異世界隠居 身勝手に呼ばれて身勝手に捨てられたので隠居したい   作:ジト民逆脚屋

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シーナ¦…………

麻野¦生きてね

浜名¦どうか笑ってな


勝率0.2%の向こう側

 麻野が対峙する背後、グレイの動きを少しでも止める為、魔力を籠めた苦無を彼の影に突き立てながら、浜名は見慣れた背中に目をやる。

 友として、戦士として、背を預け、時に笑い、時に怒り、あの誇り高く慈悲深い人格を信頼し、大切な友人の未来と幸いを託した。

 なのに、その望みが今となってこれだ。

 

 ──出来る事なら聞きたくなかった──

 

 望んだ未来も幸いも、全てまやかしだった。

 裏切られた怒りと悔しさ、それらがない交ぜになり、胸中に渦巻くと同時に、無視出来ない違和感が膨れ上がっていた。

 

 ──本当に彼なのか? ── 

 

 容姿、声、立ち姿、そして手に持つ聖剣。全てがグレイ・オーフィリアだと主張している。

 だが、それと同時に目の前の男は、グレイ・オーフィリアではないと、本能より深いところが告げてくる。

 浜名は、戸惑いを隠す為に襟巻きで口許を覆い隠し、短刀を鞘から抜いた。

 

「……まったく、随分じゃないか」

「随分も何もねえよ。少し見ない間に、結構な趣味になったもんだよなあ」

 

 言いつつ、錫杖を構え、全身に刻んだ陣に魔力を流し、付近の地脈を掌握していく。

 レミエーレやアレフトの地脈と違い、太い濁流の様な魔力の流れだが、その分掴み易く魔力を引き出し易い。

 だがそれは、向こうも同じ事だ。

 

 麻野の膝蹴りを受けて、手で覆っていた顔を晒す。傷一つ無い非常に整った甘い顏、骨の一つや二つ折るつもりで蹴ったが、やはりダメージは無さそうだった。

 

「そう言う君は、随分と焦っているね。地脈の確保に必死じゃないか」

「はっ、どこぞの変態DV男が、変態のくせにやけにお強いもんでね」

 

 言うや、麻野は地脈を通して、グレイの足元に陣を張る。

 

「あ……」

 

 背後から椎名の声が聞こえるが、今はそれよりも重要な事がある。

 麻野は拘束しているグレイの足元の陣を起動する。

 麻野が抱いているのは、懇願にも似た願いだ。そうであってくれるなと、彼から感じる甘臭い気配を無視していた。

 

 ──嗚呼、ちくしょうが……──

 

 だがそれも、陣から通して感じる魔力の波で、全て否定される。淡い期待や希望は意味を成さず、ただ否定され踏みにじられるだけだ。

 この世界に来て、嫌という程に学んだ事だった。

 

「砕け散れ……!」

 

 あの仁村と同じ気配を内包するグレイに、麻野は渾身の技を叩き付けた。

 彼奴は偽物だ。しかし、その手に持つ聖剣は本物だ。オーフィリアの血統でなければ、抜く事すら出来ない筈の剣を、何故こいつが持っているのか。

 リナシアが嘘を吐いた。

 否、可能性は無い。

 最初からそれ自体が嘘だった。

 今はそれが一番可能性としてありえる。

 だが、どちらにしても勝つには、先手必勝による超短期決戦しかない。

 

 ──聖剣の〝加速〟……、いや、〝加圧〟が始まったら終わる──

 

 グレイ・オーフィリアを、人類最強の一角に至らしめているのは、卓越した剣技と身体能力。そして、聖剣が持つ能力と、異常という言葉を無視した魔力耐性だ。

 

「浜名ぁ!」

「分かっている!」

 

 陣の起爆に合わせて、浜名も分身を突っ込ませて自爆する。ここで間を与える事は出来ない。

 間を与えれば与える程、時間を掛ければ掛ける程に、こちらの勝率は減っていく。

 麻野は地脈に更に圧を掛け、浜名は分身達を倍に増やし、グレイを中心として地形が抉れる程の爆発を生み出した。

 

「浜名、今の内に逃げるよ」

「当然だ」

 

 浜名が呆然とする椎名を担ぎ上げ、麻野が走りだそうとした時、背筋を灼く寒気が走った。

 一瞬の事だったが、それを逸らせる結界を張れた事を、自分で自分を誉めてやりたかった。

 しかし、そんな暇は消し飛んだ。

 本人からすれば、軽く伸びをする程度の刺突だったのだろうが、それだけで麻野が咄嗟に張った結界は、いとも簡単に破られた。

 

「うん、まだ本調子ではないね」

「……偽物でも、化け物には変わりないってか」

 

 僅かに彼の周囲が、陽炎に歪んでいる。

 聖剣による〝加圧〟は、まだ始まってはいなさそうだ。

 しかし、〝加熱〟は始まっている。

 

