それぞれのおしごと! ~りゅうおうのおしごと! 連作短編集~   作:あすな朗

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にちじょうのできごと! 後編

 夜。料理を食べ終え、おいしいワインを飲み干した後、僕は丁寧に食器を洗う。

 その間、彼女はソファの上に寝っ転がってごろごろしていた。猫みたいだ。

 

 時計を見たら、もうずいぶん遅い時間になっていたので、彼女に声をかける。

 

「今日も泊まってくかい?」

 

「ん、泊まる」

 

 彼女の答えを確認して、僕は風呂のスイッチを入れる。お湯の量は二人分。最近ずっと同じ量だ。

 スイッチを押すと、浴室から、さああ……という水音が聞こえてきた。浴槽に水がたまっていくときの音だ。

 

「あれ、お風呂掃除、ジンジンがしておいてくれてたの?」

 

「もちろん☆」

 

「助かる~! ジンジン気が利きすぎて私やること何も無いわぁ~。やること無いからとりあえず寝よっと」

 

「今朝早起きして食事をつくっていた人の発言とは思えないね……堕落しきってるよ」

 

「早起きしたから眠くなっちゃったんですぅー!」

 

「この時間に寝ると、夜に眠れなくなっちゃうよ?」

 

「じゃあ、眠くならないようにジンジンがかまって」

 

「はいはい」

 

 ソファで寝転んでいる彼女の隣に腰掛けて、サラサラの髪の毛をそっと撫でる。すると彼女は、目を閉じて心地よさそうな声を出した。

 

「んぅ~……もっと撫でて~」

 

「……こんな感じ?」

 

「そうそう、そんな感じ。んふぅ~……」

 

「……」

 

「………………………………すぅすぅ」

 

「珠代クン、寝ちゃだめだよ?」

 

 寝息を立て始めたので、ゆさゆさ揺すって彼女を起こす。

 

「ん~……だって、眠いんだもん」

 

「子どもみたいなこと言わないで。ほら、起きて」

 

「やだ。もうジンジンの言うことなんかきかなーい」

 

 彼女はほっぺたを膨らまして、僕の手を払いのけようとする。

 

「やれやれ、困ったなあ」

 

「困れ困れぇ~☆」

 

 そう言いながら彼女は、僕の脇腹をつんつんとつつきはじめた。

 脇腹は弱点だ。思わず変な声が出そうになって、慌てて彼女の腕を押さえる。

 

「えへへ~、ジンジンの弱点はよぉ~く知ってるもんね」

 

 僕に腕を押さえられながらも、彼女は不適な笑みを浮かべて指をくねくね動かしている。隙あらば僕の脇腹をつつこうという魂胆らしい。

 

 つつかれてなるものか、と彼女の両腕を押さえる手に力をこめると--

 

「痛っ!」

 

 と彼女が叫んだ。

 

 僕は慌てて彼女の腕を放す。その瞬間。

 

「隙ありっ」

 

 彼女は自由になった両手で、僕の脇腹を思い切りつついた。

 

「た、珠代クン!」

 

「えへへ~、だまされた」

 

「まったくもう……いたずらが過ぎるよ」

 

 困り顔で僕がそう言うと、彼女はソファの上で仰向けになって、僕の顔をじっと見あげた。

「下からのアングルのジンジンもかっこいいなあ」

 

「ほめたところで何も出ないよ?」

 

「と言いつつ、冷凍庫からとっておきのアイスを出してきてくれるジンジンなのでした」

 

「……おおせの通りに、お嬢様」

 

 僕は苦笑しながら冷凍庫を開けて、アイスを2つ取り出した。

 

「わ~い☆ ジンジンさっすが~」

 

 二人で並んでソファに腰掛け、カップアイスのふたを開ける。

 

「ところでさ、最近気になってるんだけど」

 

 プラスチックのスプーンでアイスをすくいながら、彼女は

 

「ジンジンって結婚願望あるの?」

 

 一拍の間を置いて、僕は「ないよ」と答えた。

 

「……ないの?」

 

「結婚しなくても、好きな人と一緒にいることはいくらでもできるからね」

 

 僕がそう付け加えると、彼女は「ふぅ~ん」と言ってアイスを口に運んだ。

 

「それじゃあ、ジンジンが好きな人って誰?」

 

「いっぱいいるよ。特に若手の棋士がアツくてね。八一クンはもちろん、篠窪クン、神鍋クン、それに奨励会の鏡洲クン……。まあ、その中でも八一クンは最高だね。冷静なタイプに見えるけど、ナカにアツいものを隠してるところがすごくソソるんだよなあ。最近はウケに回ってヤラれっぱなしだから、次はこっちから責めていって主導権をニギる展開にしちゃいたいね☆」

 

「うん、なんか言動がヤバくなってきたからそのへんで止めとこっか」

 

「それからね……」

 

「わー、ジンジンってば人の話聞いてなーい」

 

「八一クンよりももっと好きな人がいるんだけどね」

 

「はいはい、誰ですか?」

 

「珠代クンだよ」

 

 僕がそう言うと、彼女はスプーンをくわえたまま目を大きく見開いた。

 

「本当は結婚したいくらい好きなんだけどね。でも、歳だってすごく離れているし、大切にあずかっている娘さんに手を出したなんてことが公になってメディアなんかで大騒ぎされたら、君の師匠や親御さんに申し訳が立たないからね」

 

「……ふーん……」

 

 彼女はそう言ったきり口をつぐむと、食べかけのアイスをテーブルの上に置いた。

 その顔には、いつもの快活な笑顔は浮かんでいない。悲しんでいるようにも見えなければ、怒っているふうでもない。

 強いて言えば、将棋に夢中になっているときに少し似ている表情だった。

 

 

 彼女は無言のまま、ただじっと僕の顔を見つめている……

 

 ……

 

 …………

 

 …………………………

 

 

 

 

 

 浴室から「ピピピピッ」という電子音が聞こえてきて、僕は我に返った。

 

「珠代クン、お風呂わいたよ」

 

「…………」

 

「眠いんでしょ? お先にどうぞ」

 

 彼女は、しかし、ソファから立ち上がろうとはしなかった。彼女は座ったまま、僕に体を密着させて、顔をぐっと近づけた。

 お互いの吐息がはっきりと感じられるくらい近づいているのに、彼女は恥ずかしがるそぶりも見せず、僕の眼をじっとのぞき込んでいる。

 しばらく見つめ合った後、彼女は僕の体におずおずと腕を回した。

 

「珠代クン……」

 

 暖かい感情が心にあふれる。それを上手く言葉に変換できない不器用な僕は、少し乱暴に彼女を抱きしめた。

 

 

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