異世界隠居 身勝手に呼ばれて身勝手に捨てられたので隠居したい 作:ジト民逆脚屋
麻野はファン・ロンが治める町を歩いていた。
町の賑わいに嫌味は無く、闘技者戦劇の参加者も以前変わりなく騒ぎ続けている。
「面倒な話よね」
「何がだ? アサノの姉御」
「アーネスト、あんたも少しは考えな。私達は今、か、な、り、面倒な立場なのよ」
現状はかなり厳しい立場にある。
言ってしまえば、ファン・ロンは計画が上手くいかなかった場合、自分達を蜥蜴の尻尾にして自分の立場を確保出来、麻野達は他国から来た傭兵として不利な裁きを受ける事になる。
この辺り、ネフェリタの裁量が頼りだが、もしファーゼル王国に不利益有りとなれば、あの女はこちらを切れる女だ。
フェリドやサヤマにハルファ、ベアトリーチェが居る以上その可能性は低いが、最悪の想定はするべきだろう。
「でもよ、姉御。逆にこうなった以上は、もう手遅れって見方も出来るぜ?」
「だから後悔してんのよ。はあ、もっと足場固めてから聞くべきだったわ」
そんな事は無理だと分かっていても、愚痴らずにはいられない。
最悪、アーネスト達だけでも逃がすつもりだが、敵にあの仁村が居ると判っている以上、そう上手く事は運ばないだろう。
そう、仁村だ。あの調子乗りのギャル擬き、あれは一体どうしたのだ。
麻野達が知る仁村は、今回の様な暗躍が出来る人間ではなかった。もっと短絡で感情的な、考え無しのトラブルメーカー。それが仁村の筈だ。
それが、あのファーゼルでの一件以来、まるで人が変わったかの様な話しか出てこない。
それに加え、
──首を斬り落として死んでないとか、一体何の冗談よ
麻野の知識の中に、首を斬り落として死なない生物は存在しない。
それにレアンは、あのベアトリーチェと渡り合える実力者だ。斬り損ねたり見間違えたという事は有り得ない。
だとするなら、仁村はもう人間ではない。
死んだと聞かされていた金谷達の事も気掛かりだ。
──まさか、ネクロマンサーとか? いや、有り得ない
ネクロマンサーは禁忌とされ、魔属にも存在しない。
神話の時代、初代召喚勇者の頃の記述には記載されているらしいが、名前だけで詳細な情報は無かったと、竜胆がぼやいていた。
「姉御、考え過ぎてもどうしようもねえよ。ほら、揚げ芋」
「うむ、よきにはからえ」
ピンボールより一回り小さい芋を受け取り、一口に放り込む。歯触りの良い皮を噛みきれば、焼ける様な熱と強い塩の味の後ろから、芋の甘さが微かにやってくる。
良い芋だ。
アーネストが抱える紙袋から、揚げ芋を次々に口に放り込みながら、麻野はこれからを思案する。
「アーネスト、最悪の場合あんたはキスカ達を連れて逃げなさい」
「は? 姉御達を置いて逃げるくらいなら、俺らも残るぞ」
「馬鹿野郎、誰かがファーゼルに正確な情報を伝えないと、全部手遅れになるのよ」
「いーや、残るね。勘だけど、逃げてもどうにもなりそうにないぜ」
「勘って、あんたね……」
「嫌な予感がすんだよ。あの日みたいに、シーナさんに何かありそうでさ」
麻野は黙った。実際、アーネストの勘はよく当たる。
特に仲間の危機に関する勘は鋭く、未来予知でもしてるのかと疑いたくなる程だ。
しかし、麻野が黙ったのには他に理由がある。
──椎名……
シーナはクラウスのお陰で平静を保っている。表面上は麻野のよく知る弛んだシーナだが、〝あれ〟を準備しているという平時では有り得ない行動と、砲剣を肌身離さず持ち歩く警戒状態。
偽グレイの一件からこれまで、シーナは何時でも戦える状態を維持している。
「姉御姉御、あれ」
「あ? なによ」
「いや、変わった二人組が居るなって」
揚げ芋を頬張りながら、アーネストが指差す方向を見れば、確かに変わった風体の二人組が居た。
「クロート、これなに?」
「ヤシリツァ、いい加減に物を覚えろ。……枇杷っつう果実だ」
「へー、こんな黄色い果物なんだ」
「つか、仕事だ。さっさと荷を卸して、依頼をこなすぞ」
「えー、セーィフが観光してこいって言ったのに?」
「あの爺の言う事を真に受けるな」
2m近い長身の蜥蜴人と、片腕が巨大な義腕の人間。
蜥蜴人が人里に下りてくる事は珍しく、ましてや他種族と共に居る事は滅多に無い。それに加え、あのヤシリツァという蜥蜴人は、従来の蜥蜴人より人間の色が濃い。
義腕の人間、クロートとはまるで親子の様に接しているのを見るに、蜥蜴人と人間のハーフなのだろう。
「なんで、義腕に革袋なんて被せてんだろ?」
「さあね。ほら、人をジロジロ見ないで、さっさと買い出し済ませるわよ」
巨大な義腕の手に革袋を被せ、顔も防毒面で覆われた風体は確かに変わっているが、人には人の事情がある。
麻野は面倒事を避ける為、二人とは違う方向にアーネストを誘導する。
「凄いね。他の大陸だとアタシ見ても驚かないよ」
「ありふれた見た目なんだろ」
聞こえてきた台詞に、そうじゃないと思いつつ、麻野はメモをチェックする。
宿に常駐しているキスカとユズリハの薬草や薬品は買い終えた。酒や保存食の類いも揃い、後は適当に要りそうな物を買うだけだ。
軍資金については、フレッドとニコラスの二人が闘技者戦劇で稼いだ金があり、まだまだ余裕がある。
──椎名が喜びそうなもんでも買うか
浜名は自分で買うだろうし、シーナもクラウスが買うだろうが、それはそれだ。
ネフェリタの土産は適当に済ませ、ソフィア達もまあ適当でいいだろう。
そんな思案をしながら、麻野が市場の曲がり角に差し掛かった辺りで、軽い衝撃に当たった。
「あ……!」
「おう? ……あー、大丈夫? 怪我、してない?」
「えっと、あの……」
見ればまだ子供と言える幼さを残した少年が、麻野にぶつかり尻餅を着いていた。
一つ気になるのは、その少年。ローブに身を隠し、ローブから僅かに見える服は、妙に仕立てが良く貴族が着る様な質のものに見える。
それに一瞬だが見えたのは、ファン・ロンと同じ様な質感の鱗のある手だ。
「うわ、厄介事だ」
小声で呟くアーネストを尻目に、麻野はまだ尻餅を着いたままの少年を助け起こそうと手を伸ばす。
「こんな人混みで走ると危ないわよ」
「あ、あの、助けてください!」
「は?」
「居たぞ……!!」
少年のまさかの言葉に呆気に取られる二人に、市場の裏路地からの刺客が迫った。
そして
「あァ?」
子供には優しい麻野の沸点が最大になったのは同時だった。