ギャラドスの件が終わってからの、ヒーちゃんの手持ちのゴーストのお話です。
「……どちらさまですか?」
見覚えのない姿に思わず言ってしまいました。
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「要するに、預かってほしいということですか」
帰郷する準備をしながら、言われた内容について目の前のルームメイトのヒーさんに確認するように言いました。
ヒーさんは本名で呼ぶと不機嫌になるので注意です。
「うん。嫌だったら遠慮なく断っていいよ。図々しいお願いだしね」
「別に構いませんが、理由を聞いても?」
「うん、いいよ。君の実家の周辺って確かホラースポットがあったでしょ? ゴーストタイプには嬉しい環境でしょ? この子も行ってみたいんじゃないかなって思ってね」
ルームメイトであるヒーさんは、そう言いながらモンスターボールからポケモンを出して紹介してくれました。出てきたポケモンは紫色の全体像でふわふわと浮いており、どこか靄が掛かったような輪郭。手は顔から離れて浮いている姿でした。
ちなみに地元のホラースポットは単に幽霊ポケモンがよく出るだけの場所だったりします。
「ドゥムシビスっていう子なんだ。あ、ポケモン図鑑での名称はゴーストだよ。ドゥムシビスはニックネーム」
あまりポケモンについて詳しくない私のために、ニックネームではない名称も教えてくれる気遣いに感謝と、日頃の痛々しい言動がなければなぁという残念な気持ちがやってきました。
特に断る理由もないのですが、一つだけ不安があります。
「あまりポケモンについて詳しくないので、どう世話をしたらいいかわからないのですが……」
「まぁそうだよね。私も自分の手持ちの子以外詳しくないからそうなるよね。まぁ特にやらなきゃってことはないよ。ゴーストだから運動させなくちゃってわけでもないし、ただ預かってくれるだけでいいよ」
「はぁ……そういうことなら大丈夫です」
その返事を聞いて、ゴーストが頭をぺこりと下げるような動作をしました。ゴーストタイプのおどろおどろしいイメージとは裏腹に随分と礼儀正しい子のようです。
「礼儀正しい子ですね」
「トレーナーに似てるからね」
「だいたい二週間ほどですけど、大丈夫ですか?」
「あ、突っ込みなしなのね……うん、大丈夫。お願いするよ」
そう言って渡されるモンスターボール。ゴースト君? ゴーストちゃん? が入っていたボールです。
「それじゃあゴーストさん、よろしくお願いしますね」
「あ、ドゥムシビスね」
「……シビスさん、よろしくお願いしますね」
言いにくいニックネームなので勝手に省略しました。シビスさんは特に文句もないようですし構わないでしょう。
シビスさんは私のそばに寄ってから、ヒーさんに向きなおり手を振りました。ヒーさんも手を振り返し、その姿に仲の良さを感じれました。
「明日には出発します。というかヒーさんも一緒に来ません?」
「うーん、私はちょっと地元に行かないとなんだ。なんか血縁者から犯罪組織の人が出ちゃって、事情聴取受けにいかないとでさ」
なんだかさらっと爆弾発言をされた気がします。ですが、彼女は時々そういう変な言動があるので流すことにします。
「わかりました。頑張ってください?」
「うん、頑張るよ。ついでにドゥムシビスと気が合うような友達を探してくるから期待しててね」
シビスさんは両手を高く掲げ、万歳のポーズを取ります。いっそヒーさんと一緒にいさせた方がこの子も喜ぶのでは、と思える姿です。
そのことを言うより早く、シビスさんは自らモンスターボールの中に戻っていきました。
「それじゃ、よろしくね」
翌日の夕方ごろ、シビスさんを連れて実家に到着しました。
