猫神幼女信仰を広めるために今日も剣を振る   作:トマトルテ
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2話:山賊の隠れ家と旅の目的

 

 山を抜けた先にある賑やかな宿場町。

 しかし、そこにある団子屋の一角には重苦しい空気が漂っていた。

 

「うぅ…私の馬鹿。旅の資金から手荷物まで刀以外の全部を盗まれるなんて……」

「悪い。俺が山賊をちゃんと捕まえておけばこんなことには」

「い、いえ……不用意にも荷物を放り出した私が悪いんです。お師匠様にもよく言われるんです。お前はもっと注意力を磨けって」

「そ、そうか」

 

 机に突っ伏した状態でさめざめと涙を流すマナ。

 その様子に何と言ったものかと困惑しながら、何とか慰めようとするカズキ。

 そして、そんな中黙々と団子をパクつくミト。

 周囲の人達が誰も近寄らなくなる程度には、淀んだ空気がそこには流れていた。

 

「マナ、これあげる」

「お団子を私にですか?」

「お腹がいっぱいになれば元気も出るよ」

「み、ミトちゃん…!」

 

 しかし、ミトの手からマナに団子が差し出されたことでそれも終わりを告げる。

 今度は感激の涙を流しながら団子を頬張るマナの姿に、カズキもそっと自分の団子を差し出す。

 

「ここは俺がおごるから好きなだけ食べてくれ」

「カズキさんも……うぅ、人の温かさが身に沁みます…ッ」

 

 よしよしとミトに頭を撫でられ、カズキにとても優しい笑顔を向けられるマナ。そのことに人生って悪いことばかりじゃないんだなと、彼女は人の優しさと団子を何度も噛みしめるのだった。

 

「もしかして、君達も山賊にやられたのかい?」

「はい、そうですが……あなたは?」

 

 そんな3人の所へ、1人の男が声をかけてくる。

 もちろん、3人は誰も男のことを知らないのでマナが何者かと聞く。

 

「僕かい? 僕はマサシ。ただのお節介焼きだよ。君達に耳寄りな情報を上げようと思ってね」

「耳寄りな情報?」

「そう。君の荷物を奪った山賊の隠れ家を知りたくないかい?」

「山賊の隠れ家!?」

 

 まさに耳寄りな情報にマナは一気に食いつく。

 まあ、ミトは話を気にすることなく未だに団子に食いついているのだが。

 

「ああ、町の北から山に登った中腹にある洞窟に潜んでいるらしいよ」

「なるほど。しかし、話を聞く限りだと3人以上居そうな感じですね」

「そうだよ。君の荷物を盗んだ3人だけじゃない。結構な数が居て、最近は良く暴れているんだ」

「む、私だけでなく他の人にも迷惑を……許せません!」

 

 件の山賊達が自分以外の人間にも被害を及ぼしていると聞き、目に義憤の炎を宿すマナ。

 それを見て、マサシは薄い笑みを浮かべてある提案を行う。

 

「どうだい、自分の荷物を取り返すついでに山賊退治をしてみないかい? 町のみんなのためにもなるし、何より君のためになる」

「そうですね! 悪党はこらしめないとダメですよね!」

「ああ、その通りだ。数は多いが、神剣使いの君ならきっと大丈夫だよ」

 

 そこまで言われれば迷うことなど何もない。

 マナは丸い目をキリッとさせ、戦場に赴く剣士の顔を作る。

 そして、善は急げとばかりに勢いよく席から立ち上がるのだった。

 

「カズキさん、ミトちゃん。私、今から山賊の隠れ家に行って荷物を取り返してきます!」

「ちょっと待ってくれ、マナ。何か焦ってないか?」

「大丈夫ですよ。すぐに取り返してきてお団子のお代もお返ししますね! それでは!」

「いや、だから――ゴホ、ゴホ!」

 

