異世界隠居 身勝手に呼ばれて身勝手に捨てられたので隠居したい 作:ジト民逆脚屋
竜とはなんぞやと、問われた時、この世界での答えは二つに分かれる。
一つは、人智を越えた怪物であり、数多の英雄譚にて語られる宿敵とも言える存在。
もう一つは、絶対不可侵の存在。竜とは災害と同じであり、現れない事を懇願し、現れた時はただ過ぎ去るのを待つしかない。
前者は召喚転生両勇者に共通し、後者はこの世界の住人に共通する答えだ。
そして、この両者に共通する答えがある。
竜とは絶対不可侵かつ、数多の英雄譚にて語られる存在であり、災害と同等の人智を越えた怪物であり、そしてお伽噺の空想である。
そう、竜は存在しない。語られたお伽噺は全て、神話の時代のものであり、それに連なる竜人の血筋も、既に滅び去っている。
「と、まあ、その竜に連なる竜人の末裔が、我なのだよ」
人払いを済ませた宿屋の一室で、竜角を頭の横から生やした、男装の麗人があっけらかんと、そう言った。
「話がいきなり過ぎだな……。あー、取り敢えず、殿下達カミナギ皇族は、神話の時代に滅んだ筈の、竜人族の末裔って事で?」
「む、そう畏まる必要は無い。というより寧ろ、もっとフランクに砕けた感じで、数年来の友人に話す様な接し方で構わない。なんなら、蜥蜴女と呼んでも構わない。……まあ、後で赦さないがね」
さて、やり難い相手だ。
クラウスはちらと、この交渉の場についているフェリドへ、視線を向ける。
──どう受ける? ──
──判断材料がまだ無いな──
確かに、今明らかになっている情報は、相手の名前と身分、そして目的。
言ってしまえば、商品と商人の題目しか、明らかになっていないのだ。
だからこそ、クラウスはファン・ロンに、話の続きを促す。
「そちらの目的については、一応は分かった。だが、はいそうですかと、頷いて手伝える話じゃあないな」
ファン・ロンの隣に立つレアンの目が、すっと細くなるが、その程度で怖じけるクラウスとフェリドではない。
「では、今現状答えられる質問全てに答えよう」
「なら質問だ。あんたはこの国の皇族だと言ったな。帝位継承権はあるのか?」
「ふむ、確かに私は皇族で長子ではあるが、継承権は無くしたよ」
男装の麗人の話は、実に厄介な話になった。
フェリドは内心で頭を抱えた。普通、貴族や王族というのは、長子に家督を継ぐ権利を与え、その為の教育を施す。なんなら、次子以降は長子に、最悪の事態が起きた場合のスペアの意味合いもある。
そしてそれらは、長子が家督を継ぐに値すると、判断された場合にのみ有効となる。
──長子ではあるが、継承権は無くした──
この言葉が事実であった場合、一番に女だから、継承権を剥奪されたと考えられる。
そしてその場合、ファン・ロンの他に男の次子が居る事は確実だ。
さて、かなり厄介な話を聞いてしまった。
クラウスとフェリドは互いを、視線だけを動かして見る。その目は二人共に、最悪の事態を想像していた。
「帝位は、既に弟が得ている。後は即位式を無事に迎えるだけだ」
まさか、継承権を奪われた事によるクーデターかと、二人は身構えたが、どうにも様子がおかしい。
確かに、ファン・ロンとレアンの顔は、苦渋に歪んではいるが、何故か語る弟に対する怒りや憎しみ、妬みといった感情を感じられない。
それどころか、誇らしさすら感じる口調だ。
「この不出来な我の唯一の自慢は、我が弟に道を譲れた事だ」
「いや、待て。あんたはこの国と、大陸を助けてほしいと言っていた。それはクーデターという事じゃないのか?」
「クーデター? まさか、弟にはこのまま帝となってもらい、この国を更に発展させてもらわねば。……我は閑職に甘んじ、あの子の栄光の影に立つさ」
話が一気に分からなくなった。
話が事実なら、ファン・ロンに帝位の狙う気持ちは無く、寧ろ喜んで身を引くと言う。
しかしだ。だとすると、何が狙いで、自分達を襲撃したのか。
「まあ、雑談をしながら、本題を語ろう。ふむ、諸君らは何故、竜人が神話の時代に滅びたと思う?」
「竜人が滅びた理由?」
少し歴史や神話に明るい者なら、すぐに答えられる。
優れた技術と力を持ち、単身で空をも飛んだという竜人族。
その彼らが滅びた理由とは、
「いまいち判ってないだったか」
「その通り、いまいちはっきりとは判っていないのだ。だが、判明している事もある。レアン」
「はっ」
レアンが置いてあった荷物から取り出したのは、二冊の本だった。
古ぼけた、所々擦り切れた二冊。
フェリドは何故か嫌な予感がした。
