異世界隠居 身勝手に呼ばれて身勝手に捨てられたので隠居したい 作:ジト民逆脚屋
リラ¦ダメです!
フェリド¦待ってろ!
サヤマ¦まだです!
ハルファ¦諦めないで!
アーネストの長剣が犬面人の頭部を貫き、血膿と脳漿が撒き散らされる。悪臭に嫌な手応え、あの町での自警団の仕事で倒してきた魔物や獣、その何れもと違う。
そう、アレフトに現れた肉風船のそれだ。
「アーネスト、一旦下がれ!」
「うっす!」
アーネストが下がる一瞬の隙に、異様に頭の膨れた犬面人が、戦列の穴に向けて飛び込んでくる。
しかし、即座に入れ替わったフェリドの矛鎚に叩き潰され、戦況は再び膠着する。
「バルザス、まだいけるか?」
「おいおい、年か?」
「そう変わんねえだろうが」
大剣を振るい、バルザスが途切れる気配の無い、犬面人の群れを凪ぎ払う。
太古に、召喚勇者が遺したと謂れのあるこの大剣は、どれ程に血脂を浴びようが、その切れ味を落とす事は無い。刃こぼれすら無く、あまり研いだ覚えも無い。
間違いなく魔剣の類いだが、武器であり今を打開する性能があるなら、そんな事は関係無い。
「補給終わりました!」
「よし! 一気に押し返す!」
一人、腕利きで知られる冒険者が、槍を構えて前へ出る。
フェリドと同じ前衛、重鎧を派手に鳴らし、大槍を突き出した。
「は……?」
その瞬間だった。その重戦士が気の抜けた声を残して、体の真ん中に洞穴を作ったのは。
「今のは……!」
反射的だった。フェリドは大盾に魔力を通し、呆けるアーネストの襟首を掴み、引き倒す。
「ぬぐっ!」
「フェリドさん!」
火だ。魔力で精製され、高密度に圧縮された火の槍。魔力でコーティングした大盾が軋み、フェリドの巨躯がズレる。犬面人が扱える魔法ではない。なら、何者なのか。
「おいおい、嘘だろ……」
「最悪だ……」
犬面人の群れの中、異形の群れの中に、背の高い異形が幾つか立っていた。
歪に醜く膨れた頭、血と膿、肉が混ざった体液を溢しながら、魔本を携えた長い耳の男。見覚えのあるエルフが、変わり果てた姿で自分達に矛を向けていた。
「〝アルヴディナ〟の連中、やられたのか!」
「いやそれより、まずいぞ。あんなのを釣瓶打ちにでもされてみろ。すぐに全滅だ!」
「後衛! 集中砲火浴びせろ!」
魔法が、矢が、投石が、ありとあらゆるものが放たれ、犬面人の群れを粉砕していく。だが、肝心の
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
何が間違っていたのだろう。
何を間違えたのだろう。
どこで間違えたのだろう。
何時、間違えたのだろう。
「シーナさん! しっかりしてください!」
声が聞こえる。もう聞き慣れた声だ。
「サヤマ、また来てる!」
「リラさん!」
「分かっています!」
ぼやけた視界で何かが動いている。
頭が働かない。
声が聞こえる。
何を言っているのか、解らない。
否、解る。解りたくないだけだ。
「ハルファ!」
「この……!」
解っている。
解っていた。
本当は、解っていた。
解っていたんだ。
自分が、自分のせいだと。
山科椎名が不釣り合いな幸せを、手にしようとしたから、こうなったのだと、本当は解っていた。
もう、疲れた。
「…………や、ま、し、な♪」
だからもう、いいよねグレイ。
「ご主人様……!」
「シーナさん!」
「シーナ!」
「…………バイバイ♪」
そっちに行っても。
「……椎名に何やってんの? 仁村」
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
「……間に合ったか」
「あ、ハマナのアニキ……」
「アーネスト、よく、耐えた」
眼前に迫る火槍を、その身で止めた浜名が、アーネストに振り向く。
その体には、焼け焦げた風穴が幾つも開いて、人の血肉が焼ける嫌な臭いを、アーネスト達の嗅覚に届けてくる。
「アニキ……!」
「お前」
「ああ、気にするな。分身だ。それよりも、戦線を立て直せ。あの肉風船は、こっちで始末している」
見れば、黒い影が縦横無尽に駆け抜け、元エルフの肉風船を、次々と斬り捨てていた。
苦無を突き立て、刀で斬り伏せ、同じ姿の影が狂い無く、血風の中を駆け抜ける様は、一種の狂気すら感じられる。
「後、この分身はもう使えん。足が死んでいる。敵陣に放り投げろ。起爆する」
