評議会庁舎受験者控え室
「言っちゃ悪いが……え、評議会の秘書試験ってこんなもん?」
「お前情報マニアだからだろ。結構難しかったけど……秘書試験なんて初めてで通常難易度がワカンない」
「私ら探偵助手なのにな」
「助手って何だろうね」
「新鮮な肉盾?」
「やめて?」
筆記試験を終えたロレッタとジョシュアは待合室のベンチで駄弁っていた。
待合室は地下4階にあり、窓のない部屋は自動販売機のモーター音が静かに響いている。
「戦闘力超重視系? だったら私今回無理そうだな」
「俺もだ……」
2人の他にも複数人候補者がおり、それぞれストレッチや武器の確認を入念にしていた。 年代も性別も、或いは種族もバラバラだが。皆一様に静かな闘志を湛えた瞳をしている。
筆記試験が終わり次第、実技試験だ。2人がほぼ同時にここに来てから複数人見送っている。
「ロレッタ、武器どうした?」
「私は拳銃だ。試験は実弾許可が下りてるから遠慮なく持って来た……ジョシュアは?」
「これ!」
そう言って金属球を掲げ、光の力を注ぐと二丁一対の拳銃が現れた。表面を覆うように走る溝にはエネルギーが目に見えるほど循環している。
「ああ、それか」
「俺が1番信頼するドライバだからね。勝負どきにはこれをって決めてる」
かつて、光の天才に制作してもらったと言うジョシュアお気に入りの拳銃型ドライバ。連射機能を極限まで高める為に通常の2倍のエネルギー循環ラインが付与されている。
___そういえば光の天才も評議会所属だったな。ここの所ドライバ技術者の話をめっきり聞かないような……?
後で調べようと心に決めたロレッタ。
1人、また1人と候補者は呼び出され、待合室には2人だけとなった。
そそくさとジョシュアがドライバを定位置に装着した直後、2人の役員が2人を呼びだした。
案内に従って部屋を出てエレベーターで更に下へ。ますます照明が重苦しく感じるリノリウムの通路の突き当たりは二手に分かれていた。
「こちらからはお1人ずつの試験となります。規定は無いのでお好きな方をお選び頂けます」
____なるほど、だから役員さん2人なんだ。
ジョシュアは1人納得した。それはロレッタも同様だった。
「ジョシュア、好きな方選んでいいぞ」
「わーいじゃー右行きます」
ジョシュアは右の通路へ。ロレッタは左の通路へ歩き出す。
ロレッタと別れ役員に大人しくついて行くジョシュアは向こう側から歩いてくる人影に気づいた。厚手のタオルで滝の様な汗を拭っている。顔立ちから待合室で見かけた候補者の1人だとわかった。
「お疲れさまでーす」
立ち止まって候補者に声をかけた。役員も立ち止まり、2人の邪魔にならないよう壁際に退いた。どうやら時間に余裕はあるらしい。
彼もジョシュアを見かけていたからか、立ち止まって片手を軽くあげた。それなりに鍛えた体つきをした男性だ。年はジョシュアより上に見える。見るからに温厚で気さくな雰囲気を醸し出している。
「よぉ、坊ちゃんはこれからか」
「これからです。どうでした?」
「いやー凄かったね、命の危険感じるくらいさ! あんな細身のどっからあんな力出るんかね! 坊ちゃんも頑張れよ!」
手を振りながら去って行く候補者に一礼して、再び歩き出した役員について行く。
_____細身?
数日前のチトセの「ヤバいのは男の方」という発言を思い出す。細身の男か、それとも女か? 最高幹部の座は英雄ギンジともう2人。つまり上記のチトセの発言から察するに男2人に女1人。 態々「男の方」と言ったからには内訳はそれで合っている。
