たいあたり   作:横電池

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たいあたり

 フェリーの上、気持ちいい風にあたりながら通話する。隣には相棒のスリーパーが海を眺めていた。見える景色は青々とした海と空、そして小さな島だ。

 

「うん、もうすぐ着くよ。大丈夫、忘れ物なんてしてないって」

 

 通話相手は母。通話越しでも未だに子供あつかいなのが気恥ずかしい。親にとってはいつまでも子であることはわかっているが、もう18なのだ。少しは信頼してくれてもいいと思う。

 

「いやいや、迷わないって。いくら久しぶりだからって地元で迷ったりしないって。いいって! 迎えなんていいから!」

 

 船着き場まで迎えに来ようか、という提案を拒否。いくら久しぶりの帰省とはいえ、大袈裟である。

 

「うん。うん。わかったってば。もう切るよ? はいはい、まっすぐ家に向かいますー。それじゃ」

 

 通話を終えて、島を見やる。

 だいたい七年ほどか。懐かしの故郷の姿は、あまり変わっていないようだった。

 

「アイツらも相変わらずで、変わってないかもね」

 

 通話が終わったことに気づいたのか、こちらに視線を向けるスリーパーに、独り言ともとれる言葉を呟いた。

 この子は島を出てから共に過ごした子だ。だからアイツらと言われてもわかりはしない。もしかしたらエスパータイプらしく、心のなかでも見透して理解をするかもと思ったが、無表情な様子でわからずじまいであった。

 

 スリーパーは人差し指をつきだしてきた。それに応えるように、こちらも人差し指をつきだし、合わせる。

 

 意味はない。たぶん。

 

 だがこれをすると、この子は心なしか機嫌がよくなるのだ。それなりに長い付き合いだが、この子の考えが未だにときたまわからなくなる。凄いポケモントレーナーなどは、互いに完全に理解しあっているのだろう。自分には遠い関係に感じる。

 

 七年前とアイツが変わっていないなら、この子にはしばらくモンスターボールの中にいてもらうこととなる。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

『こわくない?』

『コイツならこわくないよ。だってコイツ、すごいよわいんだよ』

『でも、進化したらすごく強いよ』

『よわいうちにこう、以心伝心なくらい仲良くなればいいんだよ』

『できる気がしないんだけど……』

『じゃあ見捨てちゃうの?』

『……それはちょっと』

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 七年ぶりの実家の姿に自然と笑みがこぼれた。昔のままの姿に、思い出が蘇る。もちろん、昔と全く同じ姿と言うわけではないが。

 見慣れぬ新品のママチャリがあったり、当時やっていた家庭菜園が枯れていたり。ママチャリは母親が新しく買ったと言ってたのを聞いている。家庭菜園は……おそらく根気が続かなかったのだろう。

 ちなみに相棒のスリーパーはモンスターボールに入ってもらっている。

 

「ただいま」

「おかえりー!」

 

 玄関を開けるとすぐに出迎えが来た。電話越しからでもわかっていたが、相変わらずの元気な様子に思わず笑ってしまう。

 

「思いだし笑い? 相変わらず我が娘ながら変な子だわ……」

「母上のハイテンションに思わず笑っちゃっただけだよ」

「今回は母上呼びかぁ……やっぱり変な子だわ……」

 

 母は呼び方が気にいらないようだ。だが、ある程度歳を重ねると昔のように呼ぶのは気恥ずかしく感じてきたのだ。そのためしっくりくる呼び方を探して色々試行錯誤しているだけなのだ。ちなみに前回の電話口では母ちゃんだった。

 玄関で靴を脱いでいると、妙に靴が多い。靴のサイズはそれぞれ異なっている。どうやら誰か来ているようだ。

 

「母上、靴多いけど、誰かお客さん来てるの? それとも靴コレクターになったの?」

「母上そんな趣味もってないわ。叔父さんの靴……あ、叔父上の靴よ」

「おじさんのだったんだ。なるほど納得」

「そこは叔父上じゃないのね」

 

 おじさんは時々ポケモンバトルの指導をしてくれている人だ。実家を出てからも時々指導をしてくれる。それでも最後に会ったのは数年ほど前になるが。なんにしろ、この島では数少ないポケモントレーナーである。

 

「おじさんも、やっぱりギャラドスの件で?」

「そうなのそうなの。たまたま近くに仕事に来てたみたいで、ギャラドスを追い払ってくれたの」

「仕事って……夜に起きたって聞いたけど」

「たまたま近くまで写真を撮りにきてたそうなのよ」

 

 おじさんはトレーナーでもあると同時に、フリーのカメラマン。と本人は自称している。しかし信じている人は少ない。カメラを持ち歩いてはいるが、写真を見せてもらったことがないのだ。まだ自分の腕じゃ恥ずかしいから、といつも拒否される。それでカメラマンを名乗るのはどうなのか、見栄か。と周囲は結論付けている。そのためおじさんの仕事については誰も深く突っ込まない。

 

「あ、そうそう。それでね、叔父さんも今日からしばらく泊まるみたい。だから悪いけどあんた、エー君と同じ部屋で寝てくれない?」

「え……。いやいや……え? 同い年の異性と同じ部屋て……え? 母上?」

「いいじゃない別に。エー君の家が壊れちゃったから家に来てるって電話で言ったじゃない。それにエー君は叔父さん苦手みたいだし」

 

 エー君とは、幼馴染のようなものだ。私がこの島を出るまではずっと一緒に遊んでいた。だが、島を出てからは特に連絡を取り合っていなかった。年に一度の年賀状を送り合う程度になっていたのだ。島にいた頃は、互いにエー君、ヒーちゃんと呼び合う仲だった。

 一応今回会うつもりだったが、同じ部屋はどうかと思う。

 

「七年近く会ってないんだよ? 家にいるのはわかるけど、部屋一緒なのはおかしくない?」

「いいじゃない別に。昔みたいに過ごせば」

「子供のころと大人の今じゃ一緒に寝るのは危ないじゃない!?」

 

 肩にぽん、と手を置かれた。

 

「エー君は、あんたが変な子ってよく知ってるから大丈夫よ……」

「真面目な顔でそういうこと言うのやめてくれない?」

 

 なんでこんな変な子に……よよよ。と三文芝居を始める母はなんて無礼なことだろう。ただ少し、ほかの子より趣味が違うだけなのだ。

 

「とにかくエー君と会ってきたら? あんたの部屋にいるから」

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

『ねえねえ』

『何、また悪の組織ごっこ? 嫌だよ恥ずかしい』

『違うってば。コイツに名前つけない? 名前で呼んだ方が仲良くなれると思うしさ。思いつかないなら我がつけるけど』

『……試しにどんな名前考えてるか言ってみて』

『深海の悪魔トゥーヌ・バートン』

『どういう名前にしようかなぁ』

『トゥーヌ・バートン』

『よし、おまえの名前はジニアだ』

『……トゥーヌ・バートン』

『ジニアだ。ほら、ジニアもこっちの名前のほうが気にいってるみたい。あとヒーちゃんは、ネーミングセンスないから何かに名前つけるのは止めた方がいいよ』

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 七年ぶりの実家の部屋の前。普通に扉を開ければいいだけだが、気持ちの準備がいる。扉に掛かっているネームプレートは七年前と変わらず〔百億の生と千億の死を見つめる者の間〕と書かれている。文字を無理やり詰め込んだためギッチギチだ。昔の自分は考えなしだったことを自覚させられる。ネームプレートは当時と変わらないが、部屋の中にいるであろう幼馴染は、七年前と姿は変わっているはずだ。

 

 内面も変わっていればいいのだけど。

 

 自分の部屋に入るのにノックをする。ノックは三回、そして中の返事を待たずに扉を開けた。

 

「……お、おう」

「……や、やあ」

 

 着替え中だったとか、破廉恥なことをしていたとか、そういうアクシデントはない。普通に座っていた。ただ、久々の再会で互いにぎこちない空気が流れてしまった。

 

「話は聞いてるよ」

 

 互いにだんまりでは何も進展しない。そのため昔を思いだして、当時と同じような接し方を心がけようとした。腕を組み、ポーズを決めながら先手をとる。やや斜めに身体を向けるのがポイントだ。

 

