異世界隠居 身勝手に呼ばれて身勝手に捨てられたので隠居したい 作:ジト民逆脚屋
中々にやり辛い。
グレイは聖剣を手繰り、止まない剣劇を繰り広げていた。
一人一人は、とるに足らない有象無象だが、人数とその中の数人が厄介だった。
「兎に角動け! 的を絞らせるな!」
「簡単に言ってくれる……!」
分身を用いる浜名は勿論、地脈を掌握した麻野からの、無制限の魔力供給と冒険者達の連携。
その冒険者の中でも、頭一つ抜けている者達。
「止まるな! 止まったら死ぬぞ! バルザスとオルクは、あの剣を振り抜かせるな! フレッド、ニコラスは二人の隙を埋めろ!」
「人使いが荒い大将だな……!」
あのクラウスとか言う男、あれが連中の頭だ。あれの指揮が厄介だ。
この身を止める四人を、己の手足の様に動かしながら、また他の連中にも指示を飛ばしている。
「《ルーンマスター》は、火力よりも弾幕を張れ! 《シノビ》は分身を絶やすな!」
「分かっている!」
実に厄介だ。だから、あの指揮官を潰そうと、前へ足を向けても、すぐに邪魔が入る。
「っと、まったく面倒な」
「もう少しぐらい、焦ってくれてもよいのですが……」
「格の違いってやつかあ?」
舌打ちと悪態を吐く《ウォリアー》と、小さな体で器用に十字槍を手繰る《ブシドー》。有象無象の中でも、この二人の腕は頭一つ抜けていて、事前に合わせていた訳でもないのに、グレイの動きを見事に封じている。
だが、それよりも厄介なのが、
「ちっ……」
「駄目ね。弾に対する反応が早過ぎるわ」
「胴体狙いでこれだと、頭は本当に無理だ。今は牽制を続けよう」
あの《ダークハンター》と《ガンナー》の二人組。
《ダークハンター》の男は、実力的にはこれといったものは感じない。だが、《ガンナー》の女に出す指示が、的確にグレイの隙に入り込んでくる。
並みの銃弾なら、聖剣の加護で当たりはしないし、仮に当たったとしても、傷一つ負う事は無い。
しかし、あの《ガンナー》が放つ銃弾は、並みのそれではない。恐らく、あの長銃自体が召喚勇者由来の物だ。
優先順位を、クラウスからソフィアに切り替え、入れ替わってきた《ソードマン》と、《セスタス》の二人を弾く。
「面倒だ。先に死ね」
「いや、そうはいかんだろうよ」
一足飛びに、ソフィアに向かうグレイの視界を、突如壁が塞ぐ。
否、壁ではなく盾だ。《城塞騎士》の扱う大盾が、グレイの視界を塞ぎ、続く槍の一撃がグレイを下がらせる。
「一足飛びでここまで来るのは、ちょっと反則じゃない?」
「いや、この男が本物のグレイ・オーフィリアなら、おかしくないな」
「知ってるの?」
「ああ、会ったのは初めてだが、話だけなら聞いた事がある」
《城塞騎士》と《ストライダー》、そして《ルーンマスター》の三人組。
個々の実力で抜けているのは、《城塞騎士》の中年だが、そこまで警戒する程ではない。
他二人も、腕は悪くない。しかし、この三人組には警戒すべき点がある。
「……足を、止めましたね」
「またか……!」
影から這い出る様に、グレイの足元から曲刀が斬りつけてくる。
《シャドウシーカー》の能力の一つだが、獣人、それも幻の月猫族となると、人間のそれとは話が違ってくる。
「よく避ける」
「獣の端女の爪など、どんな病を抱えているか。想像するだに、寒気がする」
「ならば、獣の病に沈み、凍え震えて死ね……!」
加速は一瞬だった。身体能力に優れる獣人の中でも、特に俊敏性に優れる月猫族であるリラの加速は、グレイの知覚を以てしても、一瞬反応が遅れる程だった。
だが、意識の反応は遅れても、体に染み着いた習慣としての迎撃と、聖剣の加護による能力強化は別だ。
いくらリラが素早く、グレイの知覚の外を突いても、最強の騎士として己に刻み付け、染み着かせた習慣は敵に問答無用で対応し、ただでさえ凶悪なそれを、聖剣の加護が更に凶悪化させる。
「リラ……!?」
態々見なくても判る。刀身から伝わる重さが、あの獣人を刺し貫いたものだと。
だから、グレイは刃を抜き去り、次の獲物となる《ストライダー》へと、視線を向ける。
「おや、大口の割には、端女に慈悲を下さるのですね」
獣人、リラの声だった。斬り捨てた筈の声に、グレイは聖剣を腕力だけで跳ね上げ、宙を舞うリラへ振り抜いた。
