TSして聖女になってしまった少年のお話   作:あじぽんぽん

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聖女の休暇

 聖女モーリィは旅行鞄を地面に置いた。

 

「まずは状況の把握ですね。この庭を見て回りましょうか?」

 

 そう静かに告げる。

 観察するように辺りを見渡す美貌にはいつもの儚げさは無く、その空色の瞳は時の流れを読む鋭い軍師の……いや、数多くの戦いを経験した歴戦の戦士のものであろうか?

 

 そこはまさしく戦場である。

 

 モーリィの言葉に、獲物を手にして不敵にうなずくのは女騎士ツヴァイ。

 その僚友のドライツェーンは応援を呼ぶために砦へと駆けている。

 援軍は直ぐに来るだろう。

 女騎士達は全員が玄人である。

 行動は常に即断即決だ。

 そう、今のモーリィには頼もしい仲間がいる。

 絶望的といえる戦いを何度も一人で切り抜けてきたモーリィにとって、それだけで勝機を見いだすことができる。

 ましてや彼女達はモーリィ自らが鍛え上げた一騎当千の精鋭だ。

 

 私、もう何も怖くはない。

 

 しかし、そのようにして決意するモーリィの進む道に蠢く一つの影があった。

 汚れをまとったその者は怪しげに手を動かし、清らかな聖女を欲望の沼に引きづり込もうと邪悪な誘惑を執拗に繰り返していた。

 

「あ、あの~本当にやるんですかぁ? 私、アル君にモーリィさんのことをよろしくと頼まれているのですが……そ、そうだ! 今からでも遅くないです、予約してあるお店にいきませんか? そうです! それがいいです!! それ(・・)は明日からやりましょ……」

 

 聖女モーリィは邪悪な者を正義の怒りと共にキッと睨みつけた。

 ヒェと両手をあげるハーフエルフのフランシス。

 

「いいですかフランさん? こういうことは今すぐが重要なんですよ?」

 

 モーリィはフランに詰め寄ると、指を立て諭すように語りだす。

 いつにないモーリィの迫力に押されて、フランは首を左右に振りながら後ずさり庭の門柱まで追い詰められた。

 

「今忙しいから後で、今日は都合が悪いから明日で、今週は予定が入っているから来週で……そして面倒になり永遠に放置される。ええ、そうなりますよね確実に?」

 

 モーリィは逃げ場のなくなったフランの胸部重装甲(どたぷん)に指を突きつけると、その背後に視線を向け厳かに断罪を告げた。

 

「そんなあなたの怠惰でぐうたらな精神の結晶が、あのゴミの山ですよ! 恥を知りなさい第五騎士隊隊長フランシス!!」

「きいいいやあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 聖女モーリィが唱える聖言(説教)

 あまりの神々しさに汚女フランは目を押さえて悶え苦しみだした。

 女騎士ツヴァイが聖女の言葉にウンウンとうなずく。

 その手には獲物――ホウキが握られている。

 

 モーリィが示す先には、山のように積み上げられたゴミの塊が……ハーフエルフのフランの汚屋敷が存在していた。

 

 

 ◇

 

 

 聖女モーリィが、二週間もの長い休暇を取ることになるのには理由があった。

 

 最近の彼女は一日も休まず働き続ける仕事中毒者であったからだ。

 

 砦街での若者らしい遊びを知らないモーリィは、休日も暇だからと治療部屋へ入ってきては薬草の仕分けをし、在庫が心配だからと回復薬作りを始めてしまう。

 田舎で育った元農民の彼女にとって、薬草と触れ合っていること自体が精神を安定させる薬なのかもしれない。

 クスクスとお淑やかに笑いながら薬草に話しかける聖女モーリィの姿には、勇者なミレーでも強く言うことができなかった。

 

 だって、薬草に話しかけているというより、薬草さんと会話しているんだもん。

 

