TSして聖女になってしまった少年のお話   作:あじぽんぽん

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魔王ちゃん その3

 モーリィ達は特別宿舎の女騎士と一緒に帰って来ていた。

 

 彼女の今日の護衛任務はこれで終了。

 明日はまた違う女騎士が聖女の護衛に付くことになる。

 

 モーリィは一日付き添ってくれた女騎士にお礼を言うと、自室の扉を開けて魔王ちゃんと一緒に室内に入った。住むようになって二ヶ月ほど、睡眠をとる以外はあまり居ることのない部屋は木材の素の匂いがまだ残っている。

 

 綺麗なベージュの壁紙、備え付けのベッドに箪笥と化粧台、そしてモーリィが持ち込んだ作業用の小さい机と椅子、それ以外は特に目を引くものはない。

 

 一人で住むには広すぎる部屋。

 

 モーリィは着る物と生活用品以外はそれほど私物を持っていない、そのせいかどこか他人の部屋のようで、くつろげる空間には程遠い。

 

 抱っこしていた魔王ちゃんの軽い体をベッドに降ろした。

 

「夜の準備をするから、少しだけ待っててね」

「うん、わかったー」

 

 魔王ちゃんキョロキョロと興味深げに室内を見回す。しかしモーリィの言うことを聞いてベッドの縁に行儀よく腰かけ座っている。

 

 モーリィは部屋に備え付けの箪笥の中から夜着を見繕う、女になってからも寝間着として使っている男物の大きい肌着を取りだし、自分の体に当て幼女をちらりと見る、子供用の下着はないが一晩寝るだけならばこれで問題はないだろう。

 

「魔王ちゃ……ああっ、聞きたいことがあるけどいいかな?」

「うん、いいよ、なあにー?」

「君の名前は何と言うのかな?」

「魔王だよっ!!」

 

 幼女はベッドに座ったまま宣言すると、短い手を腰に当てて胸を張った。

 あごを僅かに上にあげて、フフンッと誇らしげ。

 その姿は、ちょっと滑稽で小動物的な愛らしさがあった。

 モーリィはしばらく眺めていたのだが、和んでいる場合じゃないと我に返る。

 

「ええっと、知りたいのは本当の名前だけど……え、魔王は本名?」

「違うよ、魔王は称号だって御婆ちゃんは言ってた」

「ああ、はい、そうですよね」

「魔王の挨拶も御婆ちゃんに教えてもらったんだよっ!」

「…………」

 

 モーリィは納得をした。

 

 魔王ちゃんの以前の名乗り方と今の喋り方はあまりにも違いすぎると感じていたのだ。御婆ちゃん(まおうさま)、貴女の英才教育は明らかに間違っている。 

 

「うんっ、カエデだよ。あたしの名前は御婆ちゃんがつけてくれたんだ」

「そうか、カエデちゃんか、良い名前だね。私はモーリィ、改めてよろしくね」

「うん、よろしくね聖女っ!」

 

 どうやら魔王カエデには、モーリィの名前は聖女で登録されてしまったらしい。

 カエデ……幼女の名前は聞いたことのない不思議な響きがあった。

 

「それじゃカエデちゃん、体を洗ってから着替えをしようか」

「はーい、わかった~」

 

 カエデは手をあげて元気よく答えた。モーリィと二人っきりのせいかオドオドとした様子がなく伸び伸びとしている。あるいはこれが彼女の地なのかもしれない。

 

 モーリィは先に浴槽に入って、置いてある大きいタライに水道を開け水をためた。特別宿舎は騎士達が住む一般宿舎と違い個室に手洗いと浴槽がついている。

 共同風呂とは違いお湯などは出ないため水浴びしかできないが、体を洗い身を清めるだけならばこれで十分であった。

 

 モーリィは厚い生地で作られた貫頭衣形状の治療服を脱ぎ机に置くと、その下の長袖とズボン、下着を脱衣篭にいれた。全裸になると寒気を感じたモーリィの豊かな乳房がぶるん。カエデも自分で服を脱ぐことができるようで、喋り方こそ年相応だが見た目の年齢よりかなり利発だろう。

 

 田舎の悪ガキ達はカエデくらいの年齢だと鼻水たらし、大声ではしゃぎながら言うことも聞かず、風呂なんて裸で走り回って逃げ出すものだったが。よく考えたら自分もそんなお子さんだった、と……モーリィは少し恥ずかしくなった。

