「赤子、俺が直々に遊んでやろう。」
史上最強の男、九鬼家従者部隊序列第零番、ヒューム・ヘルシングがそう言った。
鍛錬場は今や先ほどまでとは比べ物にならないほどの緊張感によって包まれている。
「おいおい、ヒューム。お前の気持ちも分かるが、そりゃあ只の八つ当たりじゃないのか?」
「お言葉ですが、帝様。この赤子は今の桐山との戦いでは実力の半分も出していない。そのような舐めた者に世界の九鬼、その従者部隊が非公式とはいえ敗北したとあれば、問題です。」
と、ヒュームはその鋭い眼光で小次郎を見て言った。
そして、その言葉に驚くと同時に賛同するように従者達の目が鋭くなる。
すると、小次郎もヒュームを見て言う。
「なるほど、貴公の言うことも当然か…。もとよりこの身は今や貴殿達に生かされている立場、私は構わぬが…。」
「まぁ、当人達が納得してるなら良いか。よし、認めよう!」
と、帝はあっさりとヒュームの提案を了承した。
しかし、周りにいた妻である九鬼局と揚羽は心配そうにいう。
「よろしいのですが、帝様。そのようなことを簡単に言って。」
「母上、結局のところ父上は面白がっているのです。これはもう、従うしかありませぬ。」
「そんなことねぇよ。確かに面白いとは思っているが、ヒュームの言葉にも一理ある。九鬼の従者が突然現れた男にあしらわれちゃ、確かに問題だ。これを機に、従者達の意識も向上するだろう。もちろん、俺達主人側もの意識もな。それに…。」
帝は一度小次郎を見てから、その場にいる全員に向けて言った。
「気になるだろう?天下の佐々木小次郎と世界最強のヒューム・ヘルシング卿、どちらの方が強いのか?」
と、実に面白そうに笑った。
その言葉に全員がやっぱり、それが一番の理由ではないかと内心呆れてしまう。
「さて、では赤子。貴様に本当の従者がなんたるか身をもって教えてやろう。」
「お相手つかまつろう。ヘルシング殿。だが…。」
小次郎が帝を見て言った。
「貴公ほどの者を相手にこの刀では些か不釣り合いだ。できれば、私の刀を使わせてもらえないだろうか?それと、場所も此処では十分ではないだろう。」
「良いだろう。真の貴様の力を持って向かってくるが良い。場所も変えよう。」
小次郎の提案をのみ。
全員は決闘の場へと移動した。
side out
九鬼ビル 屋上 ヘリポート
場所が変わり、そこは薄い闇が支配していた。
この辺りでは最も高いビルの屋上のため街を照らす光も届かず、微かに周囲を照らすのみである。
小次郎はここに来て、ふと自身の頭上へと目をやる。
そこには月だけがいつもと変わらず、自分達を照らしていた。
「佐々木様、お預かりしておりました刀をお持ちしました。」
「ふむ忝ない。ネエロ殿。」
先ほど審判をしていた老紳士、クラウディオ・ネエロが小次郎の刀を持ってきて渡した。
小次郎は礼を言うと、刀を抜き月へとかざした。
(ふむ、良い夜だ。如何なる時、如何なる場所に在っても月だけは変わらぬ。いやはや、この剣はいつ彼処へ届くのか。)
と、これから世界最強の男と死合うというのに小次郎の心は静謐そのものであった。
しかし、決してそれは相手を軽んじているわけではない。
対峙する相手はそれこそ、その域にいる存在だということ小次郎はよく分かっていた。
次元が違う。
花鳥風月。燕(とり)は切れた。では、他は…。
未だ自身の剣は遠い。
しかし、それでも自分は剣を振るうしか知らない。
ならば、振るうしかないのだ。
そう思って、小次郎は一度を目を閉じ、あの自然体の構えを取り、目の前を見た。
「もう良いようだな。では、始めようか赤子。」
「ああ、待たせて申し訳なかった。始めるとしよう。」
2人を取り囲む空気が異質なものとなる。
それを感じ取ったのか、周囲いる者も自然と身体が強張る。
小次郎を連れてきた、あずみ、ステイシー、李や壁を超えていない者達はいつのまにか自分達の背中を冷たいものが流れているのに気づかなかった。
そんな中、帝が前に出て言う。
「今回は審判は必要ないな。両者、満足いくまでやってくれや。」
帝の言葉に2人が各々の肯定を見せる。
そして、帝が再び自分の場所へと戻ると同時に、すでにそれは始まっていた。
「フン!!」
「ハッ!」
暴威、そうとしか言い得ない攻撃が小次郎を襲う。
しかし、やはり小次郎は桐山鯉の時と同じように身を翻しながら、ヒュームへと斬撃を繰り出す。だが、その戦い方はすでにヒュームに見せている。
そう簡単に同じ手は通じさせるほど、ヒューム・ヘルシングという男は優しくも甘くもない。