 モーリィの体調を心配したミレーから騎士団長へと連絡がいき、事態を重く見た彼はモーリィに休暇を取るように強制的に命じた。

 そして騎士団長は、多彩な趣味人である第五騎士隊隊長のフランシスに、モーリィが休暇中の宿の提供と楽しみの一つでも作ってあげて欲しいとお願いしたのだ。

 

 彼女の私生活が、どのようなものかも知らずに……。

 

 

 

 モーリィと女騎士二人が宿泊するために来たフラン邸。

 

 屋敷に到着したモーリィ達だが、呼び鈴を何度鳴らしてもフランが出てくる気配がない。

 急病で倒れているのかと心配になって勝手に屋敷にあがってみれば、広がる光景に驚くこととなる。

 廊下にはゴミがあちこちと散らばり、すえた臭いのする篭や箱が乱雑に積まれ、部屋には足の踏み場も無いほど物が詰め込まれていた。

 外も酷かったが中はそれ以上の惨状であった。

 

 溜め込まれたゴミで、フランの屋敷は仕掛け罠の館と化していたのだ。

 

 直ぐさま、フランの姿を追い求めて汚屋敷の探索が始まった。

 それはかつての砦のダンジョン以上に困難を極めるものとなる。

 具体的には、トロ子ちゃんのモーリィが何度も罠に引っかかった。

 それからしばらくして、ドライツェーンがゴミ山の中で埋まるように眠っていたフランを発見した。

 しかし、微妙な生態系(バランス)で成り立つ部屋に入ることができず、遠くからモーリィが呼びかけるもフランは中々起きない。

 焦れた聖女が、フランごと部屋のゴミ(・・)捨てを始めようとしたところで……。

 

「あれぇ、もうこんな時間ですか? あらぁ……皆さんおはようございま~す」

 

 ようやく目を覚ましたフランが呑気に挨拶をした。

 モーリィ達にひどい姿を見られても動じる様子はまったくない。

 それどころかボサボサな頭をボリボリ掻いて、喉奥が見えるほど口を開いて大あくびだ。

 異性のいない環境だと、人はどこまでもだらしなくなれるという悪い見本であった。

 あきれ顔の女騎士二人と聖女をよそに、フランは密林樹海のような僅かな足の踏み場を軽やかに飛び跳ねながら、危なげなく部屋の外に出てきた。

 彼女の色々な余剰部分が派手に揺れたが、流石は腐ってもエルフである。

 

 転んで何度もゴミ山に特攻したどこかの聖女とは大違いだ。

 

「あの、フランさん、ちょっと、よろしいですか?」

「はい、なんですかぁ、モーリィさん?」

 

 悪びれもせず、えへへと笑うフランにモーリィは怒りを覚えた。

 実はモーリィの母アイラも、フランのように無駄に高い身体スペックを持つのに致命的なほど片付けのできない女であった。

 モーリィと父ステファンが数日家を空けるだけで、ゴミ屋敷にできるレベルでだ。

 ここまでくると掃除以前の問題である。

 流石に疑問に思い問いかけてみれば「で、でもね、モーリィ、これでも母さん、お片付け頑張っているつもりなのよ……?」との返答。

 母は母なりに片付けをしていたつもりだったらしい。

 なぜ父が、モルガン家の家事全般を引き受けているのかを幼い頃のモーリィは悟った。

 そんな故郷での苦い記憶を「まあ、アイラだからね……」という父の哀愁漂う言葉と共に思い出してしまった。

 

 その結果、聖女モーリィの一存でフラン邸の大掃除が決定した。

 

 

◇◇

 

 

 フランの汚屋敷は一階建てだが部屋数が十以上もあった。

 庭の敷地面積もかなり広く、一人暮らしには贅沢すぎる家といえる。

 しかし実際には全ての部屋がゴミ置き場状態で、庭には出どころ不明な彫刻が乱雑に放置されて、かろうじて使えるのはフランの寝室だけというありさまだった。

 そんな汚部屋を女四人で使うのは到底不可能で、モーリィとしてもゴミ山の中で寝るくらいなら庭で野宿でもした方がましだと思った。

 

