異世界隠居 身勝手に呼ばれて身勝手に捨てられたので隠居したい 作:ジト民逆脚屋
「まあ、とは言っても憶測、恐らくの話なんですけどね」
仮説ではあるが、昨今の地脈活性には、レミエーレ王国の関与がある。
しかし、その内容の一切が謎だ。
「アサノさんに見てもらいたいのは、この地図上の線と点。この国所属の《陣術師》に検分させた地脈です」
「何これ? 地脈溜まりが増えてる? いや、拡がってる」
麻野が疑問しながら、指で地図上の線を辿り、点と点を結ぶ。
地脈の流れには、矢印が付けられており、《陣術師》達の見立てに誤りが無ければ、確かにレミエーレ王国から、地脈に魔力が流れ込んでいる。
だが、
「この流入量だと、レミエーレ側の地脈は、かなり痩せてる筈。いや、その前にそれが起こらない為の土地神よ?」
土地神は地脈の管理システムであり、地脈内の異常な活性化や枯渇、過剰な流入を防ぐ為に、地脈には地脈溜まりと呼ばれるスポットが点在する。
地脈内の魔力をストックする地であり、過剰な流入があれば、そこから魔力を押し流し、異常な活性化があれば、その地に魔力を集め再分配し、活性化を鎮める。
滅多に無い事だが、地脈が枯渇する事がある。その場合は、地脈溜まりから魔力を放出し、枯渇した地脈を修復する。
これらを行うのが、土地神というシステムであり、それらが十分に行われていない現状が、間違いなく異常なのだ。
「アサノさんやハマナさん、ベアトリーチェに調べてもらい、我が国を含め、各地は土地神は機能している事は分かりました」
「それを込みにしても、人格持ちの土地神がイキッたり、暴走しかかったりしてるがな」
「そこはアタシが、一発震脚踏めば大人しくなるさ」
普通はそんな事は無い。
土地神は魔力的存在であり、はっきりとした肉体という器は持たず、触れる事はおろか、物理的に干渉は不可能だ。
つまり、土地神を蹴り飛ばし、踏みつけて大人しくさせられる、麻野とベアトリーチェの二人が異常なのだ。
「だがよ、だったらなんで、魔力の流入? ってのが起きてるよ?」
フェリドの疑問も最もで、土地神が機能しているなら、機能不全を引き起こしかねない魔力の多量流入を、何故許容しているのか。
「そこがわっかんねえのよ。人格持ちを問い質しても、いまいち要領を得ない答えしか返ってこないしさ」
「どんな答えなの?」
「気付いたら、こうなってたってさ」
それはどうなのかと、椎名でもそう思うが、以前に麻野から聞いた事がある。
土地神はどんなに高度な人格を有しても、根本では地脈の管理システムでしかなく、自身の機能に関する事で、故意の虚偽は不可能だ。
だとしたら、
「本当に気付いたら活性化してた?」
「その様な事があり得るのですか?」
「本当は無いんだけど、もしかしての可能性があるとしたら、凄い長い時間を掛けて、じっっっくり魔力を流入させていたら、ひょっとしたら、ひょっとするかも?」
苦い顔で首を傾げながら、麻野はそう言うが、仮にそうならば、百年単位の話ではなくなる。
最低でも千年単位の時間を掛けて、地脈に圧を掛けて、魔力をゆっくりと流入させていたら、土地神達もそれを自然な変化と受け入れて、気付かなかった可能性はある。
だが、そうだとしたら流入元であるレミエーレ方面の地脈は、今頃枯れ果て、不毛の土地になっている筈だ。
いや、それ以前に麻野達召喚勇者を喚び出す為の、召喚陣を起動する事すら不可能だ。
「現状、原因不明さね。探ろうにも、今はレミエーレだけに注力しない方がよさそうさ」
葉巻を灰皿に押し付け、ベアトリーチェが地図上の、ある地域を指差す。
レミエーレ、ファーゼル両国の南方、この大陸で二つの国に次ぐ国であり、大陸一の商業国であるカミナギ皇国。海に面し、造船と航海術に優れたかの国は、他大陸との交易で財を為し、レミエーレとファーゼル両国に並ぶ国となった。
「私が産まれた時代だと、造船と漁業の国でしたが、気付けばこんな事に」
「あんたが産まれた時代となると、最低でも二、三百年は前の話さね」
「うわ、人の歳ばらすとか……」
最低、とわざとらしくネフェリタが、両手で口元を隠す。実はもう数百年、サバを読んでいるのだが、ダーク・エルフ換算では、それでも若年層になるからセーフ。
そう言い聞かせ、地図上のカミナギ皇国の名を、丸で囲み、幾つかの矢印を伸ばしていく。
「今のこの大陸は、レミエーレ、ファーゼル、カミナギ。この三国でバランスを保っています」
他にも小さな国や、アレフトの様な都市国家、自治領があるが、大陸のパワーバランスに関する大国となると、ベアトリーチェが印を付ける三国となる。
神代の時代に勇者召喚の術式を開発し、今も魔属領との番人の役を担うレミエーレ王国。
同じく、神代の時代に建ち、肥沃な土地を開墾し、大陸最大の農産国となったファーゼル王国。
そして、二国よりは遅れて、遠い大陸から流れ着いた移民達により建国されたカミナギ皇国。
