翌週、任務に向かう俺たちは朝から出立することとなった。ヘリとリムジンで現場に向かうする俺たちと違い透流たちは直接内偵先へ向かうのではなく、一旦新幹線で名古屋方面へ向かい、そこで服や髪型等のコーディネートをした上で用意された車で移動という流れとなる。透流たちと別れる駅にいると今回の任務には不参加のみやび見送りに来てくれた。
「悠斗くん、また無茶はしないようにしてね」
「わかってるわかってる。よほどのことがなければ俺だってそこまで馬鹿じゃないよ」
心配そうに俺を見つめるみやびに俺は笑いながら言葉を返した。
「透流たちも気をつけろよ、今回の任務はかなり危険みたいだからな」
「わかってるって悠斗」
「透流も巴もこれは任務なんだから、間違ってものめり込まないよう注意しなさいよ」
結局、透流と橘は夫婦としてではなく恋人同士ーーーそれも将来を誓い合った婚約者という形で内偵先へ潜り込むこととなったのだ。
「心配無用。私と九重は良き友人なのだからな」
「その一線も、男女が一晩一緒の部屋で過ごすとなれば簡単に越えるかもしれないでしょ」
そう、《狂売会》は二日間に渡って開催されるため、内偵調査次第ではあるが一晩をともに過ごすこととなっているのだ。
「いいなぁ…わたしも《III(レベル3)》になれば、悠斗くんの婚約者役が出来るのかな?……うん、きっと出来るよね。頑張らないと……!」
みやびは自己完結して気合を入れているが、再び今回のような任務が今後あるかどうかは不明だ。
ただ…
(みやびと夫婦か……)
一軒家で目が覚め…リビングに向かうとエプロン姿のみやび…そして俺たちに似た小さな…
(うん…絵になるかも…/////)
そんな未来を密かに考えていたのは秘密にしていた。
「さて、そろそろ時間ね。行くわよ天峰、ユリエも」
「ああ。それじゃあ行ってくる」
「トールも気をつけて」
俺たちはヘリに向かおうとすると
「あっ……!」
みやびが声をあげ、足を止める。
「ゆ、悠斗くん……。これを……」
言いながら、みやびはポケットから何かを取り出した。お守りだ。
「先週、出掛けた時に買ってきたの。悠斗くん、いつも怪我をして帰ってくるから……だから、無事に帰ってきますようにって」
「みやび……ありがとう」
いつもという部分に苦笑が漏れるも、俺を案じてくれる気持ちは嬉しい。
「って、旅行安全?」
「う、うん……。旅行中の安全と、無事に帰宅出来ますようにって」
旅行じゃなくて任務だけど、と今度はみやびは苦笑いをした後ーーー
「行ってらっしゃい、悠斗くん。無事に帰ってきてね」
俺にお守りを渡そうとして、再び「あっ」と声を上げる。
そしてーーー
「…………」
お守りに、キスをした。
「はい、悠斗くん」
「え……あ、ああ。ありがとな」
顔を真っ赤にしながら差し出してくるみやびに、俺も少し照れながら受け取る。
「いちゃつくのは構わないけど早くしなさい」
後ろからため息を吐きながらリーリスが声をかけた。
こうして俺たちは任務に赴いた。
「さて…《666(ザ・ビースト)》ねぇ…」
俺たちはドレスアップを済まし、リムジンに乗り換え会場へと向かっていた。リムジン内で俺たちは《666(ザ・ビースト)》について調べていた。
「数百年以上の昔から存在する秘密組織か…歴史だけならボンゴレ以上だな…」
「マフィアとしての勢力なら間違いなくボンゴレはトップクラス、だけど《666(ザ・ビースト)》は勢力としても歴史的にもボンゴレと同等の力を持っているといっても過言じゃないわ」
資料に目を通す俺を見てリーリスは説明する。
「天峰 悠斗、貴方の強さはあたしもよく知っているわ。でも今回は派手に暴れるようなことは極力避けなさい、でないと本当に死ぬわよ」
リーリスはいつもとは違う真剣な顔で俺に警告した。
「貴方もよユリエ、出来る限り穏便に」
「ヤー」
リーリスの言葉にメイド服のユリエも小さくうなづいた。
「わかってるって、俺だって絶対に死ねない理由があるし…自分の命を軽んじるようなことはしねえよ」
「それがわかっているなら良いわ」
「あぁ、お互い気をつけようぜ」
