Freaks 世界一幸せな日記の最終頁   作:サングレ

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1話 発端

 

 

 

 

 

常界 中心街 チトセ探偵事務所

 

 

 

  午後1時。三階建ての雑居ビルを丸ごと利用した事務所から見下ろす街並みは柔らかい陽射しを受けて心地の良い雰囲気を醸し出し、人々と警備用ドライバが交差する。

  さて、和やかな陽気の中、偏屈な客しか寄り付かないこの事務所に珍しく真っ当そうな客がやって来た。

  銀髪をオールバックにした少し硬派な印象を残す少年だ。

 

「俺はギンジ。世界評議会の最高幹部を務めている」

 

  この世界に於いては他に比肩しようないその名乗りに対する、和装の女性であり私立探偵チトセは和かに微笑むだけだ。

 

「ウチはチトセ。見ての通ーり探偵をやっとるしがない一市民さかい……幹部はんが何の用どすか?」

 

  傍目から和やかに受け答えしている様に見えるがチトセは内心疑問に思っていた。

  探偵としてはマイナーかつコアな客しか寄り付かないチトセの居場所を良く突き止められたなと思ったのだ。

  常連の誰かが教えたのだろうか? その疑問は次の発言で解消された。

 

「極東庭園のフジに、貴女の事を教えてもらった」

 

_____あの野郎

 

  水の庭園の主人にして極東一の情報屋でありチトセの飲み友達でもある水花獣フジ。

  しかし少々茶目っ気があり悪戯心も持ち合わせている為、チトセに解決出来るギリギリのラインで危険な仕事を仕向けてくることもある。

 

「……フジ、他に何か言っとった?」

「力で解決するに限れば一番信頼できる人間だと。これを」

 

  差し出されたのは折り畳まれた紙。受け取り開く。

『割と世界がピンチです。あとはよろしく頼んます。フジ』

  懐のマッチ箱に手が伸びかけたのを寸前で止めた。逆説的に考えれば「フジはギンジを信頼し、その上でチトセを紹介した」とも言える。

 

「……依頼を聞こか」

「この依頼自体が、聞くだけで世界の裏側を知る様な事だとしても?」

「何を言うてはるん。ウチはもう引き返せん人種なんよ。その辺理解しとって、ウチに声掛けたんちゃう?」

 

  ギンジはチトセを見、そして一度目を瞑って……もう1度開いた時には何かを決意した様な意志の強い目をしていた。

 

「俺の友人の話を聞いてくれ」

 

  そう切り出したのは5人の友人の話と、最近騒がれている聖なる扉解放の顛末だ。

 

 

  放浪の末に出会った5人の事、円卓の騎士との接触と交戦の事、竜王ノアの一族である夜汽車の門番達の事、庭園の事。

 

 

そして、扉に向かった事。

扉で起こった事。

 

 

  時間をかけて丁寧に丁寧にギンジは説明した。

 

  話している間に知らず知らずのうちに目線を下げていたギンジがチトセの方を向くと、いつの間にやら吸っていた煙管を片手に頭を抱えていた。

 

「……なんか悪い」

「ええんやで。ちょっと話のスケールが想定の5倍ぐらい大きくてな、飲み込むの大変なんや……」

 

  煙管を一口吸って煙を吐き、呼吸と思考を整えてチトセはギンジに向き直った。

 

「つまり、ギンジはん。あんたはんの話から推測するとウチ……若しくはウチらを戦力として数えたいんちゅう訳やな」

「ああ」

「戦い続けなはるんやな」

「ああ……だからこそ、力を借りたい。()()()のチトセ」

 

  決意は硬い。その名を口にする事こそが、証明だ。その実直さにチトセは擽ったさを感じた。

 

「ギンジはん。ウチみたいな外道を頼ってくれはって、おおきに。覚悟が確かなのも十分解ったで。でもな、心に留めとき? 」

 

  だからこそ、これだけは言っておきたかった。

 

「何もかも、手遅れになる可能性はゼロじゃないんよ。やれる事全部やって、命も擦り減らしても……逆にそれが裏目裏目に出て1番悪い結果になる事も捨てきれへんのや」

 

  行動している時はわからない。良かれと思って動いた結果、それが大切な人の首を絞め上げていたなんて良くある事なのだ。

 

「それも含めて、解ってはるんやな?」

 

  少し、意地の悪い問いだったかもしれない。しかしギンジは真っ直ぐにチトセを見ていた。

 

「立ち止まる気は無い。引き返すつもりも無い。今はただ、前へ進むだけだ。それが全ての努力が無に還る選択だとしても」

 

