ONE PIECE 自由気ままに   作:海鳴

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8.自由への執着

 不意に彼女の後ろから声がした。感傷に浸る彼女には無粋な声だった。先ほどまで一緒に居た海賊の中で唯一の常識人だと思っていた青年の声だ。

「カイト、なんで……?」

 ナミは驚きの声を上げる。確かに彼はバラティエにいたはずだった。追いつくにしてもジョニーたちの船ではメリー号には速力で劣るため追いつけるわけがない。ナミの誤算はまだカイトが海の上を歩けるなどとは知らなかったことだろう。それは彼の実力を全く知らないことでもあった。

「ルフィに頼まれたのさってのは建前だ」

 カイトは笑ったあと、問いただした。

「何を思い悩んでるんだよ、お前は何を一人で抱えてるんだ」

 その顔は真剣そのものだ。カイトはここで“ずる”をした。

「あんたに言ったところで解決しないわ」

 しかしナミはかたくなに言葉を口にしない。沈痛な表情から見えるのは果してどのような感情だろうか。

 カイトに頼めば、この問題が解決できるかもしれない可能性があることをナミは知っている、分かっている。唯一短い間だったが彼は頼りにできる副船長だった。

 カイトはただまっすぐにナミの目を見る。

「それが目を赤くした奴のいうセリフかよ。俺たちはもう仲間だろ」

 カイトは何の気負いもなく仲間だと言った。彼の脳裏にはこの短い航海の間で見せたルフィたちと笑いあうナミの笑顔が浮かぶ。あの笑顔が嘘だなんてカイトは信じない。

「仲間って、私はあんたたちを裏切った」

 まるで懺悔するかのようにナミは声を絞り出す。

「そうだな」

 カイトは穏やかにその声を聞いてやる。

「なのにどうして……あんたは私を仲間と呼ぶのよ!!」

 理性では止めることのできない涙がまたあふれ出す。軽々しく優しくしないでほしい。

 裏切ったことを肯定してなお、どうしてここにいるのだと彼女の目は訴えている。先ほどまで涙を流していたのだ。涙腺が緩んでいる、しょうがない。ナミは自身に言い聞かせる。前が見えなくなるほどの涙にナミは俯き、腕で目元を拭う。

「確かに短い間だったし、こうして裏切られたのかもしれない。だがその短い間一緒の船に乗って、一緒に航海をした。それで十分じゃないか」

 この小さな理由だけで助ける理由は十分だと零す。

 カイトは船で共に航海した人などいない。島から島へと行く旅路を共にした者はいない。師匠であるレイリーとはバランダム島からショボンディ諸島まで送っただけだ。他にも白ひげの船に一時的に滞在したのも航海するためではない。

 エースは友人だ。だけど短い間の旅でもルフィたちは仲間だと思えた。ともに笑いあったことが仲間の証だと思った。

「…………」

 ナミはカイトの言葉を聞き、驚きで顔を上げる。

 こんなにも簡単に信じてもらえる仲間がいることに。今まで裏切り続けた彼女の罪を、この八年間を赦してくれる。辛いこの戦いから解放してくれる。ナミはカイトの優しい言葉にそう感じてしまった。

 だが彼女は歯を食いしばる。仲間と呼ぶカイトたちに救ってほしい。だがカイトたちを危険に晒してしまう。二つの相反する感情が口から言葉を発せさせない。

 本物の仲間を欲しいの彼女は思った。本物の自由が欲しいと彼女は思った。

「何を望んでいるんだ、ナミ。俺ならそれを実現できる。それが成せる。お前の過去に何があるかは知らないし、聞かない。だが今お前を縛り付けるような呪縛は俺が引きちぎってやるよ。俺が自由にしてやる」

