異世界隠居 身勝手に呼ばれて身勝手に捨てられたので隠居したい 作:ジト民逆脚屋
リラ¦ご主人様?
サヤマ¦シーナさん?
ハルファ¦シーナ?
フレッドとニコラスを初めとした冒険者達は、覚えの無い快調さに驚きながら、未知の戦場で得物を振るった。
「ニコ、何がどうなってる?」
「多分だが、アサノだろうよ」
犬面人に関しては、長いキャリアから難なく討伐出来る。だが、この湧き続ける物量には、そんなものは無意味だ。
戦いは数であり、個による武力は多による物量の前には、余程的確な致命打が無い限り、絶対的に無力である。
「《アルヴディナ》の奴じゃねえか?!」
「《レーア騎士団》もだ! ……あ、死んだ」
元冒険者の肉風船に、戦線を破られそうになるが、すぐに頭が弾けた。ソフィアによる狙撃だ。
先程から、突出した敵はソフィアが頭を撃ち抜き、この依頼を受けていた《金鹿の蹄》のメンバーや、他冒険者達がその穴を埋めていく。狙撃という致命打が刺さり、戦線は均衡を取り戻していく。
「アーネスト達は無事かねえ?」
「あ~、アサノやハマナが居るし、キスカにユズリハにヴァニーが揃ってる。あいつら、連携は確かだ」
「まだまだ青いがなっと! それにフェリドの旦那達も居るみたいだしな」
ニコラスの鉄拳が犬面人の頭を捉え、歪んだ頭部がピンボールの様に弾け飛ぶ。
《セスタス》の拳は食らいたくない、《モンク》に素手で勝てるか。
ニコラス達冒険者全員がそう口を揃える。
彼ら彼女らは、周りが剣や槍で武装して、鎧や盾で身を守る中、己の身と技だけで戦う。
その体が武器、特にニコラスの拳はそうだ。
「……ったく、拳闘士時代を思い出すな!」
「俺はマフィア時代」
「お互い碌でもねえなぁ……!」
元拳闘士と元マフィアの冒険者、同じ変わり者同士。二人の連携には隙が無い。
互いの動線を塞がず、互いの隙間を埋める。一つの生き物の様に、戦場を自由に走る。
その様子を、スコープ越しに見るソフィアが、引き金を引きながら、隣で観測をするモンドに言う。
「あの二人、仲良いわよね」
「え、そ、そうかな?」
乾いた音が響き、遠く離れた肉風船が破裂する。魔力を多く籠めた銃弾は、体内で砕け破片が炸裂する。
消費は大きいが、今は気にならず、それよりも討ち損じを無くさなければ、また肉風船が増えてしまう。
「……魔力使い放題とか、癖にならなきゃいいけど」
「そ、それは、気を付けないと」
アサノの陣術の効果で、地脈から無尽蔵に魔力が送られてくる。本来なら魔力切れが始まる頃だが、その気配すら見えない。
「モンド、貴方はいいの?」
「い、いや、ソフィアの護衛要るでしょ?」
「まあ、そうね」
《ガンナー》であるソフィアは、近接職の護衛が無ければ、戦場では危うい。《ダークハンター》のモンドは腕利きなのだが、何故か妙に頼りない。この変な吃り癖のせいだろうか。
茂みに隠れて、銃に密着して覗き込むスコープは、紅黒く染まった景色しか写さない。
慣れきった光景、照星を合わせて引き金を引けば、紅い花が咲く。
慣れきった光景で、慣れきった動きを続けていると、撃っていない筈の犬面人が弾け飛んだ。
一体何だと、隣のモンドを見れば、彼も同じ様に驚いていた。
「まさか、陣術? でも回復と防御を重ねて、更に攻撃だなんて……」
「シーナさん、無事かしら?」
モンドが呆気に取られる横、ソフィアは引き金を引く指を止めず、猫好き仲間であるシーナの安否を気にした。
だが動かない。戦場はいまだに膠着状態が続き、一つ均衡が崩れれば、最早修復は不可能だろう。
後一手、一手押し込めれば、こちらの勝ちだ。
だが
「何がどうなってるんだ?」
「…………」
