9話 特別
GW明けの朝、俺とみやびは早朝トレーニングを終えて朝食を摂るために食堂に来ていた。
ちなみに早朝トレーニングとは、みやびが毎日走っているのを知ってから、より鍛えられるようにと俺が考えたプログラムであり、主に体力作りを集中的に行っている。
「だいぶ体力もついてきたなみやび。この調子なら練習メニューももう少しレベルをあげても良いかもな」
「そうかな?悠斗くんの教え方が上手いから…」
「いや、みやびが頑張っているからだよ。みやびは自分が思っている以上に凄いんだから」
これはまぎれもない本心である。確かに基本的な力はまだまだだがそれでも俺の考えだプログラムを一生懸命こなしているのは間違いなくみやびの努力故であるからだ。
「悠斗くん…。ありがとう」
みやびは少し顔を赤く染めて嬉しそうに頷いた。
骨折数ヶ所、全身の至るところに裂傷、打撲は数えきれず、《超えし者(イクシード)》の治癒力含めて全治一ヶ月。常人なら全治数ヶ月はくだらない。
虎崎 葵が《新刃戦(しんじんせん)》の裏で有望な新人ルーキー狩りをしていた月見 璃兎によって負わされた怪我の診断結果だったはずだ。
「なんでトラが教室ここにいるんだ?」
モーニングコーヒーを飲み終えた俺とみやびが教室に向かっている途中で合流した透流が教室に入ると同時に、見慣れた小柄な男子が机に突っ伏して寝ているのを見つけて呟いていた。
「……退院してきたからに決まっているだろう、このバカモノ」
透流の呟きに耳聡く反応したトラは欠伸をしつつ伸びをした。
「…確か退院まで後十日はあるって聞いてたんだけど?」
「ふんっ、いつまでも休んでなどいられるか」
GW中に一度学園敷地内にある病棟へみんなで見舞いに行ったが、門前払いを食らった為、看護師に怪我の状態と退院予定日を聞いていた。だがトラは聞いていた予定よりも早く強引に退院してきたらしく、その事を俺が確認の意を込めて問うと簡潔な答えがトラから返ってくる。
「お前なぁ…無理して怪我が悪化したらどーすんだ?大人しく寝ておけって。体を休めることだって大事なんだぞ。そもそもちゃんと寝ないからそんなちっこいんだよ。よく言うだろ?寝る子はなんたらって」
「誰がちっこいか!!」
おちょくりに対するトラの叫び声に後ろで聞いていたみやびが驚き、怯えるように俺の後ろへと隠れる。
「おいトラ、そんな急に怒鳴んなって、みやびがびっくりしちゃってるだろ」
「あっ…スマン」
俺の言葉にトラは謝った。
「大丈夫だみやび。今のは俺にツッコんだだけだから」
「う、うん…」
怯えるみやびに俺は優しく声をかけた。
「しかし本当に大丈夫なのか?彼女にやられたキミの傷は相当なものだった。天峰の言う通り、無理はしないほうが身のためだと思うぞ」
「その言い草からすると、お前も事情を知っているということか?」
「俺、みやび、巴、梓、後は透流とユリエが知ってる」
トラの問い掛けに俺は頷いた。
俺が璃兎を倒した後、トラとタツの応急手当を終えた三人とその三人に合流した、俺とユリエが合流した。その時全ての事情を話していた。
「そうか、僕に応急処置を……。橘、穂高それに梓も、助かった。感謝する」
トラが頭を下げた。
「…………」
その様子を見ていた透流がポカンとしていた。
「……透流。その顔は何だ?」
「驚いてる」
「どうして驚いているのですか、トール?」
「いやあ、トラが人に頭を下げてるから……」
「その程度で目を丸くするなっ!僕だって本当に感謝をするときは頭くらい下げる!」
「だってトラだぜ!?」
「貴様の中で僕はどんな扱いだっ!!」
「トール、トラ。ケンカはよくありません」
「くすくす、ケンカじゃないから大丈夫だよ、ユリエちゃん」
透流達の言い合いにみやびは小さく笑い、「そうなのですか?」と尋ねるユリエに頷く。
だがよくわからないと首を傾げたユリエ。
そんな会話をしていると、チャイムが鳴りみんながそれぞれの席へと戻っていった。
その時、俺はあることに気づく。
(そーいや俺たちの新しい担任ってだけだ?)