 カイトの声は穏やかなまま真っ直ぐと見据えている。大それた言葉通り、その声には力があった。

 彼に無理やり聞き出す気はない。察してはいても、ただただナミに問うのだ。

 己に成してほしいことを。彼女の意思を尊重する。

 ナミの瞳が揺れる。

「……助けて、くれるの?」

 彼女は消え入りそうな声でカイトの声に答えた。あと数百万ベリーを集めれば彼女の村は支配から解放される。だがその数百万はちょっとやそこらではためられない。

 今までのこの苦労が瓦解しても、カイトならば助けてくれる。この一つの希望がナミの心に去来した。

「ああ」

 カイトの返答には迷いが一片もない。

「どんな相手がいても?」

「ああ」

 もう一度大きく頷く。

「この呪縛から解放してくれる? 私を、私の村を自由にしてくれるの?」

 彼女は問う。心を氷のようにして戦った、この八年間の呪いから解放してくれるのかと。

「当たり前だ」

 カイトはナミの事情を完全に知らない。しかしそんなことは関係ない。彼女が苦しめられているということが分かればそれだけでいい。それが彼らの仲間というものなのだ。

 彼女が自由を望むのならば、彼自身の信念の元に鎖を断ち切るだけだ。それを成すために彼は力を付けたのだ。

 自由を手に入れる力を――――。

「俺がすべてを壊して、自由にしてやる!」

 涙を流し続けるナミに向かってカイトは手を差し出した。

「お願い、助けて……!」

 カイトの手を取ったナミは彼を見上げて乞うた。

 カイトの言葉にまるで“引かれる”ように。

「任せとけ」

 カイトはいつものふざけているような笑みでもなく、すべてを包み込むような笑顔をナミに向ける。自分の手を握ったナミを引き寄せて抱きしめる。

 カイトはナミの今にも壊れてしまいそうな心をどうしようもなく助けてやりたいと思った。

 惹かれてしまったのだ。“引き寄せた”のはカイトだが惹かれたのもまたカイトだった。

 我ながら現金で卑怯だとカイトは心の中で自嘲した。

 抱きしめたカイトと抱きしめられたナミにお互いに顔は見えない。ナミはカイトの不意の行動に息を飲むも、状況を理解し安心したように声を殺して涙を零す。

 カイトは前方に見えてきた島を見据えた。その眼光はそれだけで生物を殺してしまえるほど、鋭く獰猛さが滲み出ていた。彼に覇王色の覇気は扱えはしない。だがしかし、仮にその眼を見た者がいたならば、それに匹敵するほどの圧迫感と存在感を感じたに違いない。

「よく今まで頑張ってきたな。あとは全部俺に任せとけ」

 カイトは純粋に、ナミに涙は似合わないと感じた。

 カイトはそう感じて、メリー号の上で見た楽しげに笑う顔を思い出す。

 あの笑顔が嘘だとはカイトには思えなかった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 カイトがバラティエから駆け出した後。

