Freaks 世界一幸せな日記の最終頁   作:サングレ

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2話 真夜中

 

 

 

 

チトセ探偵事務所

 

 

  ガサリ、ガサリ。埃っぽい乾燥した空気の中、切れかかった蛍光灯に照らされながらナトリは倉庫の隅に置かれた段ボールを漁って着々と準備を始めていた。

  指ぬきグローブにメリケンサックを白衣に納め、安全靴を履いていると物音に気付いたチトセが部屋を覗き込んできた。

 

「……戦いにでも行きはるん?」

「戦いじゃねぇ、説得だ」

「装備に説得力皆無なんやけど?」

 

  せやなぁ、と言ってチトセは袴の後ろに挟んでいた小刀を見せた。

 

「刃物、いる?」

「いらねぇ。世界共通語である拳で語る事に意味があんだよ。可愛い患者の恩人に手ェ出されるんだ……キッチリ拳で語ってやらねぇと」

「あんたさんのそう言う熱いトコ好きやわぁ」

 

  小刀を仕舞いながらころころと笑うチトセ。

  身支度を終えたナトリは立ち上がり、チトセとすれ違う。

 

「行ってくる」

「気ぃつけてなぁ」

 

  手軽に言葉を交わす。手軽に送り出す。これが日常で今もこれからも変わらない。

 

「さぁて。……たまには倉庫掃除でも」

 

  袖に手を差し入れ紐を取り出し慣れたように襷掛けをする。先ずは小道具の類から手をつけ始めた。

 

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

常界 上空

 

  装着したゴーグルを掠める暴風の音が耳元に鳴り響く。人の営みを示す夜景は遥か奈落に、そしてそれも疎らになり、やがて潰えて自然のみが下の景色となった。

  眼前にはただ星空のみ。箒型ドライバに跨り、遥か彼方を目指すロレッタはジャケットに顔を埋めた。上空の凍てつく空気は人間には厳しい。

 

「寒い……」

 

  ぼやいた頃に、左耳に装着したインカムに通信が入った。

 

『えーと、通信テストにゃん! こちらトキワ、聞こえてるにゃん?』

「こちらロレッタ聞こえてる」

 

  元気の良いトキワの声に安心する。

 

『位置は確認できてるにゃん! オペレーターは任せるにゃん!』

「オーケイ。早速だけど予想到達時刻と円卓の状況を」

『ごめんトキワ君ちょっと変わって……こちらジョシュア、予想到達時刻はその速度を保ってそのルートなら3時間後だ』

 

  そう聞いて眉をひそめる。時間がかかりすぎる。

 

「別ルートあるよな?」

『山間部を通るルートが』

 

  インカムを介して小さいホログラムディスプレイが浮かぶ。北に大きく逸れるルートでそこから直進距離に第6廃棄区画、その先には海が見える。海岸からほど近いところに点滅する小さな島の様な四角があった。目的地だ。

 

「どのくらいだ」

『2時間! 行ける?』

「山が多いから……出力上げて……吹き下す風を捕まえればもっと早く行ける」

 

  と信じたい。と心の中で付け足す。風さえ捕まえればドライバ単体の最高速度を超えられるだろう。コツは摩訶不思議な配達屋から学んでいる。

 

『まじで? 出来る?』

「出来るかじゃなくて、やるんだよ」

 

  不敵にそう言い放って爆発的に出力を上げて北に逸れた。

  箒の安定性を支援する複数の小型ユニットも推進力に回す。

  金属の箒が風を切る。操縦者はただ前を見るのみ。

 

 

✳︎

 

  広大な廃墟群の上を豪速球で通り過ぎ、海岸の際に建つ廃ビルの屋上にスライディングしながら着地した。ゴーグルを勢いよく外し、首を振って固まった髪をほぐした。

 

『2時間切ったにゃん……』

「へへっ……成し遂げたぜな……」

『ごめん訃報にゃん』

「どったの」

『ナトリにゃんもう着いてるにゃん』

「嘘だろマジか」

 

  一体どんな手を使って間に合ったのかあの歩く人外魔境。通常の手では無いのは確定だろうが。別種族の手でも借りたのだろう。

 