「……曲芸が特技か?」
「我が主が望むなら」
ちら、と椎名に視線を送り、リラは一つ頷いて、聖剣の刃先で身を翻した。聖剣の刃に触れる爪先から、切削の音と震えが伝わるが、それを無視し、猛毒を仕込んだ投刃を三つ、グレイの首と肩へ目掛けて放つ。
対するグレイは、それを左の手甲で弾き、避ける。
単純な投擲、射線さえ見誤らなければ、警戒すべきものはない。
だが、この獣は些か面倒だ。
グレイはリラを、再び斬り捨てた。その筈だった。
「随分と、直線的な動きで」
嘲る声と共に飛んできたのは、猛毒を染み着かせた曲刀だった。
そんな筈はない。確かに、人を斬った重さが、この手には伝わっていた。しかし、現にこちらの首目掛けて、猛毒の刃が迫っている。
その毒刃を三度目の回避と同時に、リラを今度こそ斬り捨てる為の一撃を放つ。
宙に身を翻し、宙返りの状態で、この一斬を避ける方法は無い。
周囲から、急ぎ走る足音と怒声が聞こえるが、既に遅い。斬り上げられた聖剣により、哀れな獣人の唐竹割りが出来上がった。
そして、そのままに一番速くに刃渡りの圏内に、入り込んでいた《ストライダー》を斬り捨てようとし、ふと、違和感に気付いた。
「……おや、気付かれましたか」
血肉の溢れる音と臭いがしない。それどころか、声すら聞こえる。
一体何故と、疑問する前にその答えは、聖剣の刃先にあった。
「もう一瞬程なら、騙せると思っていたのですが」
「見事だ」
聖剣の刃が断ったのは肉ではなく、毒仕込みの二振りの曲刀が形作る蝶番の動きであり、斬ったと錯覚させていたのは、二刀を重ねた鋏を聖剣が、割っていく流れに合わせていたリラの体重だった。
「では、失礼」
言って、聖剣の刃を支えにした逆立ちのまま、リラはグレイの顔面に蹴りを叩き込んだ。
──美事──
そうとしか言い様がなかった。今の今まで、己の刃を避けた者は居た、受けた者も居た。だが、その全てを屠ってきた。
だからこその聖剣であり、世界最強の剣なのだ。
しかし、この獣の娘はどうだ。避け、受け、あまつさえ刃の上で、舞ってさえみせた。
今もそうだ。不安定かつ、己を斬り捨てようとする刃の上に、己が得物だけで逆立ち、演舞の如く蹴りを放ってくる。
しかし、そのどれもが当たりはしない。当然だ。今、リラの立つ場所は、グレイの腕の延長線上でしかなく、揺らすも止めるもグレイ次第。無駄な足掻きだ。
しかし、ここで殺すには惜しい。
「……提案だ」
「一応、聞きましょう」
「俺の元に来い。今なら、君の主の安全も保証しよう」
「却下します」
絶え間無い剣劇を足場に、考慮の暇すら無く、リラは答えた。
「何故だ? 君も理解しているだろう。俺と君達との実力の差を」
「我が父と母より一つ、教えを賜っております」
事実を分からせる様に、リラに聖剣が振り抜かれる。
今までのそれとは違う、受ける事の叶わぬ一振り。流石にまずいと、フェリドが大盾を構えて、前へ出ようとしているが、間に合いはしない。
息も切れ始め、体に重さがまとわりつくが、まだ役目を終えていない。
リラは、嘗てない程に意識を研ぎ澄ませ、聖剣が描く軌道を見切り、既に刀剣としての機能を失いつつある曲刀を、己と聖剣の間に置いた。
盾として、ではない。名刀、業物に区分される愛刀でも、刃は毀れ、刀身は歪み、柄は刀身を掴む力を失っている。
よくぞ、ここまでついてきてくれた。リラは、愛刀が聖剣に断ち斬られる瞬間に、愛刀の鍔を蹴り、もう一度、宙に身を浮かせた。
狙いは、グレイの顔面ではなく、喉笛。既に十分な仕込みは終えている。
後は、最後の仕込みを終えるだけ。グレイの腕を支えに身を回し、靴の爪先に仕込んでいた毒に濡れた刃を、槍の様にグレイの喉笛へ突き出す。
「やはり、そうくると思っていた」
万全のタイミングと速度の蹴りだった。しかし、グレイはそれを易々と躱す。毒の飛沫が少々、服に飛び散ったが、皮膚には付着していない。
これ以上、時間を掛けるのもよくない。本当に惜しいが、グレイはリラを殺す事にした。
「残念だ」
グレイが感情無く、そう言って、聖剣をリラへ振り下ろす。今度こそ、獣人の両断となる筈だった。
「ん?」
だが、グレイの目測は外れ、リラのすぐ側に聖剣の刃は突き立っていた。