推理をしているうちに1つの扉に辿り着いた。
「ここから先が演習場です。試験官との実戦となります。準備はよろしいでしょうか?」
「バッチリです」
「了解しました。では……ご武運を!」
愛想よく役員は言い終わるとパネルを操作して扉を開けた。見た目に反して軽い音を立てて開いたその先に踏み込むと、軽い音を立て閉まった。
照明は薄暗い。しかし心地よい静けさだ。ジョシュアの靴が軽快な音を響かせる。最後の扉は手動式で、ジョシュアは観音開きの扉を両手で開け放った。
そして不意に開けた空間。正しく演習場の体をなしたその中心にいた女性は真っ直ぐにジョシュアを見据えていた。
左右違う色の神秘的な双眸。濃い紫の髪を一括りにまとめ、とても動きやすい服装をしている。片手には丈夫そうな鞭。どうもドライバでは無さそうだ。
「お前が最後か」
「はい、よろしくお願いします!」
凛とした声に、背筋を正したジョシュアは出来るだけ明瞭に答えた。
その姿に女性は口元を緩めた。
「ああ、最終試験だ。全力でかかって来い! 遠慮はするなよ!」
ヒャン! と鞭が一振りされる。ジョシュアは構えを取りながら、自分以外の事で異常に焦った。
_____やばい、ロレッタがハズレを引いた!!
ロレッタは役員に着いて行きながらもその観察をやめなかった。出来るだけ視線を気づかれないように。
どうもこの役員は何かに怯えている。出来るだけ無表情を作っているようだが口の端の震えが隠せていない。
それは確実に自分の身にも降りかかる事だろうとロレッタは確信していた。
_____不味いな、コレはハズレ引いた。長期入院も視野に入れとこ……。
割と運はいい方だと思っているのだがどうしようもない確率で悪い方を引く。しかもそれは自分の生命に関わる事の時だけ。
そんな思考をしているうちに扉の前に来た。
「ここから先が、演習場、です。準備は、よろしいでしょうか……?」
「何時でもどうぞ」
視線を下に、震える声を律しての問いかけ。いっそ哀れなほどだ。
震える手でパネルを操作し、軽い音を響かせて扉が開いた。
「どうか、ご無事で」
役員の精一杯の声がけ。それを背中に受けてロレッタは踏み出した。背後で軽い音を響かせて扉が閉まる。
近づけばセンサーで開くのだが、閉じ込められたと錯覚してしまう。
薄暗い照明に冷気の満ちる通路。1番奥に観音開きの扉が見えた。一歩踏み出したその瞬間。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
響き渡る悲鳴と何かがのたうちまわる音。瓦礫を崩すような音が一緒くたになって通路に響き渡る。
反射的にロレッタは駆け出した。コートの内側からデザートイーグルを引き抜き装填して両手で構える。駆け出した勢いを殺さず、バネの様に身体をしならせ手動式の観音開きの扉を思い切り飛び蹴りで開け放った。
横滑りしながら着地して、前にデザートイーグルを構えて、絶句した。
竜の形をしたドライバが3体、その足元に転がる1人と完全に腰が引けたまま発砲を続ける1人。明らかに恐慌状態を起こしている。
そしてその光景を楽しそうに見つめる男が1人。
「チッ!」
瞬時にやるべき事を考え終えたロレッタは倒れている1人に駆け寄り、援護射撃をしながら恐慌状態の1人に怒鳴った。
「もういい逃げろ! 早く!」
こっちを見た瞬間出口を指し示してやれば悲鳴をあげて拳銃を投げ出して転がるように走り出した。床を滑ったそれはロレッタの足元まで届く。
「あとこいつも頼む! 扉を閉めろ! 振り返るんじゃねぇぞ!」
完全に意識を飛ばした血塗れの候補者をありったけの力を込めて投げると、出口に辿り着いていた候補者が受け止め、扉を閉めた。
ともかく、これで荷物は無くなった。自分に集中が出来る事で生存確率は飛躍的に上がった。男から目を離さぬようそっと足元の拳銃を拾い上げる。グロック17、最近のモデルの様だ。この試験に向けて新調したようで使い込まれた形跡はない。重さからして残弾は6か7が妥当か。