「あれ、か……」

『目視できる? そこから先に見えるのがここの区画の人工島だ』

 

  視線の先には海岸からだいぶ離れた絶海の孤島。大きい円柱を中心に四角形の積み木を乱雑に積み上げた様な外観をしている。

 

『元々なんかの研究施設だったようだけど、ここの引き上げ時に放置されたみたいだね。砂場を護岸して作ったんだって』

「……砂上の楼閣ってやつだな」

 

  色味のないその島に特に何を思う訳でもなく目線を下に投げた。

  眼下にはモーターボートが数台、繋留していた。しっかりした造りの物から木製の船にエンジンを乗せただけの物までまちまちだ。

 

「格好のアジトだな。屋外演習はここから数十キロの真反対だし、人目につかな……」

 

  言い切る前に孤島からの発砲音を耳にした。

 

「どっちだ」

「どっちかな」

「円卓と先生の装備的に相手側だな」

「だろうなぁ」

「少なくとも銃火器持ちか……骨が折れるな」

「そうだなぁ」

「……!?」

 

  勢いよくバックステップで距離を取り箒型ドライバを構える。一切気配を感じなかった。今の今まで。

  ロレッタが立っていた場所のすぐ真横にいたのはチャイナ服を身にまとった茶髪で長身の男性だった。右目を囲うように緑色のフェイスペイントがあり、少なくとも人間ではない雰囲気を醸し出していた。もっと上位に位置するような……。

 

「……竜族の方?」

「ん、正解。君は?」

 

  人当たりの良さそうな笑みを浮かべる男性に少しだけ警戒を解く。

 

「ただの野次馬の人間です。後は、少しの助太刀です」

「そっかぁ〜。気をつけてな、ちょっと前に円卓の騎士が突入したからそろそろ戦場になるぞ」

「そろそろどころか……貴方は?」

「俺? んー、待機組かな?」

 

  ベオウルフの言が正しければ竜族が出張っていてもおかしくは無い。竜王家の縁者なのだろうか。

 

「そうですか。……じゃ、乗り込むとしますかね」

「おっとちょっと待て」

 

  屋上のふちに足をかけたロレッタを男性は呼び止めた。

 

「夜明けに全てが終わる。巻き込まれないようにな?」

 

  それにどう答えるべきか悩んだ後、ロレッタは頷いた。

  屋上から飛び降りる。落下中に箒型ドライバに跨り出力を上げて一直線に闇に浮かぶ孤島に飛んで行った。

 

「かっけーなー」

 

  竜の男性、ヒスイ。彼はただその場で俯瞰するのみ。それが竜として、神としての在り方なのだ。

 

 

 

✳︎

 

 

グリモア教団本部 東館

 

  勢いを殺さず全身を叩きつけて窓ガラスを突き破り着地した。ガラス片が床で跳ね返り軽快な音を響かせる。その空間は吹き抜けでロレッタはギャラリーに着いたようだ。

 

『ロレッター!? 何で通信切ったてめー!!』

「は? 切ってねぇよ?」

『嘘つけー! ネタは上がってんだからな!』

「どんなネタだよ」

 

  呆れながらも今更気付く。男性と会話をして入る時、到着まで途切れなかった喧しいほどの通信が無かった。あの奇妙な静寂は、男性が何かをしたのだろうか。どうも人間のテクノロジーは竜のテクノロジーに勝てないらしい。

  つまりジョシュアとトキワはあの男性の存在を知らない。少しの逡巡の後、黙っておく事にした。ドライバを金属球に戻し、ショルダーホルスターに手を触れ悩む。

 

「ちょっと寄り道オーケー?」

『……何するつもり?』

「装備が心許ない」

 

 

✳︎

 

 

  重厚な鉄扉を押し開けスイッチを入れると薄暗い蛍光灯の下、武器庫の全容が開けた。

 

『目ぼしい物ある?』

「怪しいな」

 

  空箱を蹴りながら言う。大半の物が持ち出された後のようだ。

 

「ホルスターと、スリングと、液体火薬、導火線、空き瓶……」

『火炎瓶作ーろー! にゃん!』

「雪だるま作る勢いでエグいの作らないで」

『火炎瓶はいいぞ。投げてよし、殴ってよし』

「……ん?」

『あ、ギルにゃん』

『暇だったのでな』

 

