異世界隠居 身勝手に呼ばれて身勝手に捨てられたので隠居したい 作:ジト民逆脚屋
この位の戦場なら、もう慣れた
麻野
非常識《陣術師》
蒼白となった麻野は、衝動のままに教会内を駆け、人の集まっている一室。その扉を蹴破った。
「おるぁぁぁぁっ!」
分厚い木材を堅牢な鋼鉄で補強した扉は、麻野の助走つきの前蹴りで、容易く折れ曲がり、二つの板となって部屋の中に飛び込み転がった。
突然の闖入者に騒然となる者達を、麻野は睨み付け、恐らくは市議会の長であろう人物に目星をつける。
「外壁区を焼き払うって、どういうつもり?」
検討違いな返答も、逃避も許さぬと、錫杖を床に突き刺し、部屋に己の魔力を通す。部屋に居たエルフの《陣術師》が、慌てて魔力を通すが、麻野は知った事かと圧を強めて、エルフの魔力を押し潰す。
つまり、今この部屋は麻野の支配下となった。
「答えろ」
麻野が睨み付ける先で、白髪を後ろに撫で付けた老人が、枯れた声で答えた。
「……事態は一刻の猶予も無く、急を要します。最早、アレフトの自浄能力を大きく逸脱した本件を、逸早く終わらせる為には、外壁区を焼き払うしか……」
「そんな事は聞いてないんだよ……!」
激昂し叫ぶ麻野、その感情に呼応して、部屋を支配する〝陣〟に流れる魔力が荒ぶり、部屋だけでなく教会全体を揺らす。
「まだ生きてる人が居るのに、どうして焼き払おうなんて……」
「……町が、生き残る為です」
周囲の者達も、苦々しい表情で頷いている。麻野も、それが解らない訳ではない。アレフトという市国は、その特性上領地を殆んど持たない。他の国であれば、仮に首都が滅んだとしても、他の領地の何れかが次の首都となり、国の機能は保てるだろう。
だが、アレフトはそうはいかない。アレフトという市国は、その全てを〝城塞交易都市国家アレフト〟に集中させており、アレフトが墜ちるという事は、アレフトが滅亡するという意味となる。
「解る。解るんだ。嫌になるぐらいに、それは解るんだ……」
滅べなどと、口が裂けても言えない。だから、続きを言えない。
だが、麻野には外壁区で生き残ってる人々を、見捨てるという事を選べない。
「まったく、落ち着け」
「……はま、な?」
襟巻きで顔を半分隠した浜名が、何時もと変わらぬ様子で、いつの間にか部屋に居た。
あまり内心を窺わせない表情、整っているのに何故か、地味で印象に残り難い顔。その彼が、ゆっくりと前に出る。
「皆様、初めまして。私は浜名と申します。さっきから騒がしいのが麻野、今回は故あって、この奪還戦に参加させていただきます」
「奪還戦? 何の話かね?」
禿頭の壮年の男が、不可思議なものを見る目で浜名を睨む。今は最早防衛不可能となった外壁区を焼き払い、逸早い事態の終息をと、話をしていたのに、この《シノビ》の男は奪還戦と言った。
一体、誰から何を奪還するつもりなのか。
「無論、外壁区ですよ」
「笑わせる。今の戦力でどうやって、あのおぞましい肉風船が蠢く外壁区を、奪還するというのだ?」
「私は《シノビ》でして、情報収集は得意なのですよ。ふむ、では、これをご覧ください」
浜名は懐から一枚の地図を取り出し、広げた。それは先程まで麻野と二人で町の状況を記し続けたもので、大小様々な印が描かれている。
「これがどうかしたのか?」
先の二人に比べて幾らか年若い市議会議員が、明らかな嘲笑を浮かべる。
外壁区は既に陥落しており、それは地図上でも変わらない。外壁区の八割近くが、大小様々な印に覆われ、壊滅状態であると、改めて報せている。
「お気付きになられませんか?」
「だから、何にだ?」
「あの肉風船はここ、外壁区の東側に集中しています。西側は比較的ではありますが、手薄になっているのですよ」
「何を馬鹿な事を。連中に知性があるとでも言うつもりか」
「知性ではなく本能、又は本体からの指示でしょうな」
「待て、本体からの指示だと?」
禿頭の議員が、浜名の言葉を止めた。
浜名の言葉が正しいのであれば、もしかすると本体を倒せば、この争乱は治まるのではないか。
「これは憶測に過ぎませんが、試す価値はありますよ? ……ただ町を焼くよりは、ね」
浜名が目を細めて言うと、白髪の議員が深く息を吐き出し、両隣の二人に目配せをする。二人もその目配せに頷き、再び浜名と麻野を見た。
浜名の言う通りに、町を焼かずに済めば、それが一番いいのだ。それに二人が失敗しても、議員達は哀悼の意を示すだけで、その懐が痛む事は無い。