 カズキの待てという声を聞くこともなく飛び出して行くマナ。普段の彼女であれば素直に待っていただろうが、荷物を盗まれたという焦りが彼女から冷静さを奪っていた。そのことに気づいて止めようとするカズキだったが、発作が邪魔をして既に走り去っていった彼女を止めることができない。

 

「君は体が弱いんだろう? 無理して彼女を追う必要はないよ」

「……そうだな。悪いけど、少し外の空気を吸いたいから肩を貸してくれないか?」

「ああ、お安い御用だよ」

 

 カズキはミトに財布を預けてから、マサシの肩を借りて外に出る。

 

「ふぅ…ありがとう。大分楽になった」

「いやいや、僕は大したことはしてないよ。他にも何かした方がいいかな?」

「そうだな……それじゃあ」

 

 外に出てところで、軽く息を吐いてカズキはさらにマサシに寄りかかる。

 男の方は身動きがしづらくなったことを、内心で舌打ちするがそれを表情に出すことはない。

 と言っても、次の瞬間に―――無防備な腹部に刀を押し当てられたことで顔を歪めるのだが。

 

「な、何をしているんだい?」

「お前…何で俺の体が弱いって知っているんだ?」

 

 低い声でカズキが囁きかけると、マサシは表情を強張らせる。

 

「い、いや、咳き込んでいたから……」

「健康な人間だって咳ぐらいするさ。それに、何でマナが神剣使いだと知ってる? 俺達の会話にはそんな話は一切なかったぞ」

「そ、それは……」

「怪しいんだよ、お前は」

 

 カズキは淡々とした口調で問い詰める。

 反対にマサシの方は先程の弁舌っぷりはどこに行ったのか、どもりながらしか喋れない。

 そんなマサシの様子にカズキは小さくため息を吐き、刀をさらに強く押し付ける。

 

「なあ…俺は急いでるんだよ。早いとこマナを追わないといけないからな。だから、下らないことに時間を使いたくない。このまま話さないって言うなら、怪しさ満点のお前にはそれ相応の覚悟をしてもらう」

「ぼ、僕が山賊じゃなかったらどうするんだ!?」

 

 カズキの殺気に当てられて、マサシは思わずと言った感じで叫ぶ。

 その言葉にカズキはニヤリと笑い、さらに刀を握る手に力を込める。

 

「山賊? 一体何の話だ? 俺はお前が俺達の情報を知る怪しい奴だとしか言ってないぞ」

「あ……」

 

 しまったと顔を青ざめさせるマサシ。

 反対にカズキの方は青い目をスッと細めて笑う。

 その様子にマサシは、まるで獲物を食らう前の蛇のだと冷や汗を流す。

 

「その反応が答えだな。悪いことは言わない、さっさと吐け。それがお前のためだ」

 

 カズキの圧に屈し、マサシ改め山賊の手下はポツリポツリと話し出すのだった。

 

 

 

 

 

「マサシにちゃんとマナっていう神剣使いを呼びに行かせたか?」

「へい。もちろんですぜ。しかし、大兄貴も考えやしたね」

「奪われた荷物を取り返しに来るように仕向けて、来たところで罠にはめて神剣を奪う」

「しかも、2人同時に来ないように分断するなんて…流石ですぜ、リキヤの大兄貴!」

「ま、俺様にかかればこのぐらい簡単さ」

 

 山の中腹にある洞窟の中。

 髭面の大男が部下に褒め称えられながら、岩の上で新しく買った酒を呑んでいた。

 大男の名前はリキヤ。ここ一帯の山賊を仕切る親分である。

 

「……でも、本当に大丈夫すかね。男の方は無茶苦茶強かったし」

「おいおい、弟よ。何のために罠を張ってると思ってんだ?」

「兄貴の言う通りだ。第一、俺達の大兄貴が負けるわきゃないだろ!」

 

 カズキに刈り取られた頭の涼しさから、彼の強さを思い出した末の弟が不安気な声を零すが、すぐに兄貴達に否定される。その声に元気づけられて末の弟はパッと顔を明るくする。

 