____人生最悪級のハズレ引いたぞこれ……。
場の中心に立って静観していた男へ銃口を向ける。緑色の少し長めの髪、目元を隠すような帽子に柄の派手なスーツが嫌に似合う長身の男だった。
「なるほど、君が最後の候補者か。いやはや最高の手腕だ……尊敬に値するよ」
乾いた拍手を送る男。冷笑とも微笑とも判別のつかない笑みを浮かべていた。爬虫類じみた狂気的な光をたたえる瞳にロレッタは知らず知らずに生唾を飲み込んだ。
_____人では、無い? 複合種族……混種族か?
「そんなに警戒しなくていいよ。ただの試験なんだから」
「……こんな血塗れな場所では説得力がありませんよ」
「酷いなぁ。よく見てれば避けれる相手なんだが」
男を中心に機械音を立てて旋回する3体の竜型ドライバ。骨組みに張られたレーザーの翼が血の匂いを含む空気をかき回し静かにロレッタの髪を撫でた。
確かに観察すれば完全にプログラム管理下に置かれているようだ。逃げ回りつつ様子を見れば何とかなるかもしれない。
そこに行き着くまでに腕の1本犠牲になりそうだが。
「冗談はさておき。今でも君が此処にいるのは試験を受ける気があるからだろ? ……なら、全力でかかってる来るといい」
合図とばかりに男は片手をゆらりと上げる。そして勢いよく振り下ろした。
「その蛮勇を俺は歓迎しよう」
同時に唸りを上げ飛翔して来る三体のドライバ。ロレッタはジャケットの内側から拳銃と入れ違いに金属球を取り出す。風が渦巻き形を成した箒型ドライバを前に構え、思い切り走り出した。
✳︎✳︎✳︎
評議会庁舎第16演習場
降り注ぐドライバの雨を直感だけで掻い潜る。電撃で爆発的に加速しギルガメッシュの後ろに回り込み、その背中に一撃を与えようと足を振り上げて_____
「そこまで」
寸前で止めた。ジョシュアの後頭部には展開されたドライバが突きつけられていた。
ギルガメッシュは髪をなびかせながら振り返って笑ってみせた。
「賞賛に値する。瞬発力ならどの候補者にも勝ろう」
ジョシュアの身体はその意味を理解した後、ゆっくりと力が抜け崩れ落ちた。遅れて滝のように汗が流れ出る。両手の中でパチリと電流が走り、ドライバはただの金属球に戻った。
「こ、こわかった……」
「はっはっは! 以外に小心者だな」
「だって滅茶苦茶強いですもん貴方……」
自分の整理が落ち着き、立ち上がり、礼を言おうとした瞬間ロレッタの存在を思い出した。
「やばい……! あ、あの! 実はゆ、友人? と一緒に試験受けてまして!」
「ほう」
いまいちロレッタを友人と認識していなかった為、形容に詰まった。
「もう1人の方へ行ったんですけど大丈夫ですかね!? 生き残れますか!?」
「…………それはマズイな」
「えっ」
「殺しはしないさ、彼奴も」
目を逸らしたギルガメッシュにジョシュアは頭を抱える。彼自身もかなりの時間を消費している。今から行っても間に合わないだろう。寧ろ彼方の方が早く決着が付いているかも知れない。
「ロレッタ……」
祈るように呟くするしかできなかった。
✳︎✳︎✳︎
評議会庁舎第17演習場
空中でばら撒かれた小型爆弾が炸裂する。翼部を爆破された竜型ドライバが轟音を立てて墜落する。
「あとひとつ」
箒型ドライバを立ち乗りで操り最後の1体から迅速に離れる為に上昇するロレッタ。その手の中には最後の小型爆弾が握られていた。1体壊すあたり6個を計2回。1個では陽動にもならない。