  ビックネームの到来に頭を抱える。ロレッタは知る由も無いが彼らは臨時会議室に機材を持ち込んでいるだけな為、その気になれば誰でも入れるが、何より使われない上半倉庫化し、ジョシュアやトキワを始めとする若手職員の隠れ家的存在になっているので、暗黙の了解でそっとしているのである。

  ギルガメッシュは本当に暇で来ただけだ。

 

「まぁいいか……火炎瓶作っといて、トカレフと……え、中折れ式の散弾銃? 熊でも打てと?」

『酷い装備だな』

「まぁ大量に仕入れるとなると粗悪な密造銃くらいしか無いですし期待した私が悪いとしか……」

 

  碌な装備も確認せず飛び出して来たのだ。拳銃2丁とナイフ1本と小型爆弾数個しか無い。秘書試験で使った爆弾仕込みのジャケットが恋しい。あれはいざという時の切り札になる。

 

『液火は幾らか持っていけよ。即席トラップにも目潰しにも使える』

「了解です」

『持ち運べる物はあるか? 殴ったら痛そうな感じの』

「手頃なアタッシュケースが大量に」

『それから携帯出来ない大型の武器と素人には扱えない物を探せ。どっかに積み上がってないか? 大口径のライフルとか』

「……!! リンクスGM6だ! ロマン溢れる貰お!!」

『楽しそうで何より』

 

  武器庫を見渡す。背丈ほど積まれた木箱を覗き込み、顔を顰める。どれも使えない事はないが癖のある物ばかりだ。

  ギルガメッシュの指示を受けながらアタッシュケースに銃器を詰め込み弾薬を補充。スリングでライフルを背負い、最後とばかりに部屋を見渡して、隅に置かれた古ぼけた段ボール箱を見つけた。

  近寄って中身を覗くと、無骨な部屋に馴染まない写真フィルムが大量にあった。

  訝しげにひとつ摘み出し、円筒から引き出して蛍光灯に翳すと……。

 

  本を読む少女が映っていた。

  更に引き出すと興味深そうに海鳥を見つける少女、何かを書いている少女。

  短髪で儀式に使うような服装をしている。全て同一人物だった。

  ロレッタは幾つか写真フィルムを掴み出しジャケットに入れた。殆ど反射的だった。

 

『どうした?』

「最後の確認をしてました。……全部終わったら、此方から通信をします」

『了解だ』

「最後にひとつ、夜明けまでどれ位ですか?」

『あと2時間』

「……ありがとうございます」

 

  電源を切り、沈黙したインカムを懐に収める。鉄扉を開いて騒音のする場所へ走り出した。

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

グリモア教団本部 西館

 

 

 

  アスルは思う。

 

「おんどりゃぁぁぁあ!!!」

 

  何処からとも無く現れ「助太刀する」とだけ告げて一応味方側として戦っているこの白衣の男。テロ現場で良く見る白衣の男。

 

「根性足りてねーぞぉぉおお!!」

 

  メリケンサック仕込みとは言え徒手空拳のみで壁の様に立ちはだかる教団員たちを文字通り吹き飛ばすこの男。

 

「おらおらしっかり立たんかい!! それでもてめーら男かぁあああ!!」

 

  本当にこの地上の文明に存在していいのかと。

  てゆーか本当に医者なのかと。

 

「坊ちゃんそっち!」

「おう!」

 

  反対側で散弾銃を構える教団員たちを槌を振るって鉄砲水を食らわせる。体勢を崩された教団員たちは奥へ流された。

 

「先行け坊ちゃん」

「は!? この人数1人じゃ無理だろ!?」

「行けよ。この先に気配が2つある。どっちも魔物だ」

「!」

 

  奥へ続く黒く淀んだ通路を見やる。心臓がやけに遅くなり、喉が閉まる。

この先に、奴がいる。

 

「行け」

 

  白衣の男、ナトリの静かな一声に押されアスルは通路へ駆け出した。追跡しようとする教団員にナトリは掌底を打ち込んで沈黙させ別の教団員に投げつけ陣形を崩す。

 

「さて……次はどいつだ」

 

 

 

 

***

 

