ」
マミゾウは懐から煙管を取り出した。
初めて幻想郷で煙管を見た。外の世界と形状は同じだが、装飾はとても凝らされている。
そして、喫煙者に出会うのは嬉しい事だ。
マミゾウ「お主も煙を吸うのかえ?」
「あぁ、紙巻きだが」
マミゾウ「煙草に代わりは無い。ほれ、マッチじゃ」
マミゾウは慣れた手つきで火皿にたばこを押し込み、火をつけている。
オレはマッチを受け取り、側面を擦って煙草に火をつける。
誰かと吸う煙草、そして酒場で吸う煙草は美味いと相場が決まっている。
「あぁ、うめぇ」
ワインがよく進む。
あっさりとして飲みやすく、それでいて口に風味がしっかりと残る。アルコールを感じさせず、香る果実が心地よい。
久しぶりに飲む酒に、オレとマミゾウはグラスを傾けていく。
§ § §
「……で、オレは親父が失踪した後は親父と繋がりのあった人に預けられた訳だ」
マミゾウ「養父というものじゃな、その時の生活は楽しかったかえ?」
「……どうだったかな。厳しいけど、オレに生きる事の愉しみを教えてくれた――今じゃあそう言えるが、その時にはそう思ってなかった」
マミゾウ「……精神的に、か」
「一度に両親を失った悲しみってのは、生きる力さえも奪っちまうんだな」
ぱきり、と氷の崩れる音がした。
溶けたダイアモンドが漆黒の夜に絡まってゆく。
マミゾウ「お前さん」
「ん?」
マミゾウはオレを真っ直ぐに見つめている。
手前の灰皿に煙管を置くと、
マミゾウ「……よくここまで生きてこれたのう」
ぽん、とオレの肩を叩いた。
――マミゾウの言う通り、よくここまで生きてこれたもんだ。
人間が死を選ぶ理由のひとつに、精神的苦痛からの解放がある。
自殺を選ばなかったのも、もしかしたら養父のおかげなのかもしれない。
その頃の記憶は曖昧であるが……。
マミゾウ「ま、こうして儂と酒を飲んでるのも何か一種の運命なのかもしれんな」
「……そういや、妖怪と酒を飲むだなんて、初めてだ」
マミゾウ「外の世界でも、盃を交わす文化はあるじゃろうて、幻想郷も然りじゃ」
グラスを傾ける。
いつの間にかどんどん酒が進んでいる。
気付けば10杯程飲み干していた。
「今度はアンタの番だ」
マミゾウ「ホ?何を聞くというんじゃ?」
「そりゃあ、もちろん――オレの、親父のことを」
グラスを置く。
室内は静寂が澄み渡っている、耳を澄ませば店員のグラスを拭く音が聞こえるぐらいだ。
「アンタはさっき、『紅ければなんでもいい』と言っていた。それは、オレを誘うためにオレの父親の姿に変身した」
マミゾウ「そうじゃな」
「あれは親父と同じ背丈で同じ恰好なのか?」
マミゾウ「もちろん。紅い髪じゃろう」
酸味の残った生唾を飲んでから、オレは絞るように言葉を出した。
「……アンタは親父に会ったことがあるのか?」
マミゾウ「その前に言っておくことがある」
マミゾウは煙管に口を当て、ふぅ、と一息置いた。
オレは煙草の箱に触れかけたが、吸う気にもなれず、そのまま箱をクルクルと手で回し、もてあそぶ。
マミゾウ「お前さんの親父さんは――お前さんの言う通り、この幻想郷にいる」
――アナタの父親は、幻想郷にいる。
いつぞやの電車で聴いた女性の声が蘇る。
確信を持てなかった事実が今、はっきりと現実味を帯びて行く。
じゃが、とマミゾウは続ける。
マミゾウ「今、ここには居ない」
「……遠い所にいるってことか?」
マミゾウ「左様。人里にはおらん。幻想郷にいるのは確かじゃ」
「確かってのは、アンタには分かるのか?」
マミゾウ「あぁ。これははっきりと言えるぞ。会ったのはかなり昔じゃが、確実じゃ」
「……」
「そんな顔せんでも、急がなくてもどこかで会えるんじゃあないかえ」
列車に乗った時の女性の言葉。
マミゾウの言葉。
親父は幻想郷にいる。
何となく来た幻想郷、アテも何もない状態で来たにもかかわらず、オレは親父に近づいている。
少しずつ、少しずつ――。
マミゾウ「……親父さんに会いたいか?」
煙管を置き、マミゾウは身体を乗り出してくる。
妖怪だが、身体つきは人間と同じ、華奢さがある。
――実の親に会いたい?
――答えは始めから決まっている。そのためにオレはここへ来た。
「もちろん、答えはイエスだ」
オレの答えに、マミゾウが微笑んだ。
狐のような妖しさを秘めた、美艶な目つきをしている。酒が入っていることも相まって、今のマミゾウは何処か謎めいた美しさがあった。
マミゾウ「……ホホ。会うにはまだ足りぬ、あやつのトコへは辿り着けん」
彼女の顔がすぐそこにある。端整な顔、妖艶さ。
その妖怪じみた、妖気を感じさせる視線に、蛇に睨まれた蛙のように身体が硬直するが、反射的に口が開いた。
「……隠さないで教えてくれ。親父は何処にいるんだ?」
マミゾウ「素直じゃな。簡単な話、己を鍛えろ。お前さんには『チカラ』がある」
「チカラ」
今日で二回目だ、貴方には力がある的発言。
そんなにオレはプリキュアに向いているのか?
マミゾウ「早熟か、晩成か、その違いじゃ。行きつく先はみな同じ」
「……オレには、能力が無い」
マミゾウ「一之瀬ミナト。安心せい。親父さんは、幻想郷におるんじゃ」
「……」
マミゾウ「それは、会う好機などいくらでも転がっているということじゃ」
マミゾウはそういって立ち上がると、バーテンダーの人に懐から出した札束を渡した。
男は笑顔こそ浮かべているが、口元が引き攣っていた。
会計を済ませると、マミゾウは出口の扉へとゆったりとした面持で向かってゆく。
マミゾウ「楽しかったぞ。お前さんが何処に辿り着くか、見ものじゃよ」
カランカラン、と乾いたベルが鳴り響いた。
しばしオレはカウンターの前で固まっていた。右手の掌を見つめる。
「……チカラ、か」
傍に置いたボックスから煙草を一本取り出し、火を付ける。
かなり酔っていたはずだが、頭は妙にスッキリとしていた。
バーテンダー『……はぁ』
マミゾウの出て行った扉を見つめつつ、深くため息をつくバーテンダーがひとり。
「……どうした?」
バーテンダー『マミゾウさんが払ったお金が……』
「……葉っぱだった、とか?」
バーテンダーは乾いた笑みを浮かべながら頷いた。
「……本当に店、潰れるぞ」
§