異世界隠居 身勝手に呼ばれて身勝手に捨てられたので隠居したい 作:ジト民逆脚屋
麻野
テメーヲムッコロス!
浜名
モチツケ
和泉
苦労人
グレイの妹
初登場
「オルアアア!」
気合いの雄叫びと共に、錫杖が鐶の音を連ねて、風を切り裂く。
馬車から飛び出した麻野の一撃は、襲撃者に直撃し硬い鱗を散らす。
「何ダ、このオークの女ハ?!」
「誰がオークじゃコルァッ!」
鋭く重い麻野の膝が、長く広い顎をかち上げ、相手の意識を刈り取る。倒れる襲撃者を尻目に、次の襲撃者に向けて、錫杖を振りかぶる。
「豚鼻か? 私の鼻は豚鼻か?! 私の鼻は人鼻だろうがぁっ!!」
「ぐアッ! に、人間だト!」
「文句あんのか?!
蜥蜴人、俗にリザードマンと呼ばれる亜人種。他の亜人種とは違い、人間というよりは名の通りに人型の蜥蜴と言え、頑強な鱗に強靭な肉体を包んだ種族だ。
本来なら人間、それも一般的には筋力に劣る女が、蜥蜴人を圧倒するなど、そうそう起こり得ない。
だが、他の蜥蜴人を締め落とす浜名が見るのは、錫杖を用いて、蜥蜴人を押し込む人間の女だった。
後方支援を主とする《陣術師》にあるまじき行動だが、見慣れた浜名は淡々と処理を進める。
蜥蜴人の鱗は硬く厚い。だが、顎と喉の境界にある〝逆鱗〟、ここだけは柔く短刀でも抜ける。
薄い氷を突き割る様な感覚が、短刀から伝わり、生温い泥濘に刃が滑る。刃に触れる、繊維質に似た感触の束を断つ様に、逆手に持った短刀を引き抜けば、糸の切れた人形となり、蜥蜴人の巨体が崩れ落ちる。
「一体、何だったんだ?」
盗賊にしては装備が良く、統率も取れていた。その上、蜥蜴人だ。
浜名は短刀の血を拭い、倒れ動かなくなった蜥蜴人を見る。彼らは基本、他の種族が住まない湿地帯や、鬱蒼とした森林地帯に住まい、滅多に出てくる事は無い。例え出てきたとしても、それは行商等を生業とする者達だ。この様な、盗賊ではない。
つまり、レミエーレとファーゼルの中間地域に位置する、アレフト近郊では会う事はまず無い筈なのだ。
なのに、こうして己達に襲い掛かってきた。何かある。
「浜名、そっちは?」
「終わっているが、麻野。お前、後方支援の自覚はあるのか?」
「ここまで接近されて、後方支援の後方は何処って話よ」
「……それもそうか」
溜め息を一つ、浜名は馬車の被害と周辺を確認する。蜥蜴人は総じて、優れた戦士と知られている。
伏兵や第二波があっても、そうおかしくはない。
幸いに馬車に被害は無い。なら、即座にこの場を離脱するべきだ。
「麻野、行くぞ」
「浜名、あいつら何かおかしくなかった?」
「何がだ?」
「蜥蜴人ってさ、こんなバカやった?」
「個人によるかもな」
「そう?」
荷台で頭を捻る麻野に、浜名は濁した答えを返す。確かに、麻野の言う通りに何かおかしいのだ。蜥蜴人の今回だけでなく、全てがおかしいのだ。
原因がいまいち不明瞭な魔属領侵攻、行方不明となる嘗ての級友達、顔を見せなくなったレミエーレ王。
そしてこれらは、山科の事件を切っ掛けに、連鎖しているのではないか。
浜名は襟巻きに顔を隠し、馬車の進む先を見る。堅牢な城塞に囲われた交易都市《アレフト》が、物言わず佇んでいた。
そして、泡の混じった水音が、背後に膨れていた事に、二人は気付かなかった。
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
「久しいな。リナシア」
「本当にお久し振りですね。イズミ将軍」
とある屋敷のとある一室、和装と洋装の二人が向かい合っていた。
一人は和泉忠久、一人はグレイ・オーフィリアの妹であるリナシア・オーフィリア。オーフィリア家の応接間にて、二人は軽い調子で向かい合っていた。
「それで本日は一体、どの様なご用件で?」
「竜胆から聞いていないか?」
「リンドウ様から? いえ、何も」
「あいつは……、リナシア、俺は君の護衛として来た」
「護衛、ですか」
額を押さえる和泉、首を傾げるリナシア。彼女の目が物語っている。苦手な嘘は吐かなくていい。
