異世界隠居 身勝手に呼ばれて身勝手に捨てられたので隠居したい 作:ジト民逆脚屋
メンタルが回復傾向に向かいましたので、こちらの方もじんわり更新していこうと思います。
義腕はクロート、蜥蜴人はヤシリツァと名乗った。
二人はあの竜胆から依頼を受けて、シーナ達の手助けをしろという事になっているらしい。
「……無理に信用しろとは言わん。だが、事実だ」
「竜胆が依頼したなら、幾ら貰った?」
シーナが警戒を強め、クロートに問う。
竜胆が雇ったという話が本当なら、それを見極める手段がある。
それは報酬をどれだけ受け取ったかだ。
竜胆は金を使う時は際限無く使う。特に、こういった依頼をする時は法外な金額を提示する。
その金額が竜胆か否かの基準でもあり、竜胆の相手に対する信用の度合いでもある。
「リンドーから直にじゃないが、これくらいだな」
クロートは懐から羊皮紙の切れ端を取り出し、シーナに見せる。それにはギルドの長であるクラウスすら、目を丸くする額が記載されており、羊皮紙の端にはなにやら奇妙な絵が描かれていた。
「……本当みたいだ」
「マジか?」
「うん、これは竜胆の描いた絵だよ」
「絵、で御座いますか。……犬?」
「いや、これは鳥か?」
「多分、猫」
「……竜胆は絵が下手くそなんだ」
学生時代から、竜胆は運動と美術以外は平均以上だった。
運動は言わずもがな、しかし美術は特に酷かった。
似顔絵を描けば呪われそう、風景画は異世界になり、デッサンは狂いに狂っていた。
そして、これこそが竜胆が雇い主である証拠だ。
「取り敢えず信用する」
「助かる。リンドーの使い、カジハラは報酬の持ち逃げをしてもいいとは言っていたが、流石にこの額は後が怖い」
「うん、マジでこんな報酬の持ち逃げは怖いね」
クロートは防毒面の奥で安堵すると、ヤシリツァもそれに同調する。
「カジハラ? 梶原が来たの?」
「ああ、筋肉達磨がな」
「凄い筋肉だったよね」
梶原という名で、筋肉達磨という評価なら間違いなく梶原だ。
だが、シーナは一つ気掛かりな事があった。
「……竜胆じゃなかったの?」
「リンドーは今動けないから、自分が代理だって言ってたよ」
「レミエーレの魔女が動けない? ……詳しい情報はあるか?」
「無い。オレ達はこの大陸の人間じゃないからな」
「西か?」
「いや、北だ」
「北大陸から来たのか?!」
クラウスとリラは驚愕した。
この中央大陸と交流があるのは、西と南の大陸のみであり東は航路が無く、北は航路以前に船を出せない。それは北大陸と繋がる海峡は魔属領のみが接している事と、その海峡が〝絶死海峡〟と呼ばれる程に凶悪な潮流である事が挙げられる。
「色々とあってな。渡る手段がある」
「噂に聞く〝絶死海峡〟を渡る手段ですか」
「凄かったよ。町よりデカイ魔獣が出るし」
シーナも興味のある話題だったが、しかしそれすら上滑りしていた。
竜胆が動けない。
竜胆は必ず何か手を残す。どれだけ追い詰められても、何かしらの逆転の一手を隠している。
だから好き勝手に動ける。
その竜胆が動かないのではなく、動けないと梶原は言った。
「ご主人様?」
「……大丈夫、なんでもない」
あの竜胆が動けないなら、今のレミエーレ王国で何が起きているのか。
恐らく、シーナが想像出来ない程に入り乱れた政変が起きている。
──よう、また一人か? そんな一人ぼっちには竜胆さんの友達の称号をやろう──
嘗て、孤児院での出会いの言葉が脳内に零れた。
傲岸不遜、厚顔無恥、それらを絵に描いた様な態度で孤児院の職員から嫌われ、しかしそれをまったく意に介さず平然として、自分の赴くままに生きていた竜胆は、シーナにとっては眩しすぎた。
その竜胆が梶原を使ってまで、素性の知れない二人を使う。
使い捨ての鉄砲玉という見方も出来るが、竜胆はその手のやり方を嫌う。
「おい」
「なに?」
「……あまり考え過ぎるな。あの手の輩はそう簡単には死なん」
「竜胆が簡単に死ぬ訳ない」
「なら考えるな。どうせ、ひょっこり顔を出すだろうよ」
防毒面の奥、表情の窺い知れない顔が呆れを含んだ声でそんな事を言った。
「よし、魔女はどうにでもなるとして、あんたら」
「ん、なに?」
「仕事だが、どんな風に聞いているんだ?」
「んー、あんたらの手伝いとしか聞いてないよ」
「ヤシリツァ、お前な……。はぁ、オレ達はあんたらの援護、そして最悪の場合はそこの
「逃がす? まさか大陸から出ろってのか?」
「オレらにその話をするって事はそういう事だろうよ」
クラウスはまだ何か考えているシーナの代わりに、これからの思案を巡らせる。
