5.邂逅
青年はグランドラインのど真ん中にそれは気持ちよさそうに寝ていた。
そう海の上で寝ていたのだ。
海の上で寝るという一見船の上で寝ていると想像してしまうだろうが、彼は船など持ち合わせていない。
今日も今日とて珍しく気候の安定した海域を発見し、その海のど真ん中で惰眠に耽っているのだ。能力者であるのに海をなんの苦ともしない者は世界広しといえど数えるほどもいないだろう。
そもそもこんな行為を行う者は能力者でなくともいない。
そんな常識は関係ないとばかりに、仰向きに寝そべって足を組んで波と風に揺らされ、太陽の朗らかな暖かさに導かれ睡魔に落とされていた。
そんな時彼のいる海面に影が落ちた、正確には巨大な影が水面から見えた。そして水しぶきが多量に上がり、海王類の巨大な口の中に彼は飲み込まれた。
海王類は何事もなかったかのように深海へと頭を向け海中深くへ潜っていく。常人ならばすでに海王類に飲まれた時点で詰みであり、能力者であっても海王類が海中にいるため海王類の腹から脱出したとしても、溺死は免れないのだが――。
海上に巨大な柱が建った。その中心には先ほど海王類に丸呑みされて海中に引きずりこまれていた青年――カイトがいた。
空中に巻き上がった海水の雨を全く気にせず、彼は大きな欠伸を一つした。
「久しぶりに食われたな」
そう一言つぶやいて海上でのんきにストレッチを行った。その体に水滴は一滴も付いていない。
「さて、ジジバカと兄バカの依頼をこなしますかね」
彼が行動に移したのはルフィというエースとの弟でガープの孫の誕生日の数日後だ。
屈伸を終えた彼は海面を蹴り、走り出した。一歩また一歩とすさまじい加速を加えていき、グランドラインを挟み込むカームベルトを駆け抜け、目的の地である東の海
ついでにカームベルトで運悪く顔を出してしまった大型の海王類を何体か跳ね飛ばした
実のところカイトがグランドラインから出たのはこれが初めてである。世界を見て回るための金はすでに十二分にある。だが、彼は今の生活を気に入っていた。適当にシャボンディ諸島に来た海賊から賞金を貰い、適当に豪遊する。これもまた一種の自由なのだが……。
そろそろ世界を見て回ろうという気になったのだ。きっかけは勿論身内贔屓な二人の案である。カイトはそうい言う理由もあり、案外乗り気で東の海まで駆けてきたのだ。
「東の海、最弱の海とされるここだがエースやガープ中将の血縁がいるとはね」
急ブレーキをかけ、水しぶきをすさまじく巻き上げ静止したカイトは感慨深げにつぶやいた。
カイトは今までとは違いある程度の速度で走り出した。目的は適当な島。
そこでイースト・ブルーの海図を貰いフーシャ村を目指す。
鼻歌交じりに十数分走っていると島影を発見したカイトは、そちらの方へ進路を切り替えた。
比較的大きな港には多くの漁船などの船がある。目立たない位置にではあるが海賊船のようなドクロマークを帆に描いた船もこの港に立ち寄っているようである。カイトは港ではなく海賊船のように入り江から回り込むようにして上陸した。さすがに海面を人が走ってきたら不信すぎると思ったからだ。
カイトは海賊船をしり目に港へと足を踏み入れた。カイトにとってはあまり経験のない穏やかな港だ。シャボンディ諸島の船着き場など海賊で溢れている。そのため汚い桟橋は当たり前。ぼろぼろに老朽化だってしていた。
港を抜けると大きめの道路を挟むようにして様々な店が軒を連ねていた。カイトはそこの適当なレストランに昼食を取るために立ち寄った。
「おすすめのメニューで頼むよ」
カイトはウエイターにそう言って出されたお冷を口にした。ここまで走り通しで喉が渇いていたため一息にそれを飲み干す。
「くぅ~生き返る」
今度から水筒を持参しようと考えを改めたカイトはしばしの間料理を待った。
「お待たせしました」
待つこと20分ほどで料理が並べられた。
どうやらランチセットのようだ。とりあえずスープを一口して唸る。続けてカイトは美食家ではないためきれいに盛られた料理に感心しつつも、今朝獲れたばかりであろう新鮮な魚介がタップリと入ったパエリアを口に入れる。魚介の味は勿論だが適度な香辛料により生臭さなど皆無。
「うまい」
カイトは素直に感想を口にした。さらに主菜であろう肉料理、おそらくはローストビーフを口に入れる。少し歯ごたえがあるのがまたよくガーリックとコショウのアクセントが効いていた。
カイトは出された料理をすべて平らげて会計を済ませた。シャボンディ以外の物価がわかっていないカイトは高級な店だとは知らないまま、そのレストランを後にした。