_____さあ、どうする。
地上でこちらを見上げるベオウルフをチラリと伺う。口の端に笑みを浮かべたまま動く気配は全くない。既に手駒は1体というのに余裕の表情だ。
____観戦だけで動くつもりは無いのか。好都合だむしろ動かないでくれお願いします……!
竜型ドライバが大口を開けて飛び込んでくるのを急降下して器用に避ける。ガチんと歯がかち合う音が降ってきた。
この竜型ドライバ、完全プログラム式で何処を破壊しようが移動手段がある限り無制限に襲いかかってくるという恐ろしい代物だ。だが逆説的に翼さえ壊してしまえば箒型ドライバで飛べるロレッタは優勢となる。
1体目破壊の時、試しに頭を完全爆破してみたが、そのまま突撃してくるという狂気的な光景が繰り広げられた。
しかし頭部に重要な回路でも埋め込まれているのか、再起動するまでに僅かなタイムパラドックスがあった。時間にしてわずか3秒。
_____やろう
一度旋回して竜型ドライバに真っ向から突っ込む。鋭利な刃をのぞかせるそれと刹那、ほんの僅かに上に逸れすれ違いざまに脱いだジャケットを頭部に投げつけた。
ジャケットに縫い付けられていた大量の爆弾の信号とロレッタ自身風の力が走り一拍置いて爆発を起こし爆風などでは生ぬるい衝撃が空間を震わせた。
爆風を乗りこなしナイフ片手に一直線にベオウルフに飛びかかり、勢いと限界点まで噴き上がった殺意に身を任せて横滑りに振るったナイフは右肩から左肩にかけて横断して切り裂いた。
鮮血が舞う。やった、と確かな手応えを感じた次の瞬間に右脇腹に冷たさを感じ、間も無く強烈な熱と痛みを感じた。
ロレッタの脇腹をベオウルフの仕込み杖が貫通していた。そのままベオウルフは手を離し横に逸れ、ロレッタは箒型ドライバごと余剰な推進力の所為で床に叩きつけられた。衝撃で体が跳ね上がり2回バウンドして仰向けに倒れた。ドライバは床を滑り手の届かない場所で金属球に戻り沈黙した。
衝撃で仕込み杖が傷口を滅茶苦茶に広げ出血が止まらない。全身に寒気を感じる。
ロレッタは死なない事を願い、そのまま意識を手放した。
呻き声も上げず沈黙した少女を見下ろしながらベオウルフは左頬に痛みを感じていた。すれ違いざまに付けられた烈風による傷跡だと彼は理解している。
興味を持った玩具を見るように彼の目元には信用ならない笑みが刻まれていた。
✳︎✳︎✳︎
評議会庁舎総合医務室
ジョシュアはベッドの横のパイプ椅子に半ば崩れるようにして座っていた。
目の前には血の気の失せた眠る悪友の姿が。1時間前に適切な処置と輸血を終えたロレッタの容態は安定している。
演習場を飛び出したジョシュアが彼女と別れた通路で見たのは血塗れの彼女を役員に引き渡す、これまた血塗れの男の姿だった。
彼がロレッタの試験官であり件の男性幹部であったとすぐ様理解してその場に立ち竦んだ。男性幹部はジョシュアに気づいた様だが、何も言わず通路を引き返していった。
その後に駆けつけたギルガメッシュの指示により2人は医務室に運ばれ、今に至る。
何気なく視線を落としたジョシュアはロレッタの瞳が緩く開かれるのを見た。椅子から飛び上がりロレッタを覗き込む。
「ロレッタ!?」
「……知らない天井だ」
「言ってみたかったんでしょ」
「おう」
概ねいつも通りの返答に安堵する。少し活きが無いだけだ。
麻酔がまだ効いているのかロレッタは眠気まなこだ。
「どこまで覚えてる?」
「脇腹抉られて墜落した所まで……」
「本当に何があったの!? 」
「死亡フラグも死ななきゃ安いんだよ……」
「ああもうこの脳筋が!」
「流石に疲れたけどな……?」
「だよね!?」
やり取りに疲れたジョシュアは再び椅子に崩れ落ちた。
「そーだそーだ。俺が戦った方は女の人でね、ギルガメッシュさんっていうんだって」
「ほう」
「ロレッタが戦った方はベオウルフさんっていうんだって」
暫くぼうっと天井を見つめていたロレッタが唐突に問いかけた。
「人間か?」
「……わからない。でも人工的なものでは無いと思うんだ」
「私も……そう思う」
「いつだかさ、依頼で次種族の人と手を組んだ時あったじゃん。あの時の作り物みたいな雰囲気は無かったよ」
「お前の直感は……当たるもんな」
考えるのに疲れた様子だ。眉間に皺を寄せて目をきつく閉じている。
「少し寝る。今は……何も考えたく無い。疲れた」
「ん、おやすみ」
