つまるところ学園長からの依頼は、「学園の関係者にCGの内通者がいないか内偵して欲しい」というものだった。
流石に一介の探偵相手にテロリストのCGを吹っ飛ばしてくれ、なんて依頼はされるワケはない。来たら万丈は即断るつもりでいた。当然、学園長もそこまで耄碌はしていない。
何でそんな物騒な話になるかというと、帰りのがらんとした廊下を歩く道すがら、ファンがもしそうなったら怖いなーなんて口走っていたからだ。CGには銃弾飛び交う鉄火場に晒された挙句洗脳までされたイヤ~な思い出があるだけに、ファン・ファンにとっては切実である。世の中ヒロインに優しくない。
万丈は携帯顛末にて事務所と連絡を取り指示をしている。肝心なことは場所柄故に口に出さず、既にSNSにて送っている。隣を陣取るファン・ファンは後頭部に腕を組んでつまらなそうに歩いているが。
「万丈さーん」
前方から一人の眼鏡っ子の女子生徒が手を振ってこちらへと向かってくる。万丈の知っている子なので連絡は切り上げて相手をすることにした。
「簪ちゃんいつも元気ですねー」
「いえーい」
「カンチャーン」
思わず彼女とハイタッチ。続けて彼女がファン・ファンとも両手でハイタッチした。ファン・ファンの機嫌は治ったようで何よりだ。
彼女、更識簪はここIS学園の生徒であり、同時に破嵐万丈事務所では中学時代からメカニックとしてアルバイトに来ている。ラピド・ポータをいじったこともあるのだ。今ではすっかりウジノ君の弟子として事務所ではなくてはならない人材となった。
万丈とは趣向で妙に気が合う同士である。別に簪がスケベーというワケではない。
「あ、もしかしてお仕事です? 学園絡みの」
「そ。場合によっては簪ちゃんにも頼むことがあるかもしれません」
「りょーかいです」
快活に返事をする簪。学園内に関係者がいるというのはこの場合やりやすい。尤も、事務所のマコト嬢が関係者を装って潜入する予定となっている。
そんなところに、万丈らを見咎めた女性教師がツカツカと歩き寄ってきた。およそ好意的な態度ではない。
「ンマァ! 何ですか男が入り込んで!」
チベハマ女史の随分と神経質そうな身振りに、万丈はどうしてこうIS業界って男嫌いのご婦人が集まるのだろうと天を仰ぎたい気分になった。
「いえ、僕は正式に学園長から呼ばれた来きゃ」
「言い訳ご無用! 即刻出て行って貰いたいものですわ!」
万丈に最後まで言わせず、チベハマ女史がにべもなく畳みかける。これでは話が通じない。ファン・ファンが露骨に嫌そうな表情を隠さなかった。
「全くこれだからISに乗れない男なんて」
チベハマ女史を弁護するなら、彼女は生来潔癖で生真面目なのだ。生真面目に生き過ぎてISの世界に依存して多少拗らせてしまっただけと言えよう。
「あの先生」
「あなた、男なんかに近付いちゃ駄目ですよホラホラ!」
簪が横から口を挟むも、チベハマ女史に手招きされる。自分の言い分を押し付けなきゃいい先生なんだけどねぇ、と簪は呆れかえった。
「まぁこの人が怪しいのはその通りなので置いときまして」
酷い言われ様だが、万丈としては自覚があるので苦笑いをしてしまう。
「ISに乗れるから偉いものなのですか?」
敢えて直球で地雷を踏み抜きに行った簪の度胸は褒めるべきだろう。
「あのですね、あなたもここの生徒なんですから愚問だとお判りになりましょう?」
チベハマ女史が先生らしく簪に言い聞かせるように語った。どこの業界でも世間の認識とのギャップはあるものだと万丈は知っている。
「でもISって、機構的には優れていても社会的には別にそうでもないような?」
「あなたねー!」
「それに日本でも世界でも、テンダーギアの汎用性と整備性と後普及ぷりに負けてるし」
「あんな鉄屑と較べないでください!」
テンダーギアとは、全長6~7m前後の人型兵器である。重火器を携行でき、二本の脚で高速に走り回り高度をジャンプできるそれは、ISの登場前から戦車や自走砲と置き換える形で徐々に普及していった。
現在では世界中でなん10万台と稼働している。自衛隊でも陸海とで各種取り揃えているのだ。
戦車の方が強いでしょって? こちらは30mmの機関銃や120mmの迫撃砲抱えて水平に1kmジャンプできる時点で七難隠すというものだ。後はホレ、政治家と企業が最初から普及させるつもりで暗躍していたんだから最初から勝負にすらならなかったのよ。
「ISより性能の低いマシンにいかほどの価値があるとお思いですか?」
「でもテンダーギアも連続ジャンプすれば成層圏突破できるんですからそう劣ってるとは言えませんよ?」
簪が眼鏡の蔓に指を掛け、押し上げつつちょっと悪戯気味に微笑んだ。
確かにISのスペックはテンダーギアを凌駕する。こと運用となるとそうはいかないのが現状である。操縦者が極端に限られ、中枢がブラックボックス化され操縦者の意図しない挙動を取る、その中枢はどの国でも生産不可のため稼働数は3桁止まり、携行できる火器の重量は軽トラック並が限度、と運用のデメリットがとかく多過ぎた。