今回の帰省は実家への羽伸ばしのための帰省というより、町内会での旅行のため家を空けてる間の留守番です。両親にシビスさんの説明はしなくてもいいと思い、特に何も教えてません。両親が家を出るまでシビスさんにはボールの中で我慢してもらいました。
考えれば、今回シビスさんを預かれたのは幸運かもしれません。本来実家で独りお留守番だったところ、シビスさんが一緒にいるのですから。
その日は家族との団欒をして、布団につきました。
次の日、朝から旅行へ行く両親を見送りいよいよもってお留守番です。
両親がいなくなってからボールからシビスさんを出します。
「シビスさん、悪いことをしなかったら自由にしてていいですよ」
ボールから出てきたシビスさんは指示を待つように私を見つめたので、自由行動の許可を出しました。
しかし部屋の中をふよふよ見回っただけで、またそばに戻ってきます。
まだ見慣れぬ環境に慣れてないのでしょうか。ボールから出たばかりだし当然といえば当然です。
……まあそのうち慣れるでしょう。
私は私で家事の準備をしないといけません。冷蔵庫にあるものから今日のお昼、そして夕飯を考えなくては。場合によっては買い物にも行かないといけません。いや、それより家具の配置確認がてら、家の掃除もいいかもしれません。
よし、とりあえず簡単に掃除をしましょう。
机の上やソファに無造作に投げられている新聞や雑誌。勝手に捨てるのは危険だと思うので、隅の方へ移動させます。両親の大雑把さにあきれる限りです。
机の上のものを移動させた後、ソファの上を見ると何故かすでに片づいてました。
「……?」
机の上にあった雑誌の上に、ソファにあった雑誌も一緒に部屋の隅にいつの間にか移動しています。
そしてそばにはシビスさんがふよふよ浮いています。
「シビスさん、手伝ってくれたんですか?」
もしかしてと思い尋ねると、シビスさんは小さく頷きました。なんて出来た子でしょう。というか物とか持てたんですね。ゴーストなのですり抜けてばかりだと思ってました。
他にも手伝うことはないか。そう聞かれているような気がして、そして少し楽をしてみたいという気持ちも芽生えたため、シビスさんに掃除の手伝いを頼みました。
数時間後。
なんということでしょう。
シビスさんの手により、届かなかった箪笥の上にも掃除の手が届き、どんどん出てくるゴミや埃のため本格的な掃除をしてしまいました。しかしシビスさんの的確な動きにより、ゴミは確実に上から下へ、二度手間もなく着々と掃除されていくではないですか。
そして今、私はソファでシビスさんが注いでくれたジュースをのんびり飲んでいるのです。
もうシビスさんのほうが私よりこの家の住民の貫禄を出しています。
私が掃除の間できたことなど、捨てていいやつと捨てたらダメなやつの判別だけでした。
シビスさんの世話をするはずが、逆に世話をされている状態です。
このまま流されていようかと考えましたが、それはあんまりです。せめてお世話になったぶん、お礼をしたいものです。
ですがシビスさんは幽霊。何をしたらいいのでしょうか。
やはり心霊スポットへ一緒に行くことでしょうか。近くの墓所やトンネルは心霊スポットというより、ただのゴーストタイプのポケモンがたむろしている場所ですが。
「……ヒーさんに聞いてみましょうか」
シビスさんがどうしたの? と言うかのように顔をやや傾けながらこちらを見てきます。それに対してただの独り言ですと言いながら、携帯電話を取りだし電話をかけます。
『おかけになった電話は、ただいま電波の届かない場所にいるか、電源を切って────』
ダメでした。
ヒーさんにシビスさんが何をされたら喜ぶか確認したかったのに。
「シビスさん、何かやりたいことはありますか?」
