東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~ 作:ようひ
「やめろ、案山子……その術は、オレに効く」
中庭にて案山子を作る。
素材はそこらへんの農家からもらった藁と太い木の棒。この時期はあまり使わないとのことなので譲ってもらった。
骨となる棒に藁を括りつけ、縄で縛る。
左手が使えないが、両足と口を駆使しつつそれっぽく作っていく。
顔は布を丸めて固定した質素なものだ。しかし、在るのとないのでは全く違う。顔があるから人のような存在になるのだろう。害獣たちの気持ちはさすがに分からないが。
「サスケェ!!」
墨で顔を書き、麦わら帽子をかぶせる。だがそれだけでは足りないので、そこらへんで買った服を着せた。
うむ、なかなかに人間っぽくなってきたじゃないか。
「お前にとってオレはオレオ!!」
最後の仕上げとして、首の所に赤いリボンを結ぶ。
「完ッ成ッだッ!」
制作時間、発案も含めて一時間。
リアリティとプリティを同居させる、というコンセプトの元、できた案山子。
「ビューリフォー……」
さっそく花壇の脇に突き刺す。
寺子屋からは『おおー』とか『こえェー!』とか『ただの案山子?』など、各所賞賛のコメントが送られた。
授業が終わった後、子どもたちは案山子を触ったりしながら、これから花壇を守ってくれる存在を歓迎していた。
慧音の意見をよくもここまで具現化したと思う。オレ、SUGEEEEEEE!!
?『……すごい』
皆が教室でわいわいしている中、縁側から小さな声がした。
見ると、チサトが縁側から足を出して、座っていた。
「だろ、せんせーやべェだろ?」
チサト「……うん、やべぇ」
生徒に褒められるのは悪い気がしない。
疲れたので、縁側に座っているチサトの隣に腰を掛ける。
汗をかいていたシャツを春風が通り抜けた。
空は雲一つない快晴。昨日の雨は何処へ行ったのだろうか。
チサト「……先生」
「ん」
チサトはオレの包帯に巻かれた左腕を見ている。
チサト「……腕、妖怪に?」
素朴な疑問だった。
オレは答えに躊躇ったが、
「そうだ、妖怪に襲われた」
チサトの黒い目は、知っていたと言うようにオレの左腕を凝視している。
チサト「……食べられた?」
「食べられていない。ただ、折れただけだ」
チサト「……」
無言、遠くで鳥のさえずりが聞こえる。
チサトは何度も口を開いたり閉じたりしていた。
彼女の選んだ言葉は、一言。
チサト「……怖かった?」
――人間は、妖怪に、虐げられている。
その言葉が、オレの頭の中でぱっと浮かんだ。
「まぁ、怖かったな」
妖怪に襲われた記憶がフラッシュバックする。
エンカウントして一瞬の出来事だった。何もできずにただ返り討ちにされた。本当にそれが起こったのかさえ実感が湧かない。
傷を見るたびに、そう思っていた。
チサト「……私も、怖い」
重々しい一言だった。その理由には、触れてはいけないような気がした。
しかし、今聞かなければ今後二度と聞けない、チサトの事を知ることが出来なくなる――。
そんな気がした。
「どうして?」
出来る限り優しい声音でそう問いかける。
チサト「……昔、妖怪に、襲われた」
初めて聞いた、チサトの過去。
ぎゅ、と胸に手を当てながら、苦しそうに、チサトは口を開く。
チサト「……怖かった、頭を打って……身体が動かなくなって……」
「……そうか」
身体が動かなくなる。
その感覚は、オレ自身も感じたものだった。しかし、彼女の場合、その怪我によって今の状態――虚弱体質へと変わってしまったのだろう。
父親に負ぶわれて寺子屋を行き来する、その理由。
小さく震える彼女を、オレは真っ直ぐに見つめる。
「だから、怖いのか」
こくり、と黒髪が揺れる。
妖怪に襲われたことで、癒えぬ傷を負い、妖怪を恐れる人間は想像以上に多いようだ。
やはり、人里は妖怪に脅かされている、この現状。
――博麗神社に来なさい。
別れる際の霊夢の言葉。
チカラ。
オレはどうしても、チカラが欲しい。
人を守ることが出来るチカラを。
「大丈夫だ、チサト」
チサト「……?」
「妖怪から人を守る。オレが、皆を守るよ」
オレは勢いよく立ち上がる。
曇りなき青空、木々を揺らす涼しい風がオレたちを包み込んだ。
チサト「……赤せんせー、が?」
「あぁそうさ。寺子屋の子どもたちには指一本たりとも触れさせはしない」
何かを口にすると、そこには言の葉が生まれる。
そいつは言った言葉が現実になる力がある。
――言葉は、魔法だ。
オレの覚悟を聞いたチサトは、口元を歪ませ、慣れていないような微笑みを見せてくれるのだった。
「さ、授業が始まるぞ」
チサト「……うん」
教室へ戻る。
中庭の案山子は空を見上げ、屈託のない笑顔を浮かべていた。
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