異世界隠居 身勝手に呼ばれて身勝手に捨てられたので隠居したい 作:ジト民逆脚屋
莫大量の熱塊、いつも吐き出す砲弾とは違う。確固たる型の無い、熱エネルギーそのもの。
今なら、解る。あの日、グレイと自分の
その中の一つが、今椎名が使っている空砲弾だ。
聖剣で加圧されたグレイの魔力を、ほぼ完全に飲み込み封じ込める事が出来る砲弾だが、あの時にはそれ以外の使い道が、まるで分からず、試しに装填しても発射する事も出来なかった。
「まだ何か、あるのかもしれないね」
「何があるの?」
「う~ん、能力解放には何か条件があるらしいから、多分シーナは、まだ満たしてない条件があるのかも」
「条件……」
異常量の魔力が詰まった砲弾を眺め、椎名は満たしていないという条件について、纏まらない考えを巡らせる。
今までも、条件があった能力はあった。最近では、飽和弾がそれだった。
何か経験を積むか、ひたすらに戦地を駆け回るか、この二つのどちらかで、これらの条件は解放されてきた。
だが、これに関しては何か違う気がした。
「シーナ、この弾だけど、二人だけの秘密にしよう」
「どうして?」
グレイの提案に、シーナが問う。確かに、使い道が限られる弾だが、その限られた使い道が強力なのだ。
使わない手は無い。
「……僕の勘なんだけど、この砲弾はきっと何かを変える」
「変えるって、なにを?」
「分からない。だけど、これは誰にも言わない方がいいよ」
グレイが聖剣を転がる砲弾に当て、詰まった魔力を回収する。
「うん、やっぱりか。詰めれるなら、出す事も出来る」
「でも、撃てなかったよ」
「やっぱり、何かあるんだろうね」
魔力が再度充填された聖剣を鞘に戻し、空になった空砲弾を拾う。
重さも、熱も感じなくなった空の砲弾。特にこれといって、何か特別な気配がある訳ではない。
しかし、魔力を吸収し溜め込むという性質は、自分の持つ聖剣以外では、見聞きしない。
それに加え、シーナはそれを生成出来る。この事を知れば、良からぬ事を企む者は必ず現れる。
「グレイ、竜胆にも?」
「リンドウか、リンドウ……。やめておこう」
彼女がシーナの味方である事は絶対だろう。しかし、こちらに対しては、どうだろうか。
グレイのリンドウ評は、不信感の塊だ。彼女は仲間や友人を大切にするが、その反面、その誰も信じていない。しかしその癖、特に近しい者の言葉を、鵜呑みにする様な時がある。
それすらも演技だろう。だが、彼女は危うい。
「二人だけの秘密だ」
「うん、分かった」
シーナが小さな目を見開いて、笑みで頷く。時々出る彼女の癖だ。何か大事な約束をする時に出る癖で、グレイはこの愛嬌のある表情が好きだった。
「これから先、何があるかは分からない。だけど、一日でも一秒でも長く、一緒に居よう」
「うん、約束」
花の咲く笑顔に手を添えて、今こうしていられる事を喜んだ。二人が別たれる、半年前のとある一日の事だった。
「椎名……」
「麻野、準備して」
「準備って……」
第一加圧まで完了した聖剣の光帯、それの元となる魔力を、正面から浴びたのだ。流石に、無事でいるとは思いたくない。
だが、相手は偽物でも、あのグレイ・オーフィリアなのだ。こちらの望みや常識は、一切通用しないと考えるべきだ。
浜名もポーション数本を空けて、どうにか持ち直している。麻野は、もう一度地脈を掌握し直し、二人へ魔力供給を始める。
「浜名、分身」
「何体だ?」
「全部」
曖昧な指示に、浜名は苦笑を浮かべる。
懐かしい、いつかの日だってそうだった。簡潔過ぎて、逆に曖昧になる指示に、四苦八苦しながら、不慣れな戦闘を生き延びてきた。
「どうする?」
「突っ込ませて」
突っ込ませて、自爆ではない。土煙の晴れない中、浜名の分身を自爆させても、命中を判断し辛く、更に土煙を巻き上げて、あれに余裕を与える事になる。
「了解」
現状、麻野からのバックアップ込みで出来る、最大数の実像分身十五体。其々が得物を持ち、一斉に土煙へと突入する。
狙いは想定外の事態に、動きが鈍っているであろう偽物のグレイ。分身を三組に分け、足音を消した状態で、三方向から時間差をつけて、飛び掛からせる。
これなら、討てはしないが、手傷程度なら負わせられる筈だ。浜名はそう予測していたが、返ってきた手応えは、全て違うものだった。
「……あー、やっぱりか」
「偽物でも、やっぱりね」
やはり、こちらの望みや希望は通らない。
