異世界隠居 身勝手に呼ばれて身勝手に捨てられたので隠居したい 作:ジト民逆脚屋
地味に強い
麻野
スーパーモード
ヴァニーは見た。己を飲み込もうと、醜悪な肉塊が裂け、歪んだ口を開いたのを。そしてそれが迫り、アーネストが長剣を構え、キスカがユズリハが、其々に己を救おうとしているのを。
だが、それは全て間に合わず、己は死ぬ。そして、彼らと同じ様に、意志も何も無い肉風船となり、皆に斬られるのだろう。
ヴァニーが目を閉じ、己の終わりを受け入れ様とした瞬間、視界に〝黒〟が飛び込んできた。
逆手に持った短刀を、腰の鞘に納めるのと、肉風船が中央から裂け、左右に別れ、多量の血肉を撒き散らすのは同時だった。
「あんたは……」
「だから遅いと言っている。戦場で判断の遅れは命取りだ」
〝黒〟の《シノビ》は、ベルトから苦無を抜き放つ。何か文字が刻まれたそれを、肉風船が姿を見せ始めた道へと投擲する。そして、苦無の刃が石畳に触れた瞬間、刻まれた文字が赤く光を放ち爆発した。
「今の内に上がれ。連中は屋根には上がれない」
「貴方は?」
金の髪を乱し、ヴァニーが問う。襟巻きに隠れて、その顔は解らない。だが、確かに微笑んだ。ヴァニーには、そう見えた。
「大丈夫だ。すぐに会える」
ガラクタから庇を伝い、二階家へと上がる。
それ程の高さは無いが、あの肉風船は頭が邪魔で、腕を真上にまで上げられない。その上、更にその邪魔をしている頭が引っ掛かっている。
確かにこれでは登っては来られない。アーネスト達は二階家の屋根に上がると、あの《シノビ》の声が聞こえた。
「内壁区に向かえ! あそこはまだ生きている!」
「あんたはどうする!」
「まあ、やるだけやるさ」
さあ、急げ。そう急かされ駆ける足の下には、何かが蠢く気配がある。登れなくても、道伝いに上がってくる事はするかもしれない。
「ヴァニー、急ぐよ!」
「はい! ……あの、武運を……!」
ユズリハがヴァニーの手を引き、走る。《シノビ》、浜名は短刀の柄に手を置き、迫る肉風船の群を睨む。
数は十、二十と増えていく。だが、浜名は襟巻きの下に笑みを作った。
この程度、このふざけたクソッタレな世界に連れて来られてから、何度とも繰り返してきた。いや寧ろ、それにすら及ばない。
腰に提げていた縄を解き、先に結ばれた分銅を、手の中で短く振り回す。
「学習能力は無いか」
もしかしたらと、態と動きを止めてみたが、肉風船は変わらぬ不安定な動きで、ヨチヨチと迫ってくるだけだ。
振り回す分銅を、浜名は投擲し、肉風船の一体を撃ち抜く。水風船が破裂する様な音と、水分を多く含んだものが、叩き付けられる音が届く。だが、倒せたのは一体だけで、貫通した分銅は、石畳に突き刺さっている。
そして、肉風船の群がまた一つ、また一つと集まり、通りを完全に塞いでしまった。
「さて、ここまでか」
浜名は笑み、まだ手の中にある縄に魔力を通す。昔、竜胆の伝で作ってもらった《爆砕符》を織り込んだ縄は、浜名の魔力に反応する。浜名は縄を手放し、肉風船の群れに投げつけ、二階家の屋根へと跳躍、視線のみで己の仮説を確かめる。
そして、群がってきた肉風船の群を巻き込んで、縄に織り込んだ《爆砕符》が爆発した。
「やはりか」
まだ生き残った肉風船が、起き上がりヨチヨチと歩みを再開するのを、浜名は確認して呟く。
「視覚でも嗅覚でもなく、魔力に反応しているか」
肉風船の動きは二つ、内壁区に向かうか、磔台に向かうかだ。
そしてその群の大半は、内壁区へと向かっていた。
「麻野、頼むぞ」
浜名は、手薄となり始めた磔台へと駆けた。
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錫杖に魔力を通し、通した魔力を地脈へと流す。最早慣れきった作業を、麻野は細心の注意を払い、地脈に探りを入れていた。
感じていた事だが、このアレフト市街に走る地脈は細く、市街の外に掛けて太くなっている。通常、地脈が太ければ、通う魔力の量も多くなり、土地に住まう精霊や土地神の力も強くなる。つまり、確りと奉れば、肥沃で魔物が湧き難い安全な土地となる。
しかし、このアレフト市街は違った。
恐らく、アレフトの歴史が関係している。レミエーレ、ファーゼルから追いやられた歴史のあるアレフトが、両国の交易の中心地となり、永世中立市国となる為には、地脈的に弱く、農産等に於ける力の弱さが必要だったのだろう。
