異世界隠居 身勝手に呼ばれて身勝手に捨てられたので隠居したい 作:ジト民逆脚屋
ぬわぁぁぁぁぁん! 疲れたもおぉぉぉぉぉんっ!
梶原
初登場の筋肉
ああ、酷い有り様だ。竜胆は次々と積み上げられていく資料の山を見ながら、惨憺たる思いを籠めた息を吐いた。
――アレフトは壊滅状態、通商路にも被害か……――
正直な話、キツい。アレフトはレミエーレとファーゼルを結ぶ商業の要所。
貿易による収益の減少、ファーゼル他からのアレフト経由の輸入品の品薄による市場への影響、仕事の減少と労働者と周辺住民に対する補償から、通商路の復興と調査並びにアレフト復興への経済支援等。金が幾らあっても足りない。
「さて、どうするかな」
呟いて手に取る書類には、貴族特有の婉曲で華美な表現の言葉が、これでもかとふんだんに散りばめられ、必要以上なインクと紙を使用している。
紙質は上質、金箔で飾り付けられ、何を目的としているのか解らなくさせている。
痛む頭を押さえて、竜胆が退屈な文章を解読すれば、遠回しな増税に関する根回し。
金が無いのだ。
「だから、言ったじゃねえか」
軍備の増強に金を回している暇など無かったのだ。なのに、魔属領に対する侵攻と国境防備に、多額の予算を割いた。国内の不安を脇に放り捨ててだ。
否、軍備の重要性は竜胆も理解している。皆が武器を捨てれば、全てラブ&ピースなどと寝言は寝ても言わない。そんなものは個人、又は数人の集団間で奇跡的に起こりうる現象に過ぎない。
「情報が足りねえ」
書類を重ねて積み上げれば、そんな呟きが溜め息と漏れる。金も飯も兵士も足りない現状で、追い打ちとなる事態が畳み掛けてきた。
国内経済はまだ機能している。だが、貿易の要であり物流の要所であるアレフトの機能停止、それと同時に国内通商道路並びに町村の破壊。
脳と臓器は辛うじて生きているが、血流が止まり始めた重病患者。
それが、今のレミエーレ王国の現状である。
国庫の猶予と税の増額を照らし合わせ、杜撰な管理が成されていた部署を発見した時、ふと、濃い隈の染み着いた目元を擦り、大欠伸をすれば腹が鳴った。はて、まともな食事をしたのは何時だったか。
部屋に閉じ籠り、次々と来る情報を精査し続けて早数日。
凝り固まった首を鳴らして肩を回せば、呆けた頭に血が巡る様な感覚があった。
つまりは疲れた。
「仮眠でもするか」
だがその前に胃に何か入れねば、下手すると餓死しかねない。何かないかと、引き出しや棚を漁ると、砂糖菓子の小袋があった。一先ずは助かったと、口に入れると容赦無い甘味が舌の上で暴れた。
「ぬっ……」
甘い、ひたすらに甘い。一体何事かと、小袋を見れば、軍の携帯食料を示す印字があった。
眠気の覚める甘さだ。
これで糖の不足からの餓死は無くなっただろうが、この甘さは何とかならなかったのか。
仕事に兵士の健康管理の見直しが増えたと、竜胆がソファーに倒れる様に寝転んだ時、部屋の扉が開いた。
「竜胆、居るか」
元の世界の消防士が着る防火服によく似た装備、幾重にも金属音を重ねて、体格の良い男が入ってきた。
「
「救助部隊第二陣の出動は完了だ。第三陣は編成が終わり次第、第四陣は追加の物資の調達中だ」
男、梶原は寝転んだ竜胆に言うと、向かいのソファーに腰を下ろす。
脇に抱えていた資料を竜胆に差し出すと、ヘルメットを脱いだ。
「竜胆、〝アレ〟はなんだ?」
「……調査中だ」
「嘘だな。俺はそういった駆け引きは苦手だ。だけどな、あの竜胆が調査中だって事は、もう分かってるって事だって知ってんだ」
話せよ。太く強い表情が寝転ぶ竜胆を射抜く。
差し出された資料を捲りながら、竜胆はただ冷めた目で彼を見ていた。だが、どうにも分が悪い。
この筋肉男は、頭は悪いが勘がいい。恐らく、大体の事は気付いている筈だ。
さて、何から話すか。竜胆が情報を頭の中で組んでいると、資料に気になる記述があった。
「梶原、この魔法云々だが、マジか」
「ああ、死にかけのと交戦して、その個体が《アルケミスト》の術式を使ってきた」
「元は?」
「……服装や装備から、その町付きの冒険者、割りと腕利きの《アルケミスト》だったらしい事が解ってる」
新たな情報を頭に叩き込み、竜胆は更に回転を上げる。
これが事実でなければいい。もしそうならば、竜胆が想定する最悪の未来が確定する。