「なんの話?」

「我の部屋で悪のカリスマを身につけたいんでしょ?」

「あ、これ関わっちゃダメなやつだ」

 

 まだ卒業できてないのかよ……と手で顔を覆いながら呟くエー君。卒業できていないとは失敬な。今のは七年前を再現しようとしたから出た台詞なのだ。今はあんなこと言わない。

 

「いや、今のは昔っぽく言っただけだから。今はもう、我とか言わないよ」

「だよな……さすがにそうだよな。あまりにも慣れた感じだったからまだ卒業できてないのかと思ったわ……」

 

 七年ぶりのエー君は、少し言動が荒々しい感じがした。以前はもっと大人しい感じの子だったのに。

 

「まぁ、なんだ。久しぶり。えと……」

「昔みたいにヒーちゃんでいいよ。エー君」

「相変わらず自分の名前は嫌いなのな」

 

 嫌いと言うか、苦手なだけだ。

 悪のカリスマを自称する身としては、本名がいかんせん可愛らしすぎて駄目なのだ。

 久しぶりの再会だが、名前を呼ぶと、どんどんと昔の感覚を思いだしてくる。エー君とは本当によく遊んだ。私とエー君、そしてあの子の三人?で。

 

「それはそうとエー君――――――ポケモン嫌い、治った?」

「治る気どころか治す気もないな」

「相変わらずだねぇ。アイツ以外のポケモンはまだ怖いままなんだ?」

「……」

「……それで、ジニアは今どこにいるの?」

 

 ジニア。その名前を出したとたん、エー君の表情は沈んだ。

 七年前、エー君と私とで世話をしていた、コイキングだ。陸に打ち上げられて、弱っていたところを発見したのだ。そして当時からポケモン嫌いなエー君の荒療治として、コイキングの世話をするという手段をとった。そのコイキング。ジニアとだけは、エー君も仲がよくなっていったし、ジニアもまた、エー君に懐いていたと思える。

 

「知らない」

「……電話でギャラドスが暴れてエー君の家が壊されたって聞いたけど、やっぱりそのギャラドスってジニア?」

「それもわからん。アイツかもしれないし、違うギャラドスかもしれないし」

「なんでわからないのさ。世話してたんじゃないの?」

 

 ポケモン嫌いなエー君でも、ジニアは特別だ。初めは渋っていたけども、ジニアの世話をすることを最終的に決めたのはエー君なのだ。

 

「アイツは……ヒーちゃんがいなくなってから捨てた」

「――――え?」

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

『もうずっと、はねてるね』

『けどさ、ジニアって呼ぶと、一際大きくはねるよ』

『トゥーヌ・バートンじゃ反応してくれない……』

『でも本当にはねるしか出来ないんだね』

『うん。あ、でもコイキングは一応たいあたりも出来るらしいよ』

『へー。でもジニアのたいあたりって……』

『うん。よわいと思う』

『……ジニア! たいあたりだ! さぁこい!』

『いや、出来ないコイキングのほうが多いから……あ、出来た?』

『おお、出来た、よね? けど』

『うん、よわいね』

『うん。たいあたりされたはずなのに、軽く、ポンって叩かれた程度の威力だった』

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 ジニアを捨てた。

 その言葉は信じがたいものだった。あれほどジニアと仲がよかったのに、いったい何故捨てるに至ったのか想像もつかない。

 

「え、えと、なんで?」

「知ってるだろ。ポケモンは怖いんだ」

「……でもジニアは怖くなかったでしょ? あ、もしかしてギャラドスに進化したから怖くなった? 大丈夫だよ。進化したってジニアはジニアだよ?」

 

 ギャラドスに進化すれば、見た目も強さも大きく変わる。その際性格も変わるという話を聞くが、このことは伏せておく。

 

「捨てた時は進化はしてなかった。今はもう進化したのかどうかもわからね。だからあのギャラドスもジニアかどうかわからない」

「え……な、なんで捨てたのさ」

「言っただろ。怖いからだよ」

「ジニアは怖くなかったじゃない!」

 

 思わず声を荒げてしまった。捨てたのは本当なのだろう。怖いと感じたのも本当なのだろう。だけどなんで怖いと感じたのか、エー君はそれを話してくれていない。

 

「ヒーちゃんといたときは、怖い面を見せなかっただけだ……」

「そんなのあるわけ……っ!」

 

 エー君の言葉に反論しようとしたとき、部屋の扉が開いた。

 

「えっと、声が外まで漏れてたから何事かと思って来たんだけど……とにかく落ち着こう?」

 

 ノックもなしに扉を開けたのは、自称フリーのカメラマンのおじさんだった。

 

「突然入っちゃってごめんね。喧嘩でも始めちゃうのかと思って慌てちゃったんだ」

「いえ、別に気にしてません」

 

 正直なところ、デリカシーのない人だと思ったくらいには気にしたけどもいい。少し熱くなりすぎていたのだ。そのため、おじさんの来訪は落ち着くのにいいタイミングだった。

 

「それにしてもエー君、やっぱりあのギャラドスは君の友達だったんじゃないかな」

「だからわかんないって言ってるじゃないすか。てか盗み聞きですか? しかも普通に会話に参加してるし……」

「ははは。ごめんごめん」

 

 このおじさんはやっぱりなんか苦手だ。ポケモンバトルについて色々教えてもらったりはしていたが、どうしても苦手だ。妙なところで図々しいし、なんというか、嫌な目をしているのだ。上手く言えないし、なんとなくという根拠のない感覚だが、とにかく嫌な目をしているのだ。

 エー君も苦手に思っているのか、どこか対応が刺々しい。

 

「おじさん、ギャラドスの姿見たの?」

「ああ、たまたま近くまで写真を撮りに来てたらね。丁度ギャラドスが家を壊す場面に出くわしたんだ」

 

 本当に写真を撮りに来ていたのだろうか。正直すごく胡散臭い。空き巣とか泥棒をしてたとか言われた方が納得が行きそうだ。

 

「それで手持ちのポケモンでなんとか応戦してたんだけどね。逃げられてしまったんだ」

「おじさんでも逃げられたんですか……」

 

 胡散臭くて苦手なおじさんだが、ポケモンバトルは私より強い。何度も指導を受けて、バトルをしたが勝ったことはない。

 

「ああ。さすがはギャラドスと言ったところだよ。だけど次は大丈夫さきっと。そういえば、ヒーちゃんはあれから手持ちのポケモンをちゃんと変えたかい?」

「あ、あははー」

「変えてないのかい……。せめて何か強い技とかは……?」

「覚えてませんはい」

 

 目の前でため息を盛大につきだした。

 

「そんなことじゃ悪の大幹部にはなれないよ……」

「え、まだやっぱりそんなヘンテコなもん目指してんの? 卒業してねぇの?」

「失敬な。悪のカリスマや大幹部はあくまで物の例えだよ。とりあえず悪者のラスボス的な位置ならなんでもいいよ」

「卒業できてねぇじゃん」

 

 卒業したというのは一人称の話。我、から私になったのだ。それに目標と言うのは何かと大事だと思ったからこそ、悪のラスボスという目標を常に立てて行動している。

 もちろん犯罪行為はしないけども。あくまで悪のラスボス的な雰囲気がほしい。

 

「まぁとにかく。エー君はもしかしたらギャラドスに狙われているかもしれない。だからしばらく僕と一緒に行動してくれないかい」

「えぇ……」

「念のためだよ。あのギャラドスが君の友達だったのなら、君に捨てられたことを恨んでいるかもしれないからね」

 

 家を壊したギャラドスはジニアの可能性。それについては私も電話で聞いたとき、そんな想像をしてしまった。実際にその通りだったとしたら、ジニアをどうすればいいだろうか。おじさんはどうするつもりなのだろうか。

 

「ジニアだった場合、なんとか説得とかで収めることって出来ませんかね」

 

 どうして捨てたのかわからないが、ジニアだったとして、恨んでいたとして、弁解するなり仲直りするなりして平和に終われないか。

 

「無理だろうね。相手はギャラドス。凶悪ポケモンと呼ばれるほどのポケモンだよ。弱らせてモンスターボールで捕まえたほうがいい。……本当はヒーちゃんにも協力してもらおうかと思ったけど、手持ちのポケモンは強化されてないみたいだしやめておこうか。僕一人でも大丈夫そうだしね」