『隊長、増援六名の到着を確認しました!』

 

「はい、ツヴァイさん、ありがとうございます」

 

 モーリィに敬礼するツヴァイ。

 汚屋敷ダンジョンの戦い(掃除)をするために、援軍で集まってくれた女騎士は六人。

 終了後の特別報酬(ごはん)の話が効いたらしく、全員やる気に満ちあふれている。

 まさしく餌付けをされた獰猛な番犬。

 彼女達はすっかりと聖女の下僕と化していた。

 十分すぎる応援人数に、叩き上げの隊長(モーリィ)は満足げにうなずく。

 モーリィ達をいれてこの場には十名。

 しかしフランの戦闘(家事)力は未知数で、新兵として扱うのが無難だろう。

 

 聖女は時間を無駄にしない、女騎士を集めると流れるように指示をだしていく。

 

『了解しました!』

 

 女騎士達が敬礼し、一斉に行動を開始する。

 そしてモーリィは、ぶーたれるフランの教育と監視を行うことにした。

 

 そのようにして始まった汚屋敷の大掃除。

 

 庭に放置されている彫刻の撤去と草刈に関しては予想よりも早く終了した。

 彫刻は地面に固定されておらず、植えられていた草木はあまり成長しない種類だったのが幸いしたのだ。

 ただ途中でフランが「あ、それは大戦期以前のとても価値のある芸術品なんですぅ!」と両手をわさわさ広げて撤去作業の邪魔をしようとしたが、聖女がキッと睨むとシュンと黙った。

 

 そんな貴重品なら、なぜ雨ざらしにするかなこの駄エルフは?

 

 その後も女騎士全員で協力し、何かあるたびに聖女がキッと睨み、家主がぶるぶると震えたが比較的スムーズに掃除は進行した。

 そして今は汚屋敷の廊下に散らばっていたゴミの撤去も終了し、部屋内部の本格的な探索に取りかかっているところである。

 

『隊長! 三番の部屋から、大量の中身入り酒瓶を発見しましたがいかが致しますか?』

 

「それはゴミとは別枠で保管してください。中身が明らかに変色している物は廃棄で、それ以外は私が後で飲めるか確認しますので」

 

『はっ! 了解しました!』

 

 モーリィとフランは汚屋敷の外窓を清掃していた。

 指示を受けた女騎士が颯爽と駆けていく。

 そのやり取りを眺めているフランは、不思議そうに首を傾げていた。

 モーリィとフランが外で窓掃除をしているのには理由があった。

 二人は魔力もちで常人と比べれば腕力はあるほうだが、それでも女騎士達に比べると非力である。

 そのため汚屋敷の荷物が片付くまで、邪魔にならないように外仕事をしていたのだ。

 何かあればオカン(モーリィ)に報告することは、特別宿舎の住民の間で徹底されていたので問題はなかった。

 

「あのですねぇ、モーリィさん、質問していいですか?」

「はい、なんですかフランさん?」

 

 呼びかけられたモーリィは窓を拭く手を止めてフランを見た。

 彼女のエプロンは胸の部分だけがやたらと黒くなっている。

 恐らく自分もだろうとモーリィは胸を見下ろした。

 二人とも窓拭き中に胸部装甲がガラスによく当たるため、集中したように真っ黒になっていた。

 

「女騎士さんですが……」

「あ、すいません、フランさん、また何かあったようです?」

 

 フランが疑問を聞こうとしたところで、先ほどとは違う女騎士が駆けてきた。

 

『隊長! お話し中のところ失礼します!』

 

「はい、大丈夫ですよ、何かトラブルでも?」

「………………」

 

 頭をコテンと横に倒すフラン。

 理解できないけど何が理解できてないのかよく分からないといった風情だ。

 女騎士はフランを見て少しためらうが要件を告げた。

 

