異世界隠居 身勝手に呼ばれて身勝手に捨てられたので隠居したい 作:ジト民逆脚屋
半ニート状態
リラ
何か、文句がおありで?
竜胆
んああああん! 疲れたもおおおおん!
セレ・エルフの少年
今回で名前発覚
賑わいがあった。
石造りが中心のレミエーレとは違う、木造が入り交じり、嘗ての日本を思わせる街並みがあった。
明治から大正のモダンさを感じさせる木造、海外の下町の剣呑さを匂わせる石造り、それらが入り交じった街並みで、人々が命を輝かせていた。
何時だったか、痩せた竜胆が言っていた。
『金ってのは血液だ。国という体を構成する、細胞たる市民に使わせてナンボだぜ? ……脳が死ねばそれまでになりかねんがな』
何をいきなりと思っていたが、あの鋭い八重歯を見せた笑みは、この光景を想像していたのかもしれない。
「ご主人様、お飲物は如何致しますか?」
「……任せる」
「畏まりました」
リラが裂けた耳を揺らして、カフェの店内へと向かう。この店では店員が注文を取りに来ず、客自らが注文をしに行く。面倒だが、店員が店主一人しか居ない様なので、それもそうかと納得しておく。
小さなカフェの小さなテラス席に、シーナはリラを伴って居る。疲れた目で見る世界は綺麗で、己が居た世界は幻か何かで、帰ればきっと全てが元通りになっている。
そんな有り得ない事を考えてしまう程度には、シーナは疲れていた。
「ご主人様、珈琲です。ミルクと砂糖は二つ」
「ああ」
ソーサーにカップと茶色みが掛かった角砂糖が二つ、側にはミルクの入った小さなポットが一つ、黒いひたすらに黒い珈琲が、白いカップの中で揺れながら、穏やかな湯気と共に香りを運んでいる。
「……賑わっていますね」
「そうだな」
街並みは賑やかだが、二人が座るカフェのテラスは静かだ。
シーナが角砂糖を一つ落とし、ティースプーンで軽くかき混ぜる。一口二口飲み、二つ目を落とす。甘味より勝っていた苦味が同等になったところで、ミルクポットからミルクを注ぎ入れる。
黒に白が落ち滲み、ゆっくりと広がりながら、柔らかなブラウンへと色を変えていく。珈琲の苦味より香りが強く残るそれを、シーナはゆっくりと口にする。
このファーゼル王国に着いてから、シーナは自堕落に生きていた。
「ご主人様、本日もあの店へ?」
「ああ、うん。行く」
「左様で御座いますか」
お気に入りの宿に泊まり、お気に入りのカフェで時間を潰し、お気に入りの猫カフェにて過ごす。
あまり褒められた事ではないが、シーナは旅人としては破格に裕福であり、リラも今はシーナの好きにさせるべきだと黙認している。
それに、何かあれば最悪は、冒険者ギルドに所属するという手もある。
「リラは、どう思う?」
「《金鹿の蹄》で御座いますね」
「うん」
「私としては、ご主人様に従うだけですが、急いで結論を出す必要は無いかと」
「そう」
言って、カップの底に溜まった溶けきらなかった砂糖と一緒に、温くなった珈琲を飲み干す。
甘さと苦さ、そして僅かな酸味。昔、昔、グレイが言っていた。
『シーナ、良い珈琲というのは、苦いだけじゃなくて少し、ほんの少しだけ酸っぱさがあるらしいよ。何時か二人か、もしかすると三人で飲みに行こう』
カップをソーサーに置く。思い出に、彼が霞んでいくのが恐ろしくて、シーナは己の身を抱いた。
リラはただただ、唇を噛み締めていた。
「グレイ……」
呟きが一つ、白いカップに落ちた。
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
「あーぁ、嫌な感じだぜ」
「リンドウ様、どうしたの?」
「ん~? こっちの話だよ」
上質なベッドの上で、竜胆が細い顎を抱き込んだ少年の頭に乗せる。
彼女の眉間に皺が寄っており、表情は如何にも不機嫌だと歪められている。
「な~んかあるよな? いや、あるに決まってる」
「何か、あったの?」
「んもう、聞いてよ、〝ジョナサン〟」
「聞くよ」
少年の名を呼び、竜胆は彼に話せる内容を話していく。
「お金がおかしいの?」
「正確にはその流れ、明らかに流れる必要の無い場所に、必要過多に流れてる」
鋭く細められた目は、窓から見える夜景を睨み付ける。
外は嘗ての召喚勇者が開発し広めた、魔力灯が闇を照らし、現代日本とまではいかないが、それなりの景色を生み出していた。
「レミエーレ王のやり方じゃねえんだよなぁ……」
「そうなの?」
「ジョナサンは知らない? 今代のレミエーレ王は賢王とは言い難いけど、こんなバカをやる無能なんかじゃない。嫌な予感しかしねぇ……」
「でも、軍隊も大事なんでしょ?」
「ジョナサンは賢いなあ。確かに国際社会で、国を維持するには、軍事力は欠かせない。だけど、それと同時に経済力と政治力、食料自給力が必要になる」
国を維持する為に何が必要か。
単純な話なら、国を守る
これらの他も合わさって初めて、国という巨大で矛盾だらけの怪物は、その巨大さに見合わぬ、か弱い命を継続させる事が可能となる。
そして、それらのどれか一つでも欠ければ、忽ちこの巨大なだけの怪物は、その体を機能不全にして死んでしまう。
「なのに、
「軍隊がお金が欲しいから?」
「確かに、軍隊は金食い虫だ。何もしなくても、ビックリする様な金額が、軍隊の維持に使われる。だがこれは、他も同じだ。だから、金は確りと全身に満遍なく行き渡らせないと、
竜胆はこちらを見上げるセレ・エルフのジョナサンを、強く抱き締める。
心地よい肌触りと弾力のある柔らかな感触、そして低い体温が竜胆の不安を幾らか和らげていく。
「地方の開拓村に回す金、医療支援金、対災害用積立金、その他諸々、少しずつ摘ままれてる。バレねえと思ってんなら、そいつは大間違いだ。てめえらが相手してんのは、この竜胆さんだぜ?」
隈の目立つ目を歪ませ、長く鋭い八重歯を覗かせ、凄絶に竜胆は笑う。
そして、その笑みを見て、ジョナサンも微笑んだ。
「リンドウ様、楽しそう」
「……んじゃあ、ジョナサンは竜胆さんと、もっと楽しい事しようぜ」
言うと竜胆は、ジョナサンを抱き抱えたままベッドに倒れ込んだ。
次回
麻野&浜名、麻野怒りの錫杖