異世界隠居 身勝手に呼ばれて身勝手に捨てられたので隠居したい 作:ジト民逆脚屋
幸いというものがあるのなら、それは自分には与えられず、得られない物だ。きっと、幸いには決まった総量があって、人一人に与えられる幸いの量は決まっている。
そして、その量は人それぞれに違って、人が受け取れる幸いの量にも違いがある。
与えられる以上の幸いが欲しければ、誰かから奪うしかなくて、だけど奪った幸いが自分の器以上なら、溢れ出た幸いは反転して、溢れ出た以上に周囲を不幸にする。
だから自分は一人で、幸せになろうとしてはいけない。
一人で居れば、誰も不幸にはならない。
一人で死ねば、誰も不幸にはならない。
不幸になるのは、幸せになってはいけない自分だけ。
大丈夫、リラはきっと他にもっとちゃんとしていて、強くて賢くて、並んでも凄く絵になる、自分とは違う誇れる立派な主に出会える。
もしそうはならなくても、フェリドやサヤマにハルファ達が居る。ダメなら、念の為に置いてきた紹介状で、ソフィアを頼れる。
私はそこに居てはいけない。
曇天の下、シーナは軋む砲剣を背負い、目的の無い歩みを進めた。
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さてと、と言葉があった。聞く者に言い様の無い危機感を抱かせる言葉だ。
否、言葉そのものには危機感も何も無い。ただ、その言葉を発した者がそうであるだけだ。
「私もさ、色々調べてきた訳だ」
竜胆が欠伸混じりに言う。外は曇天、今にも嵐にでもなりそうな具合だ。その風景を背後に、目を爛々とさせた竜胆が、長い八重歯を見せながら、芝居掛かった仕草を取る。リナシアとしては正直な話、何かのホラーの登場人物かと思うが、まだそちらの方が実害は出さないので、幾らかマシだとも思える。
「調べてきたとは、何をでしょう?」
「色々、色々さ。まず最初に、リナシアよぉ。おかしいって思わなかったか?」
「おかしいとは、一体どれがでしょう」
「大体、検討はついてるみたいだな。じゃあ、まず最初にだ。私達の話をしよう」
長い廊下を歩きながら、竜胆は隣を歩くリナシアを見る。リナシアは首を傾げてはいるが、大まかな所では理解している筈だ。
「私の仮説は何度も話したよな」
「ええ、突拍子も無い話から、実際に国で議論にまでなった話まで」
「ああ、そうだ。あの時は面倒だった」
面倒だ面倒だと、そう口で言いながら、竜胆は雨粒が叩き始めた窓に視線を向ける。
空に青は無く、ただ薄暗い黒い雲だけがある。何をするにしても、早く済ませた方がいいだろう。
雨だけならいいが、雷には打たれたくない。
「まず、レミエーレの召喚勇者に限り、死亡するとその装備は消失する。例外もあるが、基本はこれだ」
「召喚式に、何かしら仕掛けがあると、御兄様から聞いています」
「ああ、その通り。レミエーレの召喚勇者の装備は、他に召喚される連中のそれより、頭一つ二つ抜けて性能が良い。神野や和泉クラスとなれば、武力による傾国だって可能だ」
「だから、それを防ぐ為に、と?」
「だがしかしだ。例外的に、所有者が、次の所有者へと譲渡した場合、その限りじゃない」
竜胆が胸元から、細い鎖で吊られた鈴を取り出す。竜胆の装備であり、この鈴の音に乗せて、呪詛を相手に送る為のものだ。
「解るか。この限定された例外の意味が」
「意味とは?」
「まるで、何かに抵抗するかの様じゃないか」
「何か、とは?」
「それにはまず、もう少し話をしないとな」
軽く鈴を鳴らし、竜胆が廊下を進んでいく。雨足が強くなる前に、全てを終わらせたい。その本音が感じられる足取りだ。
しかしリナシアは、その竜胆の歩みが時たま、躊躇う事を隠すかの様に、遅れるのを見逃さなかった。
解る、理解出来る。これから自分達がしようとしている事は、そういう事なのだ。
「リンドウ様」
「……まず私達、召喚勇者。これの起源はこの世界の神話にまで至る。これに関しては、どの国や大陸でも同じだ」