大陸から離れる事自体は、そう難しい事ではない。
交易船に乗ればすぐに出られる。だが今回問題となるのは、あの竜胆がシーナ達を大陸から逃がす様に指示を出しているという事だ。
──何か起きる。いや、もう起きている──
事態は常に最悪を想定すべきだ。
確実にレミエーレでは竜胆すら抑えきれない動きがあり、その矛先はシーナ達に向いている。
そう考えた場合、クラウスだけではシーナを守りきれるか。
思案を重ねるが、自身が率いるギルド金鹿の蹄の全戦力でも、想定する相手からはシーナを守りきるのは不可能だ。
「……確実に逃げられる保証はあるのか?」
「クラウス……」
「さてな。正直な話、あんたらの相手が何なのか。オレは知らんから、答えようがない」
「でもさ、カジハラはシーナが逃げたら勝ちみたいな事言ってなかった?」
「逃げたら勝ちじゃねえよ。逃がせたら勝ちだ」
「逃がせたら勝ち? どういう事だ?」
現在のクラウスの最大目標はシーナと仲間達の安全確保と、この国から脱出。もしくは、ファン・ロンの企みの成功による安全確保だ。
ただ脱出するだけなら可能だが、クラウスの考えが正しければ、その場合は国家間の戦争に繋がる。
そうなれば、自分達は戦力として前線に出る事になり、シーナを守る事は難しくなる。
かと言って、ファン・ロンの企みに関わっても、結局は戦いとなる。
そして、クロート達とこの中央大陸から逃げたとして、シーナの安全を確保出来るか。これはクラウスの勘が告げている。無理だと。
竜胆の考えでは、中央大陸に居る事が危険だとしているが、何か違和感というか引っ掛かるものがある。
言葉に出来ない違和感、まるでそうある様に仕向けられている様な気味の悪さ。
だが、方針を変えられる程の違和感ではない。
言ってしまえば、現在のクラウス達が取れる手は一択のみ。
どうやって、何処に逃げるか。
これしかない。
相手の情報も戦況も何もかもが足りない現在、全ては魔女の手の上。
となれば、取れる手は可能か不可能かは置いて二つになる。
思惑通りに踊るか、思惑を超えて全て御破算にするかだ。
「……なあ、依頼はシーナを逃がすか援護だと言ったな」
「ああ、そうだ。だが、オレ達を戦力としては数えるなよ。戦闘は専門じゃない」
「そうか。お前達は〝探索者〟か」
「こっちではそう言うみたいだな」
「なら、俺から依頼だ。この国の地理を把握してくれ」
「……お仲間は信用出来んのか?」
「いや、信用の可否じゃなく逃げ道が欲しい」
クラウスの言葉に、クロートの防毒面の奥の目が細まる。
クロート達の得手は確かに探索、この国の地理の把握という内容を今提示したという事は、この町と周囲の事を判断して、早くて三日はかかる。
「えーと、期限は?」
「お前達の腕次第だが、最短で五日。今の情報ではこれが限界だ」
「報酬は?」
「魔女の提示額の半分、出来次第で追加でどうだ?」
「……必要経費と戦闘発生時の手当ても追加だ」
「了解、それはそちらの言い値で払う」
「なら、成立だ」
クロートが義腕ではない右腕を差し出す。
「少々訳ありで、済まんが手袋は外せん」
「構わん」
「クラウス、終わった?」
「ああ、これでこの二人は俺ら側だ」
「リンドーが追加出してきたら、そっちにつくけどね」
「いいよ」
ヤシリツァの軽口に、シーナも軽く言う。
「竜胆が追加を出しても、竜胆ならこっちの味方だから」
「……信頼してるんだな」
「竜胆は仲間や友達を見捨てない。それを思い出しただけ」
一度は恨んだ。だが、麻野と浜名が来てくれたから、それを思い出せた。
竜胆は一度でも懐に入れた相手は、絶対に手離さない。
それが竜胆の厄介さであり、最大の弱点だ。
「さて、となれば面通しをするか」
「だね」
「では、私は先行して伝えて参ります」
「ギルド長! シーナさん!」
そうリラが宿に戻ろうとした時、息を切らせたアーネストがやって来た。
「アーネスト、お前どうした? 転んだか」
「違う! 麻野の姐さんが誘拐された……!」
アーネストの報にリラは目を見開き、クラウスは自身の予測の甘さを恨んだ。
「え?」
そして、シーナは呆然としながら、ただ立ち尽くすだけだった。
計画はどうなっている
多少の差異はあれども問題は無しよな
天子様の行動もか?
左様。天子様なら動くと見ておったわ
ならば何故、対策を講じなんだ
それが必要と思ったからに過ぎぬわ
それで計画が崩れたらどうする
心配は無用、それ故に我らがこちら側に居るという事
……そうだったな
そうだ。我らの目的は同じ。皇国の栄華よ
あの冒険者の女はどうする?
天子様が気に掛けておられる。無用な手は控えた方がよかろう