『七番の部屋で地下部屋への階段を発見したのですが、その部屋に少々問題がありまして……』

 

「地下部屋? 食材用の保管庫ですよね? ひょっとして中でカビが生えているとか?」

「つ――!!」

 

『い、いいえ、そういうわけではなく、とりあえず現場を見ていただけますか?』

 

 モーリィはうなずき移動しようとしたところで、フランの様子がひどくおかしいことに気がついた。

 このハーフエルフ、地下部屋という言葉を聞いた途端に、きょろきょろと目を泳がせて挙動不審になったのだ。

 逃走しそうな気配を感じて、聖女は駄エルフの両腕を抱きしめるようにガシッとつかんだ。

 がっつりと向かい合い潰れる、重量級な二人のおっぱい。

 

「では、フランさんも一緒に行きましょうか?」

「え、ええっと、わたしはその~」

 

 モーリィが至近距離で見つめると、フランは長い耳を垂れ下げて、ぷるぷると震えだす。

 

「フランさん、行・き・ま・す・よ・ね!?」

「は、はいぃぃぃぃぃぃぃ!」

 

『う、うわぁ……』

 

 引いたような女騎士の声。 

 今日の聖女モーリィはゴミ山に何度も突っ込み、過去のトラウマを抉られたせいか恐ろしく攻撃的になっていた。

 

 

 七の番号のつけられた部屋は炊事場である。

 大方の荷物や乾燥した生ごみ(・・・)はすでに運びだされていた。

 備え付けの調理器具は、ほとんど使われていなかったのか新品とほぼ変わらず、綺麗に洗えば直ぐにでも使用できそうである。

 問題はその部屋から階段でいける地下の保管庫であった。

 

「フランさん説明して頂けますか?」

 

 保管庫内、それを見た瞬間に開口一番で聖女は問いかける。

 口調こそ穏やかだが、美しい曲線を描く彼女のおでこには青筋が浮きあがっていた。

 

「あ、あのですねこれは……」

「心当たりはありますよね?」

 

 騒ぎに集まってきた女騎士達は例外なく『うわっ』という顔をした。

 地下部屋のあまりの惨状と、聖女(オカン)の様子がどうみても怒り心頭であったからだ。

 

「ほ、ほら、私ってこう見えてエルフじゃないですかぁ? どちらかと言うとお肉よりお野菜が好きと言うか……もちろん両方好きですけど、海の幸より山の幸が食べたくなるというかぁ……そ、そんな時にですね、あなたのお家でも自家栽培セット、なんて素敵なものが売っておりまして、思い切って購入したんですけど……」

 

 フランは人差し指をツンツンし、長耳をパタパタさせながら上目使いでモーリィの様子をうかがう。

 その表情は、以前(おとこ)のモーリィならばそれだけで許してしまいそうな愛らしさ(あざとさ)があった。

 しかし女というものをだいぶ分かってきているオカンは「続けてください」と静かに告げた。

 

「あ、はい……ええっと、栽培セットは素晴らしく、直ぐに収穫できて、とてもとても美味しかったんですけど、毎日食べるには量が少なかったので追加で購入したんですよ。でもでも、育てるのには環境が重要で、そこでこの地下保管庫に大量に置いたんですけど、気がついたら置いてあることをすっかり忘れて、それで……」

 

「……この有様というわけですね?」

 

 炊事場から繋がる地下の保管庫。

 そこは床のみならず、壁や天井一面の全てが大量のキノコにおおわれ、一大繁殖地となっていたのだ。

 

 まさしくキノコ王国、キノコの楽園であった。

 

「あ、ははははは……困っちゃいましたね?」

 

 ヘラヘラ笑う駄エルフは、聖女にキッと睨まれて小さくシュンとなった。

 ツヴァイが苦笑いをしながらモーリィの肩を叩く。

 

『まあ、程々になモーリィ。あまり虐めるのもフランさんが可哀想だ』

 

「ええ、ええ、分かってますけど。でも、ツヴァイさん。でたらめすぎて言葉もないんですよ」

 

 モーリィは両手の平で顔をおおった。

 元農民だからこそ精神的疲労を覚えてしまう。

 栽培の難しいキノコが一体どのような環境になればこれほどまでに育つのか……。

 エルフか、エルフ補正か、このエルフの駄肉から植物に働きかける何らかの成長フェロモンでも出ているのか?