 

 先に脱ぎ終わったので幼女が脱ぐのを手伝う。カエデは目を丸くしながらモーリィの裸を見て「大きいっ!」と声を上げる。

 何が大きいのか聞くまでもないがモーリィは苦笑するしかない。

 

 柔らかい布と使いかけの石鹸を使ってカエデの体を洗う。

 幼児特有の筋肉の発達していない柔らかい体。

 滑らかで手触りのいい、炎のような色合いの赤い髪。

 

 カエデは洗われている間、モーリィの胸に興味があるのか何度もペタペタと触る。その行為は神聖なものに恐る恐る触れるといった感じで、モーリィとしてはこそばゆいが決して不快ではなかった。

 

 ただ、少しだけ悪戯が過ぎるようなので、お返しにカエデの脇腹をくすぐってあげるとキャッキャッと声をあげて喜んだ。

 

 水を張ったタライにカエデは楽しそうに入っていく、冷たさはそれほど苦ではないようだ。しかし人族より強靭な魔族とはいえ幼子、風邪でも引いたら一大事である。直ぐに出てもらい乾いた布で温めるように丁寧に肌を拭く。

 

 モーリィは幼女の体と頭に布を巻きつけて保温すると、今度は自分の体を洗う。普段は軽く布で擦り水浴びをする程度なのだが、今日はカエデの手前もあるのでしっかりと洗うことにした。

 

 モーリィにとって未だに慣れず違和感の残る体だ。

 女の象徴である胸を手で触る時が特に、いつかその違和感も消えるだろうか?

 その想像に、モーリィは男の自分が消えるような恐ろしさを感じた。

 

 寝間着を着せることにする、炎の色合いの髪はすでに乾いていた。

 

 

 日は落ち、月の明かりがぼんやりと室内を照らす。

 

 モーリィはランプを使うか迷ったが、疲労を感じていたので床につくことにした。

 薄明かりに照らされた室内、防寒用の厚手のカーテンを閉めると暗くなる。

 カエデはまだ起きていたそうな雰囲気だったが、ベッドに入り手招きをすると文句を言うこともなくモーリィの横に潜り込んでくる。

 

 聞き分けの良すぎる子、それは治療部屋から感じていた。

 逆にこの子が我儘をいう時は余程のことではないだろうか?

 モーリィの疑問、なぜ自分と一緒にいることを、この子は望んだのだろうか……。

 

 しかし、キャッキャッと嬉しそうに体を寄せてくるカエデの声を聞いていたら、疑問は霧散しどうでもよくなった。ただモーリィの中に温かい気持ちだけがあった。

 

 いつもながら砦の夜は冷える。

 

 二人で重なるように横になり毛布を顔まで被る。

 童心に返ったような不思議な気持ち、ミルクのようないい香りがした。モーリィの腕に抱きついてくるカエデの体温は高く、その熱は安堵できるもの。

 

「ねっ、聖女、何かお話して?」

「うん、お話?」

「御婆ちゃんは、いつも寝る前にお話をしてくれるよ」

 

 御伽話……モーリィは昔から子守をよくしていた経験から、同年代の者に比べても話を知っている方だが、魔族の幼子に聞かせるとなると少々困る。

 

 影を操る恐ろしい魔王と戦う選ばれし勇者の話とか、闇の凶悪な獣と戦う偉大なるドワーフの戦士の話とか、世界を破滅に導こうとした魔王の撃退に成功した国の話とか……どれも魔族の子供にはとても聞かせられそうにはない、モーリィは悩んだ。

 

 ただ、本当に不思議なことに、どの話にも緩い魔王様の顔が浮かぶのだ。

 

「聖女どうしたの?」

「あーはい、カエデちゃん、少しだけ待ってね」

 

 カエデの背中を優しく擦りながら、モーリィはおぼろげな記憶をたどる。

 幼女はくすぐったそうにしながらも、嫌がるそぶりはしなかった。

 ふと思い出す。モーリィがまだ幼かった頃に、母親から何度も聞かされて何度もねだった魔王が出てくる御伽話。あれならば話すことができるだろう。

 

「ええっと、それでは……放浪の旅をする魔王と小さい国のお姫さまのお話です」

「わぁ、魔王っ!」

 

