異世界隠居 身勝手に呼ばれて身勝手に捨てられたので隠居したい 作:ジト民逆脚屋
竜胆さんの本気が始まる。
因みに、職業は《カースメーカー》だったりする。
だが、内政ガチート。レミエーレを政治的に落としたいなら、彼女を真っ先に殺そう。
暗く、しかし豪奢な飾り付けが解る一室に、数人の人間がテーブルを囲み、何かを話し込んでいた。
「それで、例の召喚勇者はまだ見つからんのか?」
「手配書を貼り出してはいるが、額が額だ。そう早くには見つからんだろう」
「悠長な事だな。あれはある意味、レミエーレの汚点だぞ?」
威厳のある声、権威に満ちた声、明らかに人の上に立つ人間達だと、その言葉を紡ぐ声で解る。
ここ、レミエーレ王国王宮の一室では、有力貴族や政治家達が集まり、王国の未来を話し合っていた。
「汚点、汚点か」
「どうした?」
その中の一人、軍に関係する壮年の男が言葉を繰り返す。
「結局、あの勇者にあの作戦指示書を出したのは、何者なのだろうな?」
「………」
その言葉に全員が無言となる。それは、男同様に解らないか、その件に関わっているからか、そのどちらかだろうが、今は判断出来ない。
「……オーフィリア家はどうなっている」
「グレイ卿の妹殿が、家督を継ぐそうだ」
「武門の誉れたるオーフィリア家を、女が継ぐか」
明らかに嘲笑と侮蔑を含んだ声が、テーブル上で燃える蝋燭の火を揺らした。
「認める他あるまいよ。女は女でも、あのオーフィリア家の女だ。並みではない」
「それにイズミ将軍と、勇者ジンノが後見人となるというのだ」
「何処の誰かは知らんが、余計な事をしてくれたものだ……」
嘆息する声が僅かに響き、蝋燭の火が揺れる。
オーフィリア家当主グレイ・オーフィリア暗殺と、召喚勇者シーナの反逆。
これらの案件が、レミエーレ王国政治家達の頭を悩ませていた。
「出所不明の作戦指示書、それによる兵士の虐殺。そして、超遠距離からの銃による狙撃」
「オーフィリア家の者達によると、その兵士達の様子もおかしかったそうですな」
「まったく、なにがどうなっているのやら」
「それもありますが、今はこの凶作をどうするか」
また、今度は先程よりも深い嘆息が、薄暗い部屋に満ちた。
レミエーレ王国には、大規模な穀倉地帯と豊かな水源がある。しかし、今年はその穀倉地帯に大規模な病害が発生し、半分近くを焼却処分する事になった。
無論、食料生産はそこだけで行われるものではなく、他にも生産地は存在するが、最大級の生産地の収穫量が半分程となれば、食糧難による飢饉という恐怖の引き金になりかねない。
「先の事件から、ろくな事がない」
貴族の一人が思わず呟く。
民衆の間で召喚勇者シーナの反逆と、グレイ・オーフィリアの暗殺は、レミエーレ王国が仕組んだ謀略というのが、定説となりつつある。
それどころか、吟遊詩人達によって身分違いの悲恋として、王都で吟われている。
冴えない容姿の女と、名門貴族当主の悲恋。城下の町娘達の心を、これでもかと鷲掴みしているという。
王国が隠した事件の一端が、何処から漏れたのか。
貴族達は、その出所が何処なのか、薄々気付いていた。
「それもこれも、あの〝魔女〟めが……」
「オッケー! 遅れた……!」
貴族の一人が愚痴を漏らしかけた時、部屋の扉が勢いよく開け放たれた。
豪奢な廊下からの灯りを背に、目を爛々と輝かせた痩せた女が、目立つ八重歯を剥いた笑みを浮かべていた。
「いやぁーっ、昨日中々カワイコちゃんが離してくれなくってさ! もーう、お楽しみが過ぎちゃったね!」
喚き散らす様に声を部屋に転がし、空いた席にどっかと腰を下ろす。
八重歯を見せた笑みを浮かべたまま、竜胆は周囲を睥睨する。
「おやぁ? 私がこの場に来てはいけなかったかな?」
「……否、待っていたぞ。リンドー卿」
「ははは、それは嬉しい」
竜胆の言葉に、薄闇に隠れた数人が顔を歪める。
レミエーレ王国に召喚された勇者の中で、戦闘に長けた力を持たず、後衛としての僅かばかりの魔法しか持っていない筈だった女。