シビスさんに直接聞いてみることにしました。聞いても、シビスさんの言葉はわからないですが。
シビスさんは台所の方へふわふわ飛んでいき、フライパンを持ってきました。
シビスさんはゴースト……自分のお昼ごはんというより、私のお昼ご飯を作りたいのでしょうか。
さすがにそこまでお世話になるわけにはいかないので、一緒にお昼を作ることにしました。
ちなみにシビスさんもご飯を食べることはできるようです。二人分の食事が作られ、一緒に食べました。
それから───
「シビスさん、食器洗ってくるのでくつろいでてくださ……もう洗ってくれたんですね……」
「あ、洗濯物を取り込まなくちゃ……シビスさん、その畳んでるものってひょっとして……もう取り込んでくれたんですね……」
「お風呂掃除でもしましょ……もう洗ってくれたんですね……」
「シビスさん、何かいい匂いが漂ってくるんですが……あ、カレー作ってくれてるんですね……」
「せめて片づけくらいは……え、あ、はい。座ってますね……」
ポケモンと言うのはみんなこういう子なのでしょうか。どんどんと家事をしてくれているシビスさんが特別なのでしょうか。
きっとこれは後者ですね。
家事もほとんどシビスさんが一通り終わらせて、今はリビングで一緒にテレビを眺めることにしました。
テレビの画面にはポケモンバトルが映されています。シビスさんが興味あるかなと思いそのチャンネルに合わせてみたのですが、表情や動きに特に変化はありません。相変わらずのつりあがった目です。
「シビスさん、見たい番組ありますか?」
そう言いながらリモコンを渡してみます。
リモコンを受け取ったシビスさんは、チャンネルを何度か変えました。バトルには興味がないようです。
そして固定されたチャンネルは───
「……野球ですか」
野球番組が映った時、少し浮いている高度が上がったのが見えました。かなり好きなようです。
縦縞のユニフォームのピッチャーが三振を取った時、ガッツポーズを取りながら部屋中を飛び回るほど好きなようです。
…………応援している球団とかあるのでしょうか。
あまり野球は知らないですが、シビスさんの一喜一憂っぷりが面白かったので番組終了まで一緒に見ることにしました。
野球が終わり、シビスさんが悔しそうにしているころ。
もう眠るには良い時間になったので私は寝ようと思います。
シビスさんはゴーストですから夜のほうが好きかもしれません。なのでボールには戻さず好きにしていいと告げて私は布団に入りました。
……布団もいつの間にか洗濯されていたようです。シーツからお日様の匂いがします。
翌朝。実家に戻ってから三日目の朝を迎えました。
二度寝をしたい誘惑に屈しないように、顔を洗いに洗面所へ向かいます。
あ、いけない。タオルを持ってきてません。
顔を濡らしてから気づきました。手で軽く水気を飛ばしてタオルを取りに行くしかないでしょうか。
悩んでいるとトコトコと足音が近づいてきました。そして紫色の手がタオルを差し出してくれました。
今この家にいるのは私以外の存在。つまりシビスさんです。
「ありがとうございます」
本当になんて気の利く子なんでしょう。この子に甘えてしまうとどんどんダメになっていきそうです。
感謝の言葉をつげながら顔を拭います。
顔も洗ったことだし、朝食を済ませたら今日はシビスさんと一緒にお墓やトンネルへ行くのもいいかもしれません。そんなことを思いながら、シビスさんに顔を向けると何か違和感がありました。
顔の位置が昨日よりはるかに低い位置にあります。
というかなんというか……なんだか大きくなっているような、太っているような……そんな気がします。
シビスさん? は私の視線を気にすることなくリビングに向かって歩いていきました。
…………歩いて?