  その答えを聞いたチトセはとても優しく笑った。

 

「よろしおす。この神殺しの刃、貴方に預けましょう、ギンジ」

 

  静かに、お互いに握手を交わしあった。

 

 

 

 

✳︎

 

 

 

 

「そないな事で長期戦や気張りぃね」

「軽過ぎて不安しか無いのですが」

 

  ギンジが去った後の事務所。

  世界を左右するような依頼をサラッと受ける上司に辟易する少女、ロレッタ。

 

「逆説的に……評議会の秘密、ゴシップ記者に売りつけたら稼げると思わん?」

「シリアスからそうやって金の話に持ってくのがチトさんの悪い癖ですよ」

「何を言うてはる? このご時世探偵なんて儲からんのよ、積極的に金稼ぎや。プライドで腹は膨れん」

「貴女なんで探偵やってるんですか……」

 

  大して金に困っていない癖に妙に金に執着がある。ロレッタは及び知らぬ事だが、チトセの普段着である着物には呪術的な加工が施してあり、その値段も安くは無いのだ。

 

「せやせや、ロレッタもそろそろ暴れたいやろ? 潜入したいやろ?」

「いえ、私は」

「貿易会社ひっくり返したの、何年前やったかなぁ」

「……」

「詐欺紛いの手口で完全部外者が社内崩壊とか痛快やなぁ」

「あ、あの時は生体実験の資料に興味があって保管されてるって聞いたから、聞いたから」

 

  目線を逸らしながらロレッタは言い訳する。チトセはにっこりとしながらトドメを刺した。

 

「次は評議会やで? それ以上が……」

「それ以上が……?」

「出てくるで」

「やります!」

 

  即答。頭を抱え悩ましげな表情をしながらも欲求には勝てなかった。

  ロレッタの欲求とは、つまりは情報収集欲だ。野次馬の上位交換とも揶揄されるその欲は時として裏社会や企業すらも崩壊させるほどだった。

 

「うっしそうと決まれば行動や! ジョシュアも引き込みましょ」

「ナトリ先生は?」

「魔界に行かはったよ」

「この情勢が不安定な時期に……」

 

 

×××

 

 

 

 

常界 西区中央図書館

 

 

「お前さぁ……本当さぁ……」

「笑えよ」

 

  翌日から各々が情報収集を始めた。尚、朝からチトセは裏を当たると言って終息不明な為、ロレッタともう1人の助手であるジョシュアは2人で行動を開始した。

 

「それってTRPGにおける導入じゃん? そんな『あ、コンビニ行こう』みたいなノリで世界機関調べる……?? 世界大丈夫? こんな奴にどうにかされちゃうの俺嫌なんだけど

「お前本当にCoC好きだな」

「何好き?」

「ネクロニカ」

 

  整備され尽くされた中央図書館は森林公園が隣接する建物だ。読書スペースの窓の先には青々とした木々が聳えている。

  情報社会の昨今ではあまり需要が無くなってきたこの場所は昼間だというのに利用者は少な目だ。

 

「と、いうわけでお前の大好きなCoCの情報収集に従って二手に別れる」

「わーいリアル図書館&目星だー」

「ファンブルなよ? ジョシュアは新聞、私はゴシップ雑誌を漁ろう。……じゃ1時間後に読書スペース……いや話し声が響くな、1階の自販機前で」

「おっけ」

 

  そう了解しあってロレッタは雑誌スペースへ歩を進めた。ジョシュアはその背中を見送って検索機の前に立つ。青く光る操作盤と待機中を示すホログラムディスプレイ。新聞のカテゴリーを引っ張り出し、暫し考える。

 

____直接的に切り込みたいが、聖なる扉自体はまだかな……評議会が手持ちの情報じゃ心許ないな?

 

『評議会』と検索すると、ここ3ヶ月の記事が大量に現れた。内容は最初期は隠蔽をしていた評議会への非難、中盤からは最近に掛けては内部組織の解体、設立等に移り変わっていた。

『聖王アーサー行方不明か』という記事もあった。

 

____最高幹部の1人だったよね?

 

それらの見出しをプリントアウトした後、試しに『最高幹部』で検索をかける。

『聖なる扉を閉じた英雄 ギンジ』『取材応じず、職務に集中か』というものの他に『前任者指名手配』という物騒な見出しが出てきた。

  気になり棚番号を確認して新聞独特の匂いがあるスペースに行き、バックナンバーを手に取って広げた。

指名手配されたのはアーサーでは無く、同僚のオズという竜であり、扉を開いた者たちの1人。現在は生死問わずで指名手配がされている。

  他にも扉を開いた人物はいて、オズ以外全員が人間という。画質が粗い手配書にはジョシュアと然程年が変わらなそうな3人の少年少女と道化師の格好をした男性が写っていた。

スマホで写真を撮り新聞を元の場所に戻した。

 