 ゾロと鷹の目のミホークの決闘はすぐに決着を迎えた。

「なるほど、貴様もまた強き者なり……」

 鷹の目はゾロの信念を気に入った。

「はっ……」

 ゾロは鷹の目に対し、全力で立ち向かった。しかし彼の奥義も鷹の目の一刀の元に砕け散ることとなった。文字通り、三刀流の異名を持つゾロの剣は一本を残して砕かれたのだ。

 ゾロは完全に己の力を出したのにである。

「背中の傷は剣士の恥だ 斬れ!」

 ゾロはただ残った一本の刀を納刀すると手を広げる。

「名を聞こう」

「ロロノア・ゾロ」

「見事」

 鷹の目の大刀がゾロの胸を袈裟切りに斬り裂く。

「ゾロオオオオオ!!」

 ルフィが歯を噛みしめてゾロが斬られる場面を見守る。今にも助けに行きたいというのにルフィは我慢しきった。これも男の譲れない戦いだと分かっていたからだ。

「アニキイイイ!!」

 袈裟切りに胸を斬られたゾロはそのまま海に倒れる。ヨサクとジョニーが即座に救助に向かった。

「心配するな、ロロノアは生かしておいた」

 鷹の目は静かに言葉を口にする。その言葉を聞き鷹の目に殴り掛かろうとしたルフィの機先を制した。

ウソップがゾロが沈みそうになった場所まで船を動かす。

「傷薬をぶっかけろ!!」

 民間療法以下の治療だが彼らには知識がない。とにかく傷薬をかけることに専念した。

「お、おいゾロ!」

「ルフィ……!」

 ウソップたちが制止する声に構わず、ゾロは震える手で刀を掲げた。

「おれぁ……これからもっと強くなる。世界一の剣豪になるまで二度と負けねえ!! あいつに勝って大剣豪になるまでもう二度と負けねええ!!!」

 そこまで言いきってゾロは己が船長に問う。

「文句あるか、海賊王!!」

「ねぇ!!」

 ルフィは実にうれしそうに答えた。

「我が名はジュラキュール・ミホーク。いついかなる時もおれはこの世界最強の座に君臨し続け、貴様を待つ。己を知り、世界を知り強くなれ!!」

 鷹の目のミホークはゾロに言葉をかけた。己を超えるほどの成長を楽しみにしているのだ。強き者との戦いを鷹の目は望んでいた。

「幸いにして『猟犬』がいる。世の広さを教えてもらうがいい」

ミホークはそう言い残すと自身が乗って来た小舟に飛び乗って去って行った。

「な、なんだったんだあいつ」

 サンジはあまりの展開に着いていけていなかった。

「ちぃ、鷹の目は逃がしたか」

 呆然と立ち尽くすコックたちからではない方向から忌々しげな声が上がる。

「首領、船員の大半は溺れちまったみたいです」

 さらにその声の主に話しかける男が一人。船員が溺れてしまった原因は、ミホークによる船体の両断だけではない。クリーク自身がそうだったように極度の飢餓状態の者ばかりだったのだ。泳ぐ体力も残っていなかった者たちが海に投げ出されたら最後は死あるのみ。

「しぶてーなー、あの金ぴか!」

 ルフィは首領ことクリークが水面より這い上がってくるのを見て感想を零した。

「奴はどこに行った!! あの生意気な野郎は!!?」

「カイトならもうここにはいねぇぞ」

 クリークの怒鳴り声にものともせず、ルフィは腕をぐるぐると回す。

「なにい? まぁいい後で追って殺してやる。そのためにもこのバラエティエはおれが今いただく」

 青筋を立てながらクリークはコックたちに向かってそう宣言した。

「なぁおっさん!! あいつら追っ払ったら雑用やめていいか?」

「勝手にしろ」

 ルフィの質問にたいしてゼフはそっけなく答える。

「おっしゃああ!!」

 ルフィは先ほどまで鷹の目のいた浮いた木の床に着地した。

 クリーク、ギンとルフィが睨み合う。そこに、スーツ姿のコックが一人ルフィの隣に並んだ。

「加勢するぜ」

 紫煙をくゆらせるはバラエティエ副料理長サンジだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「やっぱ趣味が悪いな」

 カイトが抱いた感想はそれだった。数階建ての建物の屋根は鮫の意匠になっており、鮫の鼻から延びたギザギザの鼻には海賊旗が堂々と掲げられていた。所謂ノコギリザメがモチーフなのだろう。

「あれがアーロンパークよ」

 平素の調子を取り戻したナミは、そのパークの正面から堂々と入ろうとするカイトに対して若干不安を覚えた。メリー号は少し離れた場所に錨を降ろしている。現在はほんとに小さな小舟あるにもかかわらず、海の正面ゲートから入ろうというのだ。

「相手は魚人なのよ?」

「わかってる」

「海はやつらのテリトリーなのよ?」

「わかってる……ナミ、はっきり言ってくれ。何が不満なんだ?」

 カイトは完全に怒りが頭に来ているため、回りくどい道を取りたくないのだ。しかしナミは魚人の恐ろしさを、身をもって知っているため慎重にならざるを得ない。加えてカイトの正確な実力も分かっていないのだ。確かにルフィとゾロを簡単にあしらっていたが、それがアーロンに通用するかはナミではわからなかったのだ。