幾ら機体全体が不可視のバリアで守られていると言っても、生身や顔面に銃撃や砲撃されては操縦者も正気でいられない。
結局のところ各国の軍で採用はされてはいるものの、数の問題から既存の置き換えどころか大隊を編成するに至らず、主な活躍の場は競技場へと向かっている。織斑女史だって競技のチャンピオンとしての有名人なのだ。
「いいですか、私たちは栄誉ある世界にいるのです。そのことをもっとよく自覚なさい」
「私、代表候補生で色々見る機会ありましたけど、この業界色んなとこに横槍しまくって反発招いていますよ。その癖プライド高くて他所を見下してる人ちょっと多いですもん。このままだと産業としては先細りですよ?」
言ってることは微妙に具体性の欠けたあやふやなものでしかない。とはいえチベハマ女史には心当たりがない訳でもなく刺さったようで、顔を真っ赤にしている。
「もう! 知りません!」
速攻後ろを向き、パンプスをカチャココ鳴らしながらチベハマ女史は急いで立ち去ってしまった。こういう時万丈は笑いを表に出さないだけの甲斐性はあるのが幸いだ。ファン・ファンにはなかったのが惜しまれる。
「怒らせちゃった。てへ」
振り返って舌を出すお茶目な簪に、あ、可愛いと思った万丈を責めてはいけない。
「簪ちゃんもしかして業界に言いたいこと溜まってた?」
「それはもうがっつりと」
万丈が苦笑交じりに訊いてみる。チベハマ女史ではないが愚問ではあった。露骨にふははと笑うファン・ファンは本当に自重していただきたい。
などというほんわかした雰囲気をぶち壊す、連続した破砕音が響いた。
3人が窓の外を見ると、隣の校舎で壁が横一列に長く粉砕されたような穴が空いているのが確認された。
「またミサイル……ではないようですね」
その穴から今度はISが飛び出し、猛烈な勢いで飛び去って行った。実のところ校内でISを無許可にて展開するのは禁止されている。無論許可を取った行動にはおよそ見えない。
「あー知ってる、あの白いの専用機、うちの男子の」
簪が指差しながら指摘する。万丈もその男性の適合者が発見されたニュースを読んだ記憶はある。女性しか乗れないメカ故に業界や関係者、IS信望者の間では衝撃と混乱を招いていた。
一方で万丈含めた世間一般の間ではへーで終わる辺り世間の風は冷たい。当時は同時期に報道された国民的イケメングループアイドルが解散した話で世間の話題は埋め尽くされていたものだ。
今度は更に複数のISがその男子を追いかけて飛び去った。
この状況に嫌~な予感を覚えた万丈は即駆けだそうとするが、その前にファン・ファンにも促す。
「追いかけますよ! 嫌な予感がしますのでね」
階段を猛烈な勢いでで駆け下りる万丈。慌ててファン・ファンが追いすがり、ついでに簪もニヤリと笑いつつもついてくる。校舎を出ると、この騒ぎに混乱している警察や生徒が見えた。当の万丈はしっかりISの集団が飛んでいった方向を捉えていた。
駐車場に辿り着き、万丈がリモコンキーでラピド・ポータのドアロックを解除した。即、簪が助手席側のドアを開け、シートを倒し後部座席に滑り込む。自分が整備しているだけに、勝手知ったるスポーツカーである。
「え、かんちゃんも?」
「へへー」
などとファン・ファンが驚きつつもラピドーポータの助手席に潜り込みシートベルトを締める。そういえば今IS学園は休校なのだ。
「相手がISですし、詳しい人がいてくださると助かりますよ、と」
運転席に座った万丈が、ブレーキを踏みつつスタートボタンを押し込んでラピド・ポータのエンジンを掛けた。シートベルトを締めるのは忘れない。
学園の敷地を出てからすぐ、車輪を鳴らしつつ猛スピードで青い車体は件の集団を追いかけていった。
次回:03 ラスカルズ・ロンド
・時系列
原作で大体夏休みが過ぎて二学期が始まった辺りを想定。原作通りの展開だったワケではない。
・テンダーギア(Tender Gear)
「アベニールをさがして」において作中で普及している人型兵器。富野ロボの中でもぶっちぎりどマイナー。よく人型兵器のよもやま話で人型兵器なぞすっとろいから的にしかならないとは言われるが、そもそもそこを何とかしてなかったら普及させようとしないのでは? 兵器に付き物の政治はどう絡むの? という発想はなかなか現れない。大抵槍玉に挙げられる富野ロボでそこまで無能な兵器体系は思い出せないが。ちなみに「アベニールをさがして」作中ではテンダーギアは連続ジャンプで宇宙まで飛んだ。
・チベハマ女史
当初はセシリアを登場させる予定だった。
・IS
言いたい放題。こういうネタを振るのでアンチ・ヘイトタグを付けることにした。アメリカでは現役当時のF-117とどちらが配備数多いんだろう。
・簪
設定盛り要員。一夏に惚れていない。しょっちゅう大人の男たちを間近に見ているから。後姉はこっそり見ている。
次回は多分酷い。