異世界隠居 身勝手に呼ばれて身勝手に捨てられたので隠居したい   作:ジト民逆脚屋

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竜神とは?

 味としては、和食と中華の中間というより、肉と油、中華味噌の類いを多く使った和食といった風情だった。

 麻野は、幾年かぶりに手繰る箸で、細切りの肉と野菜を口へ運ぶ。

 

 ──和風青椒肉絲……! ──

 

 雰囲気は醤油より魚醤に近いが、全体的な味は懐かしさを感じさせる。

 しかし、ただ残念なのは、主食は米ではなく炊いた麦か、饂飩か拉麺に似た二種類の麺になるという事か。

 

「まあ、旨いからよし」

「ははは、麻野。何でもいいが、話は聴いていたか?」

 

 話、はてと首を傾げてみれば、男装の麗人が苦笑していた。

 

「気に入ってもらえたなら幸いだ。話を続けるぞ?」

「どーぞ、勝手に食べてるから」

「ははは、剛毅な事だ。では、もう一度話そう」

 

 きし麺に近い、平たい麺を粗挽きの挽き肉や野菜の浮かぶたれに浸けて、具を絡めて啜りながら、麻野はファン・ロンの話について、思案を巡らせる。

 

 ──簡単な話、戦争起こそうとしてるバカを潰そうって話ね──

 

 それだけなら、麻野達が関わる必要は無い。

 この国の事は、この国の事だ。

 ファン・ロンが皇族だと言うなら、彼女達に解決させるか、関わったとしても内政干渉だ何かと、言いがかりをつけられる前に手を引いて、恩を着せるかだ。

 いや、寧ろ関わるべきではない。

 そう、関わるべきではないのだが、

 

「二国同時に宣戦布告、ねえ?」

「うむ、笑い話だとしてくれ」

 

 どうやら、このカミナギ皇国の重鎮方は、武力のレミエーレ王国と、物量のファーゼル王国の両方を相手取って、勝てる見込みらしい。

 

「あー、参謀とかは?」

「そういった有能な者は、宰相の手で閑職に回されている。そして、前帝が崩御した今、政の実権を握っているのは彼奴だ」

「貴女の弟君、次の帝はどうなんだ?」

 

 浜名だ。彼は春巻きを飲み込んでから、ファン・ロンに問い掛ける。

 

「連中に押さえられている。彼奴め、まったく賢しいな……!」

「なら、帝に頼るのは無理か」

「というより、一つ聞きたいのですが」

 

 挙手して発言したのは、麺包と言われるパンを一斤、軽く平らげた《ドクトル・マグス》のキスカであった。

 

「あくまでイメージの話です。そのカウリ・ロンでしか? 所謂そういった、悪徳政治家は、悪政を敷いているとか、そういうイメージがあるのですが」

「これが困った事に、あれでも先帝からの重臣。あやつは賄賂の類いを受け取りはするが、政治的手腕は確かでな。そういった方面での追及は、逆にこちらが追い詰められかねん」

 

 いや、参った。ファン・ロンが自分の額を軽く叩く。

 参ったは、こちらの話だと、浜名はフェリドに目を向ける。

 声に出して、非難したいのは山々だが、それをすると仁科の名を、リラが取り分けた白身魚を、ぼんやりと食べる椎名に聞かせる事になりかねない。

 そうなれば最悪、この数日間絶やさず続けている〝準備〟を、この場で解放する可能性すら出てくる。

 

 ──あれを解放したら……──

 

 この距離なら、麻野が手加減抜きの本気の全力で、陣を張れば自分達は生き永らえるだろう。

 だが、この町は間違いなく消し飛ぶ。それだけの威力を、椎名は既に砲剣に溜め込み、今もまだ溜め込み続けている。

 仁科の名が、それの引き金になるかは、現状はっきりとはしないが、余計な負荷は避けるべきだ。

 

「単純に、率直に、勝ちの目は何処に置いてあるんですかー」

 

 次に問い掛けた《メディック》のユズリハが、キスカから飴色に染まった煮豚を切り分けてもらい、蒸し麺包に挟んでタレと芥子を塗りたくり、一息に口へ放り込む。

 自分とキスカは、戦えはするが結局は救護要員だ。

 直接的な戦闘能力では、剣士であるアーネストに劣り、後方火力ではヴァニーには勝てない。

 だからこそ、それら以外の部分に目を向ける必要があり、それはきっと自分達の役目でもある。

 

「勝ちの目、か」

「政情不安を引っ提げるでもなければ、反乱という訳でもない。私達からすれば、勝手にやってろって話なんですよねー」

「確かに、最もだな」

 

 頷かれても困る。

 しかし、話の核になる女の正体を、ユズリハ達は知らない。フェリドは、仁科が持つ危険度と、この案件に絡むリスクを天秤にかけて、ファン・ロンの話を聞く事にした。

 あの女は危険でしかない。正確には、あの女の背後に隠れた者だが、それでも危険度に変わりはなく、排除出来るなら、その機会を逃したくない。

 

 だが、ユズリハ達は仁科の危険度を、はっきりとは知らないのだ。

 椎名の起爆剤となりかねない女の話。さて、どう切り出したものかと、フェリドとクラウスが頭を巡らせていると、ファン・ロンが首から提げていた飾りを、テーブルの上に置いた。