シビスさんは歩くための足がなかったはずです。気のせいでもなんでもなく、絶対なかったです。だからふわふわ浮いていたんです。そしてあんなにずんぐりむっくりな体型じゃなかったです。もっとこう、お化けっぽい体型でした。
私が移動しないことを訝しんだのか、歩くのをやめてこちらに振り向き待ちだしました。
その目つきはシビスさんを思いださせます。というかそっくりです。ですが色が違います。赤目に黒い瞳孔です。シビスさんは白目に黒い瞳孔です。
それにしても歯が綺麗。歯並びもよさそうです。この点もシビスさんとは全然違います。シビスさんは歯なんてありませんでした。ちょっと口元がギザギザしてて、かっこよさがありました。
ずんぐりむっくりな存在は身体を全体的に傾けて、どうしたの? と言わんばかりのポーズを取りだしました。こんなところもシビスさんにそっくりです。
しかし似た動作をしても、似たような気遣いを見せても、似たような目つきをしていても。
どう見てもシビスさんではないです。
「……どちらさまですか?」
見覚えのない姿に思わず言ってしまいました。
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冷静に状況を整理するべきでしょう。
昨日までシビスさんにお世話をされていたら、今朝はシビスさんではなく謎の紫の小デブさんにお世話になりそうになっている。
字面からしてまるで私がダメ人間のようです。お世話要素を除けば誘拐関連にあったような感覚です。ですがここはどう見ても私の実家。
となると、誘拐されたのはシビスさん。そしてこの紫の小デブさんは誘拐犯の仲間でしょうか。
しかしそれだとシビスさんにどことなく似ている部分が謎のままです。
私が考え込んでいる一方で、小デブさんは私のどちら様発言を受けてなのか、目を丸くして固まっています。まるでショックを受けたかのように。
ますます謎が深まるばかりです。
軽く沈黙が訪れましたが、それもすぐに破られました。
台所の方からヤカンの沸騰する音が聞こえてきたのです。その音が聞こえていち早く動いたのは小デブさんでした。小デブさんは台所に走っていきました。
それにしても、私は沸かした覚えはありません。ということはシビスさんがやってくれたのでしょうか。
ほどなくして、沸騰音は消えました。
遅れて私も台所にたどり着くと、なんということでしょう。
朝食がすでに完成しているではありませんか。
目玉焼きにマーガリンの塗られたトースト。そしてホットコーヒーを机に置く小デブさん。
この気の利きよう。やはりまるでシビスさんのようです。
小デブさんは私の訝し気な視線に対して、目じりが下がっています。まるで困惑しているようです。
その姿にもしやと思い、半信半疑で尋ねます。
「…………ひょっとして、シビスさんですか?」
私の言葉に何度も何度も激しく首、というか頭を縦に振る小デブさん。
肯定されはしましたが、そうなんですかとすんなり理解するわけにはいきません。真偽を確かめなくては。そう思い真偽を確かめるためある方法が思い浮かびました。その方法を実行するために、モンスターボールを取りだします。
「これはシビスさんのモンスターボールです。もし本当にシビスさんならこのボールの中に戻ることができるはずです」
一度ボールに捕まえられたポケモンは別のボールには入らないと聞いたことがあります。それが本当かはわかりませんが、今はこの風説に頼るしか私には解決案が思いつきません。
私の言葉の真意を理解したのか、小デブさんは自らモンスターボールに近づいてきます。
トコトコと歩きながら。
そしてモンスターボールに入っていきました。
ということは、やはりこの小デブさんはシビスさんということになりました。
小デブさんの正体がわかったところでボールから出します。
「本当にシビスさんだったんですね……」
私がわかってくれたことが嬉しいのか、小デブシビスさんが両手をあげて万歳のポーズをします。その動作が、やっぱりシビスさんであることを再度教えてくれました。
