異世界隠居 身勝手に呼ばれて身勝手に捨てられたので隠居したい 作:ジト民逆脚屋
梶原¦まあ、了承はした
椎名¦切り札準備中。麻野と浜名も居る
クラウス¦本当は椎名とリラだけの予定だった
フレッド¦有り金全部ニコラスに賭けた
アーネスト¦キスカとユズリハ、ヴァニーも来ている
「梶原、私は放っとけって」
「竜胆、お前が死んだら、俺らは残り全員終わりだ」
「あのな、まだ神野が居るし、和泉だって目を覚ます」
「竜胆」
「大丈夫だ。私は死なねえし、殺されねえ。分かってんだろ?」
竜胆の言葉に、梶原は溜め息と共に頷いた。
その言葉その通りに、彼女にはまだ利用価値がある。竜胆自身と、その築き上げた人脈、それを利用した莫大な財力。
どれも、この国には欲しいものだらけだ。
「だがな、その手綱を握れるのは私だけだ」
「知ってるよ。あんな金扱えるのは、お前ぐらいなもんだ」
「当たり前だな」
竜胆はそう言うと、ポケットから一枚の折り畳まれた紙を、梶原に手渡す。
「取り敢えず、急場で用意出来た避難先だ」
「……どれも国外か、国境スレスレの辺境か」
「無茶言うなよ。……一番安全なのは、国外だ」
「都からは?」
「間違いなく、離れるべきだな。徴兵されたければ別だが」
梶原の溜め息が、狭くない部屋に落ちる。
現状、竜胆は勿論、所謂竜胆派と呼ばれる者達は、ほぼ全員が何らかの疑いで、自宅に軟禁状態になっている。
梶原も竜胆派に数えられるが、彼自身の能力と、率いる部隊の緊急性から、今までと変わらない状況を送っており、他の竜胆派も同様だ。
「……竜胆、お前はどう見てる」
「あ?」
「今回の派兵だ」
梶原の問いに、竜胆が雑に頭を掻いた。以前なら、フケか何か落ちてきたが、仕事も無いに等しくなり、やる事は惰眠を貪るか、裏で手を回す為の資金繰りか。
毎日眠れて、毎日風呂に入って、何なら鼻歌の一曲二曲は余裕で歌える時間がある。
何故かは、簡単だ。
「どう見てるも何も、勝ち目があるんだろうよ」
「勝ち目? 神野を都に置いたままで、和泉まで居ないのにか?」
「その辺は、あの女宰相と仮面の騎士に聞けよ」
兵站から隊の編成、国の財政の一翼を担っていた竜胆が、今は閑職に追いやられ、自宅待機の日々を過ごすばかり。
その結果、竜胆と竜胆派、そして和平派が今まで抑え込んできた騎士団や、功績が欲しいだけの、戦場を知らない貴族達。
それらの積もり積もった鬱憤を、これでもかと発散させるかの如く、まだ若い新レミエーレ王と、彼が指名した女宰相と、素性の知れない仮面を被った騎士。
彼らの号令により、レミエーレ王国は総力を挙げて、魔属領平定に舵を切った。
「足りない兵は、手当たり次第に徴兵して、食料資材が足りないなら、属国から無理矢理絞り出す。これが続くと思ってんのか?!」
「私に怒鳴んな。……保つ筈が無い。いや、もう破綻が見えてる筈だ」
「なら、何であそこまで余裕がある」
梶原の疑問は正しく、レミエーレ王国は武力によって成り立ち、その武力を支える技術力を、異世界の召喚勇者達から得て、人界と魔属領との壁の役割を担っている。しかしその反面、ファーゼル王国やカミナギ皇国に比べると、産業や資源に乏しい面がある。
食糧や鉱石、その他資源を輸入に頼り、足りなければ属国から徴収する。
短期的に見れば、それは間違いではない。だが、長期的に見れば、最悪の誤りとなる。
「まったくもって分からん。もう何処かで反乱でも、ストライキでも起きる頃合いだろうに、それの対策すら用意している気配も無い」
「だが確かに、物資は徴収されている」
しかし、現状で魔属領平定に費やされている物資は、徴収されている分も含めて、漸くといった具合だ。
なのに、魔属領に対する侵攻は、問題無く着々と進んでいるという。
「まさか、どっかから、物資が無限に湧いてるとか?」
「ははは、無い無い。いくら、この世界がイカれてても、それは無い」
梶原の言葉を一笑に、竜胆は拘束されていない仲間から、送られてくる情報に再び目を通す。
物資の徴収量は限界、どこもかしこも枯渇している筈なのに、反乱等の物騒な話が無い。
竜胆は記憶の引き出しを、片っ端から開け、各領地、属国属領の資産を計算する。
──金に関しちゃ、私らが用意した分がある。だが……──
それでも一月程度の延命にしかならないだろう。
新しく始める予定だった事業の費用を回すか、やらかしている貴族の資産を根刮ぎ奪い取るか、竜胆は考えを巡らせるが、そのどれも焼け石に水であり、やはり根本的にどうにかするには、今の魔属領への出兵を止めなくてはならない。
その為には、新王に謁見して、直訴するしかない。
「やめとけよ」
「分かってるよ」
「王族の予算削ったせいか、お前は前王以外の王族から、蛇蠍の如く嫌われてるからな。いや、お前ホントに何した?」
「あン? 無駄金減らしただけだ」
しかし、竜胆は一部を除いた王族からは、蛇蠍の如く嫌われ、〝リンドウ〟とは忌むべき言葉であるとされ、視界に入れる事すら疎まれている。
「王弟陛下を頼るか?」