「それもそうか! 大兄貴はアメノタヂカラオから神剣を貰った男だもんな!」

「おうよ。大兄貴の『岩ノ大太刀(いわのおおたち)』を見てみろ。馬鹿みたいにデケエだろ」

「デカイもんは強い。んでもって大岩みたいなそれを、軽々と振り回す大兄貴はもっと強い!」

「そういうことだ。安心しろ、弟達。俺様が居る限り罠が破られても負けやしねえよ」

 

 自信満々に傍らに置かれた『岩ノ大太刀(いわのおおたち)』を撫でるリキヤ。

 その大太刀はまるで大岩のように武骨で、斬るというよりも押し潰すという方が正しい。

 常人であれば振るうことは叶わない太刀。

 

 それを扱えることからリキヤの剛力ぶりが窺えるだろう。

 さらに、アメノタヂカラオから与えられたそれは手にする者に怪力を与える。

 2つが合わさった力は、もはや人間では到底及びつかぬ破壊を可能とし、その一撃の重みは岩で殴られるに近い。故にこの刀は『岩ノ大太刀(いわのおおたち)』と呼ばれるのだ。

 

「私の荷物はどこですかぁーッ!!」

「この女の声は……マナって奴がまんまと来たようだな。お前ら、準備はすませたな?」

「へい! バッチリですぜ、大兄貴」

「よし。それじゃあ、出迎えてやるとするか」

 

 どっかりと座っていた岩から立ち上がり、『岩ノ大太刀(いわのおおたち)』を手に取るリキヤ。

 そこへ、タイミングばっちりにマナが飛び込んでくる。

 

「ようやく見つけましたよ! 私の荷物を奪った山賊達!」

「よお、嬢ちゃん。随分と速かったな。一応表にも5人ぐらい部下が居ただろう?」

「邪魔なので全員吹き飛ばしてきました! というかあなた誰ですか?」

「クックック、元気な嬢ちゃんだ。俺様は山賊の頭領、リキヤ様だ」

 

 ここに来るまで5人の山賊を吹き飛ばしてきたと事も無げに言うマナ。

 その返答にリキヤは面白そうに笑い、名乗りを上げる。

 因みに表の部下は罠を悟らせないための捨て駒なので、リキヤにとっては痛くもかゆくもない。

 それに5人分の損失程度ならば、神剣一本あればお釣りがくる位である。

 

「なら、手加減はしません! 私の荷物と人々の平穏のために大人しく散りなさい、悪党共め!」

「ははは! いいぜ、かかってきな、嬢ちゃん」

 

 仁王立ちしてマナを迎撃する姿勢を見せるリキヤ。

 それに対して、マナは特に難しく考えることもなく、最短最速で斬り込んでいく。

 

 彼女の太刀筋は非常に真っすぐで、美しい。

 嘘など知らず、ただ自分だけを信じる故に歪みの無い一閃。

 確かな鍛錬が無ければ成しえない剣撃。

 

 たが、そんな斬撃も。

 

「言い忘れたが―――そこは落とし穴になってるぜ」

「卑怯者ーッ!?」

 

 当たらなければ意味がない。

 

 リキヤの前の地面に踏み込んだ瞬間にぽっかりと穴が空き、マナは地の底へ落ちていく。

 しかし、簡単に諦める彼女ではない。何とか剣を穴の側壁に刺して落下を食い止める。

 

「くうぅぅッ! 落ち、落ちるぅッ!?」

「言っとくが、穴の下には竹槍を何本も生やしてるからな」

「落ちてたまるかぁッ!」

 

 竹槍の存在に気づき、持ち前のガッツを発揮してすんでの所で食い止まるマナ。

 しかしながら、彼女の苦難はまだ終わっていなかった。

 

「チッ、最後まで落ちてねえか。まあいい、こいつで蓋をすれば二度と出てこれねえ」

 