 

 何気に私の手持ちの子たちを侮辱している気がする。だがそれよりも、おじさんはギャラドスを捕まえるつもりのようだ。やっぱりそれが一番無難なのだろうか。

 

「まぁなんだっていいすよ。ちゃっちゃとやってささーっと終わらせてくれたらそれでいいっす」

「あ、せめてジニアだった場合捕まえたら、私かエー君に譲ってもらえませんか」

 

 エー君の言葉に物申したい気持ちが芽生える。だが今言ったところで、何かを変えられる気はしない。それよりジニアだった場合、エー君の元へ戻してあげたい。そう思い頼んでみたが

 

「ダメだよ。たとえその、ジニアとかいうやつだとしても。狂暴だ。しかるべき施設で矯正するかしないといけない。僕はそういう施設に伝手があるから僕に任せておいてくれないかい」

 

 矯正が済んだら、戻してくれるということだろうか。

 確かに、そのギャラドスがジニアだとしてもエー君の家を破壊したのは事実だし、矯正するのは必要だ。

 

「それじゃ、明日はエー君は僕と一緒に行動しよう。あ、そうそう。もうすぐ夕飯できるらしいよ。すっかり話し込んじゃって忘れてたよ」

 

 やっぱりこのおじさんはなんだか苦手だ。

 そう思いながらも三人でぞろぞろとリビングへ向かい、夕飯を食べた。久々の母の味を堪能できると思ったが、冷凍食品オンリーだった。買い込み過ぎて冷凍庫がいっぱいだから消費したいとのこと。

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

『ヒーちゃん見て見て』

『いいよ、見てあげる』

『ジニア! たいあたり!』

『……いいよ。見てあげる』

『いや、今のだよ。ジニアにこうやって手のひら向けて、たいあたりって言ったら手のひらに当ててくるんだ』

『ほうほう。それで?』

『え。それだけだけど』

『……』

『ハイタッチみたいなもんだよ。すごい賢くない?』

『親ばかだぁ』

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 夕飯を食べ終わり、お風呂を済ませた後部屋に戻る。やはり実家の百億の生と千億の死を見つめる者の間は落ち着く。これでエー君とは別の部屋だったらさらに落ち着いただろう。普通は別々のはずだ。それとも私の普通が間違っていて、実際は一緒の部屋が普通なのだろうか。

 

「普通この歳なら男女別だと思わない?」

「超思う」

 

 隣の布団で寝転がっているエー君に私の感覚が正しいか聞いてみた。やっぱり普通は別であると確信。母は変人であることも確信。

 

「私の母上が変な人でなんかごめんね」

「ヒーちゃんも変な人だからしょうがないわ」

「なんて失敬な」

 

 七年と言う年月がすっかりエー君を捻くれた子にしてしまった。

 

「だいたいな。百億の生と千億の死の間ってなんだよ。なんだよこのセンス。意味わかんねえ」

「いかにも最終ステージって感じでかっこいいじゃない」

「カッコいいけどイタいわ。生で見るとイタいわ」

 

 部屋名の話からどんどんと盛り上がっていく。七年の間にあった他愛のない出来事や愚痴。最近の好きなドラマに好きなラストバトルの流れなどなど。

 

「本当に、七年経っても相変わらずだなヒーちゃんは。トレーナーになるって島出ていったのに全然変わってない。ポケモンも持ってるんだろ?」

「うん。今日は五匹。皆今はボールに入れてるよ。ポケモン嫌いが治ってたら会わせようかと考えてたんだけど……」

「あー、なんかごめん」

「いや、いいよ。けど会おうと思ったら教えてね。皆良い子たちだよ。親ばかじゃないよ」

「ふーん……ところで名前とかつけてんの?」

「うん。私がつけたよ」

「……可哀想な子たち」

 

 エー君は昔から私のネーミングセンスに文句を言う。私は七年前とあまり変わってないように感じられているようだが、ネーミングセンスは変わったと自負している。

 

「失敬な。名前だけでも紹介しちゃうよ。スリーパーの死神、サン。ドククラゲは深闇の使者、シュバルツ。ドードーは煉獄の魔鳥、サルバロス。ゴーストは始原の恐怖ドゥムシビス。カイリキーは異なる力、てつぞう」

「聞いただけでお腹いっぱいだわ。何その二つ名的なの」

「二つ名だよ?」

「おおぅ……」

 

 最近はあまり二つ名では呼んでないけども。周りの目線がちょっと辛くなってきたからである。

 ちなみにカイリキーは交換してきた子だ。さすがに改名はさせられない。ちょっぴり名前は浮いているが、とてもいい子であることに変わりはない。

 

「しかもほとんど悪そうな名前ばっかり……」

「あの子たちも名前にも、罪はない……」

「何かっこつけてんだ」

 

 二つ名で呼ばなければ普通の名前だと思うが。

 

 さて、そろそろいいかな。夜も遅い時間で、久々の再会からの駄弁りをある程度やった。打算的な考えがあったわけではないが、ついでに今なら口が軽くなっているだろうから、ジニアと何があったのか聞いてみてもいいかもしれない。

 

「ねえ」

「ん?」

「ジニアと何かあったの?」

「……」

 

 沈黙。

 絶対に何かがあったと思わせる沈黙である。今更何もないといっても無駄であるリアクションであった。

 

「……本当に、何もない」

「そんな沈黙入れられて何もないとは思えないんだけど。何かされた?」

「……ジニアが何かをしたわけじゃないんだ。本当に」

「じゃあエー君が何かした?」

「……したことは、捨てたことだな」

「だからそれがなんで? 怖いって何が怖かったのさ」

 

 コイキング相手に。進化もまだしてなかったコイキング相手のどこに怖さを覚えたのか。

 

「……ジニアだって、コイキングだって、ポケモンだからな」

「あんだけ世話してて、いきなりやっぱりポケモンだし無理って……」

「ジニアのたいあたり、覚えてるか?」

「え、うん。あの弱々しいの」

 

 たいあたりと呼んでいいかわからないアレ。一応体重10キロはあるコイキングだ。それが跳ねて身体をぶつけてくるのだからもうちょっと威力があってもよさそうな、そんな気持ちにさせるたいあたり。

 

「本当は、あんなもんじゃなかった……」

「たいあたり?」

「ああ。ヒーちゃんがいなくなってから……一度コラッタに襲われたんだ」

「……」

 

 コラッタて。

 重々しく言ってるけどコラッタて。

 

 いや、ポケモン嫌いの本人には相当恐怖だったのかもしれない。

 

「その時助けてくれたのがジニアだ。コラッタめがけて、たいあたりをした。それまで見てきた弱いやつじゃない。ちゃんとした、たいあたりだった。当たらなかったけど」

「うん。うん? 全然怖がる要素がわからないんだけど」

「まぁ、今の部分だけ聞けばそうなるよな」

 

 まだどこか伏せているのか。こんなにも勿体ぶるような性格だったろうか。

 

「コラッタには当たらなかったけど、コラッタの後ろにあった木には当たったんだ。今思えばそれほど太くはない木だった」

「その木が折れた?」

「ああ。その木が折れた時、気づいたんだ。最弱と言われてるポケモンでも、木を折れるくらいの力はある。今までやってきていた、たいあたりはただのじゃれ合い。少し力加減を間違えれば怪我をする。最弱相手に」

「でもコイキングに怪我させられたなんて聞いたことないけど」

 

 聞かないだけであるのだろうか。一応コイキングと言えど10キロの体重はあるし、勢いがついていたら怪我もするかもしれない。

 しかし、ジニアはエー君にあれほど懐いていたのだ。怪我をさせるようなへまをするとは思えない。

 

「コイキング……最弱相手ですら、怪我をする。それが進化してギャラドスになったらどうだ? 怪我なんかじゃ済まない」

「それまでに信頼関係を築けば……」

「どれだけ懐いてくれていようが、ほんの少しポケモンが力を振るっただけで死ぬかもしれない。そう考えだしたら、そばにいるのが怖くなった」

「それで、捨てた?」

「……ああ。薄情だとは自分でも思うよ。だけど、どうしても一度考えがよぎるとまともに触れ合えなかった。触れ合えない分だけ嫌われて、本格的に攻撃されたらってさらに悪循環に考えてしまって……手元に置いておくことができなくなった。だから、川に放して逃げた。ずっと後ろで跳ねる音が聞こえてたけど、捨てて逃げた」