どうせ、すぐに死ぬと思われていた女は、何を思ったのかレミエーレの政治の場に顔を出し、瞬く間にその頭角を現していった。
「んで、山科がどうしたって?」
「……一体、何の話かな?」
そして、竜胆は何時しか政財界の〝魔王〟や〝魔女〟と呼ばれるに至った。
それは、竜胆の耳の早さが大きく起因する。
「おいおい、下手な芝居はやめよう。山科、捜してんだろ?」
「逃走した反逆者の行方が気になるのは、当然だと思うが?」
「山科が反逆者? くくく、笑えるね」
「なにがだ?」
長い髭を蓄えた老年の文官が、竜胆の言葉に疑問する。
竜胆の強みは、異様なまでの情報収集能力と、それを用いて築き上げた王国屈指の財力だ。
こちらの隠したい蓋をした物を、何処からか聞き付け平然と暴き、敵だろうと平気に買収する。
かといって、それだけではなく正面からの舌戦も強い。
気付けば、レミエーレ王国の政財界の半数近くが、竜胆派閥に染まっていた。いや、下手をするとそれ以上の味方を引き入れている。
己の窮地に呼び寄せた者に、いつの間にか窮地に立たされている。
何の悪い冗談だと、文官は笑いたかった。
「ここにお集まりのお歴々、レミエーレ王国の中枢に関わる人々だが、空席多くない?」
「貴様、まさか……!」
竜胆の言葉にもしやと、武官の一人が護身用の短剣に手を掛ける。
「わあー! 待て待て、早まるな! 今のは私の言い方が悪かった!」
それを見た竜胆は、両の手を立て慌ててそれを制止する。竜胆は召喚勇者だが、その力は目の前の武官にも劣る。
彼女の武器は、情報と財力と言葉だ。
「落ち着け。確かに、空席が多いですが、それが如何したか?」
「ふぃー、助かったぁー。……まあ、一つ聞きたいんだが、ゼンドハーグ卿を見た者は? 見たなら、それは何時だ?」
「ゼンドハーグ卿?」
竜胆が口に出した空席の内、その一席の名前。
ゼンドハーグ家はオーフィリア家に次ぐ武門の名家であり、レミエーレ王国南の領土を治めている。
統治している領土が、王都より距離がある為、遅参する事はあっても、余程が無い限りは席を空けない。
そういった真面目な、悪く言えば融通の効かない人物。それがゼンドハーグ卿だ。
だが、その彼は席を空けており、竜胆の言葉に全員がその席を見て、首を傾げた。
「……私が見たのは、件の事件が起きる一ヶ月程前だ」
「某も、同様だ」
「他に見た者は?」
武官二人の証言に、竜胆が頬杖を突いて見る先は、全員が頭を横に振る姿だった。
深い、本当に深い溜め息を吐いて、竜胆は懐から資料を取り出す。
「先に言う。疑うなら疑え、だが事実だ。ゼンドハーグ卿は死んだ。いや、死んでいた。家族も使用人も残さずな」
「なっ……!?」
言葉が消えた。その消失は部屋に空白を作り、押し潰れそうな圧迫感を生み出し、次の瞬間には、全員の口に溜まった言葉が空白を潰した。
「一体、どういう事だ! 説明しろ!」
「ゼンドハーグ卿が死んだだと?!」
「説明するから、落ち着け。兎に角、ゼンドハーグ卿を見たのは事件の一ヶ月前、間違いないな?」
「ああ、直接話はしなかったが、あの立ち姿は確かにゼンドハーグ卿だった」
武官が思い出す様に両目を瞑り、竜胆に証言する。
ゼンドハーグ卿は叩き上げの軍人でもあり、同じ武官から慕われていた。
なら、彼が見間違えた可能性は低い。
「だとしたら、最近か」
「なにがだね? リンドー卿」
「私は予てより、ゼンドハーグ卿と手紙のやり取りをしていた。内容は軍事費に関する事だ。で、その返事がここ最近、めっきり届かなかった」
先程の喧騒から沈黙に変わり、テーブル上の視線が全て竜胆に集まる。
「そして、見舞いの品を持たせた使者を、念の為数回に分けて出し、ゼンドハーグ卿に面会を求めた。そして、帰ってきた使者全員の報告が、ゼンドハーグ家が全滅していた、だ」
「リンドー卿、それは事実なのだな?」
「事実だ。バレる嘘は吐かん。そして、ゼンドハーグ卿が山科の件に関わっていたという証拠も手に入れた」
まさかの発言に、周囲はざわめきを取り戻し、更に議会は紛糾する。
ゼンドハーグ本人を知る者からすれば、今の竜胆の発言は信じられないものであり、竜胆を責め立てる声も聞こえた。