きっちり1時間後。自動販売機前で2人は落ち合った。

 

「暗いし寒いし何だここ」

「日当たりが仕事しねぇ……外のベンチ行く?」

「オッケー飲み物も買う! 人参ソーダ?ナニコレ旨いのかな?」

「私はコーヒーで」

 

  図書館を出ると細やかだが日当たりのいい緑化スペースに幾つかベンチが設置してあった。その中でも1番見晴らしが良さそうな場所を選ぶ。隣の森林公園で遊ぶ子ども達の姿がよく見えた。2人同時にプルタブを開けて一口飲み、ロレッタから切り出した。

 

「何かわかった?」

「扉が開いて評議会旧体制崩壊。傘下組織解体かーらーのー新組織設立。あと前幹部行方不明と指名手配」

「言わんとしている事は何と無くわかる」

 

  差し出されたスマホの画像とジョシュアのやる気の無い説明から大体の事を察する。

 

「そっちは?」

「聖なる扉についての陰謀論が盛ん。人間と竜が頑張った程度で開けんのかってドッタンバッタンの学派騒動。あと、現最高幹部のギンジ……依頼主が戦犯と面識あるんじゃないかってのが多数。バレかけてるやべぇ。最高幹部の秘書面接で重傷者多数……とか。正直、表のめぼしいものなんて無い。出版会社通してる点で検閲入ってるっぽいし。頼みの綱はチトさん」

「ごめん最後の何? 重傷者多数って? え? 面接で?」

 

プリントアウトされたゴシップ記事を手渡される。見出しはそのまま『最高幹部付き秘書試験重傷者多数 倍率高騰』

  良く読むと現在最高幹部の秘書が決まっておらず募集中だが、その過程の試験の実戦試験で重傷者を負う者が続出しているという。   

  かなり扇情的な書きっぷりで信憑性が怪しいが、ロレッタが持ってきたという事は真実に近いのであろう。

 

「え……?」

「意味ワカンねぇだろ。重傷者多数どころか2桁行ってるってよ」

「意味ワカンない何それコワイ」

「噂じゃ最高幹部様直々に試験してくれんるだとさ」

「何それめっちゃコワイ。え? ブラック?」

「純粋な黒っすね」

「ギャァアーー」

 

  お互いに表情を動かさないまま受け答える。思った以上に情報が封鎖されている為か、収穫が美味しくないゆえに気力が削がれていく。

  対比されるのは暖かい日差しと子供の声。あまりにも両極端である。

  温厚な陽気の中、次に何処に向かうか考えていたジョシュアはふと思いつく。

 

「……ねぇ、評議会の図書館行ってみない? 大元でどんな情報管理がされてるか見てみたい」

「採用。行くか」

 

  立ち上がろうとしたロレッタはどうしても聴きたかった事を尋ねた。

 

「人参ソーダ旨い?」

「意外に旨くて頭が混乱してる」

 

 

×

 

 

  中央図書館最寄駅から電車で30分。評議会庁舎6階に存在する総合図書館は中央図書館と比べ物にならないくらい広大で清潔で活気がある。今の時間は調べ物に訪れる学生が多い。

 

「広っ、明るっ!」

「同意する。ジョシュア初めて?」

「初めて」

 

  検索機がズラリと並んだ姿は壮観だ。ロレッタはそのうちの1台の前に立ち慣れた調子でキーボードを操作する。

 

「すげぇ、キーボードまでホログラムだ」

「中央はキーボード普通だしな。さて……どうする? 直接行くか? 新聞?」

「もう直接行っちゃお。新聞新聞」

 

  新聞カテゴリーを選択し、『評議会』と打ち込む。しかし検索結果は中央図書館と変わらなかった。

 

「うーん?」

「まぁあれだ。発行数が少ない地方の新聞も追加されただけだ」

「そだね」

「無駄足か……」

「そだね……とりま検索結果パシャる」

「頼む」

 

  ジョシュアがカメラ機能で撮影している間、ロレッタは図書館内を見渡した。

  やたらと職員募集のポスターが至る所に掲示されている。

 

_____そこまで職員不足なのか?

 

よく見てみるとアカデミー職員から上級管理職まで。噂の最高幹部付き秘書の募集もあった。近寄って読むと応募資格はかなり緩く、枠は2人。

 

