異世界隠居 身勝手に呼ばれて身勝手に捨てられたので隠居したい   作:ジト民逆脚屋

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シーナ
救いはあるの?

リラ
必ず

フェリド
あんたが望めばな

竜胆
スイッチON


ファーゼル王国

 地平線まで続く畑があった。広大な風景、実りある豊潤なる大地が、そこには雄大に広がっていた。

 黄金の麦穂が頭を垂れ、色とりどりの鮮やかな果菜が実る。命がそこにあった。

 

「どうだい? ファーゼル王国が誇る穀倉地帯は」

「………」

 

 無言、代わりにその視線を、馬車の向かいの席に座るフェリドに、シーナは向ける。

 布の幌ではなく、木製の箱の様な馬車を、二頭の馬が牽いていく。その小窓から見える風景は、確かに美しかった。

 

「御主人様、お気分は如何ですか?」

「……悪くない」

「左様で御座いますか」

 

 隣に座るリラが言うと、フェリドが苦笑する。顔色も声音にも、悪い気配は無い。だが、陰鬱な雰囲気は消えない。

 それはまるで、この先にある出来事を、暗示しているかの様だった。

 

「御姉さん、嬢ちゃん。もうすぐ、ファーゼルの首都に入る。……どうする?」

「……どうするとは、如何様な意味でしょうか?」

「俺らは一度、王宮に報告に行かなきゃならん。御姉さんの求める人里離れた閑静な土地に、心当たりが無い訳でもない」

「町に、居る」

「そうかい。なら、見付けたら声を掛けてくれ。人中でも、サヤマの奴ならすぐに見付かる」

「そうだな」

 

 外の御者台に座る長身、あれなら余程の事が無い限り、すぐに見付かるだろう。何故だか、それが可笑しくて、シーナは僅かに唇を吊り上げた。

 その様子に、リラは小さく聞こえぬ息を吐き、フェリドは見ないふりをした。

 馬車は蹄の音と、石畳の震動が伝わる。ただそれだけ、特にこれといった会話も無く、五人を乗せた馬車はファーゼル王国の首都に向かう。

 

 

 

 

 

 〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

 それが意味する事を、理解していたつもりだった。しかし、それはしていたつもりでしかなく、実際は理解出来ていなかったのだ。

金谷が死んだ。峯岸と菱田は行方知れずになった。金城はとうの昔に姿を消し、仁村を庇うであろう人物は、周りから消えた。

何故、どうしてこんな事に。仁村明美(にむら あけみ)の胸中は、それに占められていた。

 

「おいおい、仁村。竜胆さんを見るなり、逃げるのはひどくねえか?」

「……うっさい! 鶏ガラ女!」

「ははは、ひっでえ。つうか、お前顔色悪くね? 化粧も濃いし、香水も……」

「五月蝿い五月蝿い五月蝿い!」

 

生きていれば欲求が溜まるものだ。仁村は溜まった欲求を発散させようと、色町に繰り出していた。

袋小路、目の前で月明かりを背に笑う、痩せこけた女に出会さない様に、王都から離れた町の安上がりな店に入り、貯めた稼ぎで店で一番マシな男を買った。

その筈だったのに、いざ部屋に入ってみれば、待っていたのは妖しい笑いを垂れ流す痩せこけた女。

隈の目立つ双眸、少し唇を開くだけで分かる鋭く長い八重歯、それを認識した瞬間、仁村は逃げ出した。

 

「何なのよ? 一体、何だっていうのよ……!」

「言わなきゃ分かんねえか?」

「山科の件なら、私は違う! 私は騙されたのよ! そうよ、私は悪くない。私は騙されたの、悪くない悪くないわ……」

 

悪い顔色を更に蒼白にし、仁村は俯いて呟き始めた。よくよく見れば、顔色だけでなく肌荒れも酷く、髪の艶も失われていた。その癖やけに体の線を強調する服装も相俟って、嘗てのスクールカースト上位者に、竜胆は場末の廃業寸前の娼婦、そんな印象を抱いた。

 

「悪くない、悪くない、ねえ?」

「な、何よ?」

「そんな子供の言い訳が通用する時期は、もう過ぎたんだよ」

 

疲れた顔の竜胆が、仁村の前髪を掴み、伏せた顔を無理矢理上げさせる。酷い顔だ。化粧と薬で無理矢理形を整えただけの、粗末な作り物。キツい香水の臭いが鼻につく。

 

「お前らがやった事で、山科は傷付き消えた。そして、レミエーレ王国自体も危機に陥り始めている。解るか? 理解出来ているか?」

「知らない、そんなの知らないわよ!」

「ああ、そうかい」

 

鋭い打撃が仁村の頬を叩いた。嫌な感触、蒼白を通り越した土気色に、色の悪い赤が入る。

返す刀で、裏拳を入れれば、その勢いのまま地面に倒れ、竜胆の手に、やけに簡単に抜けた数本の仁村の髪が残る。

 