シビスさんが誘拐されたとかではないことがわかって安堵しました。
行方不明になられてはヒーさんがひどく悲しむでしょう。もちろん私もです。
しかし未だに問題がひとつあります。
「一晩で随分と太りましたね……」
見違えるほどにずんぐりむっくりになられて……それに足まで生えて……
この際太るのはともかく、足が生えるのは異常なのではないでしょうか……幽霊なのに……
足が生えているように見えるだけ、とはまた違う気がします。あきらかに重量がある気がします。歩くたびに普通に足音が鳴るあたり。
いえ、重量があるのは当たり前なのでしょうか。太ったのですし。それに前まで浮いていたため足音が鳴らなかったですし。ああ、ダメです。考えれば考えるほどわけがわからなくなります。
出されたコーヒーを飲みほし、冷静になれるよう努めます。
太った理由はもしかしたらストレスかもしれません。急な環境変化によるストレス。普段は食べない食べ物の摂取によるストレス。私の世話をしていたためのストレス。
簡単に思いつくだけでも三つも出てきました。
ヒーさんに怒られてしまいそうです。わずか二週間預けていただけでシビスさんが激太りしたことに。
しかし、ただ太っただけなら怒られるだけで済みそうですが、きっとそうはならないでしょう。
足が生えるなんて、奇病か何かとしか思えません。
病に関しては私にはさっぱりです。
こういう場合はどうすればいいんでしょう。病院? いえ、そうです。ポケモンセンターです。そこで診てもらうのが一番です。
「シビスさん、一緒にポケモンセンターに行きましょう」
シビスさんは不思議そうに私を見つめてきます。本人は無自覚なのかもしれません。ですが明らかに異常なのです。きっと診てもらえばなんの病気かわかるはずです。
朝食を終えてすぐにポケモンセンターに向かって診てもらい、数十分後。
「あなたのポケモンですが、異常ありませんね。健康体そのものですよ」
「えっ!?」
診察結果は異常なし。健康であるとのこと。
納得がいきませんが、ポケモンセンターが言うのであればそうなのかもしれません。ポケモンセンターから実家へおとなしく戻るとします。
異常なし。そう思いたいですが、そんなはずがありません。だって昨日まで足なんてなかったのに今朝になって突然なんです。ですが異常なしと、ポケモンに詳しいポケモンセンターが言うのであれば、これはもうあれです。
未知の病。
となると、ポケモンセンターではどうしようもないのでしょう。未知の病に今回は気づかなかったようですが、こちらから言いだして、未知の病の治療法のためにシビスさんを研究サンプルにさせるわけにもいきません。
実際治療法の発見方法は知らないのでそんなことはないかもしれませんが、最悪の展開は考えておいたほうがいいでしょう。
隣を歩くシビスさんの姿を見ます。まるで風景を楽しむように軽やかな足取りでのんびり歩いています。
とても病気に苦しんでいるようには見えません。
ただ足が生えるだけの病かもしれません。それならそれでいいかもしれませんが、それはあくまで私個人の感想です。このシビスさんの様子だと、シビスさんもこれでいいと思ってそうですが。
ですが、シビスさんの本来のトレーナーであるヒーさんはそう思うとは限りません。
今のシビスさんをヒーさんと会わせたら、ヒーさんはどう反応するか……
少し想像してみました。
『ドゥムシビスー元気だっ……た……?』
『しびーす(嬉しそうな鳴き声)』
『誰この小デブ!』
『しびーす(悲しそうな鳴き声)』
『ドゥムシビスはどこ! どこ!!』
『しびーす(切なげな鳴き声)』
不味いです。これは不味いです。
シビスさんとヒーさんが悲しいすれ違いをしかねません。シビスさんのこの変わりようでは、気づかない可能性のほうが高いです。
せめて、せめてシビスさんを以前の姿に近づかせなくてはなりません。
それこそ私が任された世話になるのではないでしょうか。
「シビスさん」
心に決意を固めて、シビスさんに声を掛けます。シビスさんは呼ばれたことに気づいてこちらに向きなおりました。