変わった国名は、初代皇帝が産まれた土地の、神々を祀る血筋だった事に由来するという。
「単純な国力としては、数での武力はレミエーレに及ばず、生産力はファーゼルに及ばず、しかし両国には無い他大陸との、直接的な航路とそれを可能にする、高い造船技術と航海術を有しています」
「元が移民の国ってのもあるが、大元は国がそういう国だったんだろうよ」
「それで、この国がどうかしたの?」
椎名がきょとんと、そんな事を聞けば、ネフェリタが持ってきていた鞄から、丸めた羊皮紙をテーブルに広げる。
「この数年の話ですが、カミナギ皇国の軍事力が増加傾向にあります」
「それだけなら、別におかしくはないのでは?」
「確かに、この数年で魔属による被害は増えてるからな。防備の為に費用を割くのは、不思議じゃねえわな」
フェリドの言う通り、この数年で大陸の魔属による被害は増加しており、各国は防備を固め、余裕のある国は補償案の予算も組んでいる。
しかし、その補償は市町村単位に支払われるものであり、個人や企業までは手が届かず、大きな被害が出た地域では、それが問題となり軽い反乱まで発生しかけた。
だから、それらを未然に防ぐ為にも、軍備の増強は理解出来る。
「しかし、カミナギ皇国は少々事情が異なるのです」
「事情? なんだそれは」
「その前に、この中でカミナギ皇国か、その帝都に入った事のある人」
ネフェリタが挙手するが、他は誰も挙がらない。
「え? ベアトリーチェは無いのか?」
「アタシもね、実は帝都は無いのさ」
「私達元レミエーレ組は、カミナギ皇国自体に入った事無いわね」
「あー、そうか。確かに無いな」
「どちらかと言うと、移動はレミエーレ国内が多かった」
竜胆達とした見分を広める為の旅も、日時の関係もあったが、レミエーレ国内とその属国領内が大半を占めていた。
「俺も色々行ったが、カミナギの帝都には行った事がねえな。だがよ、それがどうしたよ?」
「実はあるものが、それに関係してまして……」
また鞄を漁ると、今度はなにやら古びた本が出てくる。
「これは大体、四百年以上前に書かれたものを、私が書き写したものです」
「よく形に残してたな」
「それはもう、これを書き写すのは苦労しましたから」
思い出されるのは、あの放浪の日々。
カミナギ皇国内の砂漠地域出身のネフェリタが、行き倒れの老人から、高値で売れる古書だという触れ込みで、言い値で買い取ったはいいものの、肝心の中身が読めない。
破り捨ててやろうかともおもったが、これそのものは確かに古く、古書である事は事実なので、泊まっていたオアシスの隊商に、ふっかけてやろう。
「そう思った時に、いきなり襲われまして……、まあ、伸しましたよね」
「お前を襲う奴の気が知れんな」
「はいはい、話が伸びてるさ。さっさと結論言いな」
ベアトリーチェが欠伸混じりに、ネフェリタに話を進めると、ここからが面白いのにと、不満そうに写本のページを捲る。
「解読して解った事です。カミナギ皇国は、魔獣の類いが発生し難く、発生しても衰弱しているという、為政者からすれば垂涎もののお国でして。その理由が、この皇国の始祖が持ち込んだという、〝竜神の玉体〟なるもののお力らしいんですよ」
「また、とんでもないもんを……」
フェリドの言葉にも頷ける。この大陸の住人にとって、竜とは怪物であり災害だ。
一度現れれば、辺り一帯を滅ぼし、厄災を振り撒いて、満足すれば立ち去る。
人に出来るのは、ただ竜という災害が去るのを、頭を抱えて隠れながら待つしかない。
「んで、それがどうしたのよ?」
「麻野、聞いてたか? それが理由で……」
「そうじゃない。それなら、カミナギ皇国は軍備を増強しない」
「ああ、そうか。護られていながら、持つ必要の無い力を持ち始めている。そういう事か」
魔獣の類いが発生し難く、発生しても衰弱しているというなら、国防の為の武力を必要以上に持つ事は、他国との軋轢を生じさせるだろう。
事実、カミナギ皇国は〝竜神の玉体〟なるもののお陰で、武力を無理に持つ必要は無い。
「恐らく、レミエーレ側も気付いている筈です。いや、あの魔女が気付かない筈がない」
忌々しげに、しかし確かな信頼を感じる言葉。あの〝魔女〟竜胆なら、今回の事態も早々に気付き、何らかの対策と解決策を準備している。
そう確信出来る程度には、信用も信頼もしている。
だが、何故だろう。
──何故、ここまで嫌な胸騒ぎが……──
疫病で部族が滅んだ時以来の、嫌な、腹の底で得体の知れない何かが蠢く様な感覚。
否、それ以上に全身を這い回る悪寒。これは、末端だ。証拠も根拠も無い。しかし、この一連の事は何か恐ろしいものに繋がっている。
──リンドウ、貴女は今何をしているんですか? ──
カミナギ皇国について、論を交える声を聞きながら、ネフェリタは今日、何度目か分からない溜め息を吐いた。
竜
この世界に於ける竜、龍、ドラゴンは、魔物や魔獣ではなく、また別種の単一の存在となる。
すごくつよい