「みやび、今度の週末なんだけどどこ行くか?」
「えっと…それじゃあ……」
特訓を終えた俺とみやびは週末の予定を話していた。
週末が近づくにつれ、学内には解放感が満ちてくる。厳しい訓練も週末には行わず、自分の時間を満喫出来るからだ。
「……少しいいですか?」
突如、俺たちの背後に三國が現れた。
「……何か用か?」
「理事長より、新たな任務について話がありますので貴方たちをお連れするように、と」
「……わかった」
承諾すると、三國は静かに笑みを浮かべた。三國に連れられて理事長室へ向かうと、室内には黒衣の少女や透流とユリエ以外にもリーリスと橘に梓、トラの姿が視界に入る。
「天峰くんと穂高さんをお連れしました」
「ご苦労様、三國」
僅かに目を細める朔夜を見つつ、俺たちは《魔女(デアボリカ)》の試練かどうかについて思考する。
(みんなが居るってことは、今回は任務ってことか……?)
リーリスはさておいて、橘と梓にトラ、さらには今回新たに《Ⅲ(レベル3)》になったみやびが居るのなら通常の任務の可能性が高い。
《狂売会(オークション)》から学園に帰ってきてからの任務は全て《666》の関する任務を行っていた。主な内容は《獣》との戦闘だ。戦闘を重ねるうちにいろいろと考えることがでてきた。
《狂売会(オークション)》以降に就いた任務は五回、そのうち《魔女(デアボリカ)》の試練は二回____
一回は俺と透流とユリエの三人だけで任務を命じられ、もう一回は事情を知るリーリスを加えた四人だった。
だが、《狂売会(オークション)》の一件____橘が巻き込まれたことを考えると、任務内容について聞き終わった後に問うべきだろう。
その朔夜はと言うと、俺たちの顔を見回した後____
「社会とはーーーその大小に拘わらず、必ずや閉鎖的な一面を持つものですの」
奇妙な前置きを口にし、新たな任務について話し始めたりそれはこれまで、さほど多くはないとはいえ俺たちが受けた任務とは、随分と毛色が違うものだった。
日が傾き始め、空の色が濃さを増してきた頃ーーー俺たち八人は私服に着替え、電車に揺られていた。
無論、遊び目的ではなく、任務先へ向かってのことだ。
「いつ終わるかわからないっていうのは面倒な話よねぇ……」
「ふふっ、そう言うな。護陵衛士(エトナルク)の任務は多種多様だと、理事長も言っていただろう」
言葉をそのまま態度に表して大きく息を吐くリーリスへ、橘が苦笑しつつ言う。リーリスは「それはわかっているけど、抱く感情は別物なのよ」と返事をしていた。
「あまり任務だって意識しないで、気楽にやろうな」
俺たちは皐月さつき繁華街へ遊びに行く学生として、これから毎日放課後になる度にこうして電車に揺られることになる。帰りは所定の場所へサラが迎えに来てくれることになっている。
「ふんっ、その話はここまでにしておくんだな。着いたぞ」
「行こう、悠斗くん」
ドアが開くとトラが、続いてみやびがホームへと降り立つ。
俺たちも後に続き、改札を出ると目的地である街____皐月へと到着した。
皐月市____県北西部に位置し、複数の路線が乗り入れるこの街には、数多くの商業施設が構えられている。
特に活気と賑わいに満ちたアーケードには、日々多くの若者が集まっているとのことだ。
そんな街へ俺たちが派遣された理由は、まさに若者という部分がキーワードとなる。
今回の任務は、その世代を対象に情報収集することが主となっているからだ。
「えーと……どっちだっけ?」
「こちらだ、九重」
駅から繋がる歩行者専用高架通路(ペデストリアンデッキ)に出たところで足を止めるも、橘が先頭に立って歩き始めた。迷いなど微塵も感じられない歩調から、最初の目的地となるアーケード街までの地図は頭に叩き込んであるのだろう。先を歩く橘の背中を追う。
「それにしても、結構大きな街だな……」
「うん。それに、とても綺麗だね」
クリスマスが近いという時期もあってか、高架通路には大きなツリーが配され、街もいたるところが華やかなイルミネーションで飾り付けられている。
学園の敷地内では決して味わえない雰囲気ーーー流れてくるクリスマスの楽曲の中を多くの人が行き交う雑踏、どこからかシャンシャンと響いてくる鈴の音の中をある歩いていくと、ものの数分もしない内に本日最初の目的地となる皐月三番街アーケードへと到着した。