 リキヤは舌打ちしながらも、穴の上に先程まで座っていた岩を蓋のように乗せる。

 そして、自らが重しとなるように岩の上にドッシリと座り込む。

 こうすれば、マナは昇って出てくることが出来ずに力尽きて竹槍の餌食になるだけだ。

 さらに言えば、彼女の炎を扱う能力は密閉空間では仇となってしまう。

 

「こ、ここから、だせー!」

「出せと言われて出す奴が居るかってんだよ。ま、これで一丁上がりだな」

「流石だぜ、大兄貴! 大兄貴にかかれば神剣使いも形無しだな!」

「後は男の方の神剣も奪っちまえばぼろ儲けだぜ!」

「そうなりゃ、宴だな、兄貴達!」

 

 完勝にやんややんやと湧き上がる山賊達。

 だが、しかし。すぐにその浮かれた感情が叩き落とされる出来事が起こる。

 それは転がるように洞窟の中に駆け込んできた男の登場だった。

 

「す、すまない、大兄貴」

「マサシ。おめえ、そんなに慌てて何があった?」

 

 腕を縄で縛られ、這う這うの体でリキヤの前に崩れ落ちるマサシ。

 その姿に岩から飛び降りて何事かと問いかけるリキヤだったが、答えは聞くまでもなく現れた。

 

「お前達の策はそいつから聞き出させてもらったよ。……マナはどこだ?」

「てめえは……うちの弟達を可愛がってくれたカズキって奴か?」

「質問に質問で返すな。マナはどこかと聞いてるんだ」

「カズキ、あの岩の辺りからマナの匂いがするよ」

 

 マサシに罠がないか先行させて後ろから来た、カズキとミトが姿を現す。

 リキヤはカズキの姿をジッと見つめた後に馬鹿にするように笑う。

 

「ははははは! 強いって言うからどんな奴かと思ったが、ただのモヤシじゃねえか! 嬢ちゃんならこの岩の下の穴でひーこら言ってるだろうよ。もっとも、てめえの貧相な体じゃこの岩をどかすなんて夢のまた夢だろうがな!」

 

 カズキの体は病弱故に色白で細いため、リキヤと比べれば明らかに弱く見える。

 そのため、リキヤの言っていることは暴言ではあるが、事実でもあった。

 しかし、だからといってマナを救う方法がないわけではない。

 

「……岩の下だな」

 

 居合から目にも止まらぬ斬撃が放たれる。

 

 そして次の瞬間には、斬り裂かれ無残に崩れ落ちる岩の姿だけがあった。

 カズキのあまりの早業に声を失う山賊達だったが、いち早くリキヤが復活する。

 

「まさか…一撃で岩をバラバラにしやがったのか…?」

「正確には3つの斬撃で岩に6等分にしただけだ。一太刀で細切れに出来るわけがないだろ」

 

 事も無げに訂正するカズキの姿に今度こそ本当に声を失うリキヤ。そんな中、空気を読まずに、というかそんな空気など知りようもなかったマナが這い上がってくる。

 

「し、死ぬかと思いました……」

「大丈夫、マナ?」

「あ、ミトちゃん助けに来てくれたんですね! 聞いてくださいよ。岩が急に崩れてきて危うく竹槍の山の中に落ちそうで大変だったんです! いや、根性で耐えましたけど」

「………すまん。普通に考えて下に落としたら当たるよな」

 

 まさか助けに来た側に止めを刺されそうだったなど誰が思うだろうか。

 なので、マナは落石も山賊達の仕業だと思っている。

 マナに対して色々と申し訳なく思っている、カズキの罪悪感が跳ね上がった瞬間だ。

 

「あ、カズキさんも助けに来てくれてありがとうございます。ご迷惑をおかけしてごめんなさい。それと、何か言いましたか? ちょっと聞こえませんでした」

「……さっきの落石は山賊達の仕業だ。無事で何よりだよ」

 

 カズキ、全てを山賊に押し付ける。

 

「やっぱりそうですか! 岩で蓋をするだけでなく、落石攻撃とかこの極悪人め!!」

「いや、あれはそこの坊主――」

「さあ行くぞ、マナ! 世のため人のために悪を討ち滅ぼすんだ!!」

「はい! 私達の正義の力を見せてあげましょう!」

「ミトはこんな汚い正義は嫌だなぁ」

 