分かりきっていた事だ。浜名は更に十五体の分身を追加し、晴れ始めた土煙の向こう側に立つ、グレイへ走らせる。
次は自爆、それも一体一体に魔力を詰め込んだ特別製。
起爆すれば、
麻野も、地脈の掌握を確たるものにする為、アンテナ兼増幅器である錫杖を、地面に突き立て、柏手を打つ。
「久々にやるから、ちょっと頼むよ!!」
体に幾重に重ねて刻み付けた特製の陣。この陣一つ一つが、地脈との連結と連動、そして汲み上げた魔力の増幅と錬成を行い、仲間に対する供給と、掌握した地脈間での陣形成のパイプとなる。
そしてその間、麻野は地脈と繋がり続ける為、錫杖の側から動けない。
「分かっているさ」
浜名が分身を放つと同時に、その声は聞こえた。
「常人なら、その陣を一つでも刻み付けるだけで、百回は確実に発狂し死ぬ。……アサノ、君のその精神力は脅威だ」
僅かに煙る土煙を突き破り、たった一振りで浜名の分身を、六体撫で斬りにする。自爆をする隙すら、無かった。
浜名は残る九体の分身を、前後左右から突撃させ、聖剣の刃渡りの外で、自爆させる。
「山科!」
「うん!」
爆風に煽られながら、椎名は再び砲弾を装填する。込める弾は、〝殺意の雨〟と恐れられたフレシェット弾。
それを、上方ではなく正面、爆心地へ向け引き金を引く。
放たれた砲弾は、一定距離を飛行した後、弾殻が分解、仕込まれた鉄矢が放射状に展開され、爆心地に居るグレイに襲い掛かる。
刺さるではなく、抉り貫く。そう表現するのが正しいと、鉄矢は爆心地の地形を変えた。
ある一点のみを除いて。
「ハマナ、君の分身を基本とした戦術も、シーナの多様な砲撃も、全て脅威だね。……なら、〝俺〟は未来の禍根を絶つとしよう」
聖剣を正眼に構えたグレイに、鉄矢は掠りもしていなかった。
全て、聖剣の加護に弾かれ、ひしゃげた姿で周囲に散らばり、彼の周囲を抉り取っていた。
グレイが一歩、その足を前に出し、聖剣を右手に持つ。
麻野が警戒を強め、二人はすぐに動ける様に、軽く腰を落とし、武器を構える。
「来るよ」
「もう、来たよ」
麻野が二人に警戒を呼び掛けると同時に、彼女の背後から、グレイの声と聖剣の刃が落ちてくる。
刃の軌道は真っ直ぐに、麻野の首へ向かい、錫杖を間に挟んでも、まったく意に介さず、麻野の首を斬り落とすだろう。
普通なら、悲鳴の一つでも挙げて、逃げようとする。しかし、麻野は眉一つ動かさない。
何故なら、その断頭台の刃が己には届かないと、そう確信していて、事実そうなっているからだ。
「そりゃ、麻野に来るよな」
浜名の
それは《忍の七つ道具》と呼ばれ、本来武器には向かない物を武器化し、毒性のあるものは、その悪辣さを増し、そうでないものにはそれらを付与する。
だが、浜名のそれには一つだけ違う点がある。
冒険者には、職業によって得意である武器と、そうでないものがある。
「ハマナ」
「まったく、予想通りにも程がある……!」
その差は如何ともし難く、故に誰もが得意な武器を手に取り、技を磨く。
しかし、浜名の《忍の七つ道具》はそれを覆す。
「鞭も使えたのか」
「腕の立つ《ダークハンター》と知り合ってな」
七つ道具の名の通りに、七つだけ不得意とされる武器でも、ある一定以上の腕前を得る事が出来る。
幾度か試しを行う必要はあるが、それでも刀や短刀、鎖鎌だけよりかは、戦術に幅が出る。
「君の最も厄介な所だ」
浜名は、自分を地味だと判断している。仲のいい神野や和泉、麻野達とは違う。地味で特筆した点が無い。
なら、どうすればいい。簡単な事だ。手段の幅を増やせばいい。
そうやって、幾度と繰り返した実験の果てに、浜名は七つの武器と、それに関係する最低限の能力を扱えるに至った。
「しかし、君が何時まで、僕の腕を抑えられる?」
浜名の長鞭は、的確にグレイの右腕を押さえ付けている。だが、グレイと浜名ではスペックが違う。
浜名は決まった規格に限界があり、しかしグレイはそうではない。
長鞭から伝わる感覚、もう聖剣の〝加熱〟が終わり始めている。
そうなれば、浜名の手には負えなくなる。何か手を打とうとするが、両手は塞がっている。
「残念だったね。〝加熱〟が終わったよ」
聖剣の〝加熱〟により、再度グレイの魔力が活性化する。
莫大量の魔力が迸り、右腕に巻き付いていた長鞭が焼き切れる。
聖剣により〝加熱〟された魔力を、全身に循環させたグレイには、生半可な武器や魔法は通じない。
最低でも召喚勇者か、それに準ずる位階のものが必要だ。
「さあ、これからどうするのかね? じきに〝加圧〟も始まる」