「さすがに人間であるカイトが海で魚人と戦うのは無理よ! しかもあんた能力者でしょ!?」

 ナミは至極正論で常識のある一般論を説いた。普通の人間ならばまず無理であるし、能力者ならばなおのこと無理だ。だがそれを説いた人物は常識の範疇外の人間だった。

「いや、問題なく戦える」

 カイト自身能力で海に立つこともできれば、海中での行動は自由自在。果ては呼吸も水から酸素を作り出すことによって可能になっている。これはカイトがシャボンディ諸島の生活を始めてから初めに身に付けた技だ。

 理由は魚人島に行きたかったからという単純なものだったのだが、海の面積が非常に多いこの世界でこの技術が無駄になることは皆無だ。なにせ大海賊時代なのだから。

 海でうたた寝していたところを海王類に食べられ深海に連れていかれたところで、カイトには特に焦るものではないだ。

 つまるところカイトにとって、陸も海も果ては空であっても一緒くたにして彼の戦えるフィールド足りえるのだ。

「……」

 ナミは半信半疑になりつつも、カイトの迷いのない返答に理解はできないが納得させられた。

「とにかく大丈夫だ。すぐ終わる」

 納得はいっても不安なものは変わりのない表情のナミに対して、カイトはできる限り安心させようと笑顔でそう告げた。

「え!?」

 ナミの驚きは無視する。そして小舟から海の上に着地すると、目の前のアーロンパークの門を蹴り飛ばした。

「なんだ!?」

 アーロンパークにいた魚人たちが一斉にカイトに視線を送る。

「何ごとだ!!!」

 喧騒の中でも一際大きな声が発せられる。カイトは自身に集中する視線をものともせずに後ろに隠れていたナミに聞いた。

「どれが親玉だ?」

 隠れているナミは今起こった出来事に、思考が追いついていなかったがカイトの質問には自然と答えていた。

「……鼻がギザギザしてるやつがアーロンよ」

 ナミの言葉を頭にカイトは周りを見渡す。特徴と合致した体表の青い3mはあろう巨躯が椅子に座っていた。その顔には青筋がありありと浮かんでおり、その機嫌がすこぶる悪いことを教えてくれていた。その怒りはアーロンの周りにいる仲間の魚人にも電波している。一部の魚人などは味方であるにもかかわらず怯えているほどだ。

「やぁやぁアーロン、はじめまして」

 カイトはそう言ってゆったりとアーロンパークの中に歩を進める。

「はじめましてだと!? 下等種族が何をしやがった……!!」

 アーロンは怒声を発する。

「門を開けただけだ」

「死にたいらしいな、下等種族!!」

 カイトの無神経な返答にアーロンは激怒の声を上げる。

「アーロンさん、あんたが暴れたらここが吹き飛んじまう!」

「ここは幹部に任せてくれねぇか」

「そうだアーロンさんが手を煩わす必要もねぇ」

 怒りのアーロンの前に現れたのは腕が六本ある魚人と腕に板が付いたような魚人、そして唇が異様に長い魚人の三人だった。

「……分かった」

 アーロンは幹部と言われるその三人の説得に怒りを一時的に沈めた。

「……話し合いは終わったか?」

 カイトはゆったりと歩を進め、海の上から陸に上がっていた。

「前代未聞だ」

「さっさとやっちまおう、チュッ♡」

「ふざけた男だ!」

 それぞれにカイトの来訪に対しての思いを口にする。このアーロンパークにとってはふざけた男で間違いないだろう。

 幹部である三人が口にした直後タコの魚人が海に蹴り飛ばされた。

「くたばれ半魚……!」

 いや、この場でその蹴り飛ばすという過程を目にとらえたものは皆無だ。タコの魚人は水切の石のように海面を何度か跳ね、海に沈んでいった。

「よくもハチを!! 魚人空手――」

 仲間が吹き飛ばされて激情に駆られた魚人がカイトに拳を打ち込もうと構える。

「……」

 カイトはその正拳突きが放たれる前に懐に潜り込み、人で言う心臓の位置に掌底を叩き込んだ。掌底の衝撃はカイトの能力によって増幅され、魚人はまるで紙切れのように後方に吹き飛ぶ。吹っ飛んだ衝撃でアーロンパークを覆うように建てられた塀を破壊した。