 

「あ、あの~モーリィさん」

「なんですか、フランさん?」

 

 モーリィは指の隙間からフランをのぞいた。

 空色の瞳には、手の平を合せるオドオドとした汚女の姿が映った。

 

「今朝から気になっていたのですが、女騎士さんの話すことが分かるのですか?」

「……フランさんには、彼女達の声が聞こえませんか?」

「え、こ、声? き、聞こえませんけど!?」

「そう、聞こえないのですか……この屋敷みたいに、あなたの心が汚れているせいかな~!?」

「ひいいぃぃぃぃぃぃぃ!? ご、ごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃ!?」

 

 保管庫のキノコはすべて回収した。

 その日、フラン邸で繁栄を極めたキノコ王国は崩壊したのだ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 そして何だかんだで夜。

 掃除はまだ終わりではないが、後二日もあれば片付きそうである。

 モーリィは作業の終了を宣言し、体についた汚れを落とすためにフラン邸のお風呂を女騎士達と一緒に使用することにした。

 五、六人は同時に入れる広いお風呂だけは掃除しなくても普通に使えたのは、家主の性格がでているようで何とも言えない気分になった。

 

 何しろお風呂には、酒瓶と食べかけのチーズが大量に転がっていたのだから。

 

 夕食をとるためにフランが選んだ部屋には、畳という草で編んだ不思議な床が敷いてあった。

 和室という名称らしく、最初は素足で入ることに全員が戸惑ったが慣れると中々に気持ちがよく、乾いた草の匂いが心地よい落ち着きを与えてくれた。

 フランは綺麗になった畳の上をごろごろと嬉しそうに転がり回ってはしゃいでいた。

 それを苦笑しながらも見守る女騎士達。

 モーリィはそんなフランを少し羨ましく思った。

 ミレーに押し付けられたワンピースを着ていなければ彼女もごろごろしていたかもしれない。

 フランのようにパンツ丸見えで転がれるほど、彼女の羞恥心は薄くはないのだ。

 そしてフランの婆パンツと同じ形状の物を母が着けていたのを思い出して、モーリィは料理を運びながら少しだけ憂鬱になってしまった。

 

「この家って、こんなにも広かったんですねぇ!」

 

 フランは綺麗になった屋敷にすっかりとご満悦のようだ。

 低い大テーブルに並べられたキノコ料理をパクパクと食し、伸ばした太ましい足を子供のようにばたつかせて「オイチー」と舌鼓を打っている。

 あれほど掃除を嫌がっていたのに、全くもって現金な女だ。

 そんな駄エルフをよそに、八人の女騎士は全員がきちんと正座して、モーリィの作った料理をモリモリと行儀よく食べていた。

 力仕事をしたせいかいつも以上に食が進んでいるようだ。

 

「それで、それでですね、モーリィさん! この美味しいお料理にぐいっといける美味しいお酒があったら、とてもとても最高だと思うのですよ。なので、私にも一杯の葡萄酒を……」

 

 そして、さり気ないつもりの飲んべえの催促。

 聖女が静かにキッと睨むと、元汚女も静かに口を閉じた。

 フランは美味そうに葡萄酒を飲む女騎士達を恨めしそうに眺めるのであった。

 

「あれぇ、ずいぶんと綺麗になったわね? 泥棒でも入ったのかしら?」

 