 

 打ち明けられた話にどう返していいかわからなくなった。考え過ぎだ、と言うのは簡単だ。だけどやはり、こういった問題は当人の内面の話。外野が何を言っても無駄だと思えた。だからと言って、無言も考え物だ。幼馴染の悩みの吐露。それに対応できないで、どうして悪のラスボスポジションを目指せようか。

 

「もしあのギャラドスがジニアなら、あのおっさんの言う通り恨んでるだろうな……」

「……よし、今からギャラドスに会いに行こっか。二人で」

「…………は?」

「もしジニアなら会って仲直り、そんで触れ合って怖くないことを認識しよ。ジニアじゃないならないで、なんとかゲットして少しずつ慣れていこう」

「いやいやいやいや。無理無理無理無理。確実に死ぬし、なんで二人だけで会いに行く必要あるんだよ。そりゃ、悪いことしたとは思ってるけど、仲直りなんて出来っこないし、怖いままでいいと思ってるから」

 

 あまり乗り気ではないエー君。

 だが、考えてみたが、仲直りのチャンスは今しかないと思えた。明日を迎えればおじさんが同行する。そしておじさんがギャラドスを捕まえれば、しばらくそのギャラドスと会うことはできない。

 破壊されたのはエー君の家のみ。ジニアである可能性が高いのだから、会わなくては。

 

「別に仲直りできなくてもいいよ」

「おいおいおい。言ってることが滅茶苦茶だ」

「矯正施設だかなんだかに行かされてからだと、もう信頼なんて芽生えないと思う。今回仲直りできなくても、また次のチャンスを狙うためにも、捕まえに行こう」

「いや、だから――――」

「それに、本当にジニアが恨んでるとは思えないよ……」

 

 言われた言葉に一瞬唖然としたエー君。思ってもなかったのだろうか。

 

「いや、恨んでるだろ……ジニアは助けに来たのに、俺はジニアを捨てたんだ」

「……ジニアが本当に恨んでたとしたら、きっとエー君はここにはいないよ」

「……は?」

「もう死んでるでしょ?」

 

 ジニアがギャラドスになっていて、恨んでいるなら家だけ破壊なんてしないと思う。出払っていたのならともかく、襲ったのは夜だ。なのに被害は家の崩壊のみ。誰も怪我をしていないのだ。

 凶悪ポケモンと言われるギャラドス相手にそんなこと、普通はあるわけない。ましてやエー君の家は誰もポケモンと過ごしていないのだ。ポケモン相手に身を守る術のない家なのだ。

 

「うん。やっぱり考えれば考えるほど、そのギャラドスはジニアだよ。そして、恨んでなんかいないはず」

「そんなわけあるか……」

「信じられないなら信じられないで、今はそれでいいよ。それじゃ確認しに行こう!」

 

 布団から出てバッグを背負う。中には空のモンスターボールが一個。

 ジニアなら、恨んでいないのなら、きっと抵抗せずに入ってくれる。エー君がこのモンスターボールを使えば、すぐに受け入れてくれるはず。

 ジニアを捕まえるのはエー君でなくてはいけない。おじさんではないのだ。

 

「大丈夫、こわくないよ。このままだとジニアは矯正施設とかいうとこに連れていかれちゃう。理由も聞かずにそんなとこへ行かせるなんて……見捨てるなんて出来ないよ」

「……本当に、ヒーちゃんは昔っから変わらないな……」

 

 そんなに言うほど変わっていないのだろうか。

 自分では結構変わったと思っているのに。そんなことを考えている間にエー君も布団から出て支度をし出した。

 

「エー君も変わってないじゃん」

「そうだな。相変わらずこわい」

「けど見捨てれないんでしょ?」

「一回すでに見捨てたけどな……」

 

 自嘲気味にエー君は言った。その調子でまた沈まれては困る。

 

「けどまた拾おうとしてるじゃない。それに、今度は見捨てないように変わればいいしね」

「すげぇ簡単に言ってくれるな……」

「どんなことでも簡単に言えるくらいじゃないと、ボスにはなれないよ」

「……なーんでこんな変な性格のまま育っちゃったのか」

 

 なんでこうも変だ変だと言われるのか。失敬である。

 

 そんなやり取りをしながら支度を終えて、こっそりと二人で家を出た。

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

『このモンスターボールに普通は入れるんだって。そしたら野生のポケモンでもすぐに仲良くなれるって』

『えー。なんかやだそれ』

『えー。どうしてさ。ジニアを入れたらいつでもどこでも、一緒に居れるようになるんだよ』

『だってあんな小さい球の中に押し込めるじゃん。それに、あんなの使わなくても仲良くなれそうだし』

『ほっほう。エー君、そういうの自信過剰って言うんだよ』

『うるさいなー。でもジニアとはこうしてハイタッチできるくらいの仲だよ。ジニア、たいあたり!』

『うまいこと跳ねて手に当たってくるねえ』

『ヒーちゃんがやってもしてくれないのにね』

『むぅ』

『まあ、ジニアとはボールなしでも仲良くなれてるし、そのボールはいらないよ』

『はーい』

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 ジニアのいそうな場所を探す。と言っても心当たりは数少ない。私とエー君、そしてジニアと一緒に遊んだ小川、ジニアを見つけた浜辺。それくらいしか思いつかない。しかし、それらの場所を探したがジニアはいなかった。

 

「ジニアー! いるなら出ておいでー!」

「ジニア……」

 

 小川から少し離れた森の奥で大声をあげて探す。あの子は賢い子だった。自身の名前もすぐに理解するような子だった。なら何年もたった今でも、名前を覚えている。

 

「全然見つからないな……まさかもうおっさんにやられたとか……?」

「それはないよきっと。おじさんの靴は出るときまだあったし」

「そう、だよな……」

 

 しかし見つからない。もうすぐ夜が明けてしまう。夜が明けたら時間切れのようなものだ。おじさんが動きだしてしまう。

 ギャラドスはひこうタイプでもある。ならば空を飛んでいるのだろうか。探す範囲に上空も考えないといけない。

 

「エー君、ポケモンを出すよ」

「ああ、確認とらなくて大丈夫だ」

 

 急に出したら怖がって腰を抜かすかなとまで考えたけど、杞憂なようだ。ジニアを探すのに夢中だからだろうか。いい傾向に感じた。

 

「ん。サルバロス、お願い」

「すまん。出すときニックネームじゃなくて学名? で言ってくれ。何が出てくるかさっぱりわからん」

 

 謎の注文である。一応紹介はしたはずなのに。名前だけだけど。

 

「ドードーだよ。サルバロス。お願い、出てきて」

「ドードーか。ドードーなんだな」

 

 付け加えて言うなら煉獄の魔鳥・サルバロスだ。

 

 モンスターボールから出てきた双頭の魔鳥、サルバロス。この子は飛ぶための翼はない。だが、跳ぶための自慢の足がある。

 

「サルバロス、私とエー君乗せて跳べる?」

「え、こいつで飛ぶの? え?」

 

 問いかけに力強く鳴き声を持って答えるサルバロスもといドードー。その返事を聞いて確信。無理ですって答えたわコイツ。やっぱりそらをとぶのは翼を持った子じゃないとダメか。それかせめてドードリオにならないとダメか。

 

「いやいや、絶対無理だからな。ドードーの体格的に絶対俺たちを乗せるなんて無理だからな! すげぇ力強い返事だったけど無理だからな!?」

「いや、わかってるけど」

「わかってたんだ! ……んえ? な、なんだこいつ」

「どしたの、サルバロス」

 

 ドードーがエー君に詰め寄ってくる。そのつぶらな瞳は、どこか不満気に燃えている。

 

 あー。

 エー君の無理無理発言が気に障ったようだ。このサルバロス、こんなやつ乗せて跳ぶなんざ余裕ですぜ! と言わんばかりに興奮している様子。

 

「エー君、サルバロスがエー君を乗せたいって」

「え、やだこわい」

「サルバロス今すごいやる気なんだよ。大丈夫、怪我はさせないよ」

 