「梶原、お前の知り合いに妙に顔色が悪かったり、そうだな、いきなり香水を使いだした奴は居るか?」
「なんだそりゃ? でもまあ、お前の事だから意味ある質問か。年中顔色が悪いのは目の前に、香水は居ないな」
「そうか。なら、化粧が濃くなった奴は?」
「何が聞きたいんだよ? 俺らは男所帯だ。化粧も香水も縁がねえよ。たまに《メディック》や《ドクトルマグス》の女性隊員から、どんなのが好きかとか聞かれるぐらいだ」
「有難うリア充、……ならいいんだ」
「竜胆、本当に何が聞きたいんだよ?」
体を起こし、頭を雑に掻く。手入れもあまりせずに伸ばした髪は絡み放題で、見方を変えればそういった植物に見えなくもない。
大欠伸を一つ漏らし、首を鳴らして梶原を見る。
「仁村が死んだ」
「は?」
「金谷も峯岸も菱田もだ」
「……どういう事だ」
声が一層低さを増した。死んだ四名と梶原は、少ないながらも親交があった。
だが、梶原は国内各地を飛び回り、四名は王都にて職を得ていた。
友人と呼べる者が四人死んだ。そんな事を告げられて、穏やかに居られる男ではない。
「落ち着いて聞けよ。本当にまだ調査中なんだからな」
「解ってる」
「まず、金谷達が死んだのは今から大体一ヶ月前、そして仁村は解らない」
「解らない? どういう意味だ」
「正確には、〝何時から〟死んでたのか解らない、だ」
梶原の眉が吊り上がる。だが、いくらか冷静さを取り戻したのか、ある程度平静を保った声で竜胆に問うた。
「……厄介事か?」
「間違いなく。そして、何時から〝アレ〟になってたのか、少なくとも金谷達を殺した、時季には成っていた筈だ」
「……聞きたくなかったな」
「竜胆さんも、出来れば違って欲しかったが、金谷達の周りから仁村が殺したって証拠がな」
溜め息を吐けば、目の前の大男も頭を抱えている。
竜胆の話から整理し、情報を抜き出せば馬鹿でも解る。
「仁村は、苦しんだか?」
「……分からねえ。だが、いい最期じゃなかった事は確かだ」
「あの意地っ張りめ、だから竜胆達と居ろって言ったんだ……」
仁村明美は、何時からか己達の知る仁村明美ではなくなっていた。これはもしかすると、他の三人も同じだったかもしれない。
そして、仁村は〝アレ〟となり他三人、仲の良かった友人を殺させられた。
「まだ調査中だが、ある日突然化粧が濃くなりだした。香水がキツくなった。若干情緒不安定な様子が出たなら、ソイツを教えろ」
「教えてどうする」
「戻せるなら戻す。まあ、無理だろうがな」
梶原が頭を抱えている。この正直馬鹿には、少々辛い現実だろう。
「梶原、国内の状況はどうだった?」
「今聞くか? ……だがまあ、良くはないな」
「やっぱか」
「安定した仕事が無いから、冒険者辞めて安定した仕事に就く。すると、外敵からの防衛手段が減る。すると、弱い町や村は忽ち飲み込まれる」
「そして、生き残った連中の一部には、生きる為に野盗紛いの集団になる連中が現れる」
「そして、何故こうなったと言い出す奴も必ず現れる。不満は何処に向く?」
「国だよな」
「勿論、嫌になる程、散々聞いたさ」
疲れた顔で竜胆を見れば、彼女も同じ顔だった。
疲れた。どうにも、削られる。レミエーレ王国も、その召喚勇者も削られ、まともに機能しているのは僅かとなり始めている。
拳豪と弓聖が離れ、将軍はいまだ目を覚まさない。残る単体最強戦力である勇者は、立場上簡単には動けない。
残る者達も、全員が戦える訳ではない。
梶原は戦えるが、戦力としては少々心許ない。
死んだ仁村達四人は一軍戦力であり、今は離れている麻野と浜名は勿論、山科もそうだった。
「最悪だ。〝ネフェリタ〟の奴は上手くやってんのかね」
甘すぎる砂糖菓子を一つ口に放り込み、脳の燃料にと噛み砕けば、顔馴染みのファーゼル王国宰相の顔が浮かんだ。
筋肉、頭は悪いが馬鹿でもない。所謂、学校の勉強が苦手な馬鹿。
将来は消防士を目指していた。
《ファイヤーマン》
梶原の職業。耐火耐熱に優れ、体力にも優れる戦えるサポート職業。しかし、その職業というより本人の体力や装備に強さは依存する。
戦場では重傷者を担いで走ったり、場合によってはその場での治療も行う。
次回
帰ってきたシーナ
ファーゼル王国宰相ネフェリタ
金鹿の蹄
の三本でお送りします。(予定は未定