犬面人の群れが尽きない。奴らが巣くっていた森は、狭くはない。だが、だがしかし、今眼前に広がる群れの規模は、森一つに収まる規模ではない。
「……モンド」
「な、何かある。多分、ダンジョンにある召喚陣か何か」
モンドの言う通り、ダンジョンには希に、魔物が湧き出す召喚陣が存在する事がある。破壊するか、魔力の流入を防がない限り、ほぼ永遠に魔物が湧き出す。
しかしその召喚陣、一度に湧き出す魔物の量は限度があり、召喚陣の周囲では生態系に異常が見られる。
「……でも、この辺りにそんな影響は見えない」
「何かあるわね」
引き金を引き、変わらぬ単調な一撃を見舞う。だが、その一発はソフィアの狙いから、僅かに逸れていた。
敵は絶命したが、このズレは見逃せない。
「銃身が歪み始めたわね」
「撃ちまくったから、熱でやられたか」
即座にズレを修正し、狙撃を再開する。だが、想像とのズレが、ソフィアの狙撃を僅かに鈍らせる。
修正する暇は無い。しかし、この乱戦で今のズレた狙撃を続ければ、必ず味方への誤射が発生する。
「く……!」
迷いから、引き金に掛かる指が鈍る。どうにかならないかと、辺りを探れば、突然モンドの長鞭が唸った。
「ソフィア! 回り込まれた!」
「早いわね……!」
長鞭が空気を斬り裂き、犬面人の肉が爆ぜる。
まるで生き物の様に、モンドの手繰る長鞭は犬面人を食らっていく。
だが、数が多い。数とは暴力である。モンドの長鞭が如何に速くとも、ソフィアの銃が如何に強力だとしても、単純かつ絶対的な暴力の前には無力だ。
「……笑えるわ」
「な、何が?」
「目的も果たせない自分がよ……!」
最早、装填している暇は無い。長鞭が唸りをあげる中、ソフィアは銃剣を着剣し、あまり得意とは言えない格闘戦に入った。
奇跡というのは、起きるものではなく、起こすものである。何時だったか、誰かがそんな事を言っていた気がする。
モンドは、その言葉を信じてはいない。奇跡というものは、その時々によって都合よく姿を変える。そしてそれは、都合よく起きもしないし、起こせもしない。
奇跡とは九割の偶然に一割の必然、そんなものを起こせるのは、英雄と謳われる者達の更に一部だけだ。自分は違う。
「……ソフィア」
「ダメよ、モンド。それはダメ」
「けど、君はまだ死ねない」
ソフィアには目的がある。モンドもそれを知っている。
それを果たすまで、ソフィアは死ねないと、モンドは知っていて、彼もそれに協力している。
だから、ソフィアだけでもと、モンドは作戦を練るが、ソフィアはそれを一蹴する。
「貴方も居ないと、意味が無いわ」
ソフィアの目的は、モンドが居なければならない。仮に、モンドがここで欠ければ、ソフィアの目的は果たされない。
周囲から、劣勢を報せる怒号が響く中、二人はいずれ来る未来に抗い続ける。
つまり、目的も果たせずただ野垂れ死ぬ。尽きぬ軍勢に、ソフィアとモンドがその覚悟を決めた。
その時だった。
「……漸く、見付けましたよ」
二人を取り囲んでいた犬面人が薙ぎ払われた。
首から上を失い、糸の切れた人形の様に、崩れ落ちていく犬面人。残ったものも、剣や槍に矢に斬り捨てられ、貫かれていく。
「エ、エミリオ……」
「はぁ……、お二人、家の稼ぎ頭が何をしているのですか」
身の丈を越える大鎌を肩に担ぎ、自身が所属するギルド《金鹿の蹄》番頭であるエミリオが、溜め息混じりにそう言った。
「い、いやぁ、数に押されちゃって……」
「まあ、いいでしょう。事が事です。では、二人共、これより当ギルドマスターが、この戦線の指揮を執ります。退くなら退く、残るなら残る。決断を」
「クラウスが来てるのなら、補給と調整をしてから参戦するわ」
「左様ですか。では、その様に。我々はこれより、敵勢力を削ります。あと、もうすぐ〝ファーゼルの槍〟が到着します」