失敗してもよし、成功すれば尚よし。三人は決定とした。
「ならば、やってみるといい。ただし、内壁区の防衛の為に、人員と物資はそう分けられんぞ」
「構いません。そう長く掛かるものでもありませんしね。麻野、準備を頼む」
「はいはい」
溜め息混じりに錫杖を引き抜き、麻野は近くのエルフの《陣術師》に声を掛ける。
「ちょっと手伝ってくれる?」
「ひゃ、ひゃい!」
「え? 何でそんなビビってんの?」
「麻野、お前その娘の〝陣〟を書き換えたろ。それも力尽くで」
「ああ、あのえらく精密な〝陣〟ね。精密過ぎて、少し圧したら潰れたけど」
何か凄いものを見る目で、全員が麻野を見た。
通常、〝陣〟というものは、魔力を用いて形作ったパイプラインであり、その効果を発揮する為に、高密度の魔力が高速で循環している。
なので、〝陣〟は内から外へと強い力を発しており、圧を掛けたからといって、そう簡単に潰せるものではない。
だがしかし、麻野はそれをやった。
「まあまあ、いいじゃん。で、浜名。どうすんの?」
「ああ、麻野。力業だ。無理矢理引き剥がせ」
「りょ~か~い。いや、久々だ」
「頼むぞ。あ、誰か水薬があるなら、くれないか? 少し魔力が心許なくてな」
「ああ、なら俺が余ってる」
軽装の剣士から、水薬の瓶を受け取り、一息に飲み干す。如何にも飲み薬といった味と匂いが、舌から喉へと落ち、僅かに頭の重さが、軽くなっていく様な感覚を得る。
「麻野、繋げれるか?」
「かなり弱いけど?」
「無いよりマシだ。やってくれ」
浜名は装備を確認しながら、麻野を待つ。
「行くよ。……ほいっと」
やがて、背中に何か冷たく形の無いものが差し込む様な、不可思議な感覚を受け取り、浜名は襟巻きの位置を直す。
地脈から麻野経由で、僅かばかりではあるが魔力が流れ込んでくるのが解る。
腰の愛刀の柄を握り抜き放てば、教会内に澄んだ音が響いた。
「お、おい、兄ちゃん。まさかだが……」
「ああ、僕一人で行く。まあ、と言っても、分かれるがね」
瞬間、浜名の姿が左右にブレ、十二人の浜名があまり広くない部屋に現れた。
「〝実像分身〟、それもこの数か……!」
「じゃあ、行ってくる。麻野、頼んだぞ」
「任せろっての。さ、皆お仕事だよ。門を死守するんだ。腑抜けた奴は、ケツにオナラがファンファーレになる〝陣〟刻むからね!」
麻野が他の冒険者の尻をひっぱたく音を背後に、浜名は教会から内壁区の町を駆け抜け、内壁の頂上へと駆け上がる。
「やはりか」
眼下には、闇の中に蠢く肉風船が地図に記した通りに、まるで道を塞ぐ様にしていた。
それを確認した浜名は、そのまま落ちる様に、内壁を蹴り、外壁区へと走った。狙いはあの磔にされた肉風船、それ以外は相手にしない。
こちらに気付いた肉風船の、異様に細くなった首を刈り取り、浜名達は闇に沈んだアレフト外壁区を駆け抜けた。
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「アーネスト、無事?」
「ユズリハ、キスカとヴァニーは?!」
「私達も無事、だけど……」
鍔が広く頭頂部が尖った特徴的な帽子を、深く被り直し、《ドクトルマグス》のキスカが首を横に振った。視界には、歪に膨らみ始めていた頭の遺体と、側で略式の祈りを捧げる女が居た。
「ヴァニー、行こう。まだ生きている人が居るかもしれない」
「はい」
長い金の髪を戦場の風に流し、肉感的な肢体を厚手のコートと、深いスリットの入ったスカートで包んだ女、ヴァニーが立ち上がり、アーネスト達の元へ向かう。
「兎に角、生き延びよう。囲まれたら終わりだ」
黒い影が疾駆する町で、もう一つの戦いが密かに始まっていた。
分身
浜名達《シノビ》が扱える
仮想分身と実像分身の二つに別れており、
仮想は、姿と動きだけをコピーするだけで、触れられず簡単に消える。
実像は、魔力で己自身をコピーし、魔力量に依るが、己となんら遜色無い分身を作れる。こちらは攻撃や作業が可能。
町を焼くよりはね
仮に町を焼いて、先はあるのかな?
これに関しては、白髪の議員が一番に気付いた。
ケツからファンファーレ陣
昔、シーナの風呂を覗きに来た悪ガキに、お仕置きとして刻んだ陣。
結局、覗けたのは麻野の風呂だったが、以来少年は麻野の追っかけになったとか?
ヴァニー
所謂金髪巨乳
あ……
こぼれ話
実はこのアレフト争乱、外伝の朝比奈が居たら、一瞬で片付いてた。多分五百文字書けない。