「ええ、現れた魔属や脅威に対し、抗う術を持たなかった祖先の哀願と嘆願に、神が貸し与えた権能を持った最初の勇者が、その哀願と嘆願に応えた、でしたね」
「どの神話も似た様なもんだがよ。この国だけ、他とは違う部分がある」
竜胆が人差し指を立てる。
「違う部分ですか」
「ああ、他の国では必ず最期まで記述されている。だが、この国では最期どころか、いつの間にか居なくなっていた。それも、神の権能を与える召喚式を残してだ」
「そう言われると、確かに変ですよね。魔属を討ち果たした、脅威を退けた。その描写も無く、ただ呼び出されて、権能だけを残して居なくなっています。しかし、神話は神話ですよ」
「そうだな。だがよ、私はこうも考えた。召喚勇者の始まりは、この国の興亡に関わった。しかも、かなり深い部分にだ」
「だから、記述が消えたと? いくら何でも、それは飛躍のし過ぎではないのですか」
「だから言ったろ。限定された例外の意味だ」
遠く、雷鳴が聞こえた。
「神々の権能、その中で今に存在していない権能はなんだ? 今、禁忌とされ、しかし誰もが望む権能はなんだ?」
「まさか……?!」
リナシアは有り得ないと、内心首を振る。だが、それと同時にそれを肯定し、そして有ってほしくないと願っていた。
しかし、あの日見た光景は、それしか有り得ず、そうでなければ、あの和泉が昏睡に陥る事は有り得ない。
「リナシア様、リンドウ卿」
立ち止まる二人の前、荘厳な扉を背に、一人の老兵が戦槌を手に立っていた。
「リナシア、ダレンさん。言っとくが、その扉を抜けたら、もう無理だ。戻れない」
「しかし、リンドウ卿。ここまで来たら、戻るという選択肢はありませんな」
「ダレンの言う通りです。リンドウ様、この話を聞いた時点で、戻る道は無くなっています」
「……すまん。恩に着るは、変かもしれんが、まあ言わせてくれ」
言って、竜胆は扉に手をかけた。扉の向こうは、オーフィリア家の中でも、限られた者しか入れない場所へ続く道が伸びていた。
「天気も相俟って、薄気味悪いな」
──まるで、処刑台にでも行く気分だ──
頼むから、どうか当たらないでくれ。
竜胆は祈る様に、深いため息を吐いてから、苔の生えた石畳を踏んだ。見上げる空は、何かを哀しむかの如く、僅かな雨粒を降らせていた。
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貴方と初めて出会った日、本当は貴方の事が怖かった。優しく、こちらに気遣う様に話かけてきてくれた貴方の、何故かどこか機械的で、そうしなければいけないと、そんな機能の様な義務感が、堪らなく恐ろしかった。
その声が、仕草が怖くて、一目散に逃げ出して、皆と溜まり場にしていた宿舎の隅に、踞る様にして隠れていたら、いつの間にか眠っていて、目が覚めたら、麻野に見付けられていた。
なんでもないと、そう言っても、麻野に嘘は通じなくて、竜胆まで首を突っ込んできて、まだ国と召喚勇者の関係が良くなかった事もあって、かなり大変な事になった。
危うく、オーフィリア家と事を構えそうになったけど、神野達が前に出て、どうにか治まった。
あの後、貴方に謝られたね。
こっちが勝手に怖がって、勝手に逃げ出しただけって言ったら、また申し訳なさそうにして、また謝られて、どうしていいか分からなくて、二人でオロオロして、何故かそれがおかしくて、二人で笑ったよね。
ねえ、グレイ。ごめんね。
私は幸せになっちゃいけなかったのに、私が幸せになろうとしたから、貴方を死なせてしまった。
私のせいで、貴方は死んでしまった。
ごめん、ごめんなさい。
貴方を好きになって、ごめんなさい。
お詫びに死ぬ度胸も、貴方の仇を討つ根性も無い私を、どうか許してなんて言わない。
だから、グレイ。貴方は天国で幸せになって。生まれ変わったら、もう誰も不幸にしない人と幸せになって。
私は、何処か誰も知らない場所で、一人惨めに誰にも知られず、ゆっくりと朽ち果てていくよ。