だが、竜胆は平然とその怒声を受け流し、一枚の紙をテーブルの上に出した。
「山科に渡された偽の作戦指示書、ゼンドハーグ卿の字だろ? 印もゼンドハーグ家のものだ」
「そんな、事が……」
「だがな、私はこれを信じていない」
「は?」
まだこの中では年若い貴族が、気の抜けた声を出す。
周りも同様だ。ゼンドハーグのものだと断定した本人が、それを信じないと言ったのだ。その反応も当然だろう。
「これは仮定だけどな。ゼンドハーグ卿は死後かなり経っていたらしい。顔が漸く判断出来る程に、肉が腐っていたらしいからな」
竜胆に全員が注目し、彼女は濃い隈の目立つ目、その片目を手の平で軽く擦る。
「山科の件から、そんなに死体が腐る程の時間が経ったか? ゼンドハーグ領が温暖でも、魔法で空調が効いていた室内だぞ? 私は素人だが、そう早くには腐るとは思わない」
「……だとするなら」
「ああ、そうさ、そうなるさ」
竜胆と貴族が頷く。
全員の注目は、竜胆から証言した武官二人に移っていた。
「わ、我等が嘘を吐いたと言いたいのか?!」
「落ち着け。もう一度、思い出してくれ。あんたらが見たゼンドハーグ卿は、本物だったか? あと、誰かと居たか?」
「……某はゼンドハーグ卿しか、それも後ろ姿を遠目にだ。貴公はどうだった?」
「私も後ろ姿だ。……いや、待て。そうだ、誰か居た……!」
「それは誰だ、顔は見たか?!」
竜胆が椅子を蹴倒し、テーブル越しに武官に詰め寄る。
「待て、いや、あれは、そう、多分女だ。見えたのは腕だけだったが、細い腕だった……!」
「他は?!」
「他、他は……、ぐっ! なんだ?」
「どうされた?」
記憶を辿っていた武官が、突如として頭を押さえ苦しみ出した。
明らかにおかしい様子に、隣に座っていた武官が容体を確認しようと、彼に手を伸ばした時、その体が跳ねた。
「離れろ!」
竜胆が叫び、武官は急ぎ彼から距離を取る。
周囲も慌てて距離を取り、その異様を視界に収める。
「なんだよ、これ」
呆然と、目の前の異様を眺めるしか、竜胆には出来なかった。
膨れ上がった頭、それはまるで皮膚病の水脹れの様に不規則に不揃いに膨張し、人間の形を武官から奪っていく。
辛うじて機能と形を残した口や鼻からは、黄色く濁った血と膿が止めどなく溢れ、テーブルを汚していく。
「メッセ、ージを、再生しま、す」
「はあ?」
肉風船となった武官の口から、元の姿を留めない声が途切れ途切れに膿と溢れた。
そして、塊となった血と膿をテーブルに吐き出すと、聞き覚えの無い女の声が、武官の口から流れる。
「困るわね。こんなに早く気付かれると、こっちの予定が崩れるのよ」
「予定?」
「ああ、言い忘れたわね。これは、この肉人形に録音したものだから、返事は出来ないわよ」
「ちっ」
ブルブルと痙攣し、もはや血なのか膿なのか、判別出来ない液体を散らす肉風船の口から、女の声が紡がれる。
「ふふふ、山科椎名は死んだ? いえ、生きてるわよね。彼の想い人がそう易々と死ぬ訳ないもの」
「……お前か!」
「聞いてるなら、聞きなさい。山科椎名は必ず殺す。苦しめて、苦しめて、心が枯れ果て、魂が砕け散るまで苦しめて、殺すわ。それじゃ、さよなら」
女の声が途切れると同時に、武官だった肉風船が静かに破裂し、饐えた臭いの粘液を噴き出し、小さく萎んでいき、腐臭を撒き散らす。
「死体か?」
崩れていく武官の体は、辛うじて骨が形を保ち、皮膚と肉は腐り落ち、膿として絨毯に染み着いていく。
竜胆はその異様な光景と、部屋に満ちる腐臭の中、次の策を練り始めていた。
「必ず殺すか。それはこっちの台詞だ……!」
牙を剥き出し、目を見開き、竜胆が強く宣言した。
カースメーカー
呪言師、魔力を乗せた言葉と特殊な鈴の音を用いて、相手に呪いを掛けたり、意のままに操ったり出来る。
しかし、相手の方が魔力が高かったり、聞く耳持たない相手には無力に近い。
カースメーカーとしての竜胆は、クソザコナメクジである。お気に入りのセレ・エルフの男娼とのプレイに使ったりしてる。