 そんな食事中に馴染みの声。

 気配を全く感じさせず、抜けたことを言いながらペタペタと素足で部屋に入って来たのは魔の国の魔王様であった。

 突然の予期せぬ来客者にモーリィは元より女騎士も全員が驚く。

 動じてないのは「いらっしゃいませ、お姉様!!」と元気に手をあげるフランくらいのものであった。

 どうやらフラン邸では急な魔王様の訪問は日常茶飯事らしい。

 

「やあやあ、こんばんは、モーリィちゃんに女騎士の皆さん」

「こんばんは魔王様。あの、どうしてここに?」

「うん? アタシはフーが死んでいないか定期的に見に来ているのよ。一人暮らしだし、気がついたらフランの腐乱(・・)死体がありましたなんて、笑い話にもならないからね」 

「お、お姉様、酷いです!? で、でもそういうお優しいとことが……うひひっ」

 

 駄洒落……?

 モーリィはくねくねと腰をふるフランを横目で見ながら、魔王様に自分の座っていた席を勧めた。

 

「あら、悪いわねモーリィちゃん……ん、なんだか凄い御馳走ね? こんなことならもっと良いお土産もってくるべきだったかしら」

「はい、お土産ですか?」

 

 モーリィや女騎士達は疑問を覚えた。

 魔王様は何も持たぬ手ぶらの身であったからだ。

 モーリィ達の目の前で魔王様が宙を見上げると、何の前触れもなく空間に真っ暗な穴が生まれる。

 驚く一同をよそに、魔王様は無造作に穴の中に手を突っ込んだ。

 そして手を引き抜くと大きな木箱を持っており、その箱の中身はお酒の入った酒瓶だった。

 

 畳の部屋に三十本以上の酒瓶と山盛りのチーズの塊が置かれた。

 

「アタシの影の中に収納しておいた魔の国で作った果実酒とチーズね。いつもは二人だけで酒盛りだけど、今夜はみんなでパッーと宴会といきましょうかっ!!」

「やった! やった! 流石はお姉様ですぅ!!」

 

 ピョンピョン飛び跳ねて、きゃーと魔王様に抱きつくハーフエルフ。

 二人は、ひゃはーと手と手を取り合ってクルリクルリと謎の踊りを踊りだす。

 宴会をできることがよほど嬉しいのか、従姉同士で無駄に盛り上がっている。

 

 普段どれだけ構ってくれる人がいないのかが、丸分かりの寂しい女達であった。

 

 そんな愉快なババア二人とは真逆に、女騎士達は何とも言えない雰囲気である。

 無言で酒瓶を取り出し、見分しだしたオカン(モーリィ)の様子を静かに覗っていたからだ。

 やがて納得をしたのか、モーリィは微笑みを浮かべる。

 聖女モーリィをよく知らぬ異性が見たら、それだけで一目惚れしそうな清らかで優しい笑顔である。

 もちろんモーリィの内心はそのような生易しいものではない。

 ただ、この汚屋敷ダンジョンが形成された原因の一つを確信し、世に平穏をもたらす聖女として自らの成すべき使命を見出したのだ。

 それでも確認は必要である、小さな誤解は大きな悲劇を生むのだから。

 

 聖女は上座に腰をおろした魔王様に質問をした。

 

「魔王様、いつもこの量のお酒を持ってこられるのですか?」

「うん? そうね、今日は少ないほうかしら?」

「なるほどなるほど。それでは、どのくらいの間隔で持ってきているのですか?」

 

 明らかに導火線に火がついている聖女。

 しかし、空気を読むという人間様の行動が全くできないコミュ障な魔王(けもの)様は、慌てふためく従妹(フラン)の様子に欠片も気づかず馬鹿正直に答えた。

 

「えっーと、週一くらいかな?」

 

 

 

 その晩、聖女は邪悪な魔王に聖言を放った。

 あまりの神々しさに、魔王は目を押さえ悶えて苦しんで絶叫したのだ。


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