____仮にも最高職の秘書の応募資格がこれだけか? 何かキナ臭いな。

 

「ロレッター。チトさんから電話、集まれる?って」

 

通話中のスマホ片手に近寄ってきたジョシュアが告げる。

 

「集まれる」

「おっけー。もしもしチトさん? 駅ビルのファミレスで良い? ハイハイそれじゃ」

 

 

 

 

 

×××

 

 

中心街 ターミナル駅ビル

 

 

しばらくしてチェーン店のファミレスに3人は集まった。

注文を受けた店員が去るのを見送って先ずは図書館に行っていた2人が報告を始めた。

 

「これがここ1ヶ月の新聞記事の見出しで、なんかもうニュースでやってんのと変わんない感じッス。あ、行方不明の最高幹部の件とか、指名手配犯の写真とか?」

「ゴシップの方は聖なる扉についての学派論争、英雄ギンジと戦犯の関係性。最高幹部付き秘書の面接で重傷者多数」

 

2人の話に頷きながら聞いていたチトセは今度は自分の番、と手帳を取り出して切り出した。

 

「こっちは2人の話の裏側やなぁ、おもろい話聞けたで。行方不明の最高幹部アーサーからなぁ。 奴さんは元々ここの育ちじゃないらしいで? 天界育ちなんて推測しとる奴もおる。出生には色々悪い話があって今回の行方不明にも関係している……なんてな」

 

注文の品を受け取り、早速焙じ茶を啜ってから続ける。

 

「それに関係してたんはロキっちゅう神様や。どうも評議会の重役の身内で、もう1人の最高幹部のオズ?と3人の子供を指名手配にしたのもこれや。 こっからは内密に頼むで?」

 

真剣な表情と周りに聞こえない無声音で告げた。

 

「ロキはアーサーと結託して扉を開きはった、て噂が裏で立っとるんや」

 

しん、と雪がちらつく様に静寂が降りた。

コーヒーを啜ったロレッタは暫く渋い顔をする。

 

「キナ臭いのはわかりました。1ヶ月前に聖なる扉は開かれ……閉じた? しかしその中で評議会に混乱が生じた」

「せやなぁ、それで正解やと思う。円卓の騎士(ナイツ・オブ・ラウンド)の活動が表に出なくなったのも、仕える相手がいないからっちゅー事やね」

「彼らはアーサー王に仕えてこそ、ですからね」

「6章……日中ゴリラ……うっ、頭が」

 

朧げにアーサー王物語を思い出すロレッタとスマホゲームの内容を思い出し頭を抱えるジョシュア。

 

「掘れば掘るほど危ない話が出てくるなぁ。評議会が職員大量に募集してるの知っとるよな?」

「あー、総合図書館にめいいっぱいポスター貼ってましたね。人員入れ替えでしょうか」

「せやせや。色んな層入れ替えとるらしいわぁ」

 

立ち直ったジョシュアがハンバーグを齧りつつ呟く。

 

「もう既に隠蔽臭が……」

「表向きには一新した管理体制で世界を統治する、みたいなモンやけど実情はそうやろうな」

「このビッグウェーブに乗って就職すっかなぁ。事務処理なら前の仕事で鍛えたし実戦経験あるし」

「お、件の幹部付き秘書の募集要項満たしとるなぁ。アレ、本気でヤバいのは片方だけみたいやで? 男の幹部と聞いたわぁ」

 

ロレッタは男の幹部と聞いて真っ先にギンジが浮かんだが削除した。既に秘書がいると聞いているしだからこその空きが2人なのだろう。

 

「じゃ、その秘書募集、応募してみますかね。ここら辺で一発ドカンと潜ってみたいですし」

「それでウチがロレッタが持ってきた情報で一発ドカンと稼ぐんな? あいわかった」

「アンタ本当に探偵?」

「で、真意は?」

 

ニヤニヤと笑うチトセ。ロレッタは迷うフリをした後、ほんの少し意地の悪い笑みを口元に浮かべた。

 

「仕事云々の前に情報マニアなんでね。ま、死なない程度に頑張ります」

「長生きしないよ……序でに碌な死に方しないよ……」

「お前もそうだぞジョシュア」

「まあね! 探検家なんて老衰で死ねないよ! 滑落事故か溺死か餓死だね!」

 

口の悪さを隠そうとしないロレッタと機嫌よく受け答えするジョシュア。その微笑ましいやり取りを見て何を思ったのかはわからないが、チトセは静かに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

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