 吹っ切れて罪を山賊に押し付けることにしたカズキ。

 それに気づかずリキヤに怒りの眼差しを向けるマナ。

 そして、白い目でそれを見つめるミト。

 山賊達にとってはとんだとばっちりだが、元はと言えば彼らが悪いので同情はない。

 

「俺はデカイのをやるから、マナはあっちの3人を頼む。多分あいつらがマナの荷物の場所を知っている」

「分かりました! あっちのリキヤって頭領は神剣持ちなのでお気をつけて」

「ああ、マナも油断はしないようにな」

「任せてください! 落とし穴がないなら負けたりなんてしませんよ!」

 

 自信満々にサムズアップを決めて山賊3人組の下に駆け出していくマナを、若干不安の籠った眼差しで見つめるカズキだったが、すぐに大丈夫だろうと割り切ってリキヤと向かい合う。

 

「坊主……てめえには色々と礼をしなきゃならねえな。俺の弟達を可愛がってくれた礼に、変な冤罪をかけやがった礼をな」

「そっちが仕掛けてきたんだ。こっちに咎められる謂れはない。……後半は一応謝っとく」

「……ずる賢いのか、素直なのか分からねえ奴だな」

 

 一応は悪いと思っているのか、謝罪の言葉を呟くカズキに微妙な表情をみせるリキヤ。

 しかし、それもすぐに終わり、大太刀を手に取って獰猛な表情を見せる。

 

「まあ、今は置いといてやるよ。それよりも、俺様の『岩ノ大太刀』とお前の神剣どっちが強いか比べようじゃねえか」

「望むところだ。『無猫即災(むびょうそくさい)』の力を見せてやる」

 

 岩のような大太刀を振り上げるリキヤに呼応するように、カズキも刀を抜き中段の構えを取る。すると、心なしか白い顔の血色が良くなっていく。それを見たリキヤは鎌をかけるように問いかける。

 

「どこの神から貰ったか知らねえが、さっきの離れ業を見るに俺様と同じ“身体強化系”の能力を得る神剣か?」

「さあ、当たらずも遠からずってとこかな」

「クックック、まあいいぜ。腹の探り合い何かよりも―――ぶった斬って確かめる方が早えッ!」

 

 次の瞬間、リキヤは剛力をもってカズキを叩き潰すように大太刀を振り下ろす。

 それに対して、カズキは避ける素振りを見せず、ただ刀を少しだけ動かして大太刀に当てる。

 たったそれだけの動作で、リキヤの大太刀は見当違いの場所に振り下ろされていく。

 

「どうした。どこに振り下ろしているんだ?」

「…ッ! 俺の攻撃いなしただと!?」

 

 全力で振り下ろせば、それこそクマでさえ真っ二つに出来る一撃をいなされたことに、リキヤは驚愕の表情を見せる。しかし、山賊と言えど戦いの最中に身を置く人間。故に、動揺を置いて続けざまに攻撃を繰り出す。今度は真横から胴体への斬撃だ。

 

「力にかまけて鋭さがないな」

「またッ!」

 

 しかしながら、今度もいなされてしまう。

 しかも、今度は大太刀を吹き飛ばすように真上にだ。

 そして、同時にあること気づく。

 

(弾かれた感触が欠片もねえ! まさか、この坊主。俺様が剣を振る力をそのまま利用して上に向かせたのか!?)

