東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~ 作:ようひ
夕日に染まる人里は、雑踏の音を響かせていた。
農作業に疲れた足音、稼業に勤しむ足音、帰宅を急ぐ足音。
幻想郷の人間が集まるのだから、いろんな人がいて当たり前だが。
人が集まるところはあまり落ち着かない。
京都に住んでいた時も都会の喧騒から離れた場所。
でも大学に近かったので不便ではなかったが。
「さぁて、何食うか」
こちらに来てから、和食しか食べていない。
日本の食文化は好きだが、オレは若者でもある。
子どもの頃に好きだった食べ物は洋食に偏っているし、今も洋食を食べたい欲求が顔をのぞかせている。
洋食屋。果たしてそんなものは人里にあるのだろうか?
「ハンバァァァァァァグ!!!」
人ごみをかき分けて店を探す。
すると、木造家屋の建物ばかりの中、一つ際どい彩色の建物があった。
明らかに「洋食ですよ!アメリカンですよ!!」と言わんばかりの青いペンキに包まれ、看板には大きく『フレンド』と片仮名表記がされていた。
ここは洋食店だ、間違いない。
「へぇ、よさげ」
ガラス張りになったメニューサンプルには、ハンバーグやスパゲッティ、チェリーの乗ったメロンソーダフロートが展示されている。
新しくもどこか懐かしい感じだ。
白塗りの扉を押すと、チリンチリンとドアベルが二回鳴った。
「おぅ、ええじゃないか」
店内はこじんまりとしているが、茶色を基色としたアンティークな雰囲気だ。
少し塗装が剥げていたり、厨房の中は調理器具が乱雑に置いてあったり、とてもじゃないが綺麗とは言えない。
しかし、そこがまた懐かしさを匂わせた。
店員『いらっしゃいませ、フレンドへようこそ!』
目の前に現れたのは、白い制服を着た女性店員。
まるでここが幻想郷とは思わせないほどの派手さを抑えた洋服だ。
ますます好感が持てる。
店員『お客様、何名様ですか?』
明らかにひとりにしか見えないが、ニコニコと聞く店員。
「ひとりで」
店員『はい、それではこちらのテーブル席にどうぞ』
案内された席に座る。
間髪入れずに目の前に御冷とおしぼりが置かれ、メニューが開かれた。
店員『お決まりになりましたらそちらのボタンでお呼びください』
丁寧なお辞儀をして、店員は去る。
狭い店なのだからボタンで呼ぶ必要はないんじゃないだろうか。
そんなミスマッチさにますます愛着が湧いてくる。
メニューを見ると、真っ先に目に飛び込んできたのは、デミグラスソースのかかったハンバーグだった。
「正解は、越後製菓!!」
ピンポーン、と店内に響く。
すぐさま店員が来てPDT(ポータブルデータターミナル)のようなモノを開いた。
「へぇ、そんなものもあるのか」
店員『?』
「あ、ハンバーグセットを一つ」
店員『はい、ハンバーグセットをおひとつですね。ご一緒にお飲みものはいかがですか?』
「…じゃあ、ソーダフロートひとつ」
店員『ありがとうございます、ご注文は以上ですか?』
「あい」
もう一度お礼を言って去る店員。
畜生、最後に言葉巧みに飲み物を買わされた。
水で十分なのに!頼んでから後悔するのに!くそうっ、くそうッ…。
日本人は押しに弱い、遺伝子的にそうプログラミングされているのだ。
「ふぅ…」
そんなことを考えながら煙草を取り出そうとすると、ふと、こちらへの視線に気づいた。
?『じー……』
ひとりの子どもが、こちらをじーっと見つめていた。
茶色のおさげに青い着物を着た女の子。
透き通るような緑の瞳で、まっすぐな視線だ。
あまりにもこちらを見過ぎじゃないか――と思っていると、その子の正体は、オレが良く知る子だった。
「なんだ、”ミント”じゃないか」
子どもはオレが気づいたことに気づいたのか、椅子から降りてこちらに向かってくる。
ミント『赤せんせー、おはようございます』
「今はもう夜だぞ」
ミント『あれ?じゃあ、こんにちは』
「それも違う」
ミント『うーんと…あ、こんばんは!!』
「はい、こんばんは」
お辞儀をした女の子、通称『ミント』ちゃん。寺子屋の子どもだ。
非常におっとりとした性格で、少々おっとりしすぎて筆を持つまでに一分くらいかかる。
そんな人間性だが、彼女はとても絵が上手い。
この前見せてもらった慧音の絵は、まるで[エリック=カール]の絵本に出てきそうな、彩色の綺麗な絵で思わず息を飲んだ。
「ミントは、お母さんと?」
ミント「うん、すぱげってぃ食べた」
「へぇ、美味かったか?」
ミント「変なあじがしたー、なんかね、血のようなあじ!」
この子の感性は独特である。
「…それは、ケチャップっていうんだ」
ミント「けちゃっぷ?」
「そ、トマトから出来たソース」
ミント「トマト!私トマト大っ嫌い!だから血の味がしたのね!」
きゃー!と雄たけびをあげながら彼女は席に戻っていった。
母親が立ち上がってこちらに会釈する。
オレも立ち上がって会釈を返した。
着席した時、ジュウといい音を立てたハンバーグと、ぷかりとバニラアイスが浮かんだメロンソーダが置かれた。
「いただきマッスル」
ナイフとフォークを持ち、握りこぶしほどのハンバーグにナイフを立てる。
力を入れてないのにスッと切れ、断面から黄金に煌めく肉汁が鉄板に溢れた。
中までしっかりと焼かれたジューシーな肉を、口に運ぶ。
瞬間、ぎゅっと詰まった合挽肉から、ぶわっと香ばしい風味が広がった。
一噛みするごとに溢れ出る肉汁。
歯ごたえが良く口の中がとても充実した。
「うますぎるッッ!!」
食べたい、まだ食べたいと欲求をさらに刺激してくる。
ハンバーグと一緒に飲むメロンソーダは格別だ。
炭酸が乾いた喉を潤し、肉の香りを消しソーダの香りが鼻を抜ける。その瞬間はまさに快感にも近い感覚だ。
オレは我を忘れて夢中でがっついていた。
気づけば鉄板の上には何も残っていなかった。
「ごちそうさまでした」
レシートを持ち、会計を済ませる。
ミント家の親子はまだ楽しそうに話していた。
軽く会釈をして、店を出る。
夕日はとっくに沈んでいて、夜風が興奮を冷ましていく。
「いいところを見つけたぞ」
家からも近いし、お金に余裕があるときはまた来るとしよう。
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