グリモア教団 地下工房

 

 

  祝詞と呪詛を混ぜ合わせたような不気味な詠唱が可愛らしい声で紡がれる。薬草や動物のミイラが所狭しと並んだ工房で得体の知れない液体が満ちた大鍋をかき回すのは背丈の低い金髪の竜だった。

  かき混ぜるたびに鍋から腐乱死体の様な不定形の生物が生み出され悪臭を放ちながら部屋の外へと這いずっていく。それらを避けて部屋に入ってきたのは長身痩躯の竜だった。

 

「進捗は如何でしょう」

「おお、ティルソンか! 上々だぞ、少なくとも壁にはなるであろうよ」

 

  腐乱した生物を一瞥しながらイネスは答える。

 

「ええ、それで十分です。彼らにはこれで十分過ぎる」

「くっくっ、任せるがいい! 素材ならまだあるぞ!」

「それでは……私も現場に向かいますゆえ、引き続きお願いします」

「お主も行くのか?」

 

  退出しかけたティルソンは振り返り怪しく微笑む。

 

「厄介な連中が混じっているのでね」

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

  ミドリとオリナは東館に踏み込む。前方、その空間の中央には浮遊する2体の自律型ドライバが炎と風を同時に放ってきた。

 

「師匠!」

「任せるアル!」

 

  シルフが空間と同調しミドリの一撃を極限まで高め炎と風をかき消した。

  それが合図だったように四方の扉が開かれ武装した教団員が雪崩れ込んで来た。

 

「数が多い……! こんな戦力何処から!?」

 

  焦った様に呟くオリナ。教団員達の銃口が2人に向けられた時、一陣の風が空間を塗り替えた。

  連続する発砲音、倒れゆく教団員、発砲を続けながらもオリナとロレッタの元へゴーグルで目線を隠し、ライフルを背負いアタッシュケースを提げた少女が風を纏って滑り込んで来た。空薬莢が床で跳ねて軽快な音が響く。

  凛と前を見続ける少女の横顔にミドリは呆然とした。

  何で、何でここに。

  疑問と衝撃よりも大きく胸を占めた感情のままミドリは叫んだ。

 

「ロレッタ!」

 

  彼女はニヤリと笑い、横目でミドリを見て言った。

 

「元気だったか? じゃじゃ馬め」

 

  すぐに前を向いて告げる。猶予は少ない。

 

「時間がない。わかるな? だが敢えて言おう」

 

  アタッシュケースを開く。中から弾倉と予備の拳銃が山ほど流れ出てきた。

  銃器の山とロレッタを交互に見るミドリは彼女が何を言うかを痛いほど察した。そしてオリナもその胸中を強く察した。

 

 

「躊躇うな、行け」

「ここは私たちが引き受ける!」

 

  グロック17を構えるロレッタと2対の棍を構えるオリナ。2人の背中に頷きミドリは駆け出す。

 

  言葉は不要。故に互いの道を行く。

 

✳︎✳︎✳︎

 

  殿をつとめ、差し向けられた勢力を全て沈黙させ、西館に駆け込んだナトリは絶句した。

 

「あの餓鬼マジかよ」

 

  しゃがんで環境を観察した。床が抜け落ち奈落が覗ける。残った瓦礫の割れ方からして中心の衝撃で連鎖的に崩壊した。つまりはアスルの一撃だろう。

 

____さっきのド派手な破壊音の正体はこれか……。強くなったもんだな。

 

  基礎までやられたのか。まだか細い崩落が続いているようでパラパラと石が落ちる音がする。ここに留まるのは危険だろう。

  一か八か飛び降りてみるか? と思った時。

  粘着性のものが這いずる音が背後から聞こえた。

  不審に思い振り返ったナトリは遥か先の暗がりから悪臭と共に何かが這いずってくるのを見た。

 

  それは腐敗臭を纏う人型のなり損ないだった。

 

  内臓の色をしたそれは崩壊と発生を繰り返し同一のシルエットを保てていない。全身から体液と血を吹き出しながらも自らを生かそうと脈動する。

  平穏に浸かる人々の儚い精神を無情にも崩壊させる現象が今、彼の前で根付いていた。足に見える箇所は足と形容できず、瞳孔らしきものはその肉塊に存在せず、ならば、あれは息づくものを追って行動するのだ。