「これはこの国の歴史と、神話を纏めた一冊だ。……はて、そういえば、この二冊の内の片方は、どこかのダーク・エルフに奪取されていたような?」
クラウスがフェリドを見ると、フェリドは明後日の方角に体を向けて、葉巻を吹かしていた。
「おい?」
「いや、俺はあいつのやらかしには、一切関与しない方針だから」
「いやいや、あんたが一番近い立場なんだから、あんたがどうにかするもんだろ」
「そうは言うけどよ、数百年は前の話を、俺にどうしろって話だよ」
あのダーク・エルフも、面倒な事を。
フェリドが、どう取り繕うか考えを巡らせていると、正面からくぐもった笑いが聞こえる。
ファン・ロンだった。
彼女は、決して声にはせぬ様にして、片手で顔を覆い隠していた。
「いや、失礼を。まさか、ただの歴史書にそこまでとは。しかし、我の言い方も悪かった。あれは写しで、これもそうだ。あまり気にされるな」
「だとよ」
「次は本人にやってくれ」
「ふむ、次があるなら、是非そうしよう」
言いながら、ファン・ロンは二冊の内の、片方の表紙を開き、ページを捲る。
そして、大体中間辺りを過ぎた頃合いで、開いたページをフェリドとクラウスへ向けて、テーブルに置いた。
「諸君も知っているだろうが、この国は移民の国だ。元々はここより遥か東にある大陸らしいが、そちらへの航路は失われている」
「失われている? 故郷への道がか?」
「それはもう、綺麗さっぱりとね」
「航路に関する記述はあったのか?」
「ふむり、航路の存在を仄めかす記述はあったね」
元々は移民だろうが、航海術に長けた民が、故郷への航路を紛失するという事はあるだろうか。
可能性としては、十分に有り得る。
長い国の歴史の中で、内輪揉めを起こした際に、貴重な国宝や、財産が消失する事はままある。
だから、カミナギ皇国が故郷への航路を、喪失していたとしても、なんらおかしい事は無い。
しかし、だ。今、目の前の麗人は、航路は失われていて、だが、その存在を仄めかす記述は存在すると言った。
──おい、どう見るよ──
──普通に考えたら、内紛で無くしただが……──
「話が見えないな。その航路云々の、何が竜人に関係して、何が俺達に関係ある」
「話を急ぎ過ぎだね、クラウス・ヴェルディ。しかしまあ、回りくどいにも程があったのは事実。はっきりと言おう。故郷への航路は、最初から無かったのではないかと、我は考えている」
「航路が、最初から無かった?」
一体、何を言い出すのか。航路が無ければ、航海は不可能に近い。他の土地へ移住するなど、それこそ遥か昔の大航海時代でも、既存の航路は存在し、そこから今の時代の航路を開拓していったのだ。
航路も何も無く、新規の開拓をする。それも一国の要と言える皇族を伴って、その様な危険を冒す理由があるのか。
「我らの先祖、竜人は滅んだ。その滅んだ理由に、我はあの〝竜神の玉体〟が関係し、そこに航路の喪失があると考えている」
「一体、何を……」
と、そこまで言って、クラウスは言葉を止めた。
何か、嫌な気配が過る。もう、どうにもならないような、どうしようも無い予感。
皇族が確固たる航路を持たず、未開の地へ向け、二度と戻れぬであろう旅に出る。
その理由の答えは、
「はっきりと言おう。我らの先祖は〝竜神の玉体〟を盗んだ罪人、若しくは権力争いに負けた皇族だろう」
「それか、お宝を抱えて逃げたか」
「その可能性が高いね。まあ、我はどうでもいいがね」
吐き捨てるかの如く、己達が祀る存在についての話を切ると、ファン・ロンは開いていたページを閉じて、もう一冊の方を開く。
「見るといい。この国の歴史の始まりを。まるで、存在しないものを、さもそれらしく取り繕うかの様だろう?」
ファン・ロンの言う通り、如何にもな理由があり、この大陸に〝竜神の玉体〟を伴い、竜の化身である皇族が降臨したと記されているが、肝心な部分がぼやけていたり、そもそも語られていなかったりと、大袈裟な語り口に対して、明瞭な中身が無い。
歴史というよりは、神話に近い内容の作り方だ。
「この国の成り立ちが不明瞭なのは、十分に理解した。だが、竜人の興亡もこの話も、あんたの目的には関係無い。そうだろう?」
「ふむり、もう少し話していたかったのだが、仕方ないな」
本題を話そう。
長い話に煙に巻かれて、本題に入る前に飲まれる事を嫌ったクラウスが、ファン・ロンに本題を急かすと、少し意外な程に、本題を口にした。
「この国を犯す佞臣〝カウリ・ロン〟、将軍〝ラウ・ロン〟。そして、不倶戴天の毒婦ニムラ・アケミと、その一味を討つ手助けをしてほしい」
聞き覚えのある名前に、クラウスとフェリドは顔を見合せた。