第1話 月下流転
冬木市 柳洞寺 門前
青い陣羽織姿の侍ーアサシン、否 佐々木小次郎は石段に腰掛けて月を見上げていた。
その体は既に所々が透けており、今回の舞台から降りるのも最早時間の問題であった。
しかし、男の顔に後悔はなく、寧ろ清々しいほどの微笑みがそこにはあった。
「よもや、我が秘剣が敗れるとはな・・・。自らの未熟さを思い知らされたのやも知れぬ。
それがわかっただけでも此度の歪な召喚も存外悪い事だけではなかったという事か。」
だが、ふと己が心に問いかければ、心残りが全く無いという訳でもなかった。
小次郎はふと顔を上げる。そこには実に見事な月が冷たく、しかしどこか暖かく大地を照らしている。
只管に燕を斬るために刀を振り続けた事で人生を棒に振ったが故に心の何処かで願ってしまう。
自らの剣を振るいたい。定められた運命とは関係なく、多くの出会いの中で自らの意思で死合いたい。
それは今回の聖杯戦争で唯一、彼が手に入れることのできなかったものであった。
召喚の代償として、寺の門番としてのみ存在していた自分は外に出ることもできず、ただ寺にやってくる者たちの前に立ちふがる役目であった。
そこでであった者たちとの死合いも決して不満であったわけではない。しかし、それでも彼は望む。
自らの剣のいく先が自由であることを…
そして、終わりの時が来た。
座っていた石段にはもう何者もいなかった。
月の光だけが、そこにいた男の姿を覚えているのだろうか…
side out
ふと目を開ける。
その動作に小次郎は疑問を感じた。
消滅したはずの自分がなぜ目を開くことができるのか。
現界にまだ幾ばくかの猶予があったのか。いや、しかしサーヴァントである以上、自分の消滅の時はわかる。
しかし、今確かに自分はここに居る。奇妙に思い辺りを見回すと、そこは先ほどまで自身がいた寺の門へと続く石段ではなかった。
夜だというのに、明るい。
そして、かすかに頬を撫でる風は潮の匂いがしている。
その潮風が吹いて来た方を見るとそこには海があった。
小次郎は目を見開き、自然と海の方へと歩みを進める。鉄でできた柵があるため必要以上に近づくことはできないが、それでも眼前に広がる広大な海という景色を前にして、小次郎は呟く。
「まさか、再び海を見ることが叶うとは…」
最後に見たのはいつの頃だったか、小倉へと仕官のために船に乗った時だったか。
それとも、もっと昔の童だった時か。いや、もしかたらこの身にとっては初めての体験なのかもしれない。“佐々木小次郎”という人間、英霊はそういう存在だからだ。実在したのかどうかさえあやふやな存在であるこの身には記憶などあてにならない。
しかし、それでも目の前の海はどこかへと小次郎を想いを馳せさせるほどの力があった。
しばらくして、海を眺めるのをやめると今度は自身が立っている場所を確かめようと振り返った。すると今度は別の驚きが彼を待っていた。
どうやら、今自分がいるところは人為的に作られた広場のようなところである。
それはいい、しかし先ほど夜なのに明るいと感じでいたものの正体がわかった。それは、彼が先ほどまで立っていた後ろにあった。
高く、高くそびえ立つ建物。
それがまばゆく、光を灯していたのだ。
「いやはや、これは、、、。ふむ、これは実際に目にすると驚くな、、、。」
小次郎はその建物を見上げる。
冬木にいた頃、話だけは聞いていたがまさかここまでのものとは思わなかった。
現代における建築物とはまさかここまで巨大で煌々とするものなのかと。
その事実に小次郎は自嘲的な笑みをこぼす。
そして、ひとまず落ちつきを取り戻すと、できる限り現状を整理した。
第一にここはどこだかはわからないが、聖杯戦争時とはあまり変わらない時代なのだろう。門番として、外に出ることは叶わなくとも、それくらいはサーヴァントとしての特典として理解していた。
第ニに今の自分であるが、不思議なことに現界しているようだ、格好も変わりなく、自身の愛刀もある。だが、果たしてこの現界がサーヴァントとしてのものなのか、別のものなのかはわからない。
そして、最後に
これからどうすればいいかは全く見当もつかなかった。路銀もなく、知り合いもいない。野宿は慣れているが、1日、2日が限度であろう。この出で立ちだ、どうやっても目立ってしまう。それはそれで、進展はするが好ましくない。
まずは、確認した現状以上の状況の解明と居場所を探す必要があるだろう。
と、考え込んでいるといくつかの気配が近づいてくるのを感じた。それも、殺気を纏ってだ。
小次郎がその方向へと目線をやると、夜の闇に紛れるよう、黒づくめの格好をして武装した集団がいた。
「テメェ、九鬼のモンか?」
「九鬼?」
男の言葉に小次郎は首をひねる。
男は殺気を小次郎へと向けているが、小次郎はそれを何事もないかのように受け流していた。
すると男が再び口を開く。
「どうやら、九鬼の人間ではないらしいな。だが、見られてしまっちゃあ仕方がない。悪いがここで死んでもらう!」
「ふむ、悪いがお断りいたそう。ここがどこで、お主達が誰かは知らぬが、そう易々と殺される故はないからな。」
そういって小次郎は男達の方へと体を向ける。
すると、その雰囲気にそれまでと異なる空気を感じたのか男達が各々の武器を構える。
「訳の分からねえこと言いやがって、九鬼を襲う前にまずはてめぇだ!」
そういってリーダー格の男が叫び、男達が一斉に小次郎に襲いかかる。
銃から火花が飛び散り、男達は運のない男だと思い引き金から手を離した。
「ふん、時間食っちまったな…。」
と、リーダー格の男がたばこに火をつける。
そして、目の前にそびえる九鬼のビルへと向かおうとしたその時。
「やれやれ、銃というものは雅さにかけるな…。」
「ッ!?てめぇ!いつの間に!」
男が後ろを向くとそこには殺したと思ったはずの男がそこにはいた。
嵐のような銃弾であったにも関わらず、傷一つないその姿に男達は目を見開いた。
そして、もう一つ驚くべく点があった。
男の手に刀が握られていた。しかし、驚くべきはその長さであった。子供ほどの身長を越える異常なほどの長さであった。
「てめぇ何者だ!」
「アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎…。」
その言葉が男が聞いた最後の言葉だった。
『侍』。薄れいく意識の中、月に照らされる男の姿を見てその言葉が頭をよぎった。
チンと刀を鞘へとしまう音が鳴り、小次郎は周りを見渡す。
再び静寂が訪れる。
「ふむ、どうやら剣の腕は衰えていないか…。しかし、これからどうするか…。」
腕を組み、思案する。
すると、新たに気配が近づいてくるのが感じた。
しかし、その大きさは今の男達よりも大きい。
目線をその方向へと向けると、先ほど圧倒されたビルの方向からであった。
「おい!そこの男とまれ!」
気づくと小次郎の前には3人の女性が立ちふさがっていた。
to be continued