異世界隠居 身勝手に呼ばれて身勝手に捨てられたので隠居したい 作:ジト民逆脚屋
皆様には、多大なるご迷惑をお掛けした事を、ここにお詫び申し上げます。
誠に申し訳ございませんでした。
このタイミングで、竜胆さん死なせてどうするって話だよ……
「……さてと、もう行くぜ」
静かな室内、竜胆は読んでいた本を閉じ、懐に納めるると、そう言って立ち上がる。
「さっさと起きろよな。和泉」
あの日、あのオーフィリア家邸宅が壊滅した事件以降、和泉は目を覚まさず、眠ったままとなっていた。
傷は完治し、毒や呪いによる後遺症も感じられない。何が原因で眠り続けているのか。
「聖剣の光帯、その影響による魔力変調、ねぇ」
この世界での人間の体は、元の世界の電化製品に例えられる。人間には大まかに、保有出来る魔力量と、許容出来る魔力負荷がある。
それらには個人差があり、竜胆達召喚勇者や、腕利きの冒険者や傭兵、その血縁者の一部は、一般的な基準値を上回る傾向にある。
だが、これら負荷耐性は、個人の体調や精神状態に左右され、高い耐性を持っていたとしても、病気や怪我、錯乱や動揺状態等の場合は、簡単に超過してしまう。
そして、負荷耐性を超える魔力が、急激に流入した場合、電化製品の回路が焼き切れる様に、人間の脳や神経が焼き切れてしまう。
竜胆達《カースメーカー》は、この魔力負荷耐性を超える魔力を、相手に言葉という形にして聞かせ、その肉体や精神に変調を与える。
「何処をどうひっくり返しても、件の聖剣は見付からず、リナシアも気が休まらねえな」
ネクタイを緩め、首を左右に鳴らす。硬質な繊維が剥がれる様な、嫌な音が首の付け根辺りからしたが、何時もの事だと欠伸を漏らす。
自分達の中でも、和泉はその精神性も影響してか、飛び抜けた負荷耐性を持つ。並みの《カースメーカー》では、その負荷耐性を突破する事など不可能であり、そもそも急激な魔力の多量流入を起こさせない為の、負荷耐性なのだ。
よほどの事が無ければ、和泉の負荷耐性を抜いて、彼を昏睡に至らしめる事は不可能なのだ。
「……聖剣が次の持ち主を選んだ? いやそれなら、リナシアが順当な筈だ。というか、あの聖剣はオーフィリア家の血統以外は抜けない……」
逆を言えば、オーフィリアの血が流れていれば、扱えるかは置いて、抜く事は出来る。最悪の考えが、竜胆の脳を騒がしく駆け回り、頭痛にも似た感覚を引き起こす。
「リナシアが裏切った? いや、だとしても利が無い。オーフィリアの血統にグレイさん以外に、誰かが居た? いや、それも無い」
この手のものは、一度疑い始めると限りが無い。実際、この世界に信じられるものは、殆ど存在しない。燻りだした疑念を燃料にして、竜胆の瞳にどす黒い感覚が煮えたぎる。
「……は、我ながら嫌な性格してるぜ」
「でも、僕はリンドウ様好きだよ」
不意の声に驚き、竜胆がその声の方向を向くと、よく知る小柄な姿が、得意気に微笑んでいた。
「ジ、ジョナサン、ついて来ちゃったのか」
「ふふん」
ジョナサンが、得意気に胸を張る。最近では、こうした子供らしい反応が増えてきて、竜胆としてはとても喜ばしい事だが、まさかここにまでついて来るのは、流石に予想外だった。
「ジョナサン、ここにはついて来ちゃダメだって」
「どうして?」
「どうしてって……」
「お屋敷の周り、人がいっぱい隠れてたよ」
その言葉に、竜胆は笑んだ。ようやく掴んだ尻尾は切り捨てられ、ついには影の端を、どうにか掴むかどうかという状態だった。
だが、ここに来て、これだ。今度こそ、あの声の主を引き摺り出す。
「リンドウ様、嬉しいの?」
「嬉しい? ああ、嬉しいね。ようやく動きを見せやがった」
囮の可能性もある。だが、彼奴の手駒はそう多くはない筈だ。何をどうやって、仁村や他武官を肉風船として操っているのかは、まだ不明だが、共通項として化粧品や香水等の多量使用に、若干の情緒不安定がある。