「相変わらず《シノビ》の戦法は、エグいのが多いな」
「盾代わりにしてもいいぞ?」
「いや、エグいッスよ」
そうかと、浜名の分身がぎこちない動きで頷く。《シノビ》の分身は、魔力で構成されている。体が欠ければ、その分魔力は減る。そうなれば、分身の動きも悪くなり、消えてしまう。
今で限界が近いのだろう。
「おい! やるなら早くしろ! そろそろ魔力切れ起こしてる奴も居る!」
バルザスが叫び、大剣を振り抜く。既に冒険者の数は減り、装備の破損、怪我疲労、戦える者は少なくなっていた。
アーネストもそうだが、大盾を構えるフェリドは、先程までの戦闘と、火槍に対する防御で、魔力は枯渇寸前となっている。アーネストと共に来た、キスカやユズリハ、ヴァニーも限界だ。
これ以上は保たない。反撃するにしても、逃げるにしても、今を逃せばその機会は失われる。
決断を下そうとした時、犬面人の群れで爆発が起きた。
「……最後の分身がやられた」
「退くぞ。もうこれ以上は無理だ」
「退くぞって、何処に?!」
《アルヴディナ》は壊滅、《レーア騎士団》は半壊、他の冒険者達も余裕は無く、敵は倒しても減る気配すら見せず、先程まで隣で戦っていた者達が、醜く姿を変え襲い掛かってくる。
そして、その尽きぬ群れは軍勢となり、退路を塞いでいた。
「……いや、間に合った」
「はあ? 何言って……!」
浜名の呟きと同時に、迫る軍勢が不可視の壁に塞き止められた。何が起きたのか。誰もが呆気に取られ、中には武器を取り落とす者さえ居た。
冒険者であれば、一度は見る。《陣術師》が使う陣による防御だ。
だが、その規模が違う。
「これって、アレフトで……」
「間に合ったか、麻野……!」
「嘘だろ? 魔力回復に傷の治癒?! 何人の《陣術師》だ!」
「一人だ」
バルザスフェリド、他に声の聞こえた者達が、驚愕に浜名を見る。
視界を埋め尽くさんとする軍勢を塞き止め、そして魔力の回復に傷の治癒を行う。《陣術師》が何人居れば、そんな事が可能なのか。
想像もつかない中、たった一人でそれをしたと言う。
誰もが理解の追い付かない中、森の反対側から歓声が響いた。
「フレッド達がやったか。じきに援軍が来る! それまで耐えろ!」
「……聞いたか?! 生きるぞ!」
バルザスの咆哮に、生き残った誰もが応えた。
「……頼むぞ、麻野」
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
振り下ろすというよりは、突き込むと言った一撃だった。確実に急所を貫き、相手を絶命至らしめるに十分な一撃だった。
なのに
「…………麻野」
「いやいや、私はさ、聞いてんだよ? 椎名に、何してんだってさ……!」
この女だ。あの時から、ずっとそうだった。
こいつが居たせいで、肝心な時に仕留めきれず、結局は最終手段を取らざるを得なかった。
何時も、何時も何時も何時も何時も何時も何時も何時も、何時もそうだった。
この女をくびり殺そうとすると、必ずこいつと、あの地味な男がやって来る。
「つか、仁村。あんた、趣味変わった? この血腥い現場でも、化粧と香水臭ってんだけど?」
「…………あんたは、何時も何時も!」
「ちょっと、待ちなって!」
突剣を喉に向けて突き出す。だが、届かない。陣術に遮られ、切っ先は宙を穿とうとするだけだ。
「少し、大人しくしなさい」
麻野が錫杖を地面に突き立てると、仁村の体が地面に縫い付けられる様に、拘束される。
同じ術師として、ハルファは理解が追い付かない。広域陣を張り巡らして、その上魔力回復に傷の治癒を組み込む。これだけを発動させるだけでも、腕利きの《陣術師》十数人は必要となる。
だが、今目の前では、それをたった一人で行う術師が居る。
「…………麻野……!」
「うっせ。そこで反省してろ。……椎名」
「ひっ……!」
今にも壊れてしまいそうな、罅割れた感情をそのままに、砲剣の陰に隠れたシーナ。
その様子に、麻野は一瞬、泣き崩れそうになりながら、しかし立ち直り、リラへと向いた。
「椎名を、お願いします」
「……畏まりました」
それだけを言うと、麻野は突き立てた錫杖を手にし、魔力を地脈に叩き付けた。
「……とっとと、この馬鹿騒ぎ終わらせるよ!」
烈迫の気合いを籠めた声と共に、魔属軍が最も恐れた、麻野の広域地脈爆破陣が発動した。
浜名¦間に合ったか
麻野¦枯らせると?
次回
叫べ、その報いを