他国の助けが無ければ存続出来ない国が、過去に生き残る為に選んだ道が、今となって足枷となるのは、何とも皮肉めいたものだ。
麻野は嘗て、自分達が生きていた日本を思い出しながら、内心で苦笑した。
そして、意思を強め、強めた意思を籠めた声を作った。
「《アーチャー》《レンジャー》《バリスタ》は門の死守! 他は門の強化、バリケード組んで!」
「アサノ! ヤバイよ、どんどん集まってきてる!」
「バリケード急いで! 結界も長くは保たないよ!」
ギシリ、と己に掛かる負荷が重みを増した。内壁区に掛けた結界に、肉風船が触れたのだ。一体一体は弱いが、数が数だ。地脈がもう少し強ければ、結界に触れた奴から、次々と焼いてやるのに、今はその余裕が無い。
「ほら急いで! アサノの結界がある内に、壊せるもん壊して、バリケード組むんだ!」
内壁区城壁の四方にある大門前に、家から運ばれた家財道具や、恐らくは役所や宿から運び出された大型の棚やベッド、ソファー等が積み上げられ、ロープで縛り上げられる。
連中の筋力がどれ程かは不明だ。しかし、元になった者達を基準としているならば、かなり厄介な予測が成り立つ。
「……やっぱり」
結界に強い負荷を感じた。一瞬だけだが、強くこちらを砕きにかかる力、魔属領での戦闘で何度も体感してきた負荷、魔法だ。
「アサノ! 結界に罅が……」
同じ《陣術師》のエルフが、泣きそうな声で報せてくる。周りも同様だ。頼みの綱である結界に、罅が入り始めたのだ。
こちらは、浜名への地脈経由の魔力回復に、内壁区を結界で囲い、奥の手の準備中だ。正直な話、構っている余裕は無い。だが、そんなもの当たり前だった。
だから麻野は、懐から水薬の小瓶を取り出し、一息に煽った後、魔力を錫杖から地脈に叩き込み、確かに掴んだ。
そして、吼えた。
「テメーら気合い入れろ! ピーピー泣いてる暇があるなら、剣を抜け魔力を練れ!」
「で、でも……」
「でももストも無いってーの!」
吼える声は真っ直ぐに、しかし夜のアレフト内壁区に響く。
「あんた達が何諦めてんのか知らないけど、私にゃそんなの関係ない! 大体、私の結界破れない連中にビビんな!」
「いや、でも、結界に罅……」
「何処に罅が入ってるって?」
麻野の言う通り、エルフの少女が指差す先にある結界に、罅と言えるものは走っていなかった。《陣術師》が扱う特殊文字が刻まれた光陣が、城壁の四方に輝いている。
何を見たのか理解出来なかった少女は、麻野を再度見た。
「私嘗めんな?」
言って麻野は、錫杖の鐶を強く鳴らす。連なる音は金管楽器の様に響き渡り、魔力が霧となり月明かりを反射する。
麻野の手足には紋様が走り、魔力の輝きを放つ。
「頼むぜ、浜名」
麻野は探り当てた地脈を確かに掴み、己に引き寄せた。
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浜名は駆けた。機会は今しかない。通り抜け様に斬り捨てる肉風船は、その不確かな動きを更に不確かとし、ただ立ち尽くすに近くなっている。
麻野だ。吸血鬼と同様に、この手の連中は、地脈から汲み上げた魔力を糧に、支配区域を広げる。
だから、その糧にしている地脈を、こちらが支配してしまえば、相手は無力化出来る。しかし、支配された地脈を支配し返すのは、並大抵の事ではない。
相手よりも強い魔力を流し入れ、その上で相手にそれを気付かれてはならない。大胆かつ緻密で精密な魔力操作が必要となる。
だが、麻野は力業でそれをやる。
水路を越え、屋台の残骸を跳ね、見えた磔台へと加速を叩き込む。遅い、遅い、遅い。後ろに結んだ髪を、尾の様に引き、磔台に鎮座する本体へと駆ける。
地脈からの魔力補正が無くなったからか、または本体も変わらず鈍いのか。本体である肉風船は、吸い上げた魔力で膨れ上がった体から、数本の触手を伸ばし、向かう浜名を迎撃する。
腕を、足を、肩を、腹を、触手が貫き、配下にしようと魔力を流し込む。
だが、
「はっ、甘いな」
「あまり夜更かしする趣味は無いんだ」
一息に斬った。
地脈支配
極限定的に、地脈に魔力を流し込み、己の魔力とする方法。割りと難しいので、出来る者は少ない。
支配区域内に居る味方に、魔力支援や物資の地脈間輸送が可能。
麻野は割りとチートなので、支配した地脈炸裂させて、対軍広域地雷とかいうイカれた事をしてくる。
ある意味シーナよりヤバイMAP兵器。