そのやり取りから間も無く穏やかな寝息が聞こえ始めた。ジョシュアもそのまま目を閉じた。
×
数日後、評議会庁舎
「やっぱり、お前がいいな」
ギルガメッシュは大いに機嫌が良かった。得体の知れない悪戯な神に最高幹部として押し上げられてから惰性的に日々を過ごして来た身としては、部下が出来るという今日は柄にも無く嬉しく感じる。まあ、部下なぞ要らんと候補者を叩きのめしてきたのも事実なのだが。
「選ばれたからにはしっかり働きますよ! 改めましてジョシュアといいます。……よろしくお願いします、ギルガメッシュ様」
好印象を絵に描いたような人間だ。溌剌としてて、単調だがそれに飽きさせないような気持ちの良い雰囲気が感じ取れる。
秘書課からの推薦もあっての彼だ。何より裏表の無い性格はギルガメッシュの好む物だ。
執務机に肘をつき少年を見上げながらギルガメッシュは頰を緩ませた。
同時刻。
「本日付けで配属となりました。ロレッタと申します」
お手本の様な礼をした少女をベオウルフは何時もの感情を読み取らせない笑みを浮かべながら見つめた。
無表情ながら無愛想では無く、かと言って従順そうかと言われれば半ば侮蔑を含んだ瞳がそれを否定する。
「秘書課の推薦を全て無視しても……と思ってたんだが1番最初の名前に君があったんだよ。やはり、君しかいないね」
「勿体なきお言葉です」
淡々とした私情の含む一切の隙を無くした受け答え。形式上だと言わんばかりのその性格にベオウルフは満足げだ。中々に扱いづらい彼好みの秘書が来た。
何より演習場での他参加者を救出した時の荒々しい口調との大差がこの性格が演じているものと充分に証明する。
いづれ素面を引きずり出してやろう。
最高幹部1性格の悪い男はそう心の中でほくそ笑んだ。
✳︎✳︎✳︎
東区 コミュニティービル会議室
もう少しで日付が変わる時間。予め指定された郊外のビルの一室でギンジと秘書のトキワ、ジョシュアとロレッタが集った。ロレッタが秘密裏に手配したそこは明かりは無く、遠くでネオンが輝いているのがよく見える。
「言い訳ならまだ聞きますよ? 」
「わ、悪い悪い悪い! しまってる! 首絞まってる!!」
「悪いで済んだら警察はいらねーですよ??」
ギンジの襟首を掴んで締め上げながらロレッタは普段より低い声かつ明瞭に言葉を発音して責め立てた。秘書のトキワは助け舟を一切出さず遠い目をしている。
「よりによって? あれとか? 正気か貴様??」
「本人たっての希望だ……秘書課に手を回すまでも無かったんだ……! 正直ホッとした……!」
「せめてギルガメッシュさんが良かったよ!! 何で刺された女と刺した男で組ませるかなーー!? 」
ギリギリと締め上げる音を横目にトキワはポシェットの中の菓子をジョシュアに分けていた。
「ねぇ大丈夫なのあれ、君の上司でしょ?」
「今回はギンにゃんが悪いにゃん。でもギルにゃんと組ませるとなると相性微妙だし仕方のない結果にゃん」
「だよね。俺、あの人の下でやってける自信ない」
「秒で死にそうだにゃん」
「お菓子うめぇ」
「空気読めにゃん」
気の済んだロレッタに解放されたギンジは軽く咳き込む。
「……で、アクセス権限レベル4。とは?」
「単純に閲覧出来る情報の量の違いだ」
「え、俺レベル3なんだけど」
「レベル3ならアカデミーの高等職員と同じくらいだ……妙だな、秘書ならレベル3が平均らしいんだが」
「僕も3だにゃん」
トキワとジョシュアはカードを見せる。顔写真と所属が刻印されたカードの隅には「3」の文字が。
「ん? 私だけ?」
「よほど……気に入られてるにゃん」
「あんな胡散臭さが服着て歩いてるような人に気に入られても嬉しくないのですが」
自分のカードを見ながらロレッタは溜息をついた。昔からそうだ。
「ロレッタ昔っから妙な男に好かれるよね」
「それが原因で死にかけた事も多々あるからな。今回も……だろうな」
この世に生を受けて僅か16年。関わった男性老年若年関係なくほぼ全てが面倒な性格や趣味や過去を引きずっていたりした。この全てが妙に顔の良い男だから尚更タチが悪い。ジョシュアやナトリはこの中に含まれない数少ない男性だ。
「まぁ私の男運の無さは今に始まった事じゃないから置いとくとして。さて、私達は何をしましょうか?」
敢えてこの全員に問いかけるような口調。