そう言うと俺は胸ポケットからみやびのくれたお守りをしっかりと握った。
「ふふっ、本当にみやびにメロメロね」
「まあな、付き合ってからますます好きになってるのを自覚しちゃうよ。人生ってのは本当にわからん」
本当にわからない、かつて裏社会で《天狼》の名で恐れられた俺がいつしか信じられる仲間を手にし、さらには恋を知る日が来るなんて思いもしなかった。
「だからこそ……死ぬわけにはいかない、そしてこの幸せを必ず守る」
俺は改めて覚悟を露わにした。
「皆さまお静かに。到着しましたので、気持ちを切り替えて任務に臨んで下さい」
「「「……っ。」」」
運転手に諭されて前を向くと、湖畔に佇むホテルが迫っていた。近隣に建物は無く、ホテルの周囲は高い壁で覆われている。その壁を背に、等間隔で黒いスーツに身を包んだ男たちが立っている様は、これからここで何かがありますと宣言しているとしか思えなかった。今夜、そして明晩と二日間に渡って、《狂売会(オークション)》が行われる会場を前に、ほどなくして車はホテルのロビー前で止められ、運転手が外に出てドアを開けた。
リムジンを出て周囲を確認すると、従業員以外の姿が多く目に入った。《狂売会》に参加するであろう他の客もだが、それ以上に目に入るのはさっき外で見た黒服の男たちだ。視界に映っただけでも相当な数が見て取れ、突然のことではあるが警備はかなり厳重だとわかる。ホテルに入ると、そこは豪奢という言葉がそのまま当てはまる内装で、思わず気後れしそうになったところでーーー
「ん?あれは…」
視線の先には透流と橘がフロントでキーを受け取り部屋に向かおうとしていた。
(どうやらうまく入れたようだな)
俺が少し安心していると
「……お客様。本日より二日間は特別な催しが行われるため、招待状をお持ちの方のみとさせて頂いております。大変失礼ではありますが、招待状はお持ちでしょうか?」
入り口傍に立っていたホテルマンに呼び止められた。
「招待状?持ってないわ」
「俺もだ」
今回の任務において、俺たちに招待状は用意されなかった。突然、対立する組織の重要人物が現れるーーーそのインパクトを重視してのことだ。ただし俺たちの顔や名前についての情報は、ホテルマン程度の立場では知らなかったようでーーー
「招待状をお持ちでないのでしたら、申し訳ありませんがーーー」
「リーリス=ブリストルが来た。支配人にそう伝えて貰えるかしら」
「で、ですが……」
「二度は言わないわ」
気圧されたホテルマンは困惑した表情でフロントに向かった。
「すげーな、今ので本当に入れるのか」
「問題ないわ」
リーリスは自信ありげに俺の質問に返す。
リーリスのやり取りを見た多くの人たちが目を離さずにいた。
その後、俺たちは支配人と思われる男の許可を得て改めてホテルに入った。
《狂売会(オークション)》は夜ーーーダンスパーティーの後に開催される。俺たちは時間がまだあるため一旦部屋に行きくつろいぐと、それぞれパーティー用の衣装に着替えるために、一旦別れた。
さほど間を置かず、燕尾服に着替えて待ち合わせ場所へ。
俺はリーリス達を待ちながら壁に背を預けて会場へと向かう人を観察する。人種年齢性別は様々だ。華やかなドレスをまとった美女、穏やかで人の良さそうな紳士、厚化粧をして真っ赤なルージュが悪目立ちした老婆、太い指に宝石のついた指輪を幾つも嵌めた小太りの男ーーー様々な人物が会場内へと入っていく。
(こいつら全員《666》関係のやつらか……)
彼らは皆、《666(ザ・ビースト)》に少なからず縁故を持つ者だ。
「ん?お前会場に入んねえの?」
突然声をかけられたのでそこを見ると、ダンスパーティーの衣装とは思えない動きやすそうな服に背中に布を巻いた何かを背負った同年代くらいと思える少年がこちらに近づいてきた。
「え…あぁ、エスコートする相手を待っているので…」
警戒されるとまずいと考えて俺は慌てて説明した。
「あーそっかー、まぁエスコートってメンドくさそうだけどせっかくのパーティーなんだからお前も楽しめよ」
男は気さくな笑みで俺に肩組みしてきた。
(なんか凄えフレンドリーに話してくるけど…悪い奴じゃ無いのか?)