 カエデはモーリィの肩に頭を乗せたまま歓声を上げて抱きついて来た。

 じんわりとした熱が心地よい、幼女の関心を引くことには成功したようだ。

 モーリィはカエデの背中に手を回したまま御伽話を語りだす。

 

 昔、母から聞かされたように、悠々と眠りを誘うように……。

 

 それは放浪の旅をする魔王と小さい国のお姫さまとの悲しい出会い。

 でも、確かな希望を持った優しくも儚い物語。

 

 殺戮を止められぬ魔王と、ただ約束を果たすためだけに生きた聖女。

 

 全て語り終えて夜も大分更けた頃には、聖女の胸にいる小さな魔王はすっかり夢の中。その寝姿を見て微笑むとモーリィも眠りにつくことにした。

 寄り添う彼女達の姿を第三者が見たらどのような関係に見えただろうか?

 その夜も冷えた。いつもと違いカエデがいたおかげでモーリィは寒くはなかった。

 

 

 

 モーリィは朝の冷え込みの中で目を覚ます。

 浮かび上がる白い吐息、手早く身支度を済ませた。

 まだベッドの中で眠たそうなカエデを起こし、着替えを手伝い整えると抱っこをして部屋を出る。ムニャムニャと何かを呟くカエデに笑みをこぼしてしまう。

 

 モーリィ達は部屋の前で、既に待機していた女騎士と合流した。

 

 挨拶を交わし、今日もお願いしますとお辞儀をすると、カエデも真似してお辞儀をした。その様子が愛らしく、女騎士と顔を見合わせるとクスクスと笑ってしまう。

 まずは食堂に行こう。今朝の献立は確か卵料理のはず、カエデは気に入ってくれるだろうか? そんなことを考える聖女モーリィは優しい気持ちに。

 

「取りあえずは礼を言っておこうか人族」

 

 特別宿舎の建屋から出た途端。凛とした、一度聞いたら忘れられない、美しくも印象深い女性の声で話し掛けられた。

 

 女騎士は酷く慌て、剣の鞘に手を当てモーリィ達を庇うように前に出る。

 いつも余裕を持った雰囲気の女騎士が、焦った表情を見せるのは珍しいこと。

 

「やめておけよ人族。貴様ら程度は私の相手ではないぞ?」

 

 彼女が発する言葉は傲岸不遜な女王のよう。

 だがこの女性には、嫌味なく惚れ惚れとするほど似合っていた。

 

 炎を思わせる色合いの神秘的な髪と瞳。雪のように白い肌に美しい貌。

 天上の美、傾国の美姫、神々の芸術家ですら作り得ない美の極致。

 彼女を褒め称える言葉はいくらでも出てきそうだ、人知を超えた美貌だった。

 スラリとした体に伸びた姿勢、踝まである簡素な黒いドレス、その質素さが逆に彼女の持つ恐ろしいくらいの美しさを演出していた。

 

 見た目はモーリィと同年代に見えるのに、身に纏う貫禄は桁違い。

 

 ただ、そこに立っているだけだというのに、目を離すことが出来ないほどの磁力を……人を惹きつけるような強い生命力を発している。

 声を掛けられるまで気がつかなかったのは本当に不思議なくらいだ。

 

 だがしかし、とモーリィは思った。

 この恐ろしいくらいの美人さんはどこかで見たことあるような?

 

 知り合いの作務衣の魔族女性が『ウフ―』と笑っているのが浮かんだ。

 

 赤髪の女性の顔をぬるま湯に三分ほどつけてから、髪を黒く染め角をつけネジっぽいものを緩めたら、あの緩い魔王様の顔になるのではないだろうか?