「さて、まずは三番街とやらに着いたわけだがーーー」
これからまずどこへ行こうか、と言おうとしたそのときーーー
「ってーじゃんか!放せよテメー!」
さっき通り過ぎたばかりのアーケード入口方面から、女の子の怒鳴り声が聞こえてきた。あきらかにトラブルであろうことが察せられる内容に、俺と透流は踵を返して歩き出す。
「お、おいっ、透流っ悠斗!?」
トラが慌てるも俺たちは既に入口へと戻り、先程の声の主を視界に収めていた。入口近くにある少し暗めの横道で、俺たちと同い年くらいの女の子が、長髪の男に腕を掴まれていた。傍にはもう一人、男の仲間らしき巨漢が事の推移を見守るかのように立っている。
「放せよ!金玉潰されてーのかよ‼︎」
「うるせーぞ、このバカ女!テメーらベラドンナがーーー」
「おい、やめないか!!」
長髪が拳を振り上げた瞬間、俺はやめるように声を発し駆け寄る。
「「何だよ、テメーらは⁉︎」」
男女双方の声が、俺の姿を認めて重なった。
「ただの通りすがりだ」
「関係ねーやつはすっこんでろ!」
「いいや、こうやって割り込んだ以上は関係者ってものだろ」
俺の言葉に透流も続いた。俺は長髪に近づき腕を掴む。
背後でトラが頭を抱えているだろうが女の子を乱暴にしているところを見てしまったら無視するわけにはいかない。
「その子を放してやれ」
声を少し低めにして威圧するように言う。一瞬、長髪がびくりと体を震わせ、女の子を掴んだ手から僅かに力が抜けた。女の子はその瞬間を逃さず、手を引くことで長髪から逃れーーー
「よくもやりやがったな、このクソヤロー‼︎」
と叫ぶや否や、長髪の脛を蹴り飛ばす。
(えぇ〜〜〜……なんで火に油を注ぐのこの子……)
その行為に俺は唖然とするしかなかった。
「ぐぅっ!つぅ……このクソガキ……‼︎」
「は……?」
「ざまぁねーな!あはははっ!」
女の子が大きく声をあげて笑う様は想定外で、透流も思わず目を丸くする。
「いい加減にしろ、女」
怒りを内包した低い声で言うと、巨漢がゆっくりと女の子に近づこうとしーーーしかし、俺たちは二人の間へと立つ。
「まだ邪魔するつもりかよ!」
長髪の怒りが俺たちに向いたところで背後に視線を送り、行けとあごで示す。女の子は中指を立てて「テメーらこそ消えちまえ‼︎」と叫ぶと、アーケードの中へと駆けていった。
「くそっ、テメーらのせいで……‼︎」
ここでようやく脛の痛みから立ち直った長髪が、歯軋りをしつつこちらを睨みーーー次の瞬間、俺に拳を振るった。
ガッ!!
その拳をわざと喰らう。今の俺にとって、一般人の拳を受けてもダメージは皆無に等しい。微動だにせず、長髪に告げた。
「今のは、あの子が蹴った分としておく。だけどこれ以上続けるつもりなら、次はこっちも手を出させてもらう」
言いながら圧を放つと、彼らの表情が変わる。
「……やめておこう」「お、おいっ……⁉︎」
首を振って肩を掴む巨漢に、長髪は苛立った様子を見せるもーーー舌打ちをし、踵を返した。
「悠斗くんっ大丈夫?」
「蚊に刺されたようなもんだ」
そっと俺の頰に触れたみやびは「それならいいんだけど…」と心配そうに俺の殴られた頬をさする。
「まったく、貴様らは…まずは目立たぬように、この街へ入り込まなければいかんだろ…」
「そうですよ、潜入調査の基本は目立たないことです。」
トラはため息を吐きながら頭を抱えて梓も注意した。
「い、いやぁ、ははは……」
「ユリエやリーリス、あと悠斗が居る以上、目立たないようにするのは無理があるんじゃないか、とか……」
「自然に目を引くのと、騒ぎに首を突っ込んで目立つのは別物だ、バカども」
ぴしゃりと言われ俺たちはそれ以上何も言えなかった。
「おいっ!!喧嘩の現場はどこだ!!」
突然声が聞こえそちらをみると人相の悪そうな中年の警察官がこちら側に走ってきた。
「………やべ、さっさと雲隠れしよう」
「……そうだな」
俺たちは警官に気づかれないようにそっとその場を立ち去った。
(マジで今度から軽率な行動は控えよう……それにしても……いきなりあんなトラブルとはな……)
自分から首を突っ込んだとはいえ、到着して早々にトラブルに遭遇することになるとは思わなかった。
今回、俺たちに与えられた任務は、《禍稟檎(アップル)》と呼ばれる《666(ザ・ビースト)》が生み出した脱法ドラッグの情報を得ることだ。そして情報を得る対象は俺たちと同年代だということだ。