一体、と疑問する前に、刻み付けた習慣が、聖剣を横薙ぎに振り抜く。
「そうはさせるかっての……!」
しかし、それはフェリドの大盾に阻まれる。瞬時にリラを抱えた彼は、聖剣を受け止めたまま、グレイを蹴り飛ばした。
痛みは無い。これは、距離を取る為のそれだ。
この程度、立て直すのに一瞬も掛からず、あの二人を斬れる。
そのつもりで、グレイは足に力を込め、膝をついた。
「っ……!?」
理解が出来なかった。ダメージは無く、疲れなどある訳がない。なのに、膝をつき、立ち上がる事が出来なくなっている。
何故、その答えはリラは笑みだった。
「《シャドウシーカー》相手に、悠々とチャンバラに興じるとは、油断が過ぎましたね」
「まさか……?!」
《シャドウシーカー》は、影から影へ渡る能力もあるが、それよりも猛毒の扱いに秀でる。
だが、毒刃は全て避け、血管はおろか皮膚にすら付着していない。
「無味無臭の毒を、あれだけ吸い込んで、易々と動けると?」
「……そういう、事か」
あの無意味に思えた蹴撃の連続は、靴やズボンに仕込んでいた毒を撒き散らす為のもの。
そして、服に付着していた筈の毒は、既にその染みを小さくし始めていた。
「私の用意した毒のフルコースは如何ですか? 嗚呼、そう言えば、我が父母より賜った一つの教えを、お答えしていませんでした」
リラはフェリドに抱えられたまま、機を待ち続けた主に視線を向ける。
「我ら月猫族は二君に仕えず。ただ一人を生涯の主とせよ」
「……美事だ」
そこには、聖剣の魔力を詰め込んだ砲口を向けた椎名が、その引き金を引く姿があった。
「よし、全員逃げるぞ!」
魔力の熱塊に、グレイが飲み込まれるのを見るや否や、クラウスは全員にそう号令を出した。
通常なら、勝鬨を挙げる。しかしその号令に、誰も疑問を抱かなかった。
全員、理解しているのだ。
今の戦力では、これが限界だと。
「あとは、〝あいつ〟が来るのを祈るのみだ」
クラウスが用意した策は、一つだけだ。兎に角、挑発し足止めし、最終的には逃げる。
全員の生還は不可能だろうが、一人でも多く生還すれば、未来は見えてくる。
問題は最後の最後、鬼札となる人物が、この場に現れるかどうかだ。
「あいつって誰?」
「ああ、あいつってのはな……」
寒気がした。氷で背骨を刺し貫かれた様な、絶対的な死の予感がした。
振り向けば死ぬ。だが、振り向かなくても、結果は変わらない。
「ニコ……!」
まず最初は、殿を務めていたニコラスとフレッドだった。ニコラスを庇ったフレッドが、大剣を砕かれ倒れ、ニコラスも一瞬で両腕を折られ、袈裟懸けに斬られる。
あまりに一瞬だった。
遅れながらに反応したバルザスとオルクも、鎧と槍を体ごと破壊され、その場に倒れ伏す。
ハルファが火の古代文字を興し、火柱にグレイを沈め、浜名が分身を全て特攻させる。だが、火柱は左手の一掻きで消え失せ、分身達も微塵に斬り刻まれ、役目を果たせない。
「ちっ……!」
ソフィアが続けざまに三発、頭と両足に向けて銃弾を放つ。だが、その三発全てを斬り捨て、振るった聖剣の圧に、モンドと共に吹き飛ばされ、強く地面に打ち付けられる。
「ハルファ……!」
サヤマが叫ぶ。聖剣の圧から外れたハルファの前に、グレイが立っていた。
サヤマは全力で魔力を足に巡らせ加速し、ハルファを突き飛ばす。
「サヤマ?!」
突き飛ばされたハルファが見たのは、何時もの情けなくて、優しい笑みのサヤマに、聖剣が振り下ろされる瞬間だ。
嗚呼、どうにもならない。古代文字に魔力を流しても、サヤマの槍が間に合っても、あの剣はそれら全てを一笑に伏すだろう。
どうにもならない。ここで全員終わる。
そう思った時、何故かサヤマは内心で、この世界に来てから、なんだかんだと面倒を見てくれた人物を思い浮かべた。
「すみません、師匠」
聖剣がサヤマの槍を断ち斬っていく中、サヤマはそう謝った。
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
「何がすみませんさね。バカ弟子が」
泥塗れの草原を跳ねる紫電と共に、そんな言葉が聞こえた。
次回
二人の最強
因みに、グレイの受けたダメージは0です。
全部、聖剣と本人のバフで回復してます。