 まるで、全員に見せる様に置かれた首飾りは、中心にある一枚の、色鮮やかな楕円形の飾りを引き立たせるかの様に、数種の宝玉が散りばめられていた。

 

「あまり、人には見せないのだが、これはそなた達が話に聞く〝竜神の玉体〟の一枚。まあ、鱗だな」

「それがどうしたと? 他国の国宝の類いの一部、見せ付けられて、それを理由にしろとでもー?」

「なあ、キスカ。ユズリハ、キツくね?」

「しっ、彼女、すぐハンマー振り回しますけど、本分は医者、《メディック》ですからね」

 

 ああ、そういえばと、言った奴は全員ぶん殴る。

 見れば、《金鹿の蹄》組は全員だった。内心、泣きたくなったが、ユズリハは我慢して話を進める。

 

「私達はファーゼル、そっちはカミナギ。自分の国の事は自分でしなさいよ」

「うむ、それは確かなのだが、間に合わなかった場合の保険、確実に〝これ〟に勝てる可能性が欲しいのだ」

 

 話が見えない。一応、今回の旅の目的と、その理由の中にそれの説明はあった。

 だが、それに関するファン・ロンの言葉が、理解出来なかった。

 〝竜神の玉体〟とは、未知の存在であり、生物ではなく、何かしらのアーティファクト。そういう話だった筈だ。

 しかし、どうだ。ファン・ロンの口ぶりはまるで、そのアーティファクトが生きているかの如くだ。

 

「二人にはちらと話したが、〝竜神の玉体〟というのは、実は生きている」

「だから制御が、どうのこうのと言っていたのか。……生きているってのは聞いてないがな」

「話そうとしたが、前に話を切ったのはそなただ」

 

 ファン・ロンが鼻を鳴らして、不満そうに口を尖らせる。

 事実は事実なので、フェリドが両手を挙げて、降参の意を示せば、ファン・ロンは得意気に胸を反らした。

 

「そも、竜神とは何ぞや? と言う話なのだが、簡潔に言おう。竜神とは〝竜〟を指し、玉体とはそれを封じた器だ。そして、この国の現状の元凶でもある」

「待て待て待て! 〝竜〟ってのはあの〝竜〟か!?」

「そうだ」

 

 あっさりと肯定するファン・ロンに、フレッドはニコラスを見る。彼は片手で顔を押さえて天を仰いでいた。

 竜とは、この世界で最悪の天災を意味する。

 嘗て、神話に語られるよりも前の時代、それこそ竜人族を始めとした、古代種と呼ばれる者達が栄えていた時代、この三国がある大陸は、今よりも遥かに広大で、大小の国々が入り交じっていたという。

 それが何故、今は竜人族はおろか古代種の影すら無く、大陸は小さくなってしまったのか。

 その理由は、たった一体の竜だったという。

 

「我らカミナギ皇族の罪にして、最大最悪の過ちが〝竜神の玉体〟、その正体は竜を封じた木乃伊だ」

 

 たった一体の竜により、古代種の大半は滅び、大陸は三国のある大陸を中央に、東西南北の四つに別たれた。

 その後、その竜は姿を消したとされているが、その事実と、後の歴史にも度々表れる竜の存在は、人々に消えない恐怖を刻み付けるには、十分過ぎた。

 

「我らの最終目標は侫臣の排除と、かの竜骸の完全消滅だ」

 

 ファン・ロンの、この勇ましい言葉も、一部以外の人間の耳に入らない。

 竜害を受けた事のある人間は、この場には一人も居ない。ひょっとすると、ネフェリタ辺りが知っているかも知れない。

 だが、それでも竜という存在の恐ろしさ、そしてそれがもたらす害意は、この世界の人々の魂に、深々と刻み付けられている。

 その証拠に、アーネストとキスカ、ユズリハの三人は顔を真っ青にし震えている。

 歴戦であるフレッドとニコラス、フェリドにクラウスも、顔色が芳しくない。

 

「旦那、大将。この仕事は無理があるぜ」

「分かってるよ。だが、止めれる内に止めねえと、竜本体とやり合う事になるぞ」

「だったら今からでもって、ああ、くそ。……間に合わないんだったか」

 

 フレッドの言う通りに、今からファーゼルへ向けて、早馬を出したとしても、援軍が届く頃には最悪の事態となっている。

 しかし、このままこの計画に加わっても、失敗すれば間違いなく死に、成功してもどうなるか分からない。

 進むも地獄、退くも地獄。なら、どうするか。 

 一同が考えを巡らせる中、一人、その空気を意に介さず、葉巻を吹かしながら白酒を呷る女が居た。

 

「……アタシの獲物は、そのラウ・ロンと竜の木乃伊さね」

 

 酒精の熱の混じった紫煙を吐き出し、ベアトリーチェが全員の視線が集まる中、はっきりと言った。

 

「言っとくが、アタシの邪魔をすれば、誰だろうと殺す。サヤマ、あんたでもさ」

 

 そうはっきりと言うベアトリーチェの目は、不機嫌という言葉を体現していた。

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