異世界隠居 身勝手に呼ばれて身勝手に捨てられたので隠居したい 作:ジト民逆脚屋
リラ¦ステンバーイステンバーイ
サヤマ¦ヘタレ
フェリド¦腹が減った
ハルファ¦バカフェリド
猫カフェでは猫を誘え。いや、全くその通りだと、クラウスは己の不明を恥じた。我ながら浮かれている。
ここは猫カフェ、猫との戯れとその一時を楽しむ場所だ。
しかしだ。クラウスはどうにも、こういった風俗には疎い。さて、どうしたものか。
クラウスが戸惑っていると、薄い冊子が目の前に出される。
「メニュー表だ」
受け取り見れば、人間用と猫用の二種類が載っている。名前と簡単な説明、疎いクラウスにも解り易いものだ。
「頼んだら大人しく待ってろ」
言うとシーナは、じゃれついてくる仔猫と、再び戯れる。既に興味は猫に戻っており、メニュー表を見るクラウスには欠片も示す様子は無い。
シーナは元々、他人に対し強く興味を持つ事は少ない。似た様な痛みを抱えるリラ、成り行きで騒がしいサヤマ、フェリド、ハルファの三人、嘗ての仲間である麻野に浜名に竜胆達。そして、グレイ。
他にも居るが、中でも特に強く興味を抱いたのはグレイだけだ。
「なあ、何かオススメはあったりするのか?」
「……店員に聞け」
「いやいや、俺は君のオススメを聞きたい」
彼以外で、シーナに強い関心を抱かせた者は居ない。
彼以外で、シーナの心深くに踏み入った者は居ない。
「……知ってどうなる」
「それはいい事さ。君からこの店の良さと、君の事を知れる。それはダメかね?」
――どうして?
――君の事を知りたい。それじゃ、ダメかな?
彼以外に、シーナが強い関心を抱いた者は居ない。
彼以外に、シーナが心深くに踏み入る事を許した者は居ない。
だから、
「ダメだ」
気付けばシーナの周りから、猫は一匹残らず居なくなっていた。
これは何だ、この身を心を焼く衝動は。灼け熔けた鋼を流し込まれた様な、魂の律動は。
そうだ、これは怒りだ。嘗て許した心は、彼にしか踏み入る事を許さず、彼にのみ寄り添うと決めた。
なのにどうして、
「お前に教える意味は無い」
彼と同じ言葉で
彼と同じ声音で
見知らぬ貴様が私の心に踏み入る。
声にならない叫びが、心から、魂から、咆哮する。
シーナが己を焦がす怒りに身を任せ砲剣を手にし、リラとエミリオが構え、クラウスがシーナを見据えた。
その時だった。
「あー、やっと見付けた!」
ひょろりと長いサヤマが、倒れ込む様にして店内に入ってきた。
狙ったのか狙ってないのか。それは定かではないが、サヤマは長身をシーナとクラウスの間に差し込み、早口でシーナに捲し立てた。
「サヤ、マ?」
「もー、シーナさんもリラさんも、行き先くらい書き置きしてくれてもいいじゃないですか」
「あ、ああ、すまない?」
「もうすぐお昼ですし、早く行きましょう。本当に良い店ですから。あ、代金ここに置いておきます。足りない場合は、サヤマ宛で王宮にお願いします」
財布から金貨数枚を取り出し、避難していた店員の近くのカウンターに置くと、サヤマはシーナとリラを半ば押し出す様にして店から出ていく。
店の外には、背の低いエルフの少女と、
「ほお、フェリド・ラフィーロか」
「……ご存知なので?」
「目立った功績は無いが、腕利き中の腕利きだ。成る程、流石は
「しかし、先程のあの様子は」
「あれは失敗だ。……余程、触れられたくないものだったのさ」
最悪の出会いだ。床に腰を降ろし、遠目に隠れてこちらを窺う猫を見ながら、クラウスは溜め息を吐いた。
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
憤怒、己を塗り潰すのは正しくそれだった。ああ、何故だ。何故、これ程までに身を心を魂を焼き焦がす。
簡単な話だ。奴が、あの男が、禁忌に触れたからだ。
「だから、やめとけって、な?」
「離せ」