 

 大太刀を弾いて上に行かせたのではなく、相手の力の方向をそのままに上に向けた。

 

 言葉にしてしまえばそれだけだが、それがどれだけデタラメなことか曲がりなりにも剣士であるリキヤには分かった。分かってしまった。このままではカズキには絶対に勝てない。だから、その力の理由を明らかにしようとする。

 

「ク…ククク……なるほど、そのデタラメな技量がお前の神剣の能力か。良いもん持ってんじゃねえか、売ればさぞ良い値がつきそうだぜ」

 

 そして、あの技量は神剣の能力による賜物(たまもの)だと当たりをつけ、強がるように笑う。

 だが、しかし。

 

「いや、俺の『無猫即災(むびょうそくさい)』にそんな力はないぞ」

「……なんだと?」

 

 返されたのは実にあっさりとした否定の言葉だった。

 

「ミトが無病息災・健康祈願の神様なんだから、戦闘系の力なんてあるわけないじゃん」

 

 さらに、戦いを見物していたミトが補足するように続ける。

 それを受けて、リキヤはますます分からないといった表情で声を絞り出す。

 

「じゃ、じゃあ、その神剣は何の能力なんだよ…?」

「だーから、無病息災・健康祈願って言ってるでしょ。もう、頭悪いなぁ」

「こら、ミト。それだけじゃ分からない人も居たっておかしくないんだ。ちゃんと説明するぞ」

「ええー、しょうがないなぁ」

 

 カズキが少したしなめるようにミトに声をかけると、ミトは仕方がないといった感じで語り始める。その内容はリキヤが思わず言葉を失う内容であった。

 

「『無猫即災(むびょうそくさい)』の能力は握っている間に病気の進行を止めることだよ」

「病気の進行? て、ことは、そこの坊主は」

 

 ミトの言葉からある可能性に辿り着き、リキヤはカズキの方を見る。

 

「ああ、俺は生まれつき体が弱くてな。今も666個の病を持っている」

「666!? ふざけてんのか!」

「俺だって冗談の方が良かったよ! でも事実なんだからどうしようもないだろ!?」

 

 666という現実離れした数字に思わずといった感じでリキヤが叫ぶ。

 それに対して、カズキも珍しく感情を露わにして叫び返す。

 彼だってこんな冗談染みた数の病魔に侵されたくなどなかった。

 

「はぁ…まあ、とにかくだ。ミトと触れている時と『無猫即災(むびょうそくさい)』を握っている間は病気が進行が止まる。だから、その間にこうして戦うことができるのが恩恵だな」

「は? 神剣なのにそれだけなのか…?」

「それだけだと? 健康であること以上の幸福がこの世にあるものか!」

 

 健康な人間が持っていても、風邪を引かない程度の微妙な能力の神剣。

 だが、健康でない人間が持てばこれ以上ない効果を発揮する。

 そして何より、病魔に侵される苦痛から僅かでも解放されるのだ。

 故にカズキはそれだけという言葉に眉をひそめてみせる。

 

「何より、特別な能力に恵まれなくても人は戦える。神剣頼りのお前には分からないだろうがな」

「ああッ? てめえだって神剣の力で……て、待てよ。何の能力もないんなら」

 

 ここにきてようやくリキヤは気づく。

 『無猫即災(むびょうそくさい)』はカズキの剣の腕に欠片も影響を及ぼしていない。

 つまり、先程からの離れ業は神の力によるものではなく。

 

「俺は純粋な剣の技術でしか戦っていない」

 

 全て、カズキ本人の技量によるものなのだ。

 リキヤの背中に冷たくぬるりとした汗が流れていく。

 自分では理解できない化け物を見てしまったという感覚に襲われる。

 

 神剣使いは普通の剣士3人分と言われるのは、神から与えられた特殊な力があるからだ。

 しかし、目の前の少年は病気の進行を止めているだけ。つまりは能力の無い、普通の剣士。

 だというのに、カズキはリキヤという神剣使いを純粋な剣技だけで圧倒している。

 

 一体どれだけの技量を、どれだけ時間をかけて身につければ辿り着けるのか。

 そう、言葉に出すことも忘れて戦慄するリキヤに、因みにとカズキはつけ加える。

 

「まあ、剣術と言っても―――始めて1年の未熟者も良いところだけどな」

 

「……は?」

 