 

「……なるほどこれはキッツイなぁ」

 

  闇の力を収縮させ放つ。弾丸のように飛んで人のなり損ないの脇腹を抉り腐汁と血液を撒き散らしながら後方に吹き飛ばされ、床に叩きつけられた。

  しかしそれはのたうち回りながら再生していく。

 

「うーん……こいつぁなぁ」

 

  悩んだふりをして、背後の大穴に飛び込んだ。

 

 

✳︎✳︎*

 

 

 

  オリナが自律型ドライバに最後の一撃を見舞うのとロレッタが最後の1人に弾丸を撃ち込むのは同時だった。

  唐突に訪れた重いくらいの静音。たっぷり間をとって2人同時に深く息を吐いた。床に散らばった夥しい数の空薬莢が不気味に煌めく。

 

「はぁぁぁ、これで全部……だと思いたいね。どう思う? えっと、」

「ロレッタ」

「ロレッタさん」

「ここに配置されてたのはこれだけで終わりでしょう。……ライルさんと合流するのでしょう? 早く行った方が良いですよ」

「あなたは?」

「調べたい事があるので単独行動させてもらいます」

 

  アタッシュケースに残弾をしまって立ち去る準備を万端にしたロレッタは言う。

 

「……大丈夫?」

「大丈夫ですよ。何より、攻撃してくる奴らはこれで全部でしょう」

 

  これ、とライフルで腐臭を発し始めた教団員の死体を指し示す。

 

「あのね? 正面の警備が解かれてたんだよね……」

「こちらも……武器庫も見張りがいませんでした」

「何か起ころうとしている?」

「でしょうね。仲間と合流するならお早めに。夜明けまでそんなにありません」

「わかった。……貴女も、気をつけてね!」

 

  奥へ走り去っていくオリナを見送って、ロレッタもその場を立ち去った。

 

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

地下通路

 

 

  アスルは焦りを感じた。

  目の前で悠々と手を後ろに組み立つ男。

  先程から、ありとあらゆる攻撃が通用しない。

  攻撃を躱すだけでなく目視不可の刃を飛ばしてくる。既に全身は切り傷だらけで、自らの血の匂いに噎せそうになる。出血量の限界値を前にして、手先が痺れてドライバを上手く握れているかすら判断できない。

 

「でぇぇぇえりゃぁぁぁぁあ!!!!」

 

  激流を纏った渾身の一撃。

  通路一帯にヒビが入るほどの一撃。

  やったか。

 

「惜しい、惜しい」

 

  時が止まった。

  背後から神経を蟲に食まれるような不快な冷たい声音。

  振り向けば此方に迫る細く、長い手。

  向こうの方が早い。

  間に合わない。

 

 

  あと数センチ。その手が、アスルに____

 

 

 

「させっかぁ!!!」

 

  横からの闇の弾丸。否、魔弾。

  数十数百の弾丸は全て男に命中し、その痩躯をいとも簡単に吹き飛ばした。

 

「ナトリ先生!」

「おうおう立てや。逃げられなくなるぞ」

 

  膝をついたアスルを引き上げ背を叩く。

 

「ナトリ先せぇー!」

「オリナ! よく来た!」

「ナトリのおっさん!」

「うるせぇ! まだ二十代だ!!」

 

  負傷の多いアスルを後退させてライル、オリナと共に並び立つ。

 

「良いかてめぇら、よく聞け」

 

  収縮した影を数十発放ち、煙幕を作り上げた。

 

「上位種族っつーのはな、タフだ。しぶといし生半可な攻撃は通用しねぇ、しかも中には再生能力が半端じゃねぇ野郎も混じってる。だからこそ、竜殺しやら神殺しやらが異端として見られる。ぶっちゃけこの戦力差じゃ駄目だから、頑張って逃げっぞ」

 

  ビャン! と風が渦巻き煙幕が晴れた。

 

「おや、悪巧みですか?」

 

  男は、余裕を示すように悠然と手を後ろに組んで見せた。

 

「いいか、点より面だ。殺すつもりで丁度いい、精巧さは求めんな……全力で! 広範囲で! 高火力! いいな!?」

 