「いや、あの方は権力争いから離れた身だ。一応、後ろ楯になってくれちゃいるが、今は外遊に出てもらって、西の大陸に居る筈だ」
「上手く逃がしたな」
これで、今王に何が起きても、レミエーレ王族の血は絶えずに済む。権力争いを嫌い、王位継承権を放棄した王弟には申し訳ないが、王族に産まれた定めと諦めてほしい。
だがこれは、竜胆の傷になりうる事でもある。
「ま、王弟陛下に何かあれば、真っ先に私が疑われるがな」
ひひひ、と妖しく笑う竜胆だが、梶原からしてみれば、絶対に回避してほしい展開だ。
竜胆は実権を剥がされ、神野は逸る騎士団の手綱を握り、和泉はまだ目を覚まさない。梶原も、実行部隊の長というだけで、政治の場に口を出せる実権は無い。
これで、まだ新寺や朝比奈、他の面子が残っていれば、話はまた違っていただろうが、現実はどうしようもなく、こちらに不利だ。
「どちらにせよ、私は捨てろ。いいな」
「いや、……誰か見捨てて逃げるのは、もう、無理だ」
「……すまん」
自分達の中で、一番近くで仲間や友人の死を見続け、一番多く見捨てる事になった男には、酷な望みだろう。
だが、竜胆はそれを理解して、梶原に頼む。
「すまん。だが、私は捨てろ」
「竜胆……!」
「梶原、私は餌だ」
「餌?」
「ああ、餌だ餌。クソザコ竜胆さんにゃ、もうその位しか役目がねえんだよ」
「しかねえって、お前。何か仕掛けをしまくってただろ?」
「その仕掛けの為だっつーの」
竜胆はそう言うと、ソファーに寝転がり、目を閉じる。
もうこうなっては、竜胆は何を言っても動かない。
梶原は溜め息を吐いて、席を立つ。せめて、和泉が目を覚ましてくれれば、現状を打破出来たかもしれないが、中々そういう訳にはいかない。
もう一度、溜め息を吐いて、梶原が部屋から出ようとした時、竜胆が丸めた紙を投げてきた。
「おい」
「…………」
抗議にも無言、まったくと梶原が紙を拾い上げ、何気無くそれを広げる。
そして、その紙に書かれた内容に、梶原は竜胆に視線を戻した。
「竜胆」
「…………」
「……分かった。これの通りにしてやる」
相変わらず、無言の返事を返す竜胆に、梶原は紙の内容を、渋々了承すると、紙を燭台の蝋燭にくべた。
「だがな、無理だと判断したら俺は動くぞ」
そして、そう言い残し、梶原は部屋から出ていった。
微かに聞こえる重い足音を聞きながら、竜胆はポケットから、折り畳んだ紙を取り出し広げる。
「賭けだ。これが間に合えば私の、間に合わなかったら……」
奴の勝ちだ。
その言葉を飲み込んで、竜胆はまた目を閉じた。
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
何がどうして、こうなっているのだろうか。
「それでは、
沸き立つ観衆と、耳に響く開幕の合図。果汁を凍らせた丸い氷菓子を、口の中で転がしながら、椎名は周囲を宿のテラスから見下ろした。
「おらぁ、ニコォ! お前、勝てなかったら俺ら無一文だからな!」
「今日の宿は野宿になるんスよ!」
「任せろっての!」
分厚いバンテージを拳に巻いたニコラスが、見せつける様に拳を振れば、フレッドとアーネストが更に煽り立てる。
「何やってんだあいつら?」
「分かんない」
「はしゃぎ過ぎるなと、言っていたんだがな」
まったくと、クラウスが木のトレイをテーブルに置き、トレイに載っていた木製のタンブラーを、椎名に手渡す。
「柑橘の蜂蜜漬けの炭酸割りだ。柑橘は手当たり次第に漬けてるから、かなり複雑な味だな」
言われて、タンブラーを傾けてみると、クラウスの言う通り、柑橘特有の酸味と苦味が、蜂蜜の濃い甘味に連れられて味覚にくる。柑橘類が苦手な者は、絶対に飲めない味だ。
「しかし、聞いていたより賑わっているな」
「うん、不思議なくらいに」
「これも、〝竜神の玉体〟とか言う代物の恩恵か」
揚げた白身魚を齧りながら、クラウスが言う。
椎名達が居るのは、カミナギ皇国の皇都に程近い町だ。
カミナギ皇国に対する調査という名目で、《金鹿の蹄》が依頼を受け、皇都へ向かうその途中、皇都へ向かう橋が、長雨で流されてしまっていたらしく、この数日はこの町で足止めをされていた。
「俺の勝ちじゃ、ボケー!」
「勝者、ニコラス・グッドリッヂ! フィニッシュブローは、右のクロスカウンター!」
「お、ニコの奴が勝ったか」
「ニコラスが、その辺の奴に負ける筈が無いよ」
「ま、あれでもうちのエースの一人だ。……負けたら、ただじゃおかん」
ニコラスが次の挑戦を受けるのを見ながら、椎名は壁に立て掛けていた砲剣を手に取り、レバーを引き上げ、薬室から空の薬莢を取り出す。
「何をしてるんだ?」
「何か嫌な予感がするから準備」
空の薬莢を自らの魔力に戻して、新たな砲弾を形成し、また砲剣に装填する。
そしてまた、薬室を開くと砲弾は空の薬莢に変わっていた。
「〝これ〟、使わないといいんだけどね」
そう言いながら、椎名が見る皇都の方角は、見ている方の気分が落ち込む様な、曇天に覆われていた。