「なら、こうする」
突然の声に、グレイが急ぎ振り向く。そこには、手にした空の砲弾を、〝加圧〟を始めた聖剣に押し付ける椎名が居た。
「くっ!」
一瞬だった。一瞬で〝加熱〟され活性化し、更に〝加圧〟され様としていた魔力が、急速に収縮しグレイから空砲弾へと消えていく。
「やっぱり、お前は偽物だ」
「何を言っている」
「本物のグレイなら、この砲弾が何なのか分かる」
急速な魔力喪失に、流石に体勢を崩すグレイを他所に、椎名は砲弾を装填、砲口を彼の額に突き付ける。
「本物のグレイなら、二回も同じ手を食わない」
「君は一体、何を……」
と、問おうとしたが、腹部への強烈な打撃に、言葉にはならず息が詰まり、浮遊感に宙に浮く。
何が起きたと、打撃の主を視認する前に、更なる打撃がグレイを、浮遊感の海から硬い陸へと打ち上げる。
その少女は、影から出てきた。影から出でて、そのままグレイの腹を蹴り上げ、浮かせたグレイに追い付き、踵を落とした。
「……従者にあるまじき遅参、誠に申し訳御座いません」
「いいよ」
「では、この失態はこれよりの働きにて」
音も無く、埃一つ立てず着地し、彼女は真っ直ぐに伸ばした姿勢で、恭しく失態を詫び、挽回を宣言する。
月光を連想させる銀髪に、同じ毛並みの猫の尾、そして片耳が半ばまで割れ掛けた獣耳。
鋭い獣瞳で、怨敵を睨み付ける従者の少女リラは、腰に佩いた曲刀を逆手に抜き、左手には怪しく濡れる子刃を、指に挟んで構える。
「新手が一人増えた程度……っ!」
遠く、離れた場所からよく響く乾いた破裂音が、グレイの後頭部目掛けて放たれた。寸での所で、斬り落としたそれは一発の銃弾だった。
「駄目よ、モンド。反応が異様だわ」
「じ、じゃあ、腹や胴体狙いだ」
軽装の革鎧に、使い込まれた長銃。長い白髪と眼帯で、顔半分を隠した女と、軽薄そうな顔立ちを不安の色に染めた、腰に長鞭を提げ、手に双眼鏡を持つ男。
《金鹿の蹄》のソフィアとモンドと、
「あー、くそ。始まってるじゃねえか」
「まあ、だよなぁ」
同じく、《金鹿の蹄》に所属するフレッドとニコラスが、得物を構える。
「しかし、これは一体どうした事ですかな」
「ああ? 決まってんだろ。俺らの仕事場だよ」
十字槍を構えながら、オルクが問えば、大剣を肩に担いだバルザスが気楽に答える。
そして、
「おいおい、お姉さんよ。マジで一体どういう状況だ?」
「いやいや、それよりシーナさん、傷だらけじゃないですか」
「あのいけ好かないイケメンの仕業」
大盾を携え、シーナの前に立つフェリドが、矛鎚で肩を叩きながら、グレイから目を離さずシーナに問えば、サヤマがシーナの傷を心配する。そして、その隣でハルファが簡潔に、グレイを睨んだ。
「有象無象、烏合の衆、それで〝俺〟を止められると?」
「止めるより、仕留めるつもり、なんだがな」
明らかに、先程よりも敵意を剥き出しにしたグレイが、聖剣に魔力を注ぐ。
まだ完全に〝加熱〟されていないが、それでもこの連中を殺すには十分だ。
聖剣に充填された魔力を、一気に解き放とうとした時、シーナの背後に現れた男の言葉に、その動きを止めた。
「貴様ら程度が、〝俺〟を仕留めるだと? 貴様、身の程を知らんな」
「《金鹿の蹄》のクラウスって者だがな。あんた、やり過ぎだ。見ろ、この絶世の美女が泥と傷塗れだ」
「美女? え……?」
現れたクラウスが、ハンカチでシーナの頬についた泥を拭う。傷に泥が沁みない様に、貴重な美術品を愛でる様に、丁寧に拭い落とすと、実に色気ある太い笑みをシーナに向ける。
「あの日の汚名返上をさせて戴きたい。我が
「え? え……?」
何を言われたのか、理解の追い付いていないシーナが、目を白黒させて、麻野達を見れば、反応は三者三様で、麻野とリラはクラウスを睨み、浜名とフェリド達はお互いを見合っている。
戦場の空気が止まり、その止まった空気を動かしたのは、グレイの哄笑だった。
「その女が、絶世の美女?! はははははは、まったく愉快な話だ……!」
「はっ、つまらねえ男だな。まあ、そんなもんか」
クラウスが右手を掲げる。それだけで、《金鹿の蹄》のメンバーは、グレイを囲む様に動き出す。
「あんた、〝やり過ぎ〟だ。だから、今から俺らに仕留められる」
「面白い。なら、やってみせろ」
グレイが聖剣を構え、ソフィアが開戦の号砲を鳴らすのは同時だった。
次回
最強の理由
因みに、今回のメンバー全員で、勝率二%です。