  4人は一斉に走り出し、各々武器を振り上げた。

 

瞬間、爆音。

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

地下実験室跡

 

 

「……駄目だな」

 

  そんな独り言を呟いてロレッタは手にした紙束を放り捨てた。

薬品棚に手術台、悍ましい数の紙、それと同数と見られるホルマリン漬けの内臓が薄暗がりの中に浮かび上がっている。

  しかし等間隔に並べられているはずのそれが、歯抜けになっていたり。

  シンクの深い実験器具清掃用の水道には、かなりの量の灰と、可燃性の薬品とライターが。

 

______資料が軒並み持ち出されてるか、処分されている。やはり、この襲撃は予見されてたか、そもそもこの施設自体がデコイか。

 

  残った紙束に記載されているのは既にロレッタの知識にある物で目新しいものは無い。

  次の資料もそうだろうと軽く目を通したとき、その内容に気づいた。

 

『境界接続機構』

 

  反射的にそれと付近にあった紙束を纏めアタッシュケースの隙間に捻り込む。

  時間が無いため手短に、必要とあらば直感にも従う。

  もう一度部屋を見渡して見落としが無いか確認し、ライフルを片手に、アタッシュケースを片手に部屋を出た。

  出て、直ぐ右通路にライフルを向けた。

 

「……物騒なの向けないでよ」

 

  そこには青い祭祀装束を身に纏った水色の髪の男性が気怠げに腕を組んで佇んでいた。少年、と言っても問題無く、口元を布で覆いその表情は窺い知れない。

 

「敵か? 味方か?」

「国家のスパイって言えば解る?」

「……なるほど。潜入調査」

「で、君も?」

「残念ながら野次馬です」

 

  銃口を天井へ上げて一歩下がって背筋を正す。少なくとも攻撃の意思は無いようだ。

 

「となれば、不確定要素の確認ですかね」

「そういう事かな。……資料、何にも無かったでしょ?」

「一部は焼却処分されてましたね」

 

  この男は何かを知っているのか、と半ば期待したが予想は裏切られた。

 

「ちなみに僕も知らないよ。上しか知らない。僕も結構貢献したんだけどなぁ……ま、予想通りの切り捨て組だよ」

「上層部について何か知りませんか? 聞く限りでは竜族が実権を握っていたと」

「…………野次馬相手なら話してもいいかな。そうだよ。しかもただの竜じゃ無い」

 

  集めた情報に思う所があるのか、眉を顰めて言い放った。

 

「血が古い、真祖に近い竜族たちだよ」

 

  ロレッタは顔を顰める。

  竜王家の中核を成す竜たちがいる。

  竜の起源とも言われる最古の王から血を分けられた存在。

  現在の竜王ノアなどがそれに該当する。

  言わば竜達の基盤とも言える者たちが、何故。

 

「どうも面倒ですね……」

「そうなんだよ。特に古い竜の技術は魔法と言っても謙遜無いくらいだし……ほら、後ろのそれも……」

 

  言い終わらせる前にロレッタは振り向きアンダースローで背後の暗闇に火炎瓶を投げた。既に導火線に火は付いている。

  瓶が割れ、弾けた火薬に引火し、そこに居た内臓を粘土のように捏ねくり回した人間のなり損ないが炎に包まれた。

 

キャァァァアアアアああァあァあああアアアアアアアアアアアアアアアアアアあァ!!!!!!!!

 

  ひしゃげた声帯が壊れた笛のような音を鳴らす。

  それらに向けた腕をそのままに、手首を軽く回せば風が渦巻いて炎が更に勢いを増し、さながら大火災のように通路を覆った。

  熱風に煽られながらロレッタは激臭に袖で鼻を押さえた。

 

「人の焼ける臭いがする」

「まぁ元人間だし」

 

  ヒュン、と風切り音。炎の中からロレッタに向かって何かが突進してきた。反射的に伏せたが、それは男の動作と共に一瞬で出現した氷の壁に阻まれた。

  風を乱回転させ氷の壁ごとそれを貫く。

  氷が砕け散る音と獣の狂騒が混ざり合い、人間のパーツで出来た様な犬がドッと倒れ伏した。

 