 カイトは掌底のあとに、こちらに唇を突きだしていた魚人の側頭部を蹴り抜いた。その魚人はなす術もなく回転して海に沈んでいった。

「ひれ伏せ」

 カイトが呟くとその場に立っていた、アーロン以外の魚人が一様にして膝を付き始める。膝を付いたと思ったらその膝立ちですら苦しくなったのか、彼らは這いつくばるようにして呻き声を上げる。指向性をほとんど持たない範囲攻撃。

「貴様何をした!!」

 魚人と言う同胞が地に伏して苦しみに呻く姿を目の当たりにして、さすがのアーロンも困惑した声を上げる。

 これではまるで目の前の男が支配者ではないか。

「下等種族にふさわしい格好だ」

 カイトは薄ら笑いと共になにもできないアーロンを睥睨(へいげい)した。

 当惑するアーロンは知らぬかのように、地にひれ伏した魚人たちの呻き声が次第に消えていく。気絶、あるいは体がつぶれたのだろうことは容易にわかる。

「流石は魚人、水圧に耐えれるだけはある。だが、陸上の魚のあるべき姿だ」

 アーロン以外の魚人が沈黙したところでカイトは声を発した。水圧に耐えれるという長所で褒められたが、言葉の端々に嘲りが見え隠れしていたのをアーロンは感じ取った。それは後半の言葉にありありと出ていた。

 まさにアーロン自身が人間に行ってきたことと同じ声音だったのだ。

 だからアーロンには分かった。アーロンにとってはこれほどない屈辱だろう。同胞である魚人はアーロンを残してこの場に立っている者はいない。

 アーロンだけが生かされているのだ。

「貴様……!!」

 アーロンの瞳孔が縦に割れる。怒髪天を衝いたのだ。その怒りに任せカイトに向かって突貫。

「ナミ」

 カイトはアーロンの挙動に構わずに、今まで破壊された門扉の陰に隠れていたナミに声をかけた。

「ナミだと!?」

 さしものアーロンも虚を突かれたのか動きが止まる。

「アーロン! 村は買わせてもらうわ!」

「お前の差し金だったのかナミ……!」

 ナミの宣言はアーロンにカイトを彼女が差し向けた者だと分かるものだった。

「買うだと? 喧嘩を売るの間違いだろう!」

 アーロンはナミに向かって跳躍した。いや、一直線に飛んだのだ。強靭な筋肉による驚異的な速度による攻撃だ。

「オレを忘れるなよ」

 その驚異的な攻撃、それも東の海での話だ。偉大なる航路(グランドライン)でも上位に入るカイトにとってはまさに止まっているようなものだ。

 飛び出したアーロンのギザギザした鼻を掴み取り、上に放り投げた。

「下等種族の分際で!」

 高らかに投げられたアーロンは未だに下等種族であると思っている人間に怒りを口にする。

「さて、地上と水中ではその半魚は利点らしいが空中じゃあどうだ?」

 アーロンの巨躯を軽々放り投げたカイトはアーロンが空中でもがく様を見る。その顔には確かな嘲りがあった。

 放物線を描き落ちてくるアーロンにカイトは手を向ける。そして横薙ぎに振るう。その横薙ぎに合わせるようにしてアーロンの体が横に吹き飛ぶ。そして海面へ叩きつけられた。

「アーロンに言いたいことを考えとけ」

 カイトはナミを横目で見てそう言い残し、海へ飛び込んだ。

 