リナシアの細められた目は、そう和泉に語っていた。
「正確には、オーフィリア家の宝剣ですよね」
「ああ、そうだ」
疲れた顔で、和泉が溜め息を吐く。オーフィリア家に代々伝わる宝剣、始まりは召喚勇者だか転生勇者だか、はっきりしない者に対抗する為、世界が鍛造したと謡われている長剣である。
「しかし御兄様以外に、あの宝剣を鞘から抜き放てる方がいらっしゃるのでしょうか?」
「まあ、それは俺も考えていた」
リナシアと和泉が頷く様に、宝剣は己を扱う者を選ぶ。そして、与える力も変わる。
「一つ聞くが、君は?」
「当然、抜けません」
二人は華美な装飾が成された廊下を歩き、重厚な扉の前に立つ。
重厚な扉には、幾重にも複雑な陣が描かれ、物理的にも魔法的にも、堅牢な守りが敷かれていた。
「これはまた、随分と厳重だな」
「扱える方は、御兄様のみとは言え、我が家の宝剣。……守るのは当然です」
「リナシア、あまり無理はするなよ?」
その言葉に、リナシアは和泉を睨み付ける。
「貴方に、貴方に何が……!」
「その愚か者の俺でも、お前が無理をしているという事くらいは解る」
「黙れっ!」
先程までとは違う、激しい言葉が和泉の身を打つ。そして、その言葉を放つのは、グレイの妹であるリナシアだ。
「貴方、貴方達がもっと、もっとちゃんとしていれば! 御兄様と御義姉様は……!」
「すまない」
「どうして、どうして、頼ってくれなかったのです……」
和泉はリナシアの言葉を、ただ受け止め続ける。元より無口で口下手な和泉には、そしかなかったし、リナシアの言葉に返すべきではないと思っていた。
「……御義姉様を守る為なら、この国を敵に回す事も厭いませんでしたのに」
「……リナシア、山科はそれを嫌がった」
「何を?」
「仮に、オーフィリア家がレミエーレ王国に反旗を翻せば、グレイが守ろうとしたものを傷付ける事になる。山科はそれを嫌がったんだ」
どうにも、上手く言えん。和泉は困った。
和泉は神野や竜胆と違い口下手だ。上手く隠して物事を伝える等と、出来る訳がない。
まったく、あの竜胆には困ったものだと、内心で和泉は溜め息を吐く。
「それでも、頼ってほしかった……」
「ああ、そうだな」
「御兄様、御義姉様……」
涙を流すリナシアと、彼女を宥める和泉。何とも言えない空気が漂うが、不意に和泉が腰の刀に手を掛けた。
「将軍?」
「リナシア、離れろ」
腰を落とし、居合いの構えで臨戦態勢となった和泉が睨むのは、宝剣が封じられている部屋だ。
リナシアには、それが何故か理解出来ていなかったが、次の瞬間に裂かれた扉の向こうを見て、理解した。
「何故……?」
「貴様……!」
両断された扉が、重々しく崩れ落ち、暗い部屋が露になる。そして、その誰も居ない筈の部屋には一人、宝剣の鞘で和泉の刀を防ぐ者が居た。
「リナシア! 敵だ!」
和泉が刀を構え直し、リナシアが逃げる時間を稼ぐ為に、侵入者へと斬り掛かる。鋭い音が連続し、舞い散る火花が暗闇を照らす。布か包帯でも巻いているのか、その火花に僅かに照らされた侵入者の顔は、男女の判別も出来ない。
だが、和泉には違和感があった。
「貴様、何者だ?」
「………」
侵入者に答える様子は無く、鞘を付けたままの宝剣で剣戟を結んでいく。そして、その剣戟の中で、和泉が抱える違和感は膨れ上がっていく。
剣を交えれば交えれる程、その違和感は剣に表れる。
何合目か、両者の距離が離れた。
そして、
「なっ!」
宝剣が抜き放たれ、光が和泉を飲み込んだ。
宝剣
あんまりに異世界から厄介者が来るから、世界が鍛造した聖剣。
振るとビームが出る。
グレイが本気で振ると、コロニーレーザーみたいなビームが出る。剣からビームは基本。
リナシア・オーフィリア
割りと強い。グレイが婚約者を連れて来ると聞いて、最初は猛反対。どんなけばけばしい毒虫みたいな女が来るかと思っていたが、いざ蓋を開けてみるとシーナという、素朴な芋芋しい女が居た。
性格も、特に問題なく、本人達より二人の結婚式を楽しみにしていた。