「ダメだね」
右手に砲剣、左肩にシーナを担いだフェリドが、己を睨み付ける彼女に否と返す。
「いいか、御姉さん。ここはファーゼル王国の首都だ。……下手な動きをすれば、厄介事が増えるぜ?」
「ぬ……」
「しっかし、重いなこれ」
右手に掴んだ砲剣のフォアグリップ、旅路の装備とは違う薄着の右腕、その太い腕を形作る筋肉の隆起から、シーナの扱う砲剣の重量が伝わってくる。
そして、それは左肩からもだ。
「返せ」
「返すとどうなる?」
「………」
「返答無しは肯定とみなす」
細く小さく軽い。装備を身に付けていて尚、そう感じるのだ。
「はぁ、まったく、碌な話じゃねえやな」
「フェリド様、そろそろご主人様をお離しいただけませんか?」
駆け寄ってくる獣人の少女も同じだ。青臭い話だが、フェリドが《城塞騎士》となった理由は、この二人の様な戦わなくていい者が、一人でもそうなればいい。そんな馬鹿馬鹿しい志を胸に、フェリドは戦いの道を選んだ。
その結果は傭兵となった今が答えだ。まったく笑い話にもならない。
フェリドは溜め息を漏らすと、シーナを肩から降ろした。
「まあ、あれだ。今は飯だ飯。どうするかは、それから考えようや」
「…………」
「ご主人様」
「シーナ、取り合えず今はそうしよう」
「………分かった」
フェリドが持つ砲剣に、手を伸ばそうとしていたシーナに、ハルファがそう言えば不承不承とシーナは頷いた。その様子に、リラも安堵の息を吐いた。
「さ、さあ、早く行きましょう。僕お腹すきましたよ」
軽くおどけた身振りでサヤマが言うと、シーナが目を剥いてこちらを見た。
あまり表情を変えないシーナが、サヤマを見た時、先程の事もあり全員に警戒の色が浮かんだが、砲剣を持たないシーナは強くない。
《砲剣士》としての身体強化は強力だが、地金が違うフェリドや体格に勝るサヤマ、古代文字を刻んだものがあれば、詠唱無しで魔法を行使出来るハルファ。リラも恐らく、シーナの暴走は望まない筈だ。
「あ、あの、シーナさん?」
サヤマが僅かにひきつった表情で問うと、シーナははっとして顔を背けた。
「なんでもない」
いまだ憤怒は治まらない。だが、それと同時に、過去が思い出されもする。
それ程に、サヤマの先程の言動は、嘗ての友人と瓜二つだった。
――椎名、早く早く。あの店美味しいからさ!
もう二度と聞く事は無いだろう声、己が一人で居ると何時も一番最初に見付けてくれた声。
シーナは一つ吐息すると、フェリドから砲剣を受け取り、少しだけ疲れた顔で言った。
「行こう。私も空腹だ」
「そうですよ、行きましょう。あの店、実はオシャレなイタリアンなんですよ」
「昔に召喚勇者が伝えた料理、シーナは知ってる?」
「知ってる」
「確かトートを多用する料理だと聞いています」
「ほら、行くぞ。早くしねえと、いい席取られちまう」
まだ胸に灼熱の痛みを感じる。だがそれも、次第に緩やかに消えている。
何時また、あの日の様な事になるか解らない。もしかしたら、そんな事は起こらなくて、ずっとこんな日々が続いていくのかもしれない。
これは弱さかもしれない。
また裏切られたらどうする。
もう大丈夫だ、裏切られない。
そんな声が聞こえる。
でも多分、もう大丈夫なのだ。サヤマもフェリドもハルファもリラも、誰もシーナを裏切らない。
そうやって、誰かに寄り掛かっていないと生きていけない。
これは弱さなのかもしれない。
一人で生きていけない弱さ。
「ご主人様、どうかなさいましたか?」
「なんでもない」
「左様で」
ふと、顔を上げると、野良猫が一匹。塀の上で欠伸をしていた。
猫は自由だ。そして、猫に例えられる冒険者も自由だ。
もういい。自由に生きよう。
シーナはまた吐息し、少し先へ進む三人の背を、リラと二人で追った。
キシリと、砲剣から聞こえた僅かな軋みに、誰も気付かないまま。
次回
ファーゼル王国最大戦力