「知らないなら教えてやる。今、王国は内政不全に陥ってる。グレイさんが死に軍は混乱、山科の疑いに他の連中は疑心暗鬼に、国と私らの連携と信頼は死んだ。ああ、そうだ。私らはこの国で、確かな立場を失い始めている」

「あ、うあ……」

「おい、おいおい、おい、仁村、仁村明美、なあ、返事くらいしてくれよ。竜胆さんにさ。なあ、おい……っ!」

 

本能的だった。本当に本能的に、竜胆は仁村から距離を取った。護身用のナイフを手に、倒れたままの仁村を見る。

変化は無いが、異様だ。思えば、山科の事件以来、異質な事があった。

まず、金谷の死。用心深い、疑り深い男だった。だが、呆気なく自宅で死んでいた。

次に峯岸と菱田の行方不明。両名共に、自宅から離れた郊外で、二人が乗っていたとされる、燃え尽きた馬車が発見された。

この三人に、争った形跡は無く、そして三人共に高い実力を持っていた。

 

「仁村……」

「知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない。私は知らない悪くない。そうよ、私は悪くない。だって、騙されたのよ? だって、言ったもの。山科とグレイが、私達が還る方法を隠したって!」

 

血走った正気を失った目で、仁村が立ち上がった。異様だ。明らかに異様だ。

土気色の顔色は、もはや言い表せる色ではなく、意味を成さない言葉を吐き出す口からは、泡が吹き出していた。

 

「還る方法だ? んなもん、どうやってあの二人が隠せる?」

「だって、だってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだって、言ったもの言ったもの言ったもの言ったもの言ったもの言ったもの。そそそそそそそそそそそそそそそそそうよよヨヨヨよよょっ!」

 

仁村の整っていた顔、その頬の辺りがいきなり膨れ上がった。竜胆は知っている。これを竜胆は知っている。

 

「お前もかよ!」

「アギッィ??? わた、わたたたたたたたたたたああああ?」

 

肉が血が膿となり、仁村明美が醜い醜悪な肉風船へと変貌していく。

膨れに膨れた肉風船からは、溶けた血肉と膿んだ膿が、悪臭を放ちながら溢れ出る。

 

「……残念ね。あと少しだったのに」

「今回はメッセージじゃないんだな」

「ええ、そうよ。私にここまで近付けたのは、貴女だけだもの。サービス、そうサービスよ。心ばかりのね」

 

仁村だった肉風船から、似つかわしくない、聞き覚えのある気がする甘ったるい女の声が、血肉と膿が溢れる音に混じって聞こえる。

 

「サービスねえ。紅顔の美少年なら喜んで」

「あっははは、良いわね貴女。嘗ての級友が、こんなになっても自分を優先。私好みだわ」

「そいつはどうも、嬉しくもねえな」

「あら、つれないのね」

 

クスクスと擽る様な笑いが、耳に届く。

 

「そうね。竜胆、貴女私の元に来ない?」

「誰が行くか」

「あらぁ、フラれちゃったぁ?」

「脈無しだよ、バカ野郎」

 

甘臭い。この声の印象はそれだ。欲深な雌が愚かな雄を誘い、種を命を絞り取る。そんな臭いを常に放っている女、竜胆の勘はそう告げている。

 

「ひどぉい、ひどいわぁ、シクシク……」

「クセエ演技はいいよ。テメエは誰だ?」

 

鼻が曲がりそうな悪臭と、耳が膿みそうな甘臭い声、竜胆の機嫌は急激に悪くなっていく。

 

「私はそうね……、 妃様よ」

「はっ! 随分といい趣味してる妃様だな?」

「だって、本当だもの」

 

肉風船が揺れ始める。否、震え始めた。竜胆が身構え、肉風船からまた甘ったるい笑いが漏れだす。

 

「ああ、この玩具も保った方ね」

「けっ、最後に一つだ。お前、山科に何の恨みがある」

 

竜胆の問いに、声が止んだ。甘臭さが消え、重さだけを孕んだ声が、代わりに溢れ出す。

 

「恨み、恨みね。ふふふ、あんな地味な女のどこが良いのかしら? やっぱりあの躰?」

「ああ?」

「ふふふ、やっぱりそうね。やっぱり止めたわ。あの女は完璧に壊してやる。そう決めたそうしましょう」

「テメエ!」

「それじゃ、〝彼〟を呼ばなきゃ」

 

竜胆が叫ぶ。だが、声の主は気にする様子も無く、幾らか幼稚な声音を残して消えた。

後に残るのは、醜悪に膨れ上がっていた肉風船。しかし、その肉風船も声が消えると共に萎み、周囲に赤黒い血溜まりを作っていた。

 

「……クソがっ!」

 

壁を殴り付ける竜胆、血の滲む拳と怒りに剥き出しになった八重歯を、月だけが見ていた。




仁村明美
正統派前衛剣士、元々スクールカースト上位の勝ち組であり、挫折というものを知らなかった。スクールカースト最上位の神野や和泉と仲の良い竜胆達の事が嫌いだった。
この世界では挫折しかなく、そこをつけこまれる形となった。
他三人も同様であり、他三人を殺害したのは、実は彼女である。
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