「さぁ最後の人生……いや魚生か。言い残すことはあるか?」

 海中で怒りの目を光らせるノコギリザメの魚人に対して、カイトは煽るのをやめない。

 自由を侵す者には報いを。

「……能力者じゃなかったのか!?」

「能力者さ、まぁさっきまではほとんど使っちゃいなかったがな。お前は純然たる人間に負けたんだ半魚野郎」

「……お前はナミに頼まれた賞金稼ぎか」

 カイトの安い挑発にはアーロンは乗らなかった。

「まぁ当たらずも遠からず、賞金稼ぎの『猟犬』だ」

「……しらねぇ名前だ」

 カイトが賞金稼ぎを始めた時にはすでにアーロンは東の海で縄張りを張っていたころなのだ。所謂池の中の蛙だ。

「まぁ賞金稼ぎよりも今はナミの仲間としてきてる」

「仲間だと?」

「短い付き合いだが、ナミはいいやつだよ」

「あの泥棒猫に誑かされたってか?」

「そんなところだ、おしゃべりは終わりだ。どうせここでお前は死ぬ。最弱の海でお山の大将になっていい気になっていた報いだ。自由を害したことを悔いて逝け」

 アーロンの揺さぶりは全く効くことはない。実際よくよく考えれば彼は誑かされたのかもしれない。

「…………」

 カイトに告げられた死刑宣告にアーロンは口を開かなかった。

 アーロンにはわかった。地上で倒せばいいものを、態々海中での決戦を仕掛けてきているのは彼の魚人としての誇りを完膚なきまでに叩き潰そうとしていることが。そしてそれができることがアーロンにはわかってしまったのだ。

 だがアーロンは負ける戦いだと直感していても戦うことを選んだ。

 魚人は人間よりも上位の種族であるという考えが直感的な恐怖に勝ったのだ。

 アーロンは海中で加速する。地上の速度とは段違いの加速、さらに海中故の縦横無尽な挙動でカイトを翻弄しようと動き回る。

「中々速くなった」

 カイトはそう言いながら口角を上げる。彼は海中で、なおも仁王立ちで待っている。一歩も動くことなく、なんの構えを取ることもない。無防備なカイト目がけアーロンは突撃した。

 背後から首筋を食いちぎる一撃。

「ごはっ!?」

 アーロンのイメージとは違い、血を流したのはアーロン自身だった。食いちぎろうと開いた口――下顎にアッパーをもろに叩きこまれ、歯と顎が完全に粉砕したのだ。海中での最高の一撃をいとも容易くいなされたアーロンの完全敗北である。

 アーロンは痛みで飛びそうになる意識を必死に繋ぎ止め敵を睨み付ける。睨み付けられたカイトは無表情でアーロンに手を伸ばす。アーロンにとって酷くゆっくり感じた。逃げようと思えばあるいは回避できたかもしれない。だがアーロンはその場から動くことができなかった。

 カイトの手はアーロンの首を掴む。そして両足に蹴りを叩き込み、骨を折る。アーロンの首を絞めたとしても海中にいる魚人はエラによって呼吸しているためあまり意味はない。しかしその魚人の特性は意味がなかった。

 カイトは海中でその場を足場にして“飛び上がる”。

 海面に巨大な飛沫が上がる。その中から首を掴んだカイトと、首を掴まれたアーロンが引きずられるようにして現れる。勝敗はどこのだれが見ても明らかだ。ナミの目にカイトの手を外そうともがくアーロンが酷く情けなく映った。

「ナミ、言うことは決まったか?」

 ナミは未だにこの光景が夢なのではないかと思ってしまった。八年前から始まった悪夢がいとも簡単に終わりを告げようとしている。

何を言うべきか、この光景を見てナミは考える。アーロンには恨み罵りなど、いくらでも言葉はぶつけられた。

「言うことは……ないわ」

 だがナミは今までの支配がなくなるのならば、自由が手に入るのならば他に望むものはなかった。

「わかった」

 カイトはナミの言葉を聞いて首を掴む力を強める。

 周りに鈍い音が小さく響く。

 カイトは物言わぬ屍を同胞と呼んでいた魚人たちの亡骸の一角に放り投げる。

 そして魚人支配の象徴たる建物のアーロンパークに手を(かざ)す。木が軋む音がしたかと思うと一息にアーロンパークは崩れ去り、支配からの解放となった。

「これで魚人による支配はなくなり、自由な日常がまた始まる」

 カイトは崩れ去ったアーロンパークからナミに向き直った。

「……ありがとう、カイト」

 ナミは少しだけ呆けていた後に感謝の言葉を零す。その瞳からは何も零れてはいなかった。もう涙は流し終えていた。

 




アーロンが勝てるわけないだろ!!

ゾロとミホークの一戦は端折り。
ルフィ&サンジvsクリーク&ギンはカット。
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