これまでの調査で内務に数人、軍務に数人を確認し、これの無力化に成功している。そしてもう一つ、いくら探しても普通の人間の手駒は居なかった。
「理由は解らんが、奴には生身の協力者は居ない。断言してやる」
「どうしてなんだろ?」
「さあて、何でだろうな。だがな、ジョナサン。こういう奴は大体、信用出来る奴が居ないんだ」
「友達居ないの?」
ジョナサンのその言い方に、竜胆は思わず吹き出した。
この手の自分ではなく他人を動かし、かつ自分に繋がる痕跡は、その他人ごと消してしまう。
少しでも、信頼か信用関係が成立している者が居るなら、こんな真似はしない。余程の外道でもない限り、その信頼関係は崩れるし、裏切りの危険性も出てくる。
「そう言えば、カジハラ様が探してたよ」
「梶原が?」
「うん、あの風船で何か分かったみたい。こっちに来てるって言ったから、多分来るよ」
「よし、ならこっちから行こう」
だが、反対に信頼も信用も無い、その場限りの相手では、仕事を遂行するか。そこに不信が生まれる。
例え高い報酬を払ったとしても、実力とは別に人間の質という問題で、何もかもがご破算となる事もある。
だからだろうか、あの声の主があの異形としているのは。
「ねえ、リンドウ様。ここ病院?」
「ん、ああそうさ。職員から関係者、その全てが私が選んだ奴らさ」
「じゃあ、リンドウ様友達いっぱいだ」
それを友達というなら、竜胆は友達に囲まれて生きて、その友達の助けで生きている。ある意味では、声の主とは正反対だろう。
この性格でこうならば、相手は一体どんな性格なのか。
「お、あのうすらデカイのは、梶原だな」
「遠くからでも解るね」
「あれが筋肉だ」
「あれが筋肉……」
のっそりとした動きの梶原を遠くに、病院の館内から外へ踏み出せば、陽の光がよく映える。
竜胆が目を細めれば、ジョナサンも真似をする様に細めていた。
それがおかしくて、口を笑みにすれば、梶原がこちらに気付いて手を振っている。さて、何が分かったのか。
嫌になる程聞かせてもらおう。
「あの筋肉がどんな話を……」
と、そこまで口にして、何か様子がおかしい事に気付く。何やらやけに、慌てている。
来ているのが、梶原だけでなく、竜胆派と呼ばれる貴族や官僚まで来ている。
ジョナサンの話では、梶原一人だと思ったが、もしかすると分かった話というのは、想像以上に重大なものだったか。
そう考えを巡らせていると、梶原の声が届いた。
「竜胆急げ! まずい事になった!!」
「ああ? 何がだよ」
「レミエーレ王が崩御した」
「は……?」
竜胆の理解が遅れる。隣のジョナサンも、何を言っているのか、理解が出来ない。
レミエーレ王は、確か年齢を重ねてはいたが、特にこれといった病も無かった。派閥争いや跡目争いも、暗殺が発生する程、激化はしていなかった筈。
「……死因は」
「解らん。だが、神野が大慌てで王宮に向かった」
「私もだな。梶原、ジョナサンを頼む」
「ああ、馬は用意してある」
武官の一人が駿馬を曳いて来る。
「私、馬乗れねえんだけど」
「安心しろ。括り付けてやる」
梶原がベルトを取り出し、担いだ竜胆の腰にベルトを巻き付け、鞍に固定していく。
そして馬に跨がらせ、ベルトの固定を確認する。
「よし、降りる時はその金具を外せ」
「先導は私が」
「んじゃ、行ってくる」
一体、何がどうなっているのか。竜胆は慣れない揺れの中で、今までの情報を元に考えを巡らせる。
だが、王宮から離されていた竜胆が持つ情報では、確かな予想は立てられない。
――最悪の事態は避けたいんだがな
今の召喚勇者の立場は、現王との間で成立している関係だ。それは、次王に継続されると確定されてはいない。
最悪の場合、竜胆は連れて行ける者達だけを連れて、他国に亡命する準備もしてある。
だがそうなれば、
「……戦争だよなぁ」
揺れる馬上で、竜胆は誰にも聞こえない呟きを漏らした。