「……元人間だって?」

「そ。神のテクノロジーの劣化版。通常では知覚できない様な深層に触れて、姿形を失った人間たちを汲み上げて使う」

 

  不定形の犬が長さの異なる四肢を動かしながら立ち上がろうとするのを見て、男は氷の刃を出現させ、四肢を切断した。

  2度と立ち上がれなくなったその犬を覗き込んだ。

 

  笑っていた。

  その胴体に練りこまれた人の顔が、満面の笑みを浮かべていた。

 

  通路の奥へと目をやれば、同じ様な人、犬、人。

  明確な形が与えられ、形にならなかったモノが蘇る。

  肉塊は嬉しそうに笑っていた。

 

「_________、」

 

  平時の冷静な演技を忘れ、息を飲んだ。

  人間。

  この不浄の塊たちが同種族と思いたくなかった。

 

「まだ火炎瓶はある?」

「……あります」

「ならヒトガタを頼む。僕は犬の方をやるから」

 

  火炎瓶をふたつ、ライターで火を着けて放る。

  液体火薬と人の脂肪が燃え上がり、歓喜にも似た絶叫が割れんばかりに響く。炎を飛び越えてきた犬たちは床から出現する水刃に貫かれ倒れ臥す。

  狂音、激臭、歓喜の絶叫。

  それらから目を逸らさぬまま、ロレッタは箒型ドライバを起動させ、振り上げ、振り下ろすと同時にエンジン部から暴風を叩きつけた。

 

  人を焼くのに十分な炎は揃った。

  更なる歓喜の絶叫は糸を切ったように途絶え、出来損ないのヒトも、犬も焼け切って、一拍置いて灰となって溶けた。

  残ったそよ風が灰を攫い、熱気が残る通路に渦巻いて、暫くして消えた。

 

  苦しい静寂を破ったのは、全てを終わらせる咆哮だった。

 

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

 

  叩きつけるような咆哮が聞こえた時、その場にいた者たちは皆顔を上げた。

 

「……ライル!」

「おうよ!」

 

  ナトリの号令と共に数十数百の闇の刃が竜と半神の男女目掛けて飛ぶ。

  ライルはその大剣、カリブルヌスを突き立てた。直後に氷の壁が出現し、通路を隔てる。

  遠ざかり行く足音。

  サマエルとマハザエルが氷壁を壊そうと手を前に突き出すのを、ティルソンは制した。

 

「……良いのですか? ティルソン様」

 

  恐る恐るといったサマエルの問いに、ティルソンは深く、満足そうに頷いたのだった。

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

 

「走れ走れ走れ!! 世界新出す気で走れ!!!」

「待ておっさん!」

「うるせぇ! お前と同い年だ!!」

「何で男2人抱えて走れる!?」

「医者だから!!」

 

  既に火の手が回り始めた回廊。

  ライルとアスルを脇に抱えたナトリに追走するオリナ。その先頭を途中から加わったアマイモンと、ナトリの元患者であるオリエンスが走る。

 

「傷触らねーいい持ち方だろ!?」

「重傷者を運ぶ抱え方じゃねぇ!……アスル? おい! アスル!?」

「ナトリ先生! アスル気絶しちゃってる!」

「気にするな!」

「気にして!」

 

  抱え直すアスルの無抵抗さが重傷の度合いを物語る。それこそ物の様に沈黙していた。

 

「おいワン公!」

「ジャッカルだ!」

「次どっちだ!?」

「そこを左だ!……合ってるよな?」

「合ってるよー!」

 

  アマイモンとオリエンスの指示通り通路を曲がった直後、今までいた場所の天井から崩れ落ち、火の粉が散った。

  火の回りが異常に早い。

  理由はただ1つ。竜という上位種族の自身の命を糧にした捨て身の特攻の炎だからだ。

 

  命を糧にする。

 

  その凶悪さを呪術師紛いの医者であるナトリは良く知っている。

  対価にする命が刻んだ年月が長ければ長いほど、血が上位であればあるほど、対価として得られる物の純度は上がる。

  発火点から遠く離れたこの場所すら大火災となっているのが良い証拠だ。

 

  対価が竜王そのものなら、その応酬は最上級の炎となるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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