東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~ 作:ようひ
阿求「お恥ずかしい所をお見せしました…」
意識が回復した阿求は、そういってオレに謝った。
顔はまだほんのりと赤い。
「こちらこそ、悪ふざけが過ぎたよ」
阿求「そんなこと、私が勝手に勘違いしただけですから…」
どんだけ聖人なんだこの子は。
オレのどす黒い心はあっという間に罪悪感に駆られ、更生しようと涙を流している。
気を取り直して、オレは阿求と正座で対面する。
阿求「それで、里外に出る許可が欲しいんですよね」
「あぁ」
怪訝な顔を向けられる。無理もない話だ。
阿求「聞きます。どうして許可が欲しいんですか?」
阿求に対して隠す必要はないだろう。
「単純な話だ、探す人間がいる」
阿求「探す人間…お父様ですか?」
「それもある、だが今回は別だ」
阿求に話した所で意味があるのか分からないが、味方は増やしておいた方が良いと判断する。
「外の友人が、こっちに来てる可能性が高い。いや、十中八九幻想郷に来ている。更に言えば人里の外にいる可能性が高いんだ」
阿求「…貴方の手で、見つけに行くと?」
「もちろん」
阿求「……」
オレが頷くと、阿求は少し考え込んだ。
力の持たない人間を外に出すことは、危険である。
それ故このように悩んでいるのだろう。
「言っておくが、死ぬために行くんじゃあないんだからな」
ツンデレ風に言葉が出てしまう。
べ、別に妖怪なんかに、食べられないんだからねっ!
阿求「でも……」
「頼む、お前のチカラが必要なんだ」
オレは頭を下げる。ほんのりと伊草の香りがした。忘れ去られたはずのその匂いが、オレの忘れていた友人たちへの想いを蘇らせた。
霧島凌雅、御船ナギ、鳳氷空。幻想郷に来ているであろう、その人達への想い。
少しして、阿求は「わかりました」とため息交じりに言った。
阿求「いいでしょう、許可します。その代わり――」
「その代わり?」
阿求「日没までには人里に戻ること、そして帰ってきた時には我が稗田家を訪れること。この二つを守れるのなら、関門の入出を許可します」
阿求は「爺や」と言うと、傍にいたあの老人が紙のようなものを渡した。
懐から小筆を取り出し、文字を書いていく。
阿求「無理をなさらないでください。里の外は危険な妖怪で溢れかえっています」
「イエスマム」
阿求「特に夜は決して外を出ないこと。昼時以上に危険な時間帯ですから」
「サーイエッサー」
阿求「…ちゃんと話を聞いてますか?」
「まぁ、こいつで何とか」
阿求「!!」
オレは阿求に秘密兵器――『風月堂』の苺大福を差し出す。
阿求は目を輝かせたかと思うと、両手でしっかりと受け取り、胸に抱えた。
阿求「気を付けてくださいね」
「なんくるないさ」
これで許可はもらえた。
後はゆっくりと人里の外を探索するだけだ。
オレは立ち上がり、礼を言ってから玄関へと向かう。
阿求が小さく手を振って、微笑んでくれた。そのスマイルはプライスレス。この屋敷の家宝を持ち出したとしても決して比べることの無いものだ。
玄関先を開けた老人と目が合った。戦慄を感じたものの、何食わぬ顔で外に出ようとする。
老人「命を粗末にするな、小僧」
「じーさんこそ、老い先大切にしろよ」
老人の殺気を受け流し、オレは稗田家を後にした。
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