「ダイエットしましょう」
シビスさんの口が嫌そうに歪みました。目じりも下がってます。一応太った自覚はあるようです。
「私も一緒にダイエットを頑張りますから、やりましょう!」
ダイエットは一人では続けるのが困難だと聞いたことがあります。私も最近運動不足でしたし、一緒にやることを宣言しました。
ダイエットの基本は運動です。無理な絶食などに頼ってはいけません。よく食べ、よく動き、よく寝る。明日から、いえ、今日からダイエット作戦開始です。
「では家まで走りましょう! 行きますよ!」
シビスさんが嫌そうな顔をしながら一緒に走り出しました。家事をしてくれてたときは笑顔だったのに、どうやら運動は嫌いなようです。ですがここは心を鬼にして接します。痩せなくてはシビスさんはヒーさんに捨てられてしまうかもしれないのですから。
その時は私が引き取る気ですが、シビスさんとしてはヒーさんのそばにいたいでしょう。ですのでこのダイエットはシビスさんのためなのです。
あ、帰り道にドラッグストアによってプロテインでも買いましょう。運動と言えばなんとなくプロテインです。
そして、その日からシビスさんと一緒に行ったダイエット作戦はとても充実したものでした。
「シビスさん、次は腹筋ですよ。持ち上がらなくても大丈夫です。寝そべってその頭を浮かせてください。その姿勢のまま30分耐えましょう」
「シビスさん、腕立て伏せは出来ますか? ……腕が短いから難しそうですね。では正拳突きをしましょう。200回。形が崩れたら最初から数え直しですよ」
「シビスさん、スクワットは……膝を曲げて真上にジャンプ。これを繰り返してください。50回ほどやりましょうか」
「シビスさん、そろそろご飯を作らないとですね。家事をするときは常につま先立ちで行いましょう。常に運動してカロリー消費です」
「お風呂を済ませたら30分はストレッチですよ。それが終われば今日のダイエット作戦は終了です。明日は朝から走り込みですからね。町を10週くらいですかね」
「シビスさん、倉庫にサンドバッグがありましたよ。これを使ってトレーニングしましょう。あら、すり抜けますね。じゃあシャドーボクシングにしましょうか。サンドバッグは私が使いますね」
「シビスさん、そう言えば家事するときは物を持ててましたよね。ダンベルがありましたしこれ使いましょう。え、すり抜ける? ひょっとして念力的な、ポルターガイスト的な力で持ってたんですか? じゃあそれでダンベルを使いましょう。この場合回数よりも時間がいいですね。ひたすら30分やりましょう」
一週間が経過しました。
シビスさんの見た目は変わってません。ソファに座り込んで、穏やかに目をつぶってます。なんだか紫色の身体が真っ白に燃え尽きてるようにも見えます。
「シビスさん」
体重計を用意してシビスさんを呼ぶと、嫌そうな表情でこちらを見ました。シビスさんは最近不機嫌気味です。
「もう一週間経ちました。体重の変化を確認しましょうか」
見た目は変わってませんが、あれほど充実した日々だったのです。体重もちゃんと減っていることでしょう。ちなみに運動前はシビスさんは40キロでした。体重が減っていたら果物屋さんから分けてもらった、この手にもつ新鮮なリンゴをプレゼントしましょう。
シビスさんは体重計にしぶしぶ乗りました。
「…………40キロ。変化ないですね……」
なんということでしょう。
どうやら運動量が足りなかったようです。しかしもう残された時間は少ないです。
ついでに私も体重を量ってみました。
「……おかしいです」
私は体重が5キロ増加しています。理解ができません。
あのダイエット作戦は無駄だったのでしょうか。ヒーさんに返すまでの残り日数は数日しかありません。ここから痩せるのは難しいです。
「シビスさん、浮いてください」
せめて、浮くことが出来れば誤魔化せるかもしれません。食事の栄養が豊富すぎて小デブになってしまいましたが、この子はシビスさんです。と言い張るために、シビスさんにお願いしてみました。
「シビスさん?」