続いてカイトが向かったのは海軍の駐留所である。これほど大きな街ならば海軍の支部があってもおかしくないと考えたのだ。カイトのその考えは正しくここにはそこそこ有名な海兵がいるのだとか。
「すみませーん」
間延びした呼びかけに答えたのは眼鏡をかけた帯刀した女性だった。
「はい、なんでしょうか」
「この街の名前はなんていうんですかね」
「? ローグタウンと言います」
女性は不思議そうな顔をした後にしっかりをカイトの質問に答えた。
「ローグタウン……」
何かで聞いたような覚えがあるカイトは首をひねってしばし考えた。そしてレイリーが話していた場所だということを思い出す。
「ゴールド・ロジャーの始まりであり終わりでもある街か」
「はい、海賊王を処刑した処刑台は観光名所の一つですね」
「おいたしぎ、任務だ!!」
「ああ、了解です!! では私はこれで!」
そういい残してその海兵は上司に呼ばれてどこかへ出かけていった。
「ローグタウンねぇ……」
海軍支部の建物から出たカイトは広場の方へと視線を移す。
そこには確かに処刑台があった。観光気分で師であるレイリーの友人の場所を見て回るのは気が引けたが彼は処刑台を眺めた。眺めること数分。カイトはローグタウンに並ぶ店を冷かしてから土産物屋に立ち寄った。当初の目的の東の海の海図を購入するためだ。
「ローグタウンはここで、フーシャ村は……どこだ? これか?」
買った海図を手にカイトは唸る。ローグタウンは大きく書かれていたがフーシャ村という村はごく小さな文字で書かれており、見つけるのに苦労を要したのだ。
ドーン島のゴア王国の西に位置した小さな村が件のフーシャ村である。
「さて、ひとっ走りするか」
ストレッチをした彼は海へと駆け出した。
フーシャ村には数十分もかからずに着いた。そこまで速度を上げていなかったために案外時間がかかったというのが彼の感覚だ。
彼はフーシャ村と呼ぶにふさわしい風車の数に感心しつつ、村の酒場に入った。
「すみません。人探しなんですが」
そういいつつカイトは水を注文した。
「こんな村に人探しなんて珍しいですね」
確かにドーン島に来るならばすぐそこのゴア王国に行くものである。あの国は世界で最も美しい国だと称されるほどだ。一度は見てみたいとはカイトも思っていたが、別の機会になるだろう。
「まぁ人探しを頼まれましてね。それでルフィって子を知ってますか?」
「ルフィ?」
「それなら数日前に海賊になるっていって小さな船で出港したぞ」
ウエイターが話す前に後ろに座っていた老人が口をはさんだ。
「入れ違いか」
カイトは面倒だなと思った。
「どうしてルフィに?」
「いや、エースとガープ中将に色々と頼まれましてね」
「ほう、ガープが珍しく孫の状況確認か」
「ガープ中将は海軍に入れる説得をしてくれっていってましたね。エースはルフィの助けになってくれって感じで」
「ルフィは人の話なんか聞かないんじゃないかしら」
だろうな、とはカイトも思っている。
「どこへ行ったかもわからんとなると近くから虱潰しで回ってみるか……」
カイトは大きなため息を吐き出した。
「ありがとうございました。では」
カイトはそういって色を付けた金をおいてフーシャ村を後にした。
近場の島から探していくか
カイトはそう思考し、地図を広げて付近の島に目星をつける。ルフィがグランドラインを目指すだろうというのはエースから聞いている。つまりローグタウンへのルートを通るということだ。そのルートからして一番近くにある島はゴート島、その近くにシェルズタウンという海軍支部のある島だ。その次にオレンジ諸島、ゲッコー諸島の順。そこからは様々な島があるためルートが予想確定しにくいとカイトは結論づけ、一路ゴート島へ向かうことにした。
時刻は昼過ぎも過ぎ太陽は傾いていた。ローグタウンで案外時間をくっていたのかもしれない。カイトはワームホールに海図をしまうと海へと駆け出した。
結果から言うとゴート島は何もないただの島だった。人がいた形跡がみられたがすでに無人といってもいい。カイトは特段落胆はしなかった。数日前というあやふやな日にちだが、適当な船ならばここには一日も立たずに到着できる距離であるからだ。
「次は、シェルズタウンね」
西日に照らされきらめく海面をカイトは駆ける。そうして彼は立派な海軍支部が建っている島へと足を踏み入れた。道行く人は皆活気にあふれ笑顔に満たされている。よほど海軍支部は町民にやさしいのだな、とカイトは思った。
「すみません。人探しをしてるんですが」
カイトは昼と同様にレストランに入って腹ごなしをした後に、そこのウエイターに質問した。
「麦わら帽子を被った奴がこの島に立ち寄りませんでしたか?」
結構アバウトな質問だなとカイトは心の中で自虐した。
