異世界隠居 身勝手に呼ばれて身勝手に捨てられたので隠居したい 作:ジト民逆脚屋
ベアトリーチェ¦普通に巨
ネフェリタ¦ダーク・エルフだぞ!
サヤマは常識という言葉を、目まぐるしく動く脳内で問うた。己は前衛、それもフェリドの様なタンクではなく、速度重視のアタッカー。
力も経験もまだ浅いが、それでも前衛としての自信があった。
だが、
――これはちょっと……!――
突き出した槍の穂先に合流する様に、黒い手甲が当たり、腕の振りで引き込まれる様にして、槍ごとサヤマは引き寄せられる。
「反応はまだまだ、だな」
渦か何かに引き込まれる様な、抗えない力に体勢を崩され、脇腹に掌底が軽く当てられる。
「少し、反省しな」
体は伸びきり体勢は崩れている。地面を蹴って避けようにも、死に体の状態では避けられず、被害が増える。
だからサヤマは、抵抗を止めた。
「んぎっ……」
骨が軋み、内臓と肉が潰れるかの如く、強い圧がサヤマの脇腹に入る。
無理矢理押し込まれる様な圧に逆らわず、その力の赴くままにサヤマは飛び、体勢を立て直そうとする。
だが、彼の視界には己と同じ黒髪が靡いていた。
「前よりかは良くなった。だが、まだフェリド頼りさね」
「あ……」
サヤマの胸の中央部、そこに掌が当てられた。
「ま、次までの課題さね」
胸に炸裂した爆圧に、意識を刈り取られたサヤマが、暗くなる世界で聞こえた言葉がそれだった。
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
レミエーレとファーゼルには〝魔女〟が居る。
一つ、レミエーレの魔女〝リンドウ〟
言葉巧みに財を成し、言葉を呪いとして人を操る。
一つ、ファーゼルの魔女〝ベアトリーチェ・アズロント〟
召喚勇者ではないにも関わらず、人としての極地に立つ。
ファーゼル王国単騎最高戦力にして、大陸最強の《アルケミスト》であり《モンク》でもあり、そして〝物理属性魔法〟を確立させた大魔導である。
「さて、バカ弟子。旅に出てこの体たらく、どう言い訳する?」
「あ~、その、ですね?」
「鍛練は怠るなと、散々言い含めた筈さね?」
そのファーゼル王国最大戦力である彼女が、サヤマの師でもある。
ベアトリーチェは、正座をして言い淀むサヤマに対し、嘆息する。この弟子は筋は良いのに、どうにも抜けているところがある。訓練とは言え、この己相手に僅かながらでも食い下がれるのだ。その実力は確かなものがある。
「まったく、世話の焼ける弟子さ」
「すみません……」
反省はしている様子だし、動きも連携を重視したものだと考えれば、十分に合格点だった。
だが、サヤマ単体で考えれば落第とまではいかないが、留年は確実だった。
だがまあ、及第点と言えば及第点。今回は許してやろう。
我ながら弟子に甘い。内心で苦笑して、ベアトリーチェは正座で縮こまるサヤマを見る。
弟子として数年経つが、ネフェリタも無茶を言うと、最初は思い、やる気無く適当にあしらっていれば、向こうから嫌になって去るだろう。そう思っていたら、思いの外粘った。
面倒になって、魔属領に程近い森林地帯に放り込んでみたら、予想外に生き延びた。
中々に面白い。弟子の育成なんぞに興味の欠片も湧かなかったベアトリーチェだったが、このひょろ長は育ててみると面白い。
たまに出てくるサボり癖がネックだが、それでも教えれば教えた分、何らかの結果となって見えてくる。
「さて、バカ弟子よ。師匠はお疲れさ」
「はい、水取ってきます!」
走っていくひょろ長の背を眺めながら、ベアトリーチェは思わず笑みを作る。
サヤマには見せられない顔だ。旅でほんの少しだけだが、成長していた事が嬉しいなどと、口が裂けても言えない。
装甲に覆われた片手で、顔を隠してくつくつと笑う。
「……覗きかい? 趣味がいいじゃないか」
「やはり、バレますか」
「たまには動きな。ネフェリタ」
ダーク・エルフの宰相が、訓練場の影から出てくる。
「アタシなんぞに関わる暇があるのかい?」
「なんぞになんて、この国最大戦力である方がよく言いますね」
「冗談、冗談さ。今は少しばかり機嫌がいいからね」
「勇者の事ですね」
疑問ではなく断定だった。眇でネフェリタを見れば、そ知らぬ顔で晴れた空を見ていた。
「何でそうなるさね」
「だって、貴方が機嫌を変えるのは、彼関連じゃないですか」
「……んな訳ないさね」
ベアトリーチェが憮然と言えば、ネフェリタはころころと笑う。
腕利きの《人形師》であるネフェリタ、ファーゼル最強のベアトリーチェを相手にしても、その余裕は崩れない。
「彼が旅に出て最初の一ヶ月、ずっと機嫌が悪かったのは誰ですか」
「知ったもんかね」
「彼が帰ってきたからって、あんなにはしゃいで……」
睨めば黙った。今の距離はベアトリーチェの距離、いくらネフェリタが腕利きでも、彼女の人形ごと粉砕する事など容易い。
「つうか、あのバカ弟子は、何処まで水取りに行ってんだか」
見上げれば、何処までも通り抜ける様な青空があった。ああ、まったく、この面倒なダーク・エルフが来なければ、バカ弟子に小言を言いつつ、適当に小遣いでもやって、市場にでも繰り出したものを。
まったく厄介なダーク・エルフだ。
「面倒なと、顔に出てますよ」
「声にも出してやろうか」
「いえ結構」
「面倒な女だな」
「出しましたね」
「ザマアミロ」
ベアトリーチェが指差して笑う。
ネフェリタはベアトリーチェの上役に当たるが、ベアトリーチェはファーゼル王国自体に然程執着は無い。
出ていけと言われれば、その日の内に出ていく。その時は、サヤマを連れて行くのが面白いだろう。
西の大陸に行って、食べ歩きの旅に出るのもいいかもしれない。
「あの、貴女を放逐するとか有り得ませんからね」
「ケッ、ケチくせえな」
「大体、あの勇者ジンノや、グレイ・オーフィリアと対等に渡り合える人材、そう簡単に手離すと?」
「本当に面倒な女さね。……で、暇じゃないあんたが何だって、アタシの所に?」
「あの〝肉膨れ〟の事です」
「……あれかい。《アルケミスト》の業じゃないさね 」
「《人形師》の業でもありません」
「だとするなら?」
「他《メディック》《ドクトルマグス》《ルーンマスター》、その何れにも該当は無しです」
ベアトリーチェが深々と溜め息を吐く。ベアトリーチェは大陸最高の《アルケミスト》だ。〝物理属性魔法〟を確立させ、いまだ高みに昇り続けている。
その彼女でも、アレフトを中心に発生した〝肉膨れ〟は理解が出来ない。あれは一体何なのか。理解の範疇の外側に位置するのは間違いない。
「リンドウ、奴なら何か掴んでるかもね」
あの国のイカれた召喚式で喚ばれた、最大の厄介者ならさ。
ベアトリーチェ・アズロント
転生勇者でも召喚勇者でもない、本当に純血の世界人。だが、何が起きたのか、《アルケミスト》と《モンク》を極めたイカれ存在に……
《モンク》の業で接近戦をこなしながら、零距離で《アルケミスト》の術式を叩き込む戦法を得意とする。
サヤマがお気に入り