東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~ 作:ようひ
外を出ると、空は太陽が沈み、闇に覆われていた。
一体どれほどの間、マミゾウと酒を飲んでいたのだろうか。
男『おい、アンタ……今どこから出てきた!?』
「ん?」
周りにうずくますゴロツキ達が、オレを見ていた。
詳しくは、オレの後ろを見て、目を丸くしていた。
振り返ると、そこにあるはずの[Racoon]に通ずる扉はなかった。
「……ちょいと変な夢を見てるみたいだな、オレも、アンタ達も」
妖怪の力によって存在を消したりしているのだろう。化け狸の[化かす]力か。
オレは路地裏を抜け、表の通りへと戻る。
人の数は少ない。農業から帰る男たち、買い物から帰る人たちぐらいだ。
それでも人の流れが出来るぐらいには通行客はいる。
「さぁて、夕飯の準備でも――」
?『あ、赤せんせーだ』
声をかけられ、振り向く。小さな子どもがオレを見上げていた。
茶髪の男の子。もちろん寺子屋の子どもである。通称『ショタ』だ。
「おっす、ショタ。こんな夜遅くに一人でどうした」
ショタ「今帰ってるとこだよ。せんせーこそ、なんでそこから出てきたの?」
「ん、大人の事情ってやつさ」
それも妖怪的な女性とお酒を飲む素晴らしいやつさ!
そんな魅力が分からないショタは、へぇ、と歩き始めた。
ショタ「そういえばさ、赤せんせーの家ってどこなの?僕、遊びに行きたいな」
「さぁな、そこらへんの家に住んでるよ」
ショタ「……ほーむれす?」
「何処でそんな言葉を覚えたんだ、お前は」
仕方がなく、ショタを家まで送ることにする。この子の家は東門近くにあり、オレの家と同じ方向なのでついでだ。
空は灰色に覆われ、雨が降り出しそうだ。
早めに帰らなければ。
ショタ「赤せんせー」
「なんだ?」
何度目かの赤せんせーという呼び名。もはや定着してしまった名前だ。髪の色を子どもに言われることは悪い気がしなかった。
ショタは空を見上げて、ぼんやりと口を開けていた。
ショタ「なんか、変な音がしない?」
「音?」
ショタがそういうので、オレは耳を澄ませる。
何も聞こえない。雑踏の土を踏む音が不定期に聞こえるぐらいだ。
しかし、その中に、微かに風を切る音が混じっていた。それも、少しずつ大きくなっているような気がする。
周りにそういった音を立てる物はない。
音は止むどころか、次第に大きくなっていく。
「気のせいじゃ――」
周囲の人々も音に気付いたらしく、皆足を止めて空を見上げていた。
嫌な悪寒が走った。
気付いた時には、オレはショタの手を引っ張り、横に飛び込んだ。
刹那、轟音が鳴り響いた。
同時に押し寄せてくる風圧に身体が浮く。
「ッ!?」
握っていたショタを引き寄せ、抱き寄せるように抱える。
オレたちはなす術もなく塀に激突した。オレ自身がクッション替わりになったが、その衝撃は子どもには大きすぎた。覗き込むと、ショタは目を閉じてぐったりと気を失っていた。
オレは背中に感じる痛みをこらえ、空から”落ちてきたモノ”を見る。
?『グピュルルルルル!!!!!』
神経を逆撫でするような不快な鳴き声がけたたましく響く。
落下してきたのは、[妖怪]だった。
2Mを越えた背丈、鴉のような頭部に羽毛に包まれた人体。背中から漆黒の翼が広がっており、嘴からはダラリと舌がはみ出していた。
脳裏に妹紅や阿求の言葉が反響する。
「知能の無い妖怪か……!!」
周囲の人間は、皆蜘蛛の子を散らすように逃げ去っている。
膝を折るオレを捉えた妖怪は、こちらに向かってユラリユラリと歩み寄ってきた。
鳥人間のようだが、容姿や四肢は人間そのものだ。赤い和服に身を包んでいる。
「ッ!!」
妖怪が両手を広げて大地を蹴った。オレはショタを抱えて真横に転がる。
大木のような腕が、背後に構えた塀にぶち当たる。
塀はまるで板チョコのように簡単に砕け散った。
(文字通り、一撃貰ったらアウトだな)
まさにオワタ式妖怪退治。
オレは体勢を立て直し、ショタを背負う。
妖怪『グピュルピュウルルルル!!!!!』
「耳障りなんだよ、その声…!」
冷静になった頭をフル回転させ、状況の突破策を考える。
このまま逃げることはたやすい。しかし逃げたらどうだ?誰がコイツを止める?
妖怪を退治できる奴がくるまで、戦うしかないだろ。
(やるんだろ、今、ここでッ!!)
オレは右ポケットに手を突っ込んだ。。
[アレ]を使うしかない。自らの意志で一度も成功したことのない[アレ]を。
「ふっ!」
妖怪の動作は非常に遅く、鳥のクセに頭も身体も重たそうだ。
一撃さえもらわなければいくらでも反撃の余地はある。
振り下ろされた拳を避ける。着地した妖怪の拳は地面に大きな亀裂を生んだ。
「一撃さえもらわなければ」とは「一撃喰らえば即アウト」を意味する。
「……ショタ、待っててくれ」
ショタを安全な場所に寝かせ、拳を引き抜いた妖怪と対峙する。
オレは右手に持つ[スペルカード]の表面を舐めるように触る。
――大丈夫だ。あの時のように、相手は妖怪なのだから。
挟んだ手を前へ差出し、ゆっくりと意識を集中させる。
「……セット…!」
あの時を意識しろ――。
森で妖怪を消した、あの時を――。
極光、球体、消滅。
今がスペルカードを使うときだ。
人を守るために――皆を助けるために――。
――オレには、『チカラ』があるんだ。
「スペルカード――オン!!」
カードを掲げ、オレは叫ぶ。
手の先から伝わる、熱のような力が膨れ上がる。
身体の中から溢れ出てくる、見えない力が。
極光は、一刻たりとも発現しない。
「――ッ!!?」
妖怪がオレを薙いだ。信じられないほどの衝撃が、全身を襲う。
勢いは止まらない。オレの身体は傍らに佇んだ長屋に吹き飛んだ。
骨が粉々に砕けるような音を立てて、止まった。
「うッ……」
建物内はミキサーでぐちゃぐちゃに混ぜられた食材のように、荒れ果てていた。
蹴られた部分の骨は確実に折れている。いや、腕にも違和感がある。
全身を駆け巡る、鈍痛が、冷静な思考をあざ笑うかのように蝕んでいく。
血の気が引いていくのを感じた。
床に液体が広がっていることに気付いた。
暗闇がオレを誘っていることが、視界が霞んでいくことが、絶望が迫っていることが、分かった。
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