シビスさんはベロを出しながらそっぽを向きました。
なんということでしょう。
シビスさんは反抗期になってしまったのでしょうか。あまりのショックに思わず手に力が入ってしまいました。
その結果、手にあった新鮮なリンゴが音をたてて砕け散ってしまいました。ああ、もったいない。掃除もしなくちゃ。
「……ゴミになってしまいましたか。片付けなくちゃいけませんね」
反抗期になったシビスさんに手伝わせるのは無理でしょう。そう思っていたら、シビスさんがなにやら慌てて掃除道具を取ってきました。根は優しい子なのです。ですが今無理に手伝ってもらうわけにはいきません。私の失態による散らかしなのですから。
「ああ、いらないですよ」
手伝いはいらないです。
シビスさんが小刻みに震え出しました。どうしたのだろうと思って眺めていると、その場でぴょんぴょんと跳びはねます。手をパタパタさせながら、必死の形相で。
これは……浮こうとしているのでしょうか。まさかもう反抗期は卒業したのでしょうか。ポケモンの成長は早いものです。
少し感動しましたが、必死のシビスさんは浮くことができてません。何度も何度も跳びはねてますが、浮かぶことはありません。
しばらくしてシビスさんは膝? をつき、土下座のような姿勢になりました。
浮けないことにそんなに謝らなくてもいいのに、なんて真面目な子なんでしょう。
「シビスさん」
優しく声をかけます。シビスさんはビクッと一瞬動きました。叱られると思っているのでしょうか。
「もうゆっくり、休んでいてください。残り僅かな時間、なにもしなくていいですよ」
後は私が人間の叡智を駆使して、なんとかします。だから、数日という短い期間ですが寛いでください。
私はそう言い残して自室に戻りました。
そして自室にあるパソコンを起動し、あるものを探しました。
そしてそれを発見、お急ぎ配達で注文です。
少し値が張りましたが、これもシビスさんとヒーさんの友情のためです。
やりとげた気持ちで自室から出ると、そこには雑巾がけに勤しむシビスさんがいました。
本当に家事が好きなのですね。なにもしなくていいと言ったのに。
もはやこれは家事が趣味でしょう。それなら特に私から止めようとは思いません。私は家事をしない分、ダイエットのために筋トレに勤しみましょう。
それから実家を出るまで、シビスさんはずっと家事をしてました。
いよいよシビスさんとお別れの時がやってきました。お急ぎ配達はなんとか間に合ったので、きっと誤魔化せるでしょう。
「ただいま戻りました」
しばらく離れていた、ヒーさんとの相部屋に戻った挨拶をします。そしてすぐさま返事は返ってきました。
「おかえり。実家はど……なんだか心なしか逞しくなったね……」
「お恥ずかしいことにダイエットに失敗してしまいまして」
「ダイエットしてたんだ。山籠りして修行でもしてきたのかと思ったよ」
ヒーさんは時々意味がわからないことを言います。それにはもう慣れたのでスルーです。
「まあそれより、ドゥムシビスはいい子にしてた?」
「ええ、とてもいい子でしたよ」
早速シビスさんの話題です。動揺など見せずにモンスターボールを取り出します。あとついでにリンゴも取り出しました。
「シビスさん、出てきてください」
ボールからシビスさんを呼び出します。
大丈夫です。誤魔化せるはずです。
ボールから出てきたシビスさんは、ふわふわと浮いてる姿を晒しました。完璧です。ポーズもバッチリです。両足はヒーさんの位置からは見えないように身体の後ろに持っていってます。いいバランス感覚です。
それにしても40キロを持ち上げる風船ってすごいです。科学の力というやつでしょうか。
「ドゥムシビス、迷惑かけなか……った?」
ヒーさんの反応が微妙です。これは、不味いかもしれません。あまり使いたくないですが、目の前でリンゴを砕くパフォーマンスで流す作戦に切り替えましょうか。
リンゴを一気に砕くために力を入れようとしたところで、ヒーさんが先に動きました。
「ドゥムシビス進化したんだね! ますます立派になって……」
…………進化?