「やりたい事は結構ある。聖なる扉については……今は良いでしょう。竜界や神界の調査、最近表立って来たという謎の宗教組織について、各世界代表の素性調べ、聖暦の天才達の捜索及びその研究の調査……ですが」
苦々しい顔で現状を告げる。
「出来ることが圧倒的に少ない。素性調べくらいは造作ないでしょう。しかし聖暦の天才達は痕跡も残していない。難問は竜界と神界。統合された竜界はともかく……神界はまだ上位なる世界にいる。干渉が出来ない上に藪蛇どころか鬼が出る事もありえる」
諦めの表情で最重要事項を告げた。
「何より部外者ってキツイですよ」
皆の意識を統一するべく現状を整理し始める。
「ギンジさんとトキワさん。貴方達は審判に関わりましたが、だからこそ、その地位にいる。特にギンジさんの調査は……勘付かれますね。トキワさんも警戒が必要です。
で、最難関は私達です。 完全なる部外者、場合によっては……処分されますね」
「え、簀巻きでハードモードどんぶらこ?」
「マリアナ海峡あたりの永住権が貰えますね」
「きゃーーーー」
割りかし本気7割の予想だ。冗談10割に出来ない辺りに今回の難易度が伺える。
内部潜入、調査からの内部崩壊の誘発はロレッタの得意技だが、今回ばかりはその手を封じなければならない。下手をすれば死という概念を感じる事なく殺される。
「今回の難易度の把握と……覚悟は出来ましたか?」
「おう」
「出来たにゃん。もうやるっきゃないにゃん」
「振り返らず行くだけだね」
後戻りはもう出来ない。出来なくなるほど、進んでしまった2人とそもそも選択肢に無い2人。
心地よい緊張が4人の間に張り詰めた。
✳︎✳︎✳︎
評議会庁舎 カフェテリア
「ぶっちゃけやれる事なんてほぼ無いけどな」
「ぶっちゃけないでロレッタさん」
カフェテリアの端でお互い向かい合わせに座り、お互い凄まじい速度で仕事をこなす。全ては調査時間を確保する為に。それなりに騒がしい空間だ。例え評議会の中だとしても直接的な単語さえ用いらなければ目をつけられる事は無い。
「何からやる?」
「敵陣視察」
「ハイリスクローリターンだね?」
「うだうだしてるより適当に突っ込んだ方が発展あると思ってな。任せろ」
「じゃー俺は友好関係築くのに専念しよっかな」
「頼んだ」
うまく事が運べば強力な陣営を味方を得られる行動だが、その分予期せぬ陣営が敵に回るデメリットもある。しかし能力、全体像、根本的な思想等把握出来る事は多い。
____どうすっかな。
小型ホログラムディスプレイで資料を開いた。壁に背を向けているから後ろからは覗けない。目の前のジョシュアは自分の分に夢中になっているから気づかない上、透視対策をしているから読めない。
資料には6人の名前と個人情報が記されていた。この6人を新たなる天才として招き入れるのがベオウルフの目的だ。
前回の聖暦の天才の"失敗"は、個々に自由にさせてしまった事。その恩恵は大きかったが損失も大きかった。
だからこその、
ベオウルフの説明ではどの種族との次種族にするか知らされなかった。しかし着任初期にこの様な重大な決定を知らされた時、ロレッタは悟った。
使い捨てられる。
別段にその様な案件は珍しく無い。1人でも十分逃げられる。しかし今回ばかりはジョシュアもいる。
得手をとことん潰されている感覚がある。恐らく向こう側もロレッタの素性を知っている。最悪の場合、チトセやナトリといった裏社会に密接な関わりがある人間と交友関係がある事も、探偵助手である事も。
そして、指名手配犯のうちの1人と関わりがある事も。
「ロレッタ大丈夫なの? 今回キツイ?」
ジョシュアの優しい声音に思考に埋没していた意識が跳ね起きた。弾かれた様に前を見れば不安そうな、それでいて優しい表情があった。
ジョシュアは十二分に理解している。自分が足手纏いになる未来を。
ロレッタは自身の形跡を徹底的に消しているが評議会相手にそれは通用しなかったと見る。ギンジは不思議に思っていたが、彼女が秘書最有力候補となったのはベオウルフ、もしくは評議会のもっと上がロレッタの経歴を洗い出したからだとジョシュアは思っている。
敗北を知らない絶対の勝利者。
利用価値が高すぎる。
だからこそ、繫ぎ止める鎖としてジョシュアが利用される。
「……すまん。久々にハードな仕事でな」
「無理しないでよ。愚痴ならいくらでも聞くから」
「……おう」
視線を外して窓の外。透き通らんばかりの夕焼けに反発する様に光を発するビルの波。
毒々しくて、美しかった。