「そうそう、俺はナーガってんだけどお前は?」
「え?あ、あぁ俺は…」
「ナーガ様っ!!こんなところにいたのですか!?」
すると、黒髪に褐色肌で藍色のドレスに身を包んだ女性が慌てながらこちらに走ってきた。
「会場に入るにはドレスコードが必要だとあれほどいったではありませんか!!」
「えー…だって動きにくいと思ったからさ…やっぱ必須か?」
「必要不可欠です!!さぁ早くこっちにきてください!!」
「待てってそんな引っ張んなかったって自分で歩けるから…」
女性はそのまま男を引っ張って連行していった。
「なんだったんだ…今の?」
「どうしたの天峰 悠斗?」
すると、赤く派手なドレスに身を包み、メイド服のユリエを連れたリーリスがこちらに来た。
「ん?あぁなんでもねえ。」
「そう、じゃあさっさと入るわよ」
「はいよお嬢様」
俺はリーリスの後ろにつき、そのまま会場に入った。
すると、会場内がざわめき起きた。ダンス中だった人たちですら踊ることを止めてこちらを見る。まぁそうだろう、《狂売会(オークション)》の主催となる《666ザ・ビースト》にとって敵対組織と言っていい存在、ドーン機関の《三頭首(ケルベロス)》が血族の少女が会場に足を踏み入れたのだから。さらに言えばイタリアを拠点にした最大のマフィア、ボンゴレファミリーの守護者たる俺までいるのだ。ボンゴレを知る者としては驚愕ものだろう。
リーリスは一礼し、会場内へと踏み入り歩を進み始める。情熱的な色のドレスはリーリスの黄金色の髪と見事にマッチし、これ以上ないくらいに派手で人目を引く。優雅な足運びや周囲への礼といった作法など端々から一流の教育を受けているのが伝わってくる。
(さすがは本物のお嬢様だな……)
俺がそう考えているといつの間にか俺たちは人だかりに囲まれていた。1人の男がリーリスを踊りに誘い、リーリスはそれを引き受けていた。すると、
「あの…もしよろしければ…」
突然声をかけられ、振り返ると美しいドレスを纏った女性が話しかけて来た。
「私と踊っていただけないでしょうか?」
「自分とですか?えーと…」
「構わないわ、引き受けなさい」
突然リーリスが命令して来た。そして、俺の耳元に口を近づけると
「こういうところでは周囲に馴染んだ方が安全よ」
小声で俺にそう囁いた。
「わかりました、自分でよければ」
俺が引き受けると女性は嬉しそうにし、俺たちはダンスを踊り始めた。
「ねぇ、あのお方…とても素敵な方ね」
「本当…どこから来た方なのでしょう…」
「あとでお声をかけましょう…」
周囲の女性たちは悠斗を見ながらうっとりしていた。
その後もなぜか多くの女性に囲まれてダンスな誘われた後、色々と質問された。どこから来たのかだの好みの女性はどんなだの今後の予定はどうなのかだのとひたすら聞かれた。
(うぅ…みやびが来なくて正解だったな…)
みやびに嫌われたら俺は生きていけないかもしれない…そう思った俺であった。