 エー君は引け腰だ。だがドードーは乗れと言わんばかりに背中を向けて器用にお尻から詰め寄る。そんな器用な面があったとは、と自身の手持ちのポケモンの新たな面を発見して少し感動を覚えた。

 

「いやいや、尻向けながらにじり寄るな……寄るな寄るな……」

「はは、ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから」

「変な言い方やめろ」

 

 変な言い方に感じたのはきっとエー君の心が汚れているからだ。どう考えても変な言い方ではない。

 

「そんなこと――――――! サルバロス! そらをとぶ!!」

「――――――っ!?」

 

 鬼気迫る言い方だったからか、ドードーは咄嗟の指示に従って、高く高くに跳び上がった。もちろんエー君は乗せれてない。

 そしてドードーがいた場所に凄まじい勢いで通り過ぎていく巨体。

 

 ギャラドスがそこにいた。

 

 今のはひょっとしてたいあたりだったのだろうか。初歩的な技であの迫力はちょっと怖すぎる。ドードーが着地したらすぐに交代した方がいいだろう。あの子の覚えている技に、攻撃に転ずる技はそらをとぶしかないのだ。

 

 エー君は突然の登場に驚き固まったままだ。

 

「エー君しっかり!」

「――――――あ、ああ」

 

 ギャラドスは視線を私と空に跳んだドードーにしか向けていない。

 その立ち位置は、エー君を守るように立っていた。その姿がジニアであるという予想を確信に変えさせた。あきらかに庇っている。

 

「ジニア、私たちはエー君を襲ってたわけじゃないよ。っていうか、私のこと覚えてる?」

 

 名前を呼んだからか、ドードーからは完全に視線を外して私にのみ視線を向けてくる。その視線はかつての面影を一切感じさせない。あの間抜けな顔はどこへ行ったのか。たらこ唇以外面影ないじゃないか。

 

「ジニア、なのか……?」

 

 エー君の言葉に大きく身体が揺れた。あとは当人同士でちゃんと話し合えば自然と解決に向かいそうだ。もっとも、話し合うというのが難しいことだけど。

 なんせ人間とポケモンだ。言葉が違う。長年連れ添っていれば、簡単なニュアンスは伝わったりするが、ジニアとエー君は何年も別離していたのだ。

 

「ジニアなんだな……」

 

 二度目のエー君からの名前呼び。私が何もしてこないと悟ったのか、私から視線を外し、身体ごとエー君に向きなおるジニア。

 

「ジニア。俺のこと、恨んでないのか……?」

 

 ジニアは応えない。ただエー君に視線を向けているだけだ。

 

「俺のこと、嫌ってるか……?」

 

 ジニアは声を発しない。代わりに、頭を下げてエー君に摺り寄せてきた。

 

「……嫌ってないのか?」

 

 明らかに撫でろと言うような意思表示だ。この姿のどこが凶悪ポケモンなのか。最悪な展開にならずに済みそうで安堵する。ジニアが実は狡猾な復讐を企てていて、家を破壊して徐々に苦しませるのが目的だった。とかまで想像していたけど無用だった。

 

「エー君、もうすぐ夜が明けちゃう。だいぶ明るくなってきたよ。これ使って」

「んぇ。これ、モンスターボール?」

 

 ジニアは私のことは無視している。そういえば、お前は昔からそういうやつだったよ。私には冷たいやつだったよ。

 

「今のジニアは凶悪なポケモン扱いなんだよ。とりあえず一度ボールに入ってもらって、ほとぼりが冷めるまでこっそり密会で我慢して。きっとジニアもエー君がボールを使うなら受け入れるよ」

「あ、ああ」

 

 モンスターボールを使ったことがないからか、動きがぎこちない。ボールを持った手を、徐々にジニアに近づけていく。やたらと震えているのが気になるところだ。投げればいいのに、と思わなくもない。

 

「―――痛ぁっ!!」

「――――――え」

 

 あと少しでボールが触れるというところで、エー君が腕を抑えてうずくまった。

 

 電気――――? 今、確かに見た。エー君の持っていたモンスターボールに、突然雷光が走ったのを。

 

 ジニアが電撃が飛んできた方角を見据えながら、うずくまるエー君を庇うように動いた。雷撃はエー君に直撃したわけではなさそうだ。その代わり、モンスターボールが直撃を受けて、使い物にならなくなっていた。

 

「困るよ。そのギャラドスは僕が捕まえるって言ったじゃないか」

 

 出てきた乱入者はおじさんだった。苦手とは感じていたが、仕事以外はまともな人だと思っていた。だが今の攻撃はわざとなのだろう。エー君への雷撃。手のモンスターボールだけを狙ったのだとしても、被害が出るような攻撃。

 

「おじさん、この子は凶悪じゃなかった。家を壊したのは何か理由があるみたい。だからエー君に捕まえさせて」

 

 ニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべるおじさんに、極力冷静になるよう心掛けながら声を掛けた。少しだけ、声が震えてしまった気がした。

 

「家を壊した理由はもうわかっているよ」

 

 どうせデタラメに適当なことを言って、私たちに下がるよう言うのだろう。突然出てきただけのくせに、ジニアの何がわかるというのか。

 

「へぇ。言ってみてよ」

 

 自然と喧嘩腰になる。一応どんなふざけたことを言うのか聞いてみることにした。うずくまっているエー君が立ち上がれるくらいまでには時間を稼ぐためにも。人に対して攻撃を放ったことに、まったく気にしていないのだ。警戒しなくてはならない。

 ジニアはおじさんに飛び掛からない。エー君から離れると、エー君に危険が及ぶかもという考えがあるかもしれない。そして、おじさんが連れているポケモンに対しても警戒しているのだ。

 相手はサンダース。

 タイプ相性もまだしっかり覚えていない私だが、電気はギャラドスの大弱点だというのは知っている。相性がひどく悪い。昼間、自信満々だった理由は相性のためだったか。

 

「この島にギャラドスの目撃情報があってね」

「は? 今聞いてるのはジニアが家を壊した理由なんだけど」

「慌てないでほしいな。順番に説明しないとこんがらがっちゃうよ」

 

 いつも感じていた嫌な目。今はいつもより何割も増して嫌な感じがある。その目の正体は侮蔑の視線だ。自分以外をゴミや虫けらのようなものに見ている。

 

「そうなんだ。それじゃあ話してみてよ」

 

 順番に説明するというなら好きにさせてやる。エー君が動けるようになったら、ジニアも動きやすくなる。それまでの辛抱だ。どんなふざけた話が飛び出てくるのか、今後のことを考える片手間に聞いてやろう。

 

「ええと、目撃情報までしか話せてないね。とにかく、僕の仕事はこのギャラドスの捕獲だったんだ」

「カメラマンじゃなかったんですね」

「ああ、カメラマンは表向きの顔だよ。実際は違う。君の憧れている、悪の組織みたいなものさ」

「それで? 続きをどうぞ?」

 

 腕を組みながら聞く姿勢を見せる。おじさんから見えない位置の手で、モンスターボールを手繰り寄せながら。

 

「ギャラドスの捕獲は難しい。その強さもだけど、海か、空にいるものだからね。だけどこの島は何度も表で顔を出している島だ。だからこそ、知っている情報があった……それが、そこのガキのことだよ。コイキングの世話を熱心にしていたって言うね」

 

 相手はサンダース。ジニアだけじゃ分が悪い。だけど私の手持ちの子たちも、正直なところ厳しい。一番まともにポケモンバトルが出来そうなのは、カイリキーのてつぞうぐらいか。

 

「なら、目撃情報のギャラドスはそこのガキが持っているかもしれないって考えるのが普通だよね。だけど普段はモンスターボールを持ち歩いている様子もない。なら家のどこかにあるだろうって考えてね」

「……」

「じっくり探すために、僕はマタドガスで家を毒で充満させようとしていたんだ」

 

 ふざけたことを言っている男の姿を見る。腰にはボールが三つ。うち一つはサンダースのもの。もう一つはマタドガス。あと一つは不明。

 

