あの後、何だかんだ帰る家が無い球磨川は、追い出されるギリギリまで塔の中でダラダラと過ごしていた。安心院からの手紙には《魔法騎士団に入りなさい》と書いてあったが、その入団試験が半年後となるとすぐに済ませて帰るというわけにはいかなくなる。今から半年後まで、一体どうやって生活したものかと追い出された塔の入口の目の前でしゃがんでいると、すぐ近くから声がし始めたことに気がついた。
『ん…?なんだあれ。カツアゲ?』
興味の赴くままに覗いてみると、鎖でぐるぐる巻きにされている少年と、あからさまに鎖で拘束している大人が何やら争っているのが見えた。いや、争っているというか、片方は拘束されているのだから、既に決着はついたようなものだったのだが。
『どうしよっかなー、助けに入ろうかなー』
胡座をかいて観戦の体制に入ってから5分間ぼうっと見ていたが、男が逃げ去ろうとしたのを見てそろそろ頃合かと飛び出そうとした――飛び出そうとした。
突如、少年が場に飛び出した。慌てて元の位置に戻り、様子を伺う。少年はまっすぐ男に突っ込み、もう少しでその手が届かんとしたところで、少年と同じく鎖に囚われてしまう。
『あっちゃぁ…ってあれ、あの子ってさっきの子?何も貰えなかったっていう』
球磨川が偉そうに言えたことではないが、確かにその子は先程の魔導書を貰えなかった少年に違いなかった。
『うん、咄嗟に隠れちゃったけど、そろそろ助けに行かなきゃだよね。二人とも捕まっちゃったし、ここまで見ておいて彼らを見捨てて帰るなんていう選択肢はないよね。その帰る家自体もないけれど』
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「まだだ……!!」
諦めない。あれはユノの物だ。絶対に返してもらわなければ。
身体が軋む。それでも、諦めるわけにはいかない。諦めない…!
(この剣で、あいつを斬る!)
アスタは思い切り振りかぶり、そのまま切りかかろうとしたが、突如ぐわっと視界が傾いた。一瞬で鎖で体中をぐるぐる巻きにされてしまう。
「なんで!?」
「不思議そうな顔してるな?
男はざっと前髪をかきあげ、己の勝利を確信し笑みを浮かべながらアスタに近づいてくる。
「ま、お前らには悪いが、これが大人の世界だ。運が悪かったと思って、諦めな…ッ、あ?」
レブチが立ち去ろうと背を向けた瞬間、突然衝撃と異物感がレブチを包んだ。やがてそれは激痛へと変わる。
「だっ…れだ!?」
『やれやれ、駄目じゃないか。人から物を盗んではいけないって小学校で習わなかったの?』
新しい敵―――見慣れない黒い服を着込んだ少年は、格好つけた声でゆっくりと歩いてきた。
「あんた…あの時の頭ぶつけたやつ!助けに来てくれたのか!?」
『偶然見かけたんでね。僕はいつも弱い方の味方をすることに決めてるし』
「何でもいい!頼む、俺を助けてくれ!」
『ふーん?君はさっきコテンパンにやられてたように見えたけれど?そこで休んでいた方が良いんじゃないかな?』
レブチにとっては新しい敵だが、アスタにとっては頼もしい味方が現れたことになる。ここで助けてもらえれば勝てる!
「いや、まだだ…!!頼む!」
『ふぅん…。ま、そこまで言うなら良いよ。信じるさ。』
ふっと突然拘束が解けた。その消え方はまるで拘束など無かったかのようだった。しかし、アスタは高速が解けた瞬間、地面を蹴りつけ再び剣を振り上げた。
「うぐっ…待っ」
「諦めないのが…俺の魔法だ!」
アスタは今度こそ剣を振り下ろし、ついにレブチは気絶した。急いで四つ葉のクローバーが描かれた魔導書を掴み、ユノに突き出した。
「また…助けられちまったな。アスタ。この借りはいつか返す。…約束、覚えてるか?」
「おう!ユノも覚えてたんだな!」
「「どっちが魔法帝になるか、勝負だ!」」
『うん、素晴らしい友情だね。じゃあ、部外者の僕はさっさと消えようかな』
良くも悪くも(この場合良いようには働かないが)空気が読めない球磨川が茶々を入れつつこっそりと塔に戻ろうとすると、アスタは慌てて呼び止めた。
「あっ、待って待って!えっと…名前は?」
『ふっ、人に挨拶するときは自分から名乗るのが常識なんだぜ?アスタ君』
「あっ、悪りぃ!俺はアスタ。んでこっちのブスッとしてんのがユノだ!よろしくな!」
『ふーん。知ってたけどね!僕は球磨川禊だぜ。うん、これで用は終わったよね。じゃーね、知らない子たち!』
「いや待て待て待てーーーいっ!!」
『うわっ!?』
今度こそ背を向けて去ろうとしたところに、アスタが思いっきり体当たりをした。筋トレをしている男子と最弱の男。球磨川が受け止めきれるはずもなく、為すすべもなく地面に転がった。
「ごめんごめん…だが!ユノがまだあんたにお礼言ってないんで!ちょっと待ってくれ!」
「は?いや俺は言ったよ?」
「言ってねーよ!ほら、早く言いなさい!」
「言ったって」
「言ってないでしょ!」
『……いいよ、別にお礼が欲しくてやった訳じゃないし』
断固として礼を言わないユノにちょっぴり傷つきつつも、大人として一応フォローは入れておく。断じて泣いてはいない。目から汗が滝のように出ているだけだ。
「いや、誰に向かって言ってんのぉ!?んー、じゃあクマガワ!今から暇か?」
『え?暇だけど…何?ナンパ?いや、悪いけど男はちょっと…』
「ちっがーう!暇ならなんかお礼させてくれ!ユノはこの通り頑固だからな!良ければ俺らのうちに来てくれないか?」
「家っていうか、孤児院だけどな」
突然の誘いに多少驚き…もしなかったが、たとえ孤児院だとしてもその誘いは有難い。何しろ帰る家もお金も無いのである。あわよくばそのままそこで居させてもらおうと球磨川は目を輝かせた。
『ほんっっと!?いやあ、実は僕も孤児なんだよね。昨日捨てられちゃってさー!是非お願いするよ!』
「本当か……ってえええええ!!!???」
「アスタ、煩い」
「いやいやいや、なんで逆に落ち着いてんだよ!?」
「いや、驚いてるよ」
「嘘だよ!全然顔に出てないよ!?」
『いや、そんなことはどうでもいいからさ、それで?泊めてくれるの?』
「え、いや、ぶっちゃけそこはシスター達に相談しないと分からん!ただ、家が無いならおそらく入れてくれるはずだ。取り敢えず来てくれ!」
やったと喜んだ球磨川だが、この後自分の体力の限界を超えて歩かされるとは流石に思っていなかった。