「さて、悲しいけれども、もう冗談では済まないよ」

「どの口が、ほざく……」

 

 言葉は続かず、振り下ろされた長剣を、麻野を庇った浜名が短刀で受ける。召喚された時に得た短刀、今まで折れず曲がらず欠けずを、貫いてきたその刀身が初めて欠けた。

 

 ──まずい……! ──

 

 欠けた切り口から、グレイの聖剣が滑る様に入り込んできた。一瞬で判断し、無理矢理体を回し、聖剣を受け流して、体勢の崩れたグレイに正面蹴りを叩き込む。

 

「っ……! 相変わらず、足癖が悪いね。ハマナ」

「なら、そのまま大人しくしてろ」

 

 浜名が麻野と椎名を引き摺って、距離を開ける。それに違和感を覚え、グレイが打撃を受けた胸を見ると、一枚の札が貼り付いていた。

 その札には、〝縛〟と書かれ、浜名が両手を打ち鳴らすと同時に、札から黒い鎖が飛び出し、グレイをその場に縛り付ける。

 

「こんなもので、今の僕を縛れると?」

「だったら、そこで潰れてろ。麻野!」

「いきなり言うな!」

 

 浜名がもう一度、両手を打ち鳴らすと、グレイの足元の両側の地面が盛り上がり、棺の様に形を作り、瞬時にグレイを閉じ込める。

 

「大人しくしてろ、バケモン」

 

 その拘束に、更に麻野が陣を重ね、がんじがらめにする。蟻一匹抜け出すすら無い土塊の棺を背に、浜名は二人を抱えて、その場から立ち去ろうとする。

 しかし、椎名を抱えた時、膝を着いてしまう。

 

「浜名!」

「くそ……」

 

 麻野が浜名の名を呼び、彼の襟巻きをずらす。息も絶え絶えの浜名の口元から、言葉でも呼吸でもなく、赤色の混じった吐瀉物だった。

 

「慣れない、真似は、するもんじゃ、ないな……」

 

 顔色は蒼白ではなく、生気を感じさせない白に近くなり、伝わる体温も低い。

 浜名は失態を感じていた。

《シノビ》の能力(スキル)の一つを、浜名なりに改造し、《陣術師》の陣を転用し加えた技だったが、使えない技を道具で無理矢理再現し、負荷を理解の上で使った。

 浜名の誤算は、その負荷が予測を、遥かに超えていた事だった。

 

「あんたね……、いや、今は急ぐわ。椎名、立って」

「ひ、あ……」

 

 麻野が取った椎名の手が、僅かにだが震えた。その表情は、恐怖や怯えが入り交じった色だった。

 麻野は歯を食い縛り、抱き寄せる様にして、椎名を立たせる。

 

「大丈夫、今度こそ、今度こそちゃんと助けるから」

「あさ、の?」

 

 自分に言い聞かせる様にして、己の限界以上に魔力を引き出し、動けなくなった浜名を担ぎ上げ、空いた片手で椎名の手を引いて、歩みを進める。

 

「麻野、俺は置いていけ」

「バカ言うな」

「バカは、そっちだ。いいか、聖剣の〝加熱〟は始まって、じきに〝加圧〟が始まる。そうなったら、この辺り一帯が更地になる」

「知ってんだよ、んなこた」

「なら、尚更……」

 

 と、浜名がそこまで言った時、辺りに何かを焼いた臭いと音が充満した。

 

「早すぎだ……」

 

 最早、燃焼を通り越えて、融解と言えた。土は焼け融け、僅かな砂はガラス状になり散っていく。

 三人共に、それが何を意味するのか。嫌になる程に理解していた。

 

「〝加圧〟の第一段階か……!」

「そう、正解だよ。ハマナ」

 

 歩く度に、土が、草木が焼け、岩が熔ける。

 埒外の力、嘗ての神話の時代に、この世界が滅びに抗う為に鍛造した剣と、それを十全に振るう為に産まれた血筋。

 その歴代の中でも、唯一初代を超えるとされ、聖剣の〝三加〟を引き出した男。

 それが、グレイ・オーフィリア。

 

「呆気ないけれど、まあこんなものかな」

 

 陽炎を超えて、人型の熱塊となったグレイが、高圧の熱そのものとなった聖剣を構える。

 あれが振り下ろされれば、三人だけでなく、この周辺一帯が、焼け野原になる。そして、残るのは無傷のグレイのみだ。

 だから浜名は、なけなしの魔力を引き出し、分身を象ろうとする。分身なら、使った魔力分は動ける。椎名だけを抱えさせて、麻野と二人で盾になれば、彼女だけは逃がせる筈だ。

 麻野も掌握していた地脈から、多量の魔力を引き出し、自身に刻み付けた陣に循環させ、結界となる陣を張る。

 浜名と自分、二人分を使えば、手傷程度なら与えられる。その隙に、浜名の分身が椎名を逃がす。

 