「ところがまさか、ギャラドスはボールに入れてなかったとはね……。そしてギャラドスは、主人を守るため毒が広がっていく家を破壊したのさ」

「毒で充満なんて、随分派手なことしようとしたんだね」

「そうだね。だけどギャラドスさえ捕獲できれば表の稼ぎなんて微々たるものなんだ。ギャラドスを捕まえるほどの功績をあげれば、僕も幹部まで昇格するだろう。そのための犠牲はやむを得ないよ」

 

 私が憧れている悪の組織だとかふざけたことを言っていたが、こんな馬鹿に憧れた覚えはない。

 

「べらべらと手口や動機を語るとか、三流の悪者じゃん……」

「勝ちを確信しているからね」

「あー……っそ! サルバロス!!」

「サンダース、10万ボルト」

 

 空に跳び上がってから、もうとっくに着地を済ませていたサルバロスもといドードーの名を叫ぶ。

 だが、焦らせることすらできず対応されてしまった。ドードーに心の中で謝りながらボールに戻す。

 

 しかし次の瞬間、勝ち誇っている男の顔が、焦りで歪んだ。

 

 ドードーに気を取られた一瞬の隙をついて、ジニアが技を男に向かって放ったのだ。

 吹き荒れる風の塊。おそらく、ぼうふう。

 

「っ!! サンダース!!」

 

 サンダースが男を庇うように前に出た。吹き荒れる暴風の塊を一身に受け、耐えきった。

 

「馬鹿なギャラドスだ! 10万ボルト!」

「ジニア!!」

 

 ジニアは襲い来る雷撃を躱そうとしない。

 ――――躱せるはずがない。背後にはまだエー君がいるのだ。

 

「ジニア……お前……」

「エー君、そこから逃げて! ジニアが逃げれない!」

「逃げられるとでも? 悪人が秘密をべらべら話すのは、勝ちを確信しているのと、逃がす気はないという意思表示だよ」

 

 ジニアは今の10万ボルトをなんとか耐えれたように見えたが、少しして倒れた。倒れただけで、意識はまだあるようだ。唸り声が聞こえる。

 ジニアを運ぶためのボールもない。エー君ではジニアを運べる力はない。

 

「ジニア……お前のたいあたりを見て、怯えて捨てた俺なんかを……なんで……」

 

 たいあたりの単語に反応したのか、ジニアはエー君の手のひらに頭を当てにいく。かつてのように。あの頃のように。

 

「なに、してんだよ……! なんで……!」

 

「てつぞう! ドゥムシビス!」

 

 カイリキーのてつぞうを呼び出す。それと同時にゴーストのドゥムシビス。これ以上あの二人に手を出させるわけにはいかない。

 

「てつぞう! ジニアを、そこのギャラドスと、エー君を連れてここから離れて! そこにいられるとまともに戦えない!」

「へぇ。カイリキーなんて前はいなかったじゃないか。なんだ、ちゃんと手持ちを変えていたんだね」

「それが何か?」

 

 気持ち悪いにやけ面がさらに気持ち悪く歪んでいく。そして、この男にとっては優し気であろう声で話しかけてきた。

 

「ヒーちゃん。僕の組織に来ないかい? ロケット団という素晴らしい組織なんだ。君にとって悪い話じゃないと思うよ。そのカイリキーも手土産として持っていけば、ある程度の階級は約束されるはずだ。それに、ギャラドスの捕獲を協力してくれたら私からも推薦しよう」

 

 ロケット団。名前だけは聞いたことがある。どんな組織なのだろうと思ったこともあったが―――

 

「てつぞう、お願い。ジニアとエー君を連れてって」

「……仕方ない。君のポケモンとギャラドス、そのどちらも頂くとしよう。口封じももちろん、するがね」

「ロケット団に入ってほしいなら、ボスの座を譲るくらいの条件がないと入る気ないわ。それに―――」

 

 ドゥムシビスもといゴーストは、私の考えを読み取ってくれたようだ。さすがは始原の恐怖の二つ名を持つ者。

 

「それに、なんだい?」

「そんなふざけた名前の組織、なおさら入る気失せるわ。もっとかっこいい名前じゃないとダメ」

 

 私が今思いついたカッコいい名前。最高にカッコいい名前の組織。その名を言うと同時にゴーストが―――

 

「地の底より溢れる闇の牙団とかどうさ!」

 

 ――――――――こわいかおをした。

 

 ―――――――――――決まった。最高にカッコいいコンビネーションだ。カッコいい団名とともに、恐怖の演出。

 

「サンダース、10万ボルト」

「ドゥムシビスー!!」

 

 ドゥムシビスが倒れる。よくやったと心の中で褒めながらボールに戻した。

 

「こんな時にもふざけれるとは、たいしたもんだよ」

「誰がふざけてなんかいるのさ。私は至って大真面目だよ。ふざけてんのはお前じゃない? ギャラドス一匹のために民家を毒で満たそうとか。そもそもロケット団ってなにさ。飛ぶの? 高いところは煙と馬鹿しか好まないだっけ?」

「負け犬の遠吠えも、ここまで来るとたいしたもんだよ」

 

 残りはスリーパー、ドククラゲの二匹。

 一方相手はサンダース、マタドガス、そしてあと何かが一匹。

 

「サン、繋げるよ」

 

 サンもといスリーパーを出す。わざわざ私がポケモンを出すのを待ってくれるとは。

 

「スリーパーか。ちゃんと攻撃技は覚えさせているのかい? 君のポケモンはどいつもこいつも、まともな攻撃技を覚えさせてないから心配だよ。君の頭の」

「まもる」

「……どうやら覚えさせてなさそうだね」

 

 当たり前だ。

 

 幼馴染がポケモン嫌いなんだ。ずっと疎遠だったとはいえ、いずれ再会する日が来ると思って、怖いイメージを深くさせないためにも、攻撃技はあまり覚えさせないでいたのだ。この男にそれを言ってもわからないだろうが。

 

 スリーパーが防御の姿勢に入る。

 

「時間を稼いでカイリキーが戻ってくるのを待つ作戦かい?」

「さぁ?」

 

 いくら待っても攻撃してこない。スリーパーの集中力が切れた瞬間に襲い来るつもりだろう。

 

「サン! かなしばり!」

「サンダース! 電光石火!」

 

 ほぼ同じタイミングで命令を言ったが、サンダースの攻撃のほうがはるかに速かった。とはいえとんでもなく早いただの体当たり。かなしばりが遅れて決まり、動きが鈍くなった。

 

「時間稼ぎばかり……! サンダース! いい加減仕留めろ!」

「からみつく!」

「――――んな!!」

 

 スリーパーではない。あの男がスリーパーとサンダースの攻防に夢中になっている間に出していた。シュバルツことドククラゲの、からみつく。

 無駄に伸縮性を見せつけてサンダースに触手を絡みつかせる。

 これで素早い動きは封じた。

 

「卑怯な! シングルのポケモンバトルで!」

「なにそれ初耳! 悪役名乗るなら卑怯とか言ってんじゃない!」

「確かにそうだな! その通りだ! 君はこれで馬鹿でなければ素晴らしかったのにな!」

「シュバルツ!!」

「サンダース!!」

 

 シュバルツは水タイプ。電気に弱い。サンダース相手には危険なのはわかっている。だからこそ、サンダースの次の行動なんて簡単に想像がつく。

 

「ミラーコート!」「10万ボルト!」

 

「なにぃ!!」

 

 まともな攻撃技はないけど、正当防衛用にカウンター系は覚えさせている。自慢の電撃のエネルギー、変換してお返しだ。

 

 サンダースとドククラゲのいる場所から激しい雷光。

 そしてそれが止み終わったころ、サンダースは倒れていた。遅れてドククラゲも倒れる。

 

「――――ッチィ! 役立たずが!」

「本当にベッタベタな三流悪役台詞だわ。こんなのに勧誘されたとか黒歴史決定じゃない」

「減らず口が! ウツボット! マタドガス!」

 

 二匹同時投入。相手もなりふり構わずになってきたようだ。

 こちらはカイリキーがまだ戻ってきていない。場にいるのはスリーパーのみだ。

 

 スリーパーにカウンター系はない。

 仮にカイリキーが戻ってきてもカウンター以外覚えていない。あとはビルドアップとまもる、こわいかおのみだ。

 

「サン! さいみんじゅつ!」

 