璃兎は捕縛されいる為、担任の任は外されているはずである。
(まさか三國先生だったりして……)
ガラッ
「おっはよーん♡GWは楽しかったー?まさかと思うけど遊びすぎて課題をやってこなかったイケナイ子はいないよねー?いるんだったらすぐに手をあげなさーい♡」
「ーーっ!!」
鳴り終わったチャイムを合図に教室へと入って来たウサ耳を目の当たりにして、俺たちは立ち上がる。
それぞれが己の胸に手を当て、《力ある言葉》を口にしようとした刹那ーー
「授業が始まります。席に座りなさい」
璃兎に続いて教室に入って来た三國の言葉に、思い留まらざるを得なかった。
「聞こえなかったのですか?九重くん?他の七人も。授業が始まりますよ」
再び着席を命じられた為、俺たちは困惑しつつも腰を下ろした。
あの襲撃が嘘だったかのようにこれまでと変わらない脳天気そうな笑顔でHRを始める璃兎。
そして俺はただただ困惑する透流達と様々な可能性を頭に浮かべて溜息をついた。
「さてさて☆連休直前に行った《新刃戦》についてだけど、見事に勝った人も残念ながら負けちゃった人もみんなお疲れさまぁ♪ちょーっとハッスルし過ぎて怪我をしちゃった人も何人かいたみたいだけど、今のみんなの力を見せて貰えて先生大満足だよっ♡」
数名ほど怪我をしたの部分で反射的に誰のせいだと口を開きかけた者がいるものの璃兎はぱちりと片目を瞑りつつ口元へ指を当てる。
あの襲撃の件は秘密、ということらしい。
「ーーと言うわけで事前に説明していたとーり、成績の良かった《絆双刃(デュオ)》は特別賞与として《昇華の儀》を土曜日に受けることが出来るから。えーっと、受けられるのはーー」
そうして璃兎によって告げられた《絆双刃》は透流&ユリエ、俺&みやび、巴&梓、トラ&タツ、他ニ組の《絆双刃》だった。
どうやら三勝以上が特別賞与の目安との事。
本来なら《昇華の儀》を受けられる事を喜んでいるはずだ。だがそれどころではないというのは俺たちの共通意識だった。
その後は今後の授業の事や下旬に二年生と行う交流試合、七月には臨海学校がある旨を伝えられ、チャイムを合図に璃兎は教室を退室し、入れ替わりに入ってきた一般科目の教師が授業を始めた。
「あれはどういうことだと思う、九重、天峰」
休み時間になるとあからさまに戸惑った表情を浮かべ、巴が話しかけてきた。
その横には梓が、俺の隣にはみやびが、前の席からはトラとタツが振り向いて俺と透流に視線を送る。
「ここでは誰かに聞かれる。ひとまず廊下で話すぞ」
俺はみんなを廊下へと促し、念には念を入れ、教室から多少離れた場所へと移動し、口を開いた。
「なぜ月見が俺たちの前に再び現れたか。考えられる可能としては雇い主を変えたか、もしくは…」
「くはっ、流石じゃねぇか」
俺がありえそうな可能性を話していると、唐突に話題主の声が乱入してきた。
驚きと共に声の聞こえてきた窓へと視線が集まった。
俺たちの視線に応えるかのように底意地の悪い笑い声が響き、何故か逆さまで璃兎の顔が現れた。
「おら、窓を開けろよ。中に入れねーだろ。お前らの疑問に答えて欲しかったらとっとと開けろっつーの」
俺はそんなことを言う璃兎の言葉に渋々従い、窓を開けると璃兎が入ってきた。
「なら答えて貰おうか。さっき流石って言ったよな?」
「あぁ」
「つまり雇い主を学園側に替えたって認識で間違いじゃないな」
「そーゆーこった。こうして教師を続けているのが何よりの証拠ってわけだな」
そう言いながら璃兎はヘラヘラと笑った。
「…………。俄には信じ難いけど、状況を見るにそうなんだろうな」
「だぁめだよ、九重くん☆先生にはきちんと敬語を使わないとねっ♡」