大鎌を構え、エミリオはいまだ混戦の続く前線へと、己の部隊を率いて参戦していった。
見れば、既に犬面人と肉風船の軍勢は、囲まれて徐々にその数を減らしてる。
「出番は無さそう、かしら?」
「な、なら、いいけど」
二人は息を吐くと同時に、森の反対側で爆音が轟き、衝撃が森の木々を揺らしながら、強風となり抜けて伝わる。
「ベアトリーチェ……!?」
この混迷極まる戦線に、終局が近付いていた。
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
「…………麻野、麻野。貴方は考えた事は無いの?」
「何をさ?」
地面に倒れ付したままの仁村が、麻野に問い掛ける。麻野はその要領を得ない問い掛けに、眇になりながら首を傾げる。
「…………私達、私達が何故この世界に呼ばれたのかよ」
「……」
「…………何故、私達だったのか。どうして私達だったのか。気にならない?」
無言、麻野はただ何も言わず、仁村の言葉を聞く。確かに、召喚された理由は気になるのだろう。だが、それだけではない。何か探るような気配を、サヤマ達は麻野から感じていた。
「…………何故、何故、何故、私達は何故この世界に呼ばれたのか」
「……一体、何だってのさ」
「…………山科が何故《砲剣士》なんて、奇妙な
言った瞬間、麻野の眉が上がる。それを見た仁村が、口の端を歪に吊り上げた。だがそれも一瞬の事、次の瞬間には麻野の溜め息が耳に届いた。
「はぁ~、ばっっっかみたい……!」
「…………なっ?!」
「椎名が原因? 馬鹿もここまで来ると、笑えないわね」
本当にくだらないと、麻野は吐き捨てた。
「…………麻野!」
「椎名がそうなら、とっくの昔に私は破綻してた。あんた何がしたいのっていうか、さっきから思ってたんだけど、……あんた誰?」
圧が強まった。倒れ伏す仁村から、骨の軋む音が聞こえる。捕縛陣だけでなく、隔離の為だろう障壁陣まで多重展開し、仁村から指先一つの動作すら奪っていた。
「…………誰? 誰って、私よ、麻野。仁村明美よ」
「ああ、はいはい。そういうのいいから、気色悪い甘臭い中身。いくら仁村が少しケバいからって、変装にもなってないっつーの」
「…………一体、何の話を?」
「知らないだろうけど、私は《陣術師》、全員の魔力パターンくらい覚えてんのよ。だからさ、あんた誰で、それで〝何〟なの?」
麻野の問い掛けに、〝仁村明美〟は答えない。先程まで軽快に動いていた口は閉じられ、見開かれた両目は麻野を捉えていた。
その両目を視界に捉えたリラは、思わず息を飲んだ。あまり虚ろで何も映さない、何もかもを否定してしまいそうな、空虚な洞穴がそこにあった。
『嗚呼、本当に煩わしいわね』
「それがあんた?」
『本当に貴方達は煩わしいわ。貴女とあの
「やらせるかっつーの!」
そんなリラすら、反応が遅れる双眸に、麻野は臆する事無く、堂々と睨み返す。
「今度はやらせない……!」
漸く、今回は間に合った。だから、今度こそ守る。
そう決意を固め、麻野は動かないシーナを背に、〝仁村明美〟の前に立ち塞がる。
『今度、今度ね』
「……何が言いたいの」
『いえ、守れるなら守ってみなさい』
「言われずとも……!」
止めと錫杖を振り抜くが、その一撃は空振りに終わる。
『残念だけど、このお人形は気に入ってるの。まだ、壊されたくないの』
「この……!」
まるで砂の城の様に、仁村の体が崩れ落ちていく。血肉の臭いは無く、それどころか生身であったとは思えない。
ボロボロと崩れた肉片が、塵の様に風に巻かれて消えていく。
『また会いましょう。次は〝ゲスト〟付きでね』
遠く、戦いの終わりを告げる喝采を耳に、麻野はただ立ち尽くした。
次回
曖昧だった傷は