そういえば、ポケモンは進化して大きく姿を変えたりすると聞いたことがあったような……ですがそれは色々条件があったはずです。
「環境の変化で進化したのかな。なかなかいい目付きだね! というかなんで風船つけてるの? え、なんで君はリンゴ持ってるの?」
「え、えと……進化、ですか?」
「うん。ゴーストからゲンガーに進化したんだよね?」
「つまり、この姿は正常……?」
「え、そうだけど?」
…………。
なぜでしょうか。一気に疲れがやってきました。私のあの焦りはいったい……
「私がどれだけ慌てたと思ってるんですか……」
「え? あ、ひょっとして進化とか知らなかった? まあ私も自分の手持ち以外あまり知らないけど、たいていの変化は進化だよ」
その言葉に項垂れてしまいます。
シビスさんは会話の方向性を察したのか、風船を取り外し地に降りました。そしてヒーさんの後ろにまわって私から隠れました。
「ドゥムシビス? どうしたの?」
「シビスさん、そんなにヒーさんのもとに戻りたかったんですね。あんなに仲良くなったのに」
私とのお別れはあまり惜しまないようです。少しだけ残念です。
「いや、なんか怯えてない? ドゥムシビス」
「気のせいじゃないですか?」
まあそれもそうか、とヒーさんも納得の様子です。
「それにしても、進化じゃなくて別の何かと思ってたんだ?」
「何かの病気かと……私はあまりポケモンについて詳しくないんですから、進化なんて知りませんよ……心臓に悪かったんですからね!」
ごめんごめん、と軽い調子でヒーさんは謝ります。ヒーさんにとって私の心労は笑い話のようです。ひどいルームメイトです。
「進化するとは思わなかったんだよ。ごめんって」
「むー……まあいいでしょう。シビスさんとのダイエットは楽しかったですし」
「ところでですね」
「はい?」
軽く咳払いをしてからヒーさんが言いました。
「また預かってほしい子がいるんだけど……」
「嫌です。あ、シビスさんならいいですよ」
シビスさんは本当にいい子でしたし。しかし私の言葉を聞いたシビスさんはヒーさんにしがみついています。離れたくないということでしょう。
「ドゥムシビスはなんか嫌がってるよやっぱり……実はまた私、戻らないといけなくてね。事件当時のポケモンをつれてきてほしいって言われててさ。なんかローカル放送で流すみたい」
「はあ……」
「それでその時いなかった子を預かってほしいんだ。インタビューの間、その子だけ疎外感受けちゃうしね」
さりげなくテレビ出演する発言が飛び出ました。いつもの妄想かも知れないのでスルーです。
とにかく別の子を預かってほしいということでしょう。ですがまた進化なんてされては困惑します。それが本当に進化なのか、それとも実は病気なのか私には判断がつかないからです。
「嫌です。また進化なんてされては心労がすさまじいです」
「そうそう進化なんてしないよ。たいていは人と同じで年月とともに成長して進化するもんだよ」
「ですがシビスさんは……」
「ドゥムシビスは例外中の例外。環境の変化で進化なんてそうそう滅多にないからさ」
むぅ。
そういうことなら、まあ妥協してもいいでしょう。
ため息をつきながら、しぶしぶ請け負うことを決めました。
「仕方ないですね……今回だけですよ」
「ありがとう! つい最近捕まえたばかりで私もよく知らない子なんだけど、お願いね!」
よく知らない子って……
「やっぱりお断りします。性格の悪い子だったら大変ですし」
「ああ! 違う違う! 性格は間違いなくいい子だよ。ただどういったポケモンかまだ図鑑でよく調べてなくてさ」
「それならまあ……」
性格はいい子と断言したので信じることにしましょう。ヒーさんはあまり嘘をつくことがないですし。いえ、普段からの妄言は別ですが。
「ちなみになんて子なんですか?」
「うん、奈落岩、ラグナロックってニックネームの子だよ」
ナチュラルに二つ名も紹介してきました。ラグナロック……ロックさんですね。
「ロックさんですか」
「ナチュラルに人のポケモンにニックネームつけるね……いいけど」
だって長ったらしいですし。
「それで、ポケモン図鑑での名称はなんて言うんですか」
まあ聞いてもほとんどわかりませんが、一応聞いてみました。
「ゴローンだよ」
軽い気持ちで書いたんです。
そしたらなんか筋肉すごい人になったんです。
反省しますん。でも力持ちな女の子って、いいよね!!!