 攻撃技がまともにないなら時間を稼ぐ。そのためにも催眠術を決めなくてはいけない。

 

「そんなあからさまなもの、決まるわけがないだろうが! マタドガス、どくガス! ウツボット、ねむりごな!」

「絡め手合戦?」

「ふん……」

 

 ではなさそうだ。鼻で笑ったのを見た。その後急いで悔しそうな表情を浮かべたが演技がへたくそすぎる。

 漂ってくる毒ガス、そして眠り粉。

 

 ――――――トレーナー狙い。

 

 毒ガスを出すために生まれてきたと言わんばかりの姿なだけあって、ガスの広がる速度が凄まじい。それに紛れて眠り粉が舞う。両方吸えば、眠りながら毒に蝕まれ、死に至るだろう。あの男がわざわざ助けるとは思えない。三流悪役に期待するだけ無駄だ。

 

「毒ガス溢れる家に入る計画だったんだっけ。ならそりゃあガスマスクも持っているか」

「ふふ、冷静だね。そしてその通りだとも。見抜いてくれて助かるよ。いつまでとぼけるべきか悩んでいたからね」

 

 そう言って懐からガスマスクを取り出す男。

 

「やっぱりさ」

「なにかな。命乞いかい? でももう遅いよ」

「いや――――」

 

「――三流すぎない?」

「……あ?」

 

 言われたことにしばらく理解できなかったのか、遅れてイラだった様子を隠さない声を出す。

 

「サン! やっちゃって!」

「何をする気かしらんが……! マタドガス! えんまく!! ウツボット! はっぱカッター!!」

 

 男は二匹に命じて、ガスマスクをかぶろうとし、そして気づいた。

 ガスマスクがいつの間にかなくなっていることに。代わりにあるのは振り子のようなものだった。

 

 スリーパーの使う道具の振り子である。

 

「まさか! トリックですり替えを……! くっ……まずい……!」

 

 毒ガスと煙幕により、こちらの姿が見えていないようだ。もっとも、こちらも声しか聞こえないが。

 だがだいたい予想は着く。この手の三流は、手が尽きたら逃げる。ポケモンを置いてでも。

 

「どこ行く気?」

「……我らロケット団の勧誘を蹴ったこと、いずれ後悔させてやる……!」

 

 捨て台詞までベタベタな三流だ。もはや惚れ惚れする。

 

 姿は見えないが、聞こえる音的に、大慌てで去って行ったようだ。

 少しだけ安堵。さてどうしようか。

 

「サン、戻って」

 

 スリーパーをボールに戻す。これでボールの中にいる子たちは毒にやられることもない。

 

 すり替えたガスマスクは、ウツボットの葉っぱカッターで切り裂かれていた。ガスマスクとしての機能はもうない。走って逃げようと思ったが、腰でも抜けたのか、力が入らない。正念場はまだ終わっていないと言うのにこの体たらく。

 

 どんどんと近づいてくる黒い煙と紫の煙。

 メモを取りだし書置きをする。犯人の名を書いておけば、いずれ仕返しができるだろう。

 

「―――――人知れず、毒に侵され終わる。悲劇のボスっぽくていいかも」

 

 そう呟いた時、暴風が吹き荒れ、毒ガスを吹き飛ばしていった。

 

「まさか来れちゃうとは……」

 

 毒ガスも煙幕も、眠り粉もすべて吹き飛ばした風の塊。

 この場にいてくれたら、と少し考えていた存在が都合よく来るとは。傷だらけで無理だと諦めていたのに。

 

「ジニア! もう一度ぼうふう!!」

 

 ジニアの背に乗ったエー君が力強くジニアに指示をだす。今度の風の暴力はマタドガスとウツボットに向けて。

 

「エー君、それにジニアも。大丈夫なの? 怪我とか。すごい助かったけどさ」

「この島でずっと過ごしてきたんだ! どこに何があるか、ある程度はわかる!」

 

 興奮状態なのか大きな声で応えるエー君。

 遅れてドタバタとカイリキーが走ってきた。そして私を抱きかかえてくれた。

 

「ジニアが好む木の実だって、どこになっているかくらいはわかるっての! コイツ、こんなに図体変わったのに好物変わってないしな!」

 

 さっきのぼうふうで、マタドガスもウツボットも倒れ伏していた。

 

「あのおっさんは!?」

 

 煙幕で姿が見えなかったから、どこへ走っていったかわからない。

 

 ――――――なんて答えては、二流悪役だ。私はラスボスクラスの悪役を目指すのだ。根拠が薄くても、自信満々に言いきってやる。言う程度のことすら簡単に出来ないで、どうしてラスボスを目指せようか。

 

「ここから南西! その付近からモーターボートか何かで逃亡する気だ!」

 

 今回、まだ事は大きくなっていないが、本来は毒で死人が出ていた惨事。ギャラドスを手に入れるために毒ガスを使い、そして今は私たちを口封じのため処分しようとしていたのだ。毒ガス事件があれば、橋やフェリーの乗客に検問が敷かれるだろう。そんな中、フェリーで呑気に帰るのは難しい。それに備えての別の移動手段を用意しているはず。

 そして南西には船着き場も、近隣の島への橋もない。あるのは険しい山林と波で抉れた洞窟だ。つまり、人目に着きにくい。移動手段を隠すとしたらそこ。

 

「了解! 行くぞ! ジニア!!」

「待った! 私も乗せてって!」

 

 カイリキーがジニアの背に私を放り投げる。結構ソフト目に。

 背中に乗れたのを確認してから、カイリキーは親指を立ててサムズアップしてきた。

 

「ヒーちゃん落ちるなよ!」

「ジニア! 落とさないでよ!」

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

『ジニアとエー君と我で、悪の三鬼人。なんてどうかな』

『え、やだよ。ほら、ジニアも嫌がってる』

『えー、かっこいいのに……ジニアやめて冷たい。やたら跳ねて水しぶきかけるのやめて』

『すっごい嫌がってる』

『いやこれはジニアの喜びの舞だよ』

『ジニア、嫌なら跳ねるのストップ』

『……』

『止まったね。ジニアは悪いの嫌みたいだよ』

『馬鹿な……』

『あ、そのセリフすごい悪者っぽい。ジニア、悪者を倒す役目のほうがいいよね? いいなら跳ねて』

『うわぁ、めっちゃ跳ねだした……』

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 ここ最近、懐かしいことばかり思いだす。故郷に戻ったからかもしれない。

 南西の海岸が見えてきた。そして一隻のモーターボート。

 

「見つけた!」

「ジニア!!」

 

 乗っているのは汗だくになっているあの男だ。

 

「あの三流悪役を倒すよ!! 今回ばかりはジニアを正義の味方サイドにとらえてあげる!」

「ヒーちゃんが珍しいこと言った!?」

「うっさい!」

 

 どんどんボートに接近していく。あ、これあれだ。

 

 たいあたりする気だ。ジニアのやつ。

 

 私たちが乗っているのだ。やめさせねばと思ったが、このままにさせる。どんどん近づいてくるジニアの姿に、怯え焦る三流の姿が愉快だからだ。

 やっぱり私は悪役ボスのほうが似合いそうだ。自分の考えがどうやっても悪者よりになる。

 

 

 そして――――――そのままボートに体当たりをぶちかました。

 

 ボートを破壊してジニアは突き進む。その際、吹き飛ばされたものを口に入れた。口に咥えているのはあの男だ。そのまま陸地まで飛び、人里へ降り立った。

 空からギャラドスが降りてきたことに対して目撃者が慌てだしたが、背中に私とエー君が乗っていることに気づいて立ち止まる。そしてジニアの口から吐き出された男を見て再度怯え慌てだした。

 吐き出すタイミングがひどすぎる。説明しないと誤解されて犯罪者扱いだ。

 

 幸い早朝ということもあって、人数は少ない。そのため説明も割とスムーズにできた。誤解されずに理解してもらえるか不安だったが、ジニアの、ギャラドスの姿がおとなしいことが、説得力をあげてくれた。

 交番の駐在さんを呼んでくる、と協力的な人がいたので甘えることにし、ジニアが吐き出した男を見る。

 

 吐き出された男は魘されているようだが、生きている。

 その姿を見てからエー君に声をかけた。

 

