東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~ 作:ようひ
『オレには夢がある!』
男は虹色の旗を片手に丘の上で叫んだ。
目の前に広がる海に聞いてほしくて、太陽に向かって誓いたくて、ここに立っている。
その言葉は、男に言い聞かせるようにして言ったものだった。
男には夢がある。
『オレは!永遠に続く[光の都]を見てみたい!』
[光の都]とは、俗世から繋がりを切った、いわば桃源郷のようなものだった。
[光の都]とは、実際にあるかどうかの分からない、幻の場所。
山の奥にある、海の中にある、そもそも生の世界ではない――など、噂は様々だ。
しかし男はその噂を信じて疑わない。
自分が心の底から行きたいと思っているからであった。
「[光の都]で、現実ではない世界を、俺は見てみたい!」
片手を胸に当てる。
男には力があった。
それは摩訶不思議な能力だった。
それはありとあらゆる願いを叶えられる力。
富豪も、政治家も、庶民も、そして人間以外の生物全ての希望をも叶えてしまう。
男は、そのチカラを持っていた。
目の前に広がる――波の音、汐の匂い。
風の香りは、海の向こうから来ている。
「なぁ、太陽よ!オレと杯を交わし、永遠を誓ってくれないか!」
男は座り、大きな杯に酒を並々注ぐ。
水面に浮かぶ太陽は、男を祝福するかのように輝いている。
空に盃を突き出し、一礼。
男は太陽と杯を交わした。
それが、永遠を誓う[光の都]の通路となった。
男の願いはこのときに叶った。
男の永遠の願いが約束された。
男は愛人とは離別を済ませてあった。
しかし、会えない訳ではない。
彼女も、男の後を追って、光の都へと来るのだから。
(中略)
桃の花が咲き乱れていた。
そこは人と[人ならざる者]が入り混じり、極めて不安定な世界だった。
しかし、男の求めた[光の都]に変わりはない。
失われたモノが集う都は、多くの感動を生み出した。
何より、そこは男の故郷によく似ていた。
感動は、心をより動かし、愛を生む。
『――――』
男は[人間]でありながら[人ならざる者]と親交があった。
盃を交わせば心が通う。
拳を交わせば心が通じ合う。
言葉が通じ合わなくとも、心が通い合う。
いつしか、男は[光の都]にとってなくてはならない存在になった。
それこそ、光の都を愛し、光の都に愛される存在となって――。
[あとがき、出版詳細共に無記述]
(御壱『光の都』より抜粋)
§ § §
小説は自伝的形式をとっていた。
男の夢という題目から話が始まり、[光の都]へたどり着いて、そこで何をしたか、何に出会ったか、という話。
とても幻想的な物語であり、『太陽』の存在が強調されている、というように独特な表現、著作的特徴がある。
気付けばどんどんページを捲っていた。
「光の都、か……」
小説を読んでいくうちに、疑問がいくつか浮かび上がった。
まず、男は何故[光の都]を訪れたのだろうか?その理由は文中で明らかにされていない。
次に、男の[光の都]の訪れた方法。
[太陽]という存在が鍵となっているようだが……。
また、男の持つ[チカラ]も謎であり、『全ての生物の願いを叶える』事が出来るらしい。
「……」
最後に――[光の都]という場所。
そこは人と人ならざる者が入り混じる世界だという。
それは、人間と、人間ではない何かが共存する世界であり、それはまるでこの世界と――。
「……考えすぎか」
栞を挟み、本を閉じる
鈴奈庵から帰って教材研究をしようとしたのに、いつの間にか小説に読みふけっていた。
「今!君は!冒険という名の大地を踏んだんだ!」
ジャズチックな音楽を奏でるラジオを消し、気持ちを切り替えてB5のルーズリーフを取り出し、シャーペンを握る。明日の算数の授業の予習である。
算学は掛け算から割り算へとステップアップする。
ここは児童も勘違いを起こしやすい単元なので、教師がしっかりと正しい解き方を知っておかなければならない。
小学校レベルだとしても、甘えてはならないのが教育というもの。
【割り算は、掛け算の延長線上にあり――】
参考書を読み進めていき、ルーズリーフに自分が分かりやすいようにまとめる。
イチから勉強してみると、意外な発見が多い。
これもまた、学ぶということの楽しさだろう。
(イチから、ねぇ)
ふと――昔のことが思い浮かんだ。
それは、小学校には通わず、独学で勉強していた幼少期のオレだった。
中学は何とか学校に通ったものの、勉強に置いて行かれる事も多々あった。
何より国語が苦手で、日本語さえもまともに喋られなかった。
まだ両親の事が頭から離れず、何もかもが歪んで見えた時代だ。
そんなクソッタレなオレを色んな意味で支えたのは、当時の中学の担任だった。
――放課後ならいつでも空いてるから来いよ、ミナト。
アイツがいたから、オレは勉強を好きになった。
アイツがいたから、知識を学ぶことが楽しいことと思えた。
アイツがいたから、アイツみたいに教師になりたいと思った。
アイツがいたから、クソだったオレが、今を、生きている。
(……今頃、何処で教師やってんだろ)
昔を回顧し、懐古しながら公式を写していく。
学ぶことは楽しいもんだ。
これを今度は、オレが子どもたちに伝える番である。
――よく遊び、よく学ぶ。全ては楽しんだ者の勝ちだよ。
これも担任であった彼の好きな言葉だ。
§