 本当に心の底から自分の未熟を恥じ入るように話すカズキ。

 反対にリキヤの方は、訳が分からないとばかりにポカンと口を開ける。

 それを見て、ミトはカズキがまたやったなとばかりに耳をペタンと落とす。

 

「カズキ。カズキはもう少し自分が天才だってことを自覚するべきだと思うよ」

「そうか? 確かに人より才がある方だとは自覚しているが」

「神様であるミトから見てもカズキは異常なんだよ。剣を始めて握った瞬間から、簡単に岩を斬るとかあり得ないから」

「そう…なのか? 俺からするとどれだけ動いてもゲロ1つ吐かない人達の方が凄いと思うぞ」

「それはカズキが病弱過ぎるんだよ……後、普通の人も死ぬほど動けば吐くよ」

 

 生まれた時から病弱だったせいで、世間の常識からずれているカズキにミトは呆れた目を送る。カズキは剣の天才だ。まさに剣の神から才を直接与えられたとしか思えない才覚を彼は有している。しかし、天の悪戯かカズキは病弱故にミトと会うまでは剣を握れなかった。

 

 当たり前だ。ミトの居ない彼は、少し動けばゲロか血を吐き、動かなくとも喘息で苦しむ。

 さらには各種病気を発端とする痛みが常に蝕んでいるのだから、彼に剣を握らせる訳がない。

 そもそも、ミトと出会いある程度体力をつける前の彼は剣を持てる筋力すらなかった。

 ミトと出会わなければ、カズキは間違いなく剣に触れることなく死んでいただろう。

 

「むぅ…そういうものなのか。今度からは気をつけよう」

 

 だから彼は、自分が天才という自覚が薄く、同時に他人が自分よりも劣っているとは思わない。誰もが羨む才能があっても、彼の中では外で力一杯に走る同年代の子供達の方が何倍も羨ましかったのだ。

 

「まあ、ともかくだ。戦いの続きをしよう。俺としては大人しく降参してくれると嬉しいが」

「……な、なめんじゃねえぞ! 俺は山賊の頭領リキヤ様だッ!!」

「そうか、俺はカズキ。猫神ミトを信仰する信徒筆頭だ」

 

 怖気づく心を精一杯に奮い立たせるように声を上げるリキヤ。

 しかし、カズキは特にそれに反応を見せず、ズレた返答を返すだけである。

 そのことが余計に、自分では到底及びつかない者が相手だとリキヤに感じさせるのだった。

 

 

 

 

 

「カズキさーん、ミトちゃーん。終わりましたか?」

「あ、マナだ。こっちも終わったよー」

「ご無事で何よりです…て! カズキさん、また血を吐いてるじゃないですか!?」

 

 山賊3人組を縄で縛って戻ってきたマナが最初に見たものは、縛られて意気消沈とするリキヤとマサシ。そして、その少し隣で血を吐くカズキと彼の背を擦るミトの姿だった。

 

 カズキが『無猫即災(むびょうそくさい)』を握っている時は、基本的に病魔の進行は全て止まる。だが、鞘に納めてしまうと進行を止めていたフィードバックか、ダメージに襲われ吐血もしくはゲロを吐いてしまうのだ。

 

「大丈夫だ……いつものことだからすぐに収まる」

「そうだよ。それにミトがついてるから絶対にこれ以上酷くはさせないし」

 

 もっとも、神本体であるミトが傍に居るので、彼女と触れ合っていれば、すぐに収まるのだが。それに、彼にとっては血やゲロを吐くことは慣れ切っているので、辛くとも耐えられる。

 

 因みに、ミトが触れても病気の進行が止まるだけなので、カズキは本当の意味での健康体になったことはない。もちろん、彼女が傍に居るだけで病魔は弱まるので、本人にとってはそれだけで十分嬉しいことなのだが。

 

「ありがとう、ミト。もう大丈夫だ」

「そう? 辛かったらいつでも言うんだよ。だってミトはカズキの神様だから!」

「ああ、頼りにしてるよ。それとマナも毎回心配かけさせて悪いな」

「それは良いんですけど……カズキさんって本当に体が悪いんですね」

「まあな……」

 