小次郎が繰り出す刃を手で弾いては容赦なく、必殺の一撃を見舞う。
「画面端に叩きつけてやろう!!フンッ!!」
「むっ!」
そう言って、ヒュームは小次郎の腕を捕まえて、そのまま屋上の壁まで強引に叩きつける。
しかし、壁に当たる前に小次郎は掴まれた状態のまま身体を浮かし、両足を壁に向ける。
通常であればそのまま、押しつぶされるところ、小次郎はヒュームの力を受け流すと同時に、その力を利用して壁を駆け上り、ヒュームの拘束から逃れる。
「何?だが、無駄なことを…。」
「フッ!!」
しかし、小次郎はそれだけでは終わらない。
ヒュームの手から逃れる為に、壁を蹴り上げ身体を上空へと投げ出し、その落下と同時に刀の切っ先をヒュームへと向けた。
ヒュームもそれを察知し避けるが、小次郎は着地の姿勢をとると同時に刀を振るう。
5尺ほどもある長刀から繰り出されるその斬撃は再び両者の間に距離を開けた。
(ふむ、修羅、羅刹の類と気を引き締めていたものの、それすらも甘い考えであったか…。)
と小次郎はヒュームから目をそらすことなく、立ち上がった。
今の攻防において両者は無傷であるが、利は明らかにヒュームの方にあった。
嵐のような怒涛の攻撃にもかかわらず、ヒュームの従者服は全く乱れてはいない。
「どうした、赤子。少し撫でただけだぞ、これでは遊びにもならん。」
「ふ、今まで様々なものと対峙してきたが、よもや天災を前に剣を振るうことになるとはと、放心していたところよ。」
そう言って、小次郎は刀を肩に置く。
その表情には焦りや怯えは全くなかった。圧倒的な力量差があるにもかかわらず、清々しいほどの姿で立っている。
「ふん、赤子が減らず口を…。だが、その反応と剣の腕だけは褒めてやろう。もっともまともな使い手ではないがな。」
「いや、まともでないのは当然と言うべきだろう。この剣は邪道でな、流派や技といったものはない。所詮、この身は棒振りに過ぎぬ。」
そう小次郎の剣は決して、誰かに師事したものや習得したものではない。
ただ切ること、刀を使うことにのみ特化されたものである。
そのため、小次郎に型や構えはなく、技と呼べるものもない。
「ふん、棒振りとはまさに赤子らしいな。」
「あぁ、まさしくその棒振りに捧げた生涯を持つこの身は赤子とそうは変わらん。」
と、ヒュームの言葉も小次郎は受け流す。
そのことがヒュームには気に入らなかった。
武道家たるもの形は異なれど皆が誇りを持っている。
もちろん、安い挑発にのるなどはその武道家の精神に問題があるが、それでと皆が自分の強さないし、その在り方に誇りを持っている。
しかし、目の前の男、佐々木小次郎は違う。
自分の挑発に乗るどころか、同意してしまうほどだ、それはとても武道家とは思えない姿であり、ヒュームはそれが気に入らなかった。
一方で小次郎はヒュームに言われたことに得心していた。
(ふむ、赤子か…。棒振りに夢中になり、飛んでいる燕を切ろうと意気込んだ我が人生はまさに赤子のそれと大差ないな。いやはや、我ながらなんとも笑えることだ。)
そして、小次郎はヒュームを見て言う。
「では、ヘルシング殿。今しばし、赤子の棒振りに付き合って頂こう。」
「な
に」と言おうとしたその時だった。
気づけば、ヒュームは自分の目の前に刀の切っ先がまっすぐ迫っていたことに気づく。
「ぬ」
「フッ!」
そして、避けたヒュームは小次郎が一気に自分との距離をつめ、突きを繰り出していたことが分かった。そして、小次郎の攻撃はそれで終わらない。
突きを繰り出した刀をすぐさま引き戻し、今度はとてつもない速さで刀を振るう。
ヒュームはそれを避けるが、小次郎の攻撃は先ほどのカウンター主体のものとは異なり、その一刃一刃がヒュームを追い狙う。
「マジかよ…。」
観戦していた内の一人、序列15位のステイシーが呟いた。
それは観戦していた他の者達全員の代弁でもあった。
それほどまでに今彼女たちの目の前で起きていることはあり得ない光景だったからだ。
「あのヒューム卿が相手に攻撃を許している?」
「あぁ、どうやらわざとじゃねぇらしい。真剣で攻められるぞ。」
そう決してヒュームが押されているわけではない、しかしあの世界最強であると自他共に認める人間が一人の男に攻撃を許している。
それだけで、彼を知る者ならば驚天動地であろう。
そして、両者の戦いはより凄まじいものとなる。
「舐めるなよ。」
「む?」
再び、ヒュームが攻勢へと打って出る。
その動きはやはり先ほどまでのものとは異なり、確実に小次郎を仕留めようとするものであった。その攻撃にさしもの小次郎も表情が固くなる。身にまとっている群青の着物が徐々にではあるが、切り刻まれていく。