「ええ、来ましたよ。今はもうどこかに出向したみたいですけど」
「ほんとですか!?」
「詳しい話は海軍支部の方にお聞きになってみてはどうでしょう」
カイトは礼をいい海軍支部へと足を向けた。
「麦わら帽をかぶった少年がここに来たっていうんですが、ご存じありますかね」
カイトは海賊を名乗る少年を海軍が放置していていいのか、という疑問を持ちつつも質問をした。
「ルフィくんのことか? もう少し早ければコビー君がいたんだが、なんでも本部の中将さまが直々に来なさって、彼を連れて行ったんだ」
正確にはここで近日まで悪政を働いていた海軍支部大佐の引き渡しに同行して、船の雑用係として駆り出されたのだ。
「入れ違いか、ルフィが向かった進行方向はわかりますかね」
「それなら東に向かっていったよ」
「やっぱ東か。どうもありがとう」
カイトはそういうとこの島の東に位置するオレンジ諸島を目指して海に飛び出した。
「一日に何度海を越えなきゃいかんのだ」
カイトは愚痴をこぼしつつも律儀にルフィに会おうとしていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
結局オレンジ諸島も空振りに終わったカイトは旅の疲れをいやすために、半壊しているオレンジの町の半壊していない宿屋で一晩を過ごした。なんでもバギーと名乗る海賊が大砲を町にぶっ放したのだとか、さすがは海賊だとカイトは少々の怒りを覚えた。カイトは町長に復興支援の金を手渡すと昨日同様海に繰り出した。正直金は腐るほどあるのだからこういうことに使ってもバチは当たらないだろうと彼は考えた。
日が昇ると出立したカイトは予想が比較的容易だった最後の島に向けて駆けていた。これを外すとそれこそ虱潰しに島を一つ一つ探さねばならないのだ。
「いてくれよ!」
カイトはそうつぶやくとともに速度をグンと上げた。
走ること十数分少々大きめの帆船がそこには泊まっていた。何やら騒がしい声も聞こえる帆船のせいで騒ぎの原因は分からないが、この船はオレンジの町の町長の言っていたルフィの乗っていった船の特徴とも違う。
そして少し帆に見えるドクロマークから海賊船だと断定し、海側からその船に飛び乗った。すると傷だらけで怯えているがいかにも海賊ですという風体の男たちが逃げるように乗り込んできた。
「て、てめぇは誰だ!!」
カイトの存在に気付いた海賊は満身創痍であるにもかかわらず。威勢だけはいい。
「いや、ルフィってやつを探しててな」
「ルフィ? それならそこの麦わら帽の奴だ!!」
海賊には珍しく素直に質問に返答してカイトは感心した。
「ところでお前らなんて海賊なんだ?」
「黒猫海賊団だが」
「わかった」
◇◆◇◆◇◆◇◆
麦わら帽に赤いベストが特徴の少年は辛くも黒猫海賊団元船長のキャプテン・クロを下した。
「持って帰れ!!」
そう言うや麦わら帽の少年ルフィはクロを坂の下に投げ飛ばした。
クロの抜き足により何か所も切り付けられたせいか、ルフィは前のめりに倒れる。
だが、オレンジ髪の女がそれを受け止めた。
「おつかれ様っ」
そういって彼女はルフィを仰向けに寝かせた。
「さすがのあんたもそれだけ斬られたら倒れるのね。さっきなに怒ってたの?」
オレンジ髪の女がからかう様にルフィに質問する。
「おれはあいつら嫌いだ。あいつら間違ってる……!!」
「何言ってんの海賊なのよ」
オレンジ髪の女――ナミは困ったような不思議なものを見るような目でルフィにそう言い返した。
その時、突如として黒猫海賊団の船が轟沈した。爆発が起こったのでもなければどこかから砲撃されたわけでもない。
その爆音にフラフラであったルフィも上半身を起こした。
轟沈した帆船の水しぶきの中から人影が一つ現れた。
ナミはわけのわからない新たな脅威に緊張度が跳ね上がる。ルフィも不可思議な現象に緊張とともに興味を持った。
「何の音だ!!?」
三本の刀を帯刀した剣士、ゾロもこの巨大な音に駆けつける。
その人影が水しぶきの中から姿を現す。
年は彼らよりも少し上だろうか。その手には何も持っていない。ただ東の海では見なれない服装をしている程度だ。髪は短髪、背もそれほど高くはなくゾロと同じくらいだろう。
奇妙なことにその人影に水しぶきは一切ついていない。さらに海面を歩いている。
「なにもんだ……?」
「わからねぇ……」
「ちょっと、やばくない!?」
三者三様の反応。だがいずれもその男に気圧されていた。
「おい――」
陸に上がって砕かれた地面の前までゆったりを歩いたあと、その男の第一声はそれだった。
「お前がルフィ、モンキー・D・ルフィか?」
感想待ってますー