 心配そうな目をマナから向けられて、カズキは困ったように頬を掻く。

 カズキは心配されるのには慣れているが、心配されるのが好きという訳ではない。

 あくまでも普通の人間として、対等に見られたいのだ。

 

 しかし、相手の心配が本心からのものであることも分かっているので、何も言えないのである。そうして、何とも言えない空気が流れたところで、ミトが良い意味で空気を読まずに声を出す。

 

「大丈夫だよ! 信者が増えてミトの力が上がれば、カズキも健康になるんだから!」

「どういうことですか?」

 

 ミトがピンと尻尾を逆立てた状態で大声を出すと、マナがしゃがみ込んで目線を合わせながら尋ねる。

 

「ミトは今は力の弱い神様だけど、信者が増えればミトの力も上がるの。そうしたら、段々とカズキの体調も良くなるんだよ」

「そういう仕組みなんですか…?」

 

「ああ、簡単に言うとな。ミトの力が強くなれば当然、御利益が強力になって信者である俺への恩恵も大きくなる。それを繰り返していけば最後には俺は完全な健康体になれるって話さ」

「なるほど……だから旅の目的が健康祈願なんですね」

「そういうことだ」

 

 恥ずかしそうに笑いながら、カズキは話題を逸らすように捕えた山賊達に目を向ける。

 マナの方もこの話は、深く聞くべきではないのだろうなと遠慮してそれに続く。

 

「それにしても、山賊の頭領はやけに目が死に過ぎじゃありませんか?」

「中々降参してくれないから、全部の攻撃をいなしていたらこうなった」

「うわぁ……それはへこみますよ」

 

 山賊の頭領が完全に心をへし折られた経緯を知って、僅かに非難の目を向けるマナ。

 反対にカズキの方も、顔を青ざめさせたまま黙り込む山賊3人組を指差してマナに問いかける。

 

「マナがやった方もやけに青ざめてないか? 何やったらああなるんだ」

「何って、私はあの3人の刀を焼き斬った(・・・・・)だけですよ?」

「……流石はアマテラス神から神剣を与えられた者というわけか」

 

 そう言って、自らの刀に炎を灯して見せるマナ。

 すると、山賊3人組が面白い程に震え出したのでカズキは色々と察する。

 自らの刀が目の前でバターのように斬られていくのは、さぞ恐ろしかったことだろう。

 そんな感想を自分がやった行為を棚に上げてカズキは思うのだった。

 

「まあ、あっちが先に悪いことしてきたんだから、気にしないで良いと思うよ」

「それもそうだな」

「それもそうですね」

 

 ミトの言葉で、何はともあれこれは自業自得だと納得するカズキとミト。

 こうした切り替えも人生には必要なのだ。

 

「さてと、じゃあ町に戻ってこいつらを牢屋に入れてもらうか」

「はい、そこでしっかりと反省してもらいましょう」

「そういえば、マナは自分の荷物を取り戻せたの?」

「…………」

 

 このまま穏やかに終わりそうな空気であったが、ミトの言葉でマナの表情が硬くなる。まさか、取り戻せなかったのかと思いカズキが恐る恐る目で問いかけると、マナは微妙な表情で首を横に振る。

 

「いえ、あの3人に案内させて荷物は取り戻せたんです」

「…? だったらいいんじゃないの?」

「荷物は取り戻せたんですが…その…お金の方は既にお酒に使われてたらしくて……」

 

 スッと顔を伏せるマナ。

 だが、手に持った刀からは彼女の感情を表すように煌々と炎が燃え上がっていた。

 それを見て、山賊3人組がさらに震えているが自業自得なので気にしない。

 

「その…なんだ……山賊を捕まえたんだし、少しは報酬も出るさ」

「はい…きっと、そうですよね。あははは……」

 

 カズキが慰めるように肩をポンと叩くが、マナの方は乾いた笑いを零し続けるのだった。

 





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