「ジニアはちゃんと命を奪わないように手加減できるみたいだよ」

「そう、だな……」

「本気のたいあたりだったら、こいつの命はなかっただろうね」

「……俺、何に怯えていたんだろうな」

 

 エー君がしんみりとした雰囲気で言う。それに合わせて私も真面目に答えよう。周囲の喧騒はこの際置いておく。

 

「さぁ? 自分で克服したことでしょ? 私にはさっぱりだよ」

 

 人間より遥かに強いポケモンの力に怯えていた。そしてその力で暴れるジニアの姿の、想像図に怯えていた。そう、私は予想している。だが実際のところ、本人しかわからないだろう。だからさっぱりだと答えた。

 

「克服、できてたかな」

「さっきまであんだけジニアに乗っておいて何をいまさら」

 

 ギャラドスに乗る。体格的には問題ない構図だが、凶悪ポケモンだ。乗るのには恐怖があるものだろう。特にポケモン嫌いにとっては。

 

「あの時は、なんだろうな。ジニアを助けなきゃ。ジニアにひどい目あわせたやつらをぶっ倒さなきゃって必死で……」

 

 エー君の話を聞きながら、少し別のことを考えてしまった。

 ジニアが今回暴れた理由。あの男が説明してたが、それ以外の可能性に今、なんとなく気づけた。このことを話せば少しはジニアとの仲直り、いやそれどころか、他のポケモンへも一定の理解をするかもしれない。

 自分でこういうことは気づくべき案件だろうが、気にせず言うとしよう。

 

「今回の――――」

「あ、あとヒーちゃんを助けなきゃって思って……ヒーちゃんがいなくちゃ、俺ダメダメだなって……そう思ったらもう、必死で」

「……ジニア、尻尾でぺちぺち叩かないで。何気に痛い」

 

 何故エー君はこうもタイミングが悪いのか。もうちょっとそれを言うのが遅ければ、私からの素晴らしい助言でジニアが機嫌を損ねることはなかったのに。

 

「エー君や」

「なんだよ。言っとくけど、恥ずかしいから蒸し返すなよ今の言葉」

「それはする気ないよ。それよりも、ポケモンも動物も、人と同じように感情があるんだよ。どれだけ生き方が違っていても、綺麗なものを見れば綺麗と見惚れるし、怖いものを見れば怖がったり、立ち向かったりする」

「あ、ああ」

「そんで今回、ジニアが暴れた理由なんだけど」

「毒ガスから守ろうとしてくれてたんだろ?」

「それもあるけどほら、サルバロス――――ドードーね。ドードーが近づいたときすごい勢いで来たじゃない」

「あーうん」

「束縛と言うか、独占する愛ってのもあるよね」

「は?」

 

 ここまで言っても気づかないエー君に、さらにヒントを与える。

 

「一応言うけど、ジニアって雌だよ」

「ふーん……ん? んー? え、流れ的につまり、えっと? ……種族違うんですけど?」

「種族が異なっていても友達になれるじゃない。なら恋人? も同じように種族が異なっていてもなれるもんかもしれないよ」

「いやいやいや、待って。俺、恋愛対象、人間」

「略奪愛もあるんじゃない? あ、ちなみにサルバロスもといドードーも雌なんだ」

「いや、んなこと言われても! ヒーちゃんの勘違いじゃね!?」

 

 勘違いなものか。

 思えば昔から、ジニアは私に冷たかったのだ。だがこの考えを持って思えば、理由がわかるというもの。

 

「どう考えても一途だよ、ジニアは。だからしっかり応えてやんなよ!」

 

 目を白黒させているエー君から遠ざかる。

 

 まだ信じられない気持ちのようだ。だが事実の後押しをしてやろう。私の語った言葉が真実かどうか、裏付けるためにも。

 

「ジニア! エー君にたいあたり!」

「は!?」

 

 私の考え通りなら、それはもうすごい勢いで、なおかつ当たる直前に緩く、ソフトに口に向かってたいあたりもといキスをするはずだ。

 

「んぎゃ!?」

 

 しかし、ジニアは私にたいあたりをした。エー君にやるより遥かに強めに。あの男にやったのよりかなり弱めに。

 

「ヒーちゃんの勘違いっぽいな……」

「ば、馬鹿な……」

 

 私を押し退けて、ジニアはエー君にすり寄る。その姿はやっぱり求愛なのではなかろうか。何度も何度も頭をすり付け、離れていた分を取り返そうと、甘えているようだった。

 

 とりあえず邪魔ものになりかねない魘された男をカイリキーに引きずらせて移動する。

 

 正義の味方の勝利のエンディングが流れている最中に、悪者サイドはいては締まりがない。

 押し退けられたし。

 別に拗ねてはいない。

 

 

 それにしても、モンスターボールなしで凶悪ポケモンをここまで骨抜きにしている姿は、やはりまるで誰からも好かれる勇者のようだった。

 これはなんとも運命的と言うか、心くすぐられる展開だ。悪者ボスと勇者が幼馴染とか、出来過ぎな流れになりそうだ。ひとり思わずニヤニヤしてしまう。

 

「ま、まってヒーちゃん! 置いてかないでくれない!?」

 

 ジニアの甘え攻撃のためか、顔中べたべたなエー君が走ってきた。なめ回されたようだ。

 ジニアの求愛から逃げるとはヘタレ勇者め。心の中で毒づく。

 だけど――――

 

「しょうがない。三人でまだしばらく、遊ぼっか」

 

 今は悪者とかそういうのは忘れて、十年前のように三人で遊んでもいいかもしれない。

 まぁ悪者とかになれたとしても、意味はないだろう。凶悪ポケモンがあの体たらくなのだから。

 

 エー君を横から抱きしめる。

 

「ヒーちゃん何してんの!?」

「ジニアー! たいあたり!」

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

『ていうか三人とも悪役である必要ないか』

『ていうか悪役必要なの?』

『大事だよ! かっこいいよ!』

『でも正義の味方のほうがいい……』

『じゃあエー君は正義の味方ね。我は悪の親玉。ジニアはー……』

『正義と悪だと仲良しになれないじゃん』

『そこはほら、正義の心? で悪を説得?』

『テキトーな感じがする……』

『まぁ説得される気はないけどね!』

『じゃあ悪のままでも仲良しにさせたらいいんだね』

『こしゃくな……』

『ジニアもその時は手伝ってね』

『微妙な跳ね方してる……』

『いやいや手伝う感じがするね……』

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 飛ばした指示にジニアは、嫌そうにのそのそと、だけども、私たちに身体を優しくぶつけてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後書き。というか設定


ゲームっぽく出てきたポケモンの覚えている技

スリーパー:まもる トリック さいみんじゅつ かなしばり
ドククラゲ:からみつく ミラーコート ミラータイプ まきつく
ドードー:そらをとぶ こうそくいどう なきごえ つぼをつく
ゴースト:さいみんじゅつ まとわりつく かなしばり こわいかお
カイリキー:ビルドアップ カウンター まもる こわいかお

ギャラドス:はねる たいあたり ぼうふう はかいこうせん

サンダース:10まんボルト でんこうせっか かみなりのキバ にどげり
マタドガス:どくガス えんまく どくどく たいあたり
ウツボット:ねむりごな はっぱカッター リーフブレード きゅうけつ


ヒーちゃんの本名
星空 姫(ほしぞら ひめ)
アイドルっぽい名前にコンプレックス
悪のラスボスとかに憧れているが悪いことはしない子。親に迷惑かけてしまうしね。


エー君の本名
錦戸 微笑(にしきど ぽえむ)
キラキラネームにコンプレックス
感受性豊かな子。想像力も逞しい子。コイキングが育った姿の妄想に恐怖して離れるほどの想像力。けどポケモン図鑑の説明とか見てたら怖いの多いしね。


ジニアが暴れた理由
作中じゃ話すタイミングないのでここに。
毒ガス以外の理由に、エー君がポケモン嫌いなため、そんな彼にポケモンを近づけさせないためだったり。
そんなわけで、捨てられて、進化してから結構頻繁にエー君の様子を遠くから見守ってたり。
それが忠愛か友愛か、親愛か恋愛か、まぁ想像に任せます(´・ω・`)


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