「待っ……!」

 

 二人が何をしようとしているのか。椎名は理解した。そして、制止の言葉を口にしようとし、分身の手がその口を塞いだ。

 

「バイバイ、椎名。……笑って生きてね」

 

 優しく微笑む二人に、手を伸ばしても、もう届かない。この手は小さく、そして弱い。

 どこで間違えたのか。

 何を間違えたのか。

 山科椎名には、もう何も解らない。

 だが、今ここで諦める事だけは間違いだと、椎名の中で誰かが叫んだ。

 そして、その叫びに突き動かされるまま、分身から力任せに離れ、腰の弾帯へと手を伸ばす。

 もしもの時の為、必ず一つだけ用意している砲弾がある。それは、嘗てのグレイの助言で、用意する様になった弾。

 それ単体では、何も出来ない。音しか出せない空砲弾。

 だがその砲弾には、グレイと椎名の二人だけしか知らない秘密がある。

 

「二人共、伏せて……!」

 

 椎名は空砲弾を、グレイではなく、グレイの持つ聖剣へと投げた。彼が、椎名の知るグレイなら、あれを必ず避ける。だが、椎名は確信していた。

 彼はグレイだが、椎名の知るグレイではない。だから、あの空砲弾を避けず、必ず斬る。

 

「……悲しくなるね。二人を犠牲に、自分だけ……っ?!」

 

 そして、その通りとなった。椎名の確信通りに、彼は空砲弾を斬ろうと、聖剣を向けた。

 彼にしてみれば、この砲弾でも、二人でもどちらでも変わらない。聖剣内で加熱され、加圧された魔力を解放するだけで、この場から自分以外の全てが消える。

 だから、振り方が変わるだけだ。そして、彼は椎名の思惑通りに、空砲弾に聖剣を当てた。

 それが誤りだと知らずに。

 

「これ、は……?」

「……やっぱり、貴方はグレイじゃない」

「椎名?」

 

 加熱され加圧された埒外の魔力は、空の砲弾に吸い込まれ、彼の手には元通りに刀身を晒す聖剣と、椎名と三人の間に、赤熱した砲弾が、聖剣に弾かれ転がっていた。

 

「貴方がグレイなら、この砲弾を斬ろうとはしなかった」

 

 椎名は赤熱した砲弾を、その小さく弱い手で掴み、拾い上げる。薄くない手甲の装甲を伝い、高熱が掌を焼こうとする。

 しかし、熱は伝わるだけで椎名の掌を焼く事は無かった。

 

「シー……」

「貴方はグレイじゃない」

 

 左手に砲弾、右手にはいつの間にか、何処かへ転がっていた砲剣が握られていた。変わらない蒼い装甲に覆われた砲身、それに沿う鈍色の極厚の刀身。

 違うのは、何故か薬室が開き、そこから既に陽炎が立っている事。

 

「なら、貴方は誰? どうして、グレイと同じ顔なの?」

 

 まるで、砲剣がその弾を早く込めろと、言っている様だ。椎名はゆっくりと、確かめる様に赤熱弾を、薬室に装填していく。

 

「貴方は誰? 何故、グレイと同じ声で、違う言葉を喋るの?」

 

 振り上げ、握り固めた拳で、薬室を殴り付け、砲身に叩き込む。聞きなれたよく響く重い金属音。

 空いた左手で、フォアグリップを掴み、右手は引き金に当てる。

 

「や、山科?」

「浜名は黙って」

 

 浜名は黙った。

 砲身だけでなく、砲剣全体から陽炎が上がり、刀身は僅かに赤熱していた。

 こんな事は初めてだった。しかし、そんな事はどうでもよかった。

 

「シーナ、君は……」

「貴方が私を呼ばないで」

 

 にっこりと、擬音がつきそうな程に良い笑みを浮かべる。麻野は浜名を引き摺って、二人の間から避難していた。

 

「浜名」

「ああ、山科キレてるな」

 

 よくよく思い返せば、自分がこの世界でこうしているのも、何から何まで全て、彼らの責任なのに、何故に自分は、自分のせいだ等といじけていたのか。

 一番大事なものを奪われ無くして、そして今はその一番大事なものを侮辱され、まだ残っていた友さえ奪おうとした。

 さて、自分はいつまで我慢すればいい。

 はて、自分は何故我慢していた。

 理由はもう無くなっていたのに。

 

「……記憶に無かったぞ、これは」

「だって、私のグレイだけの秘密だから、貴方が知る訳ない」

 

 我慢する理由も、いじける理由も、もう無いならどうするか。

 答えは一つだけだ。

 

「私の前から消え失せろ偽物野郎」

 

 莫大量の熱塊が、砲口から吐き出された。




シーナ は ふっきれた
シーナ の 限定条件 が 解放された
シーナは ライ○ーソード を 覚えた
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