 生き物としての存在感は天と地程の開き、とモーリィはかなり失礼なことを考えた。

 

「お母さんっ!」

 

 寝ぼけ眼だったカエデが嬉しそうに声を上げる。

 目の前の女性はカエデの母親であり、あの緩い魔王様の娘。

 カエデの鮮やかな美しい赤毛の髪も彼女から受け継いだものだろう。

 

 モーリィは引き止めようとする女騎士に、大丈夫と微笑み視線だけで伝えて、カエデを抱っこしたまま赤毛の女性の前に進み出た。

 

「初めまして、私は砦の治療士、モーリィと申します」

「ああ、私はその娘の母だ。どうやら迷惑をかけたようだな」

「いいえ、大変お行儀の良い子で手はかかりませんでしたよ」

「そうなのか? 何にしろ感謝する」

 

「お母さん、あたし、いい子にしてたよー?」

 

 話を遮るように発したカエデの無邪気な発言に、モーリィと彼女は同時に顔を見合わせ、一拍おいて微笑んだ。

 女性のそのさり気無い、しかし深い慈愛に満ちた表情を見てモーリィは安堵。彼女はカエデを蔑ろにするような親ではないと分かったからだ。

 

 美しい女性に胸に抱いていたカエデをソッと差し出す。

 

 彼女は一瞬虚を突かれた顔をしたが、我が子を受け取りそのまま抱っこをした。

 カエデはしばらくモーリィの服をつかんでいたが、彼女が優しく髪を撫でるとつかんでいた手をやがては放す。

 

 聖女はズキンとした痛みを胸に感じた。

 

「お母様から話は聞いている、貴様は人族の……聖女らしいな?」

「え、はい、どうやらそのようです」

「そうか……なるほど、なるほどな」

「あの、なにか?」

 

 彼女が何に納得しているのか、モーリィは不安に思い尋ねる。

 

「ふむ……その様子だと自分では理解してないようだな。まあいい、聖女モーリィ。何かあった場合は力になろう、その時はお母様に伝えるがよい」

「え? ……は、はい」

「少なくとも貴様は、その者たちが命を懸ける程度には重要らしいからな」

 

 彼女は炎色の瞳で特別宿舎の出入り口の扉をチラリ。

 

 モーリィが顔だけで振り向くと、いつの間にか十三人の女騎士が揃っており、武装し普段見たことのない険しい顔をして立っていた。

 

「ではな聖女モーリィ。貴様とは改めてゆっくりと話をしたいものだよ」

「はい、その時は是非に」

「またね! 聖女っ、またねー!」

「あ、うん……カエデちゃんもまたね」

 

 抱っこされたまま、ブンブンと笑顔で手を振るカエデ。

 モーリィも僅かに笑みを浮かべ小さく手を振り返す。

 あれ程の騒ぎがあったにしては、あまりにもあっさりとした別れ。

 

 モーリィは去っていく彼女達の後ろ姿を見えなくなるまで眺めた。

 

 無意識にため息。昨日の朝からあの子に振り回された騒がしい一日。

 当分の間は勘弁して欲しいものだとモーリィはしみじみと思った。

 聖女は自分の胸を何となく見る、そこにはカエデが先ほどまでいた。

 

 でも……でも、何故だろうか。

 

 少しだけ胸の中……何も失ってはいないはずなのに、何かを失ってしまったような、ぽっかりと穴があいてしまったような、そんな気持ちになっているのだ。

 

 昨日の護衛をしてくれた女騎士がモーリィの傍にくる。

 そして差し出されるハンカチ。

 

 モーリィはしばらく不思議そうに彼女を見ていた。そして、そこでようやく自分の頬に熱い何かが流れていることに気がついた。

 

 モーリィはいつの間にか涙を流していたのだ。

 

「あ、あれ? ……何で、どうして?」

 

 声が震える、視界が水鏡のように歪む、涙を拭こうとした指先が震える。

 

「あ、ああ……あああっ!」

 

 女騎士の手を縋るようにつかむと、モーリィは彼女の肩に寄りかかって、静かに、声を殺して、呻くように泣いた。

 涙が後から後からボロボロとこぼれ止まらなかった。

 

 女騎士も、モーリィの震える体を無言で支えた。

 

 理由は分からず、対処法も分からない。

 切なくて寂しくて悲しいといった、やりきれない気持ちが自分の中に次々と生まれて、制御のできない感情に心は揺さぶられ振り回される。

 

 困惑して、モーリィは泣くことしかできない。

 

 この気持ちは、自身が女となったせいなのか、それともそうではないのか、聖女モーリィには判別することが出来なかった。

 

 ――――――

 

 次の日には、魔王カエデは普通に治療部屋に遊びにきていた。

 

「うふーっ」

 

 聖女モーリィは嬉しいような迷惑なような、何とも言えない複雑な気持ちになった。彼女に、誰にも話せない出来事が一つ増えたのである。

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