「……もう少しで殺されそうになった相手に無理を言うな」
「くはっ、死ななかったんだから堅苦しいこと言うなっての」
「だったらあんたも敬語を使えなんて堅苦しいこと言わないでくれ」
「っ!まったくだ!!いいセンスしてるよ、《異能(イレギュラー)》!!くぁーっはははは!!」
腹を抱え、膝を叩いて璃兎はどっといきなり笑い出した
その二人の様子を俺たちはただ呆然と見つめていた
「で、おめーら疑問はどうしたんだ?。アタシも暇じゃないんでね」
やがてその笑いが収まると愉しそうな表情を 浮かべた璃兎は腕を組んで壁に寄り掛かる
「……ならば僕からーー」
「依頼主の詮索なら辞めとけトラ。どうせ守秘義務とかで名前なんざ教えてくれないさ。まぁ正義を掲げる国とかって曖昧な回答ぐらいなら返って来るだろうけどな」
俺の言葉にみんなが驚きを隠せずにいた。
「それって……」
「まさか……そんなバカな。国家が出てくるような話だと言うのか……」
「よーく覚えておきな。どこの国にも”暗部”ってもんがあるんだよ、なぁ…」
そして、さりげなく俺の方を見つめながら言葉を続けた。
「でなけりゃ秘密裏とはいえ、ナノマシンで化け物製作っつー”非人道的行為”なんて出来るわけねーだろ」
「……」
巴の言葉に戯けるように肩を竦めた璃兎。
「ま、どこまで信じれるははおめーらの好きにしてくれや。……さてっと、そろそろ休み時間も終わっからまた後でな。授業には遅刻すんじゃねーぞ」
ひらひらと手を振り、璃兎は俺達から背を向けて去って行った。
《昇華の儀》が行われる土曜の朝。
HRが始まり、璃兎が転校生を紹介すると口にした直後、教室の空気が止まった。
教室に入ってきたのは黄金色の髪(イエロートパーズ)
と蒼玉の瞳(サファイアブルー)を持つ外国人の美少女だった。
髪と瞳以外にも出るところは出て引っ込むべきところは引っ込んだ海外女優顔負けの魅惑的なスタイルには、男子のみならず女子までもが溜息を吐いた。
加えて気品と色香を漂わせており、赤い紅を差した唇がそれをより強調させていた。
(あいつは……確か…)
しかし俺だけは別のことを考えていた。なぜなら彼女は自分が学園に入学する前から知っていた人物だからである。
「あんたが《異能》ーー九重 透流ね」
そんな彼女が片手を腰に、もう片方の手を透流の机に置いて発した第一声がこれだった。
「あ、ああ九重 透流は俺だけど」
急に顔を近づけられて透流は顔を赤くしながらそうか答えた。
「オッケー。九重 透流、ちょっと付き合いなさい。」
返答に満足気に頷いた黄金の少女は命令口調で告げ、自分の意思が通る事が当たり前だとばかりに、踵を返して歩き出した。
「お、おいっ。いきなり付き合えって言われても今は…」
「…二度も言わせないで」
透流の戸惑いの言葉に足を止め、振り返って一言。
「あのー、まだHRの途中なんだけど……」
静まり返った教室で、最初に口を開いたのは璃兎だった。
「特別に許可して貰えるわよね、月見先生」
「……どうぞー☆」
一瞬、額に筋を浮かせつつも、璃兎は黄金の少女の勝手を許可した。
「…透流に用があるならここで良いだろ」
しかし、トラは彼女の態度に納得がいかないのかそう言い返した。
「貴方には関係ないことよ。私は雑音(ノイズ)のないところで話したいの」
「くっ…」
「…分かったよ。ユリエ、ちょっと行ってくる。後でノート見せてくれ」
その言葉を聞いて仕方がないと思ったのか透流は立ち上がり、少女の後に続いた。
「と、その前に…」
すると彼女は一度立ち止まって
「イギリス校から転校してきたリーリス・ブリストルよ。ファーストネームで呼ぶことを貴方たちに《特別》に許可するわ」
自らの名前を告げた。