しかし、刀を逆手に持ち、最小限の動きで紙一重でかわして、そのまま左足を軸としながら全身を回転させ、抜刀の要領で刀を大きく振るった。
が、今度はヒュームも距離を取らせない。片方の肘と膝で刀を挟み、逆の腕で小次郎を狙う。
追い込まれた小次郎は刀を捕らえられたまま、刀を離すことなく、足に力を込め前に出た。
すると長刀であるが故に、その刃が小次郎共々、押さえられた部分を中心にして時計の針のようにヒュームに向かっていく。
「小賢しい!」
「んん…!」
この前では、刃が当たる。
そう思い、ヒュームは捕らえていた刀を離した。
勢いのまま小次郎がヒュームの横を通り過ぎ、2人の立ち位置は丁度前と逆になるような形で距離をとった。
「いやはや、参った。貴公の前では私の刀なぞ、確かに棒振りどころか児戯に等しい。剣に捧げた生涯なぞのたまわっても、これが結果よ…。」
「フッ、なかなかやるのは認めよう。俺相手に切り込める相手なぞ、そうそういない。それに俺に防御をさせたヤツも随分と久しぶりだ。だが、所詮お前も俺からしてみれば赤子よ。」
戦いの結果はもう見えた。
傷どころか、埃一つついていないヒュームに対し、小次郎はいたるところがヒュームの猛襲によってボロボロになっていた。
一見、拮抗していたように見えた両者だが、その壁は高くそびえ立っている。
もう一度、両者が打ち合えば完全にヒュームが勝利することは目に見えている。
勝敗は決したように見えた。
が、しかし
「しかし、何故かな…。それでも、貴公よりも“あの日の燕”の方が私の中で強く在る。」
そう言って、小次郎は戦いの最中だというのに天を仰いだ。
空の月は冷たく、暖かい。
圧倒的な力量差の前にイかれてしまったのかと、周りにいる者達が小次郎を見る。
「は?swallowがどうしたって?」
「一体、彼は何を言っているのでしょうか?」
ステイシーと李が言う。
しかし、ヒュームをはじめ揚羽、クラウディオ、マープルはどこか真剣な面持ちだった。
小次郎が空見るのやめる。
そして、口を開いて言った。
「児戯に等しい我が剣なれど、それしかない生涯ゆえ、これしかない身ゆえ、せめてその証だけはここにたてよう。」
「む?」
そう言って小次郎はここに来て初めて刀を構えた。
「月も陰る頃合い。これにて終わりにしようか、ヘルシング殿。貴公が従者の誇りにて始まったこの立会い。易くは終われぬと言うのなら…。」
小次郎の気配が変わる
「無理矢理にでも幕を下ろす。」
「む!!」
「「「ッ!!!」」」
そして、それは顕われた。
「秘剣、、、燕返し!」
「赤子が!!」
小次郎の斬撃とヒュームの蹴りが交錯し、周囲を猛風が襲った。
九鬼帝をはじめとした主人達の前にクラウディオがそれからかばうように立つ。
桐山鯉はマープルの前に立ち、他の従者達も自分でその衝撃に耐えた。
そして、風が止み全員が戦いの結末に目をやる。
そこには丁度、両者の中心に刃が突き刺さっていた。
それは最初何か分からなかったが、小次郎を見てその正体がわかった。
手に持っていた小次郎の刀は先ほどまでの姿とは異なり無残にも中央あたりで欠けていた。
そして、誰もがその姿からヒュームの勝利を確信し、彼を見た。
「それが貴様の剣か、佐々木小次郎…。」
ヒュームが小次郎に問う。
そして、全員は目を疑った。
「まさか、ジェノサイド・チェーンソーを防御に使わされるとはな…。ましてや、《プシュッ》その技を超えて、俺に一撃を入れるとはな…。」
ヒュームの頰には僅かに切り傷があり、紅い血が流れていた。
それは若手の従者達にとってはもちろん、クラウディオ達古参の者や九鬼家の者にとっても目を疑うような光景だった。
「いや、完全に私の負けだ、ヒューム殿。我が秘剣を前に躱すのでも、防ぐでもなく、断ち切るとは…。それに、刀がこの有様ではな…。」
と、折れた刀を見て言う小次郎。
そして、ヒュームに対して深く頭を下げて言った。
「お見事。燕を切る刀でも、風は切れなかった。それが暴風であるならば、ましてと言うのが通りよ。九鬼家従者の誇り、しかとこの目と身に刻ませて頂いた。感服いたす。」
「フッ…。」
そう短く笑い、ヒュームは帝達観戦者の方へと歩いて行った。
小次郎は再び空へと目をやる。
そこには雲に隠れて月はもう見えなかったが、小次郎の顔はどこか晴れ晴れとしていた。
「広いな世界というものは…